「さあ、ライル! 私が来たからには百人力よっ」

などと声高に叫びながらガーランドの背に跨るルナから、ライルは微妙に視線を逸らした。

なんというのか、シリアスな戦闘シーンに登場して良いノリではない。

「……なんと乱暴な。あのような魔法使い、古代にもいませんでした」

「いたら驚きだよ」

ベルの呆れ声に、ライルは全力で同意する。あれは、ある意味千年に一度の天災だろう。誤字ではないのであしからず。

「しかし、実力は確かなようですね……」

「困ったことにね」

練り上げられた爆裂魔法は、レギンレイヴに直撃。煙が晴れたあとには、全身に傷を負ったレギンレイヴがいた。

神族の高い魔法防御を貫いて、あれだけのダメージを与えるには、相当の威力が必要だ。

「ん〜ん〜? 生意気に、治っていってるわね」

ライルたちの傍に来て、ガーランドから飛び降りるルナ。

馬扱いされたガーランドは、非常に不満そうだったが、流石にこの場で文句を言う事はせず、淡々とリーザを降ろす。

「ガーランドさん」

「大丈夫だったみたいだな」

ライルは力ない笑顔で答える。

正直、そうとう疲れている。誰かを護りながら格上と戦うのは、想像以上に消耗するものらしい。

仲間が来て、その疲れが一気に来た。

「……気をつけてください。あの人、かなり強いです。あと、あの剣……」

「見れば分かる。これでもお前らより実戦経験は豊富だからな」

ライルが、レギンレイヴの剣について説明しようとすると、当のガーランドは手で制した。

「俺たち二人で攻めれば、どうにかなるだろう。援護頼むぞ、リーザ」

「うんっ!」

ぐっ、と親指を立てて、リーザが頷く。

ライルとしては、こちらに流れ弾が飛んでこないのを祈るばかりだ。

「ベルは休んでて。かなり疲れているでしょ?」

「いえ、ライルさん。わたしは……」

バテバテのベルにライルはそう言うが、本人は強がってみせている。

そのベルに、おもむろにルナは近付き、

「ふんっ!」

「あたっ!?」

見事なヘッドバットを食らわせた。ベルの頭上に星が光り、目がぐるぐるになる。

「んなフラフラで、なにができるっつーのよ。あんたに怪我でもされたら困るんだから、すっこんでなさい」

「いや、ルナ。言ってることは正しいけど、なぜ頭突き?」

「んなもん、ノリよ、ノリ。それより、いいの? もう、あちらさんは準備できているみたいだけど」

見ると、レギンレイヴが増えたこちらの味方を見て、目を細めて観察してきている。どうやら、警戒を高めているようだ。

それも当然。

ガーランドとリーザ、そしてルナが加わった今、パワーバランスは一気にこちらに傾いている。

六:四くらいで、こちらが有利だった。

「……気を抜けるほどの力の差はないぞ」

「わかっています」

スタミナに関しては、人間の及ぶところではない。ライルとの戦闘での消耗など、苦にしないだろう。対してライルの方は、まだまだ動けるが、到底ベストとは言えない。

「なぁに、気弱なこと言ってるのガーちゃん。わたしたちがいるんだから、ダイジョーブ」

「リーザの言うとおり。あんたたちがしっかり守ってくれりゃあ、私らがきっちりドカーンと決めてやるから、安心して行ってきなさい」

思わず、ライルはガーランドと顔を見合わせた。

お互い、その表情は二人の魔法使いを頼もしく思うものではなく、思い切り不安そうな顔。

リーザは、言わずと知れたキング・オブ・ノーコン。実は敵に当てるよりガーランドに当てる方が多いという、天下一品の暴発娘だ。

ルナはルナで、リーザに比べれば優等生に分類される魔法使いだが、少し辺りが見えなくなると平気で味方も巻き込むような大魔法を使う。

「……とりあえず、生き残りましょう」

「ああ」

二人は、固く腕を交わす。それは、死地に臨む戦士の固い固い誓いだった。

『……いや、なんでこう、後ろばっか気にしてるの、この二人』

シルフィのみ、第三者の視点から冷静に突っ込みを入れる。

彼女は一つため息をついて、気持ちはわからんでもないけどね、と小さく呟き、ライルの元に飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うりゃあ!!」

ガーランドの、重い一撃がレギンレイヴを襲う。

威力に比べ、スピードが乗らない攻撃。普段のレギンレイヴならば、容易に躱すことができる、が、

「チッ」

舌打ちし、その攻撃を光剣でまともに受ける。

受けざるを得ないように、ライルが威力を捨てた素早い攻撃でレギンレイヴの動きを縛っていた。

「しかし、二刀流もできるのか!?」

「便利な武器、ですよねっ!」

二つに分かれた光剣を振るうレギンレイヴを前に、前衛二人はそう声を交わす。

実際、あらゆる間合いから振るわれる変幻自在の武器は脅威だろう。

しかし、それでも現状はライルたちの優位で戦闘は進んでいた。

「クッ」

レギンレイヴは、焦る。

二人のタイプの違う戦士に、先ほどから要所要所で邪魔をしてくる魔法使い。その四人のコンビネーションから、反撃の糸口をつかめないでいた。

不甲斐ない自分を情けなく思った。

――実際、レギンレイヴは、それほど強い神ではない。

中位上級。平均よりは上であるが、二千年近くの永きに渡り存在する神としてはありえないほどに弱い。

神族のように霊的な存在にとって、重ねた年月はそのまま力の強さを示す。彼より高齢な神と言えば、主神を含め極少数。全員、最上級の神として名を連ねている。

そんな彼らと比べれば、レギンレイヴの力など問題にならないほど弱い。

だがしかし、レギンレイヴの中には最古の神の一人としての誇りが、確かにあった。

「負けられん。その娘は、我ら神族を――そして、人の社会を根底から揺るがす」

人と、神。

時代によって、その力関係に微妙な揺らぎはあったものの、その上下関係ははっきりしていた。

人に比べ、ずっと数は少ないが、その数を補ってあまりある力を持つ神という存在は、時に尊敬を、そして時に恐れをもって語られる。

実際、しばしば神は『天罰』という名目で、人の世を揺るがしてきた。

人はその理不尽な罰に怒りを覚え、神を恨み、時に神に逆らう人間もいた。

しかし、ここに一つの事実が存在する。

仮に『神』がいなければ、人類はとっくに滅びていただろう、という事実だ。

単純に、力持つ魔王を神族が倒してきた、というだけではない。

人より上位の力を持つ神の存在は人間を引き締める規律となり、人同士の争いを回避するために必要な『天罰』は確実に死を迎える人数を減らしていた。

神族は無条件に人間の味方をするわけではない。

が、一方で、人間という種族に、神族の存在が必要だという事は紛れもない事実だった。

だが、ここで神への転生を可能にするような技術が公表されれば。

実際の成功率がどれほど低かろうが、『出来るかもしれない』と思わせるだけで、人の神への畏怖の心は多くがなくなる。

そうすればどうなるか。人同士の争いは言うに及ばず、神に戦争を挑む愚かな国も出てくるかもしれない。そうすれば、神族としても戦わざるを得ないが、そうなったときその国に待つのは滅びのみだ。

そのような事態、到底看過するわけにはいかない。

「そのためにもっ」

ギラリ、とレギンレイヴの瞳がベルの姿を捉える。

「なっ!?」

「んな強引に!?」

ライルとガーランドの二人を、腕力に任せ弾き、真っ直ぐベルに向けて突進する。

「しっつこいのよ! 『フレア……』」

「『サンダー!』」

ルナは真紅の魔力、リーザは雷系の魔力弾を構える。

二つとも相当な威力で、レギンレイヴも直撃を受ければ治癒に二十分はかかるだろう。

……だが、逆に言えばその程度だ。

「『ブラストっ』」「『シュート!』」

放たれると同時、レギンレイヴは光剣術式『ヘリオス』を前面に展開。自身を守る楯とする。

「ぐ、おおおお!!!」

しかし、残り少なくなっていた光量では、この二人の卓越した魔法使いが放つ魔法を受け止めることは叶わない。

あっさりと貫かれ、身を焼かれる。

「ふん、この程度、か」

「んなっ!?」

一言残し、レギンレイヴはルナとリーザの横を過ぎ去った。

どれだけレギンレイヴを焼こうとも、彼を消滅させない限り止めることは出来ない。

そして、彼女らの張っている結界では、レギンレイヴの足を止めることは不可能だった。

「……後衛を信じすぎたな」

先ほどまで、自分を一人で抑えていた剣士に向けて呟く。

確かに後ろを守る二人は非凡な魔法使いだ。彼が、後ろを任せて突っ込んできたのも分かるが、どう見てもこの二人は誰かを護る戦いには向いていない。

結果、たった一人で護りきっていたベルを、こうして自分の前に無防備にさらすことになってしまっている。

「終わりだ」

人数が増えたとき、ここで祝福の鐘を殺すのは無理かとも思ったが、終わってしまえば、あっけないものだ。

レギンレイヴは、掌をベルに向ける。

……どれだけ魔力に優れていようと、ホムンクルスの肉体は脆弱だ。もはや魔法を使う余力など、あるわけがない。

無論、防ぐことなど、できやしな――

「ああああっっ!!」

「なっ!?」

ベルは、この少女は。

……噛み付いてきた。神である、レギンレイヴに。

「なにを、無意味な事を」

「むひゃひゃありまひぇん」

腕に噛み付いているが、所詮少女の顎。食いちぎるどころか、レギンレイヴの皮膚を貫くことすら出来ていない。

まったく無意味な抵抗。ただ、往生際が悪いだけの、愚かな行為。そのはずなのに……

なぜか、レギンレイヴは、それを懐かしい、などと思ってしまった。

「だっ!」

そして、その一瞬の躊躇が、彼の命運を決めた。

ゴスッ、とルナのエルボーが彼に文字通り『炸裂』する。

炎の魔力が込められたエルボーは、レギンレイヴを爆発と共に吹き飛ばし、

「れっ!」

続けて、追撃の火球。

無詠唱ゆえ、それほどの威力は込められていないが、数が尋常ではない。

まるでマシンガンのごとくレギンレイヴに一つ残さず叩き込まれ、

「がっ!」

そして、ルナの手に魔力が集中していく。

本日最大級。

小声で唱えている呪文は、長大かつ精緻。

芸術的なまでの炎の魔力が練り上げられ、

「『この程度』なのよ!? 『クリムゾン!』」

これこそ、ルナの最大魔法。

古代語魔法の中でも上位に位置し、霊性の存在すら焼き尽くす浄化の炎。

「『フレアっ!!』」

クリムゾンフレアの炎が、レギンレイヴを包んだ。

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