「さてこれからどうしようか?」

突然降ってわいたような休日。

しかし、ここではすることなんて限られてくる。

「ねえマスター。久しぶりにマザーアースの方に行ってみない?」

シルフィが言う。

マザーアースというのは、僕の家が建っているこの山の頂上にある巨木のことだ。

樹齢数千年とも数万年とも言われている怪物みたいな樹だ。

そこにはここらへんの精霊たちが集まっていて、集会場みたいになっている。

「そうだな、しばらく行ってないし…よしっ行くか!」

「さすがマスター。そうと決まれば早くいこ!」

今にも駆け出しそうなシルフィ。やれやれ…

「ちょっと待て、魔物にあったときのために剣くらい持っていかないと…」

「マスターは心配性だなぁ…魔物なんて滅多に出てこないのに…」

「用心のためだよ」

そう言って部屋に置いてある剣を取りに行こうとすると…

コンコン…

控えめなノックの音が響いた。

「へ?」

少々間抜けな声を出してしまった。でもしょうがないだろう。

父さんが死んでこの家に引っ越して以来、来客など一度もなかったのだ。

「……っと、はいはい」

呆気にとられて硬直してしまった。早くでないと…

がちゃ

「………」

ドアを開けるとそこには女の人が立っていた。

 

第2話「訪れた人」

 

「じゃあジュディさんは母さんの同期生なんですか?」

突然の来客…ジュディさんというらしい…に紅茶を入れながら質問する。

「ええそうよ」

口元に笑みを浮かべながらジュディさんは返事をした。どこか安心させられる笑顔だ。

ちなみにシルフィはさっきから姿を消している。シルフィは精霊であるため、その気になれば姿を消すことが出来る。まあ僕にはシルフィが何処にいるかぐらいわかるが。

あいつは人前に現れるのは苦手なのだ。

はじめの頃は母さんがいるときは決して姿を見せなかった。

慣れたら平気らしいが…まあそれはいい。

「どうぞ」

テーブルに紅茶を置く。

「あら、ありがとう」

ジュディさんが紅茶をすする。

その動作一つ一つが上品なしぐさで、なんだか住んでる世界が違うといった感じだった。

「ところで…」

「はい?」

「ローラは何処にいるの?」

ローラというのは僕の母さんの名前だ。

今、母さんは家の裏のお墓の下に眠っている。

「母さんは2年前に病気で…」

「えっ?」

我ながらあっさりした物言いだと思う。だが母さんが死んでから二年もたっているのだ。

気持ちの整理位ついている。

「そうなの…」

「…………」

「…………」

「お墓…見ていきます?」

 

 

 

ジュディさんを母さんの墓に案内する。

「…………」

ジュディさんは膝をついて手を合わせている。

(マスター…)

(何だシルフィ?)

シルフィが意識内で話しかけてきた。僕たちは意識を共有することで声を出さなくても会話ができるのだ。

俗に言うテレパシーという奴だ。

(少し…席を外した方がいいんじゃない?)

(そうだな…)

ジュディさんは口を手で覆い、何かに耐えるようにしている。

しばらくすると、小さな嗚咽が聞こえてきた。

僕は無言で家に入った。

 

 

 

家に入って待っていると、ジュディさんが入ってきた。

「ごめんなさいね」

「いえ…」

目が赤くなっていることには気付かない振りをした。

「それで…ライル君…だったわよね?」

「はい」

「あなたは今一人で暮らしているわけ?」

「まあ…そうなりますね」

本当はもう一人いるのだが…

いや…精霊だから一人暮らしと言ってもいいのかな?

「そう…大変なんじゃない?」

「大変は大変ですけど…」

ジュディさんは少し黙考すると、顔を上げて何か決意したように言った。

「じゃあ私の所に来ない?」

「え?」

「今私、あなたのお母さんの母校でもあるヴァルハラ学園ってトコの学園長をしているの。あなたさえよければうちに来ない?」

僕はしばらく思考が止まった。

学校へ行く。思ってもみなかった誘いだ。

正直行ってみたい。でも…

「…無理です」

「どうして?」

「僕はお金を持ってませんし、それに住むところもないですし…」

ジュディさんはああっ、と納得したように言った。

「それなら心配しないで。うちの学校には寮があるし、お金は私が貸したげる。出世払いでね」

(………どうしよう?)

とりあえず横で話を聞いていたシルフィに聞いてみる。

(もちろん行くべきよ!!)

当然!っといった感じでシルフィが言う。

これでもか!っというほどうれしそうだ。

(私も町の方に行ってみたかったのよね〜。早速準備しなくちゃ。あれやそれやこれも…)

(ちょっと待て!)

(なによマスター)

不機嫌そうにシルフィが言う。自分のすることに水を差されて怒っているようだ。

(あのな、さすがに初対面の人にそこまで頼るわけにはいかないだろ?)

(別にいいじゃん)

(あ、あのな〜)

「あの…ライル君?」

し、しまった思いっきり無視する形になってしまった!

「あ!す。すみません!ちょっとびっくりして!!」

「ごめんなさい。少し唐突すぎたかしら?」

心底申し訳なさそうにジュディさんが言う。

うう…なんか罪悪感が…

「でもね、実は結構前からローラからこのこと頼まれていたの」

「え、そうなんですか?」

「うん。念話って知ってる?」

「はい。確か超上級の魔法使い同士で使われる長距離通話でしたね?」

つまるところテレパシーの強化版だ。

まあ僕とシルフィのものとは違っていろいろ制約があるみたいだが…

「ローラとはそれで連絡を取ってて、あなたをヴァルハラに入学させようってずっと前から言ってたの。でもここ数年何度話しかけても答えてくれなくてね…」

母さんそんな話を進めてたのか。初耳だぞ、話してくれてもよかったのに…

「そういうわけで…約束していたし、あなたさえよければうちの学園に来ない?」

(ほらほらマスター。こういってくれてることだしさ。男ならどんといけ!骨は拾ってやるから)

(なんだその骨は拾ってやるからってのは!?ったくわかったよ…)

(えっ!?ほんと!)

(まっ、正直ココで暮らすのも限界だしな。せっかく母さんがお膳立てをしてくれたことだし)

僕はもう迷わなかった。

「じゃあ…頼んでみてもいいですか?」

ジュディさんは自信満々に手で胸をたたいて。

「もちろん!お姉さんにどんと任せなさい」

と言った。

どうでもいいけどお姉さんって歳なのだろうか?

確かにずいぶん若く見えるのだが…

母さんと同期だって言うくらいだしなぁ

とてもじゃないが無理がないか?

(あっ…)

(ん?)

「ら〜い〜る〜く〜ん?」

気がつくと、なにやらジュディさんがものすごい形相で僕を睨んでいた。

(マスターまた声に出してた…)

(な、なに〜!!)

「少しお仕置きが必要みたいね…」

ジュディさんはそういうとどこからかハンマーを取り出してきた。

ご丁寧にもそれには「100t」と書いてある。

 

 

 

「天誅〜!!!!」

ドガアアァァ!!!

「ぎええぇぇぇーーーー!!!!」

 

 

 

ジュディさんの本性を垣間見た気がした。

教訓:ジュディさんに歳のことを話すのはやめよう…

 

 

 

「…とまあそれは置いといて」

やっと怒りが静まったらしいジュディさんが話を進める。

すでに僕の顔はボコボコだ。

しかし、なぜが家や家具はいっさい壊れていない。

……謎だ…

怒りが収まったのを確認すると、外に避難していたシルフィが戻ってきた。

ジュディさんからは見えないため、危うく殴りつけられそうになっていたのだ。

「まあこれからは普通に話しますよ」

と、いうことは今までは普通じゃなかったわけだ。

つまり演技か。猫をかぶってたとも言うな。

「じゃああなたは私と一緒に王都セントルイスまで来てもらいます」

「セントルイス?」

「だいたいここから3,4日位かしら?まあ街道が整備されてるから、そう危険はないはずよ。それからあなたには寮に入ってもらうことになるから荷物もまとめてね」

う〜む、なんか今までと違って話し方がフレンドリーになったというか…

でもこっちの方がぴったり当てはまってるといった感じだ。

これがこの人の普通なんだろうな。

「それからやっぱりある程度の学力は必要ね。…あなた勉強は?」

「はい。母さんの残した本で少しはしてます。まあその本棚にある本はだいたい理解してますけど…」

そういって部屋の壁を一面まるまる隠している本棚を指さす。

蔵書は約500冊。ほとんどは小説や伝記の類だが学問書や魔法書も結構そろっている。

「へえ…」

ジュディさんが値踏みするように本棚を見つめる。

「うん。これなら問題ないでしょ。ちょうど入学試験の範囲と同じくらいだわ」

ちなみに倉庫にはもっと難しい本もある。

しかしまだよく理解できないのでゆっくり時間をかけて読もうと思っていたのだ。

「それで一つ聞きたいんですけど…」

「ん、なあに?」

「ヴァルハラ学園でしたっけ。そこはどんなところなんですか?」

ジュディさんはう〜んと考え込むようなしぐさをしていった。

「ローラント王国が保護している学校でね、人材育成機関ってトコかな。卒業生は冒険者になる人もいれば、学者になる人もいるし。まあいいところよ。王家の保護があるから授業料も比較的安いし」

「はぁ…」

「まあそんなことは来たらわかるから。じゃ、さっそく荷物をまとめなさい。なるべく早く出たいんだから」

「って!今日出発するんですか!?」

「当たり前じゃない。善は急げよ」

(何当たり前のこと言ってんのマスター)

ついさっきまで一言もしゃべらなかったシルフィも言う。こいつは…

「さあ早く準備する!」

「わ、わかりましたよ…」

 

 

十分後

 

 

「ふう、こんなもんかな」

僕は鞄いっぱいに荷物を積めた。

中身は着替え、洗面用具、本数冊、少しばかりのお金等々。

ジュディさんがだいたいのものはこっちで用意すると言ったので本当に必要最小限に押さえた。

「こんなもんですね」

「じゃあすぐ出発よ」

僕の準備ができたのを確認するとジュディさんはすぐに出ようとする。

「ちょっと待ってください」

「なに?」

「30分ほどだけ待ってくれませんか?どうしてもしたいことがあるんです」

そう、この家を出る前にどうしてもやっておかなければいけないことがあるのだ。

「わかったわ。何か大切なことなのね?」

「…はい」

「じゃあさっさと済ませてきて」

「はい!」

返事をすると僕はすぐに家を出て山の頂上へと向かう。

そして着いてきたシルフィ(もう実体化している)にむかって言った。

「ちょっと急ぐから力を貸してくれ」

「おっけ〜、『ウインド・ムーブ』!」

シルフィが返事をするとほぼ同時に僕の周りに風が集まる。

これは風の精霊魔法の一つでスピードをアップさせるものだ。

シルフィは風の精霊なので、普通の人が使うよりもその効果は格段に上がっている。

ここら辺は契約してる者の特権の一つだ。

契約している精霊と同じ属性の精霊魔法で、ある程度簡単な物なら精霊に詠唱無しで代わりに使ってもらえる。

魔法により普通なら1時間はかかる頂上までの道のりを10分そこそこで踏破する。

「ふう、この木はいつ見てもでかいな」

僕の目の前には圧倒的な存在感と、見る物を安心させる雰囲気を持つ巨木…マザーアースがあった。

木に近寄ると木陰で休んでいた精霊たちが僕とシルフィの周りに集まってきた。

彼らはシルフィと違ってしゃべることはできない。

しかし、話したいことは何となくわかる。

「…というわけで私とマスターはこの山から出るわ」

シルフィがいつの間にか精霊たちに事情を説明していた。

話を聞いた精霊たちは心配そうに僕の周りを飛ぶ。

「大丈夫。ジュディさんもいい人みたいだし、たまには帰ってくるから…」

「そーよー。まっ、私も着いていくんだから大丈夫にきまってるわ」

「お前が唯一の不安材料なんだけど…」

「マスターも言ったとおりたまには帰ってくるから、そう悲しそうにしないでよ」

……聞けよ

 

 

 

ひとしきりお別れを言ったあと、僕とシルフィは家に向けて全力疾走していた。

「しかし、無理して着いてくることないんだぞシルフィ…っと」

地面からせり出した岩をジャンプしてかわす。

ちなみにシルフィは僕の肩にしがみついている。

「何いってんのマスター。私が居ないと何にもできないくせに…」

「お前、それは違うだろ。どっちかというと逆のような気がするぞ」

駆け下りるスピードは変えずにシルフィの方を向いて言う。

「倉庫にしまってあった罠用の鳥もちに引っかかって半泣きになってたじゃないか」

「うっ!…まあそれはそうと……」

「話を逸らすな」

「5年も付き合ってきた相棒を置いていくことはないんじゃない?」

全く人の話を聞かない奴だ。

…でも、まあそうだな。特に母さんが死んでからの2年間はシルフィがいなかったらもっと退屈なことになっていたに違いない。

もうシルフィが居ないとどうにも不自然だしな。

「勝手にしろ」

「もう、素直じゃないんだから。シルフィリア様どうか着いてきて下さい、くらい言えないの?」

「アホか…」

そうこうしているうちに家が見えてきた。

入り口の所にはジュディさんが待機している。

ざざっ!

ジュディさんの前で急停止。

ふっ…100点だな。

「お待たせしました」

「そんなに待ってないけど…

それよりさっきのは精霊魔法なの?」

ジュディさんが尋ねてきた。

「ええそうですけど…」

「ただの精霊魔法にしてはずいぶん効果がすごかったみたいだけど…」

「風系とは相性がいいんです」

これはウソではない。

事実、契約するには相性がある程度良くなければいけない。

「そうなの?それだけであれほどの効果が出るものかしら…」

ジュディさんは納得がいかない顔でこちらを見るが、笑ってごまかす。

シルフィから、「他人には私のことは言わないで」と言われているからだ。

精霊というのは基本的に人前には出ないのだ。

「まあいいわ。さあ出発しましょう。まずは麓に置いてある馬車に乗って、それからセントルイスに向かうわ。馬車と言っても私の魔力で動く魔法馬車だけどね」

魔法馬車。自動車とも言われている10年ほど前に開発された移動手段の一つだ。

鉄の箱に車輪を付けたような物に乗り込み、操縦者の魔力を動力源にして動く。

普通の馬車よりもスピードは出るが、その消費魔力の大きさと価格の高さからあまり普及していない。

小さい頃に一度だけ乗ったことがある。

意外と振動は少なく、快適な乗り物だった。

「じゃあ行きましょうか?」

ジュディさんに従って、僕は5年ぶりにこの山から出た。

にやっ、と笑っているジュディさんに、嫌な予感を感じながら…

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