時間は少し逆戻る。

「ふっ!」

もはや夜も深まり、数軒の明かりしかないとある村の広場の上空に、アレンは出現した。

天地逆転した姿勢にもかかわらず見事身体を捻り着地する。

「あ」

短い悲鳴が上から聞こえ、ギクリとするのも束の間。突如降ってきたクリスに、アレンは潰された。

「ど、どけっ!」

体勢が悪く、見事うつ伏せに倒れこんだアレンは猛然と抗議し、

「うおおおお!?」

「ひぇええ!?」

クリスがその上から退いた直後、またしても二人の影が追加でアレンにボディプレスをかました。ひげぇ、という声も生々しい。

「あ、あんたら、俺に恨みでもあんのか」

骨が折れるかという思いをしたアレンは、自分の背中で尻餅をついているスルトとネルに言う。

「不可抗力だよ」

「いたた……骨折れたかも」

せめて一言くらい謝って欲しかった。というか、一応皇太子なんだけど、俺……とアレンは思う。

「……にしても、ここは」

「スコッツの村だね。アルグランから半日ほどいったところにある」

アレンの声に、クリスが答える。

なるほど、暗いから分からなかったが、グローランスまでの旅路の途中、最後に補給した村で間違いなかった。グローランスの近辺は警備でガチガチに固めてあるため、グローランスまでは普通の足でまだ二日程度かかるこの村が一番近い人里と言う事になる。

「情けでもかけられたってわけか」

クソ面白くねぇ、とスルトは足元の小石を蹴り飛ばした。

ガラが悪いことこの上ない。

「い、生きているんだからそれで良しとしましょうよ」

ネルの言葉に、わかってるよ、とスルトは返す。

「……って、ライルやベルって娘は大丈夫じゃねぇぞ。どうにかしないと」

もはや興味無しとばかりにふて腐れ始めた二人に、アレンは突っ込みを入れた。

「つってもな。ここからどうやって助けに行くよ? マスタークラスの移動系魔法使いでも数時間はかかるぞ。俺たちに出来るのは、祈ることくらいだと思うが」

「む」

確かに正論である。

数時間かけて行ったとしても、とっくに戦いは終わっているだろう。

あそこまでガチでやりあっていたのだ。逃げ延びて助けを待っている、などという状況になるとは考えにくい。

だが、例えそうだとしても、親友が戦っていると言うのに、座して待つというのはアレンには耐えられない。

「ルナさんとリーザとガーランドさん、途中で瞬間移動から抜けてるみたいですから、助っ人はあの人たちに任せましょう」

ネルが言って、やっとアレンはその三人がこの場にいないことに気がついた。

「くっそ……本当に、なにもできねぇのか?」

「アレン、落ち着いて」

「落ち着いてるよっ」

クリスの言葉にも、アレンは乱暴に返す。

ここまで自分の無力さを感じたのは、久々だった。例えどれだけ巧く剣を触れたとしても、神の理不尽な力の前ではまったく意味がない。

ああいうのに対抗できる、そんな力が自分にもあれば。

いや、この際自分でなくても良い。ライルたちを助けに向かえる、そんな人がいればこの頭などいくらでも下げるのに……

――と、そこまで考えて、アレンは唐突に思い出した。

「あああああああ!!!」

「どうしたの、アレン?」

「ガイアだよ、ガイア! あいつなら、何とか助けに行けるんじゃねぇかっ!?」

あ、とクリスも手を打つ。

この国の守護精霊を任されている大地の精霊王ガイア・グランドフィル。

精霊王というと、主神に準じるほどの力と権能を持つ最高位の存在だ。確かに、彼ならばライルたちを助けに行くことなど容易……

「あ〜、駄目駄目。俺は、あの都市に関われない」

「のわぁ!?」

突如、ぬっ、と地面から頭を出した緑髪の男に、アレンとクリスは思わず飛びのいた。

「???」

どうやら姿を消しているようで、いきなり妙な動きをするアレンとクリスに、スルトとネルの二人は不思議そうにする。

「よっ、と」

その首だけ人間と化したガイアは、手をこれまた地面から出し、よっ、と身体を引っこ抜いた。

「神相手にドンパチやらかすのはなぁ。シルフィだって、あの坊主の契約精霊としてしか動いてないし」

どうやら、事態はおおよそ把握しているらしい。

このタイミングの良すぎる登場といい、どこかで見ていたのだろう。

「な、ならその範囲で助けてくれよ」

ガイアのにべもない言葉に、なんとかアレンは追いすがろうとするが、無理無理と手を振られた。

「俺が契約しているのは、お前ら個人じゃなくて、王家であり国家だ。国が滅ぶような事態ならともかく、あの件に関して俺は直接手を出せない」

「直接?」

クリスがその言葉尻を捕らえた。

要するに、間接的には手を出せると言う事。

「……まあ、直接争いに関わらないなら、ギリセーフ、かな」

肩をすくめるガイアに、アレンとクリスは目を輝かせた。

なにせ、精霊王である。四人の人間を、グローランスまで運ぶなど、朝飯前に違いない。

「じゃあ、僕たちをグローランスまで運んで……」

「無理」

そして、速攻で断られた。

「な、なんでだよっ!? このケチっ!」

言った瞬間、ガイアの手がぬっ、と伸びて、アレンの頭を鷲掴みにした。

「目上の人間にナメた口聞くもんじゃねぇぞ? その腕くっついてるの、誰のお陰だと思ってやがる」

「痛い痛い痛い痛い痛いっ!?」

以前、ガイアの力添えで切り飛ばされた腕が治ったアレンは、現在その相手に殺されそうになっていた。

というか、握力スゴすぎる。

「あのな、俺の属性は『土』だ。動かざること山の如しっつーだろ。基本的に移動は苦手なんだよ。そーゆーのは、風の専売特許だ。……あと、光とか」

「光?」

クリスが、その言葉に違和感を感じて首を傾げる。

基本的に、移動系の魔法というと風系統くらいしか知らない。あとはほとんど喪われてしまっている空間系とか。

光と移動、というのはどうにも繋がらない。

「自分の身体を光に変えて、文字通り『光速』で移動する魔法があるんだよ、一応。速度早すぎて制御がクソ難しくて、使えるのは光の精霊王とあと一人の精霊だけ。……人間で使えたのは、五百年ほど前にいた、理不尽の権化みたいなやつだけだな」

ま、どうでもいい話だが、とガイアは呟く。

「とにかく、俺じゃあ運べない。精霊界経由なら人間界の距離は関係ないけど……あんまホイホイ人を入れるわけにはいかないんだよ。掟だからな」

「じゃあ、やっぱりなにもできないのか……」

そうだな……とガイアは言った。

彼としても、ライルとは何度か話したこともあるし、シルフィの契約者でもある。助けてやりたいが、手出しはできない。

「あー、その、アレン、クリス王子? そこに誰かいるのか?」

なにやら切羽詰った会話らしかったので、疑問を封じ込めていたスルトが尋ねた。

クリスがガイアに視線をやると、彼は頷いた。

「今、ここにアルヴィニアの守護者、大地の精霊王がいるんです」

姿を見せるわけにはいかないらしいが、存在くらいは教えてもいいということだろう。

「精霊王?」

一応、その単語の意味くらいは分かるスルトだが、それこそ御伽噺かなにかでしか聞かない言葉だ。首をかしげた。

「でも、ガイアでもどうしようもないそうです。……やっぱり、ここで祈るくらいしかないんでしょうか」

「……なんだ、その精霊王とやらは、俺らを助けてくれる気はあるのか?」

「はい。ですが、神族と諍いを起こすわけにはいかないので、直接手出しはできないそうです」

ふむ、とスルトが唸る。

「……その話。本当なら、手、あるかもしれねぇぞ?」

その言葉に、思わずアレンとクリスは顔を見合わせるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ベルっ!」

ライルの横をすり抜けて、レギンレイヴはベルに一直線に向かう。ライルは慌てて追いすがるが、それよりもレギンレイヴのほうが一瞬早い。

「くっ……!」

迫るレギンレイヴに、ベルは短く呪文を唱えた。

耳に響く、聞き慣れないその単語は、一言で長大な意味が込められている。一般に、十秒近い詠唱が必要な規模の結界が一瞬にして構築された。

「ふんっ!」

しかし、レギンレイヴの光の剣にとって、それは大した妨害にはなり得ない。

ただの一振りで、結界は霧散する。

「!?」

「うおおおっ!」

だが、その一瞬の間があれば、充分だ。

ライルは、レギンレイヴの背中に剣を叩きつけ……

「はあ!?」

……いや、防がれた。

一瞬にして形状変化を遂げた剣がライルの剣に対する壁となる。

「くっ!」

攻撃は無理だと悟ったライルは、なんとか体を入れ替えることでベルを背後に回す。

攻めきれない、とレギンレイヴは判断したのか、一旦退いてくれた。

「……あの剣すごく厄介だ」

ベルの堅固な結界を容易く切り裂く威力といい、そして近接戦での利便性といい、あの光の剣はレギンレイヴの奥義の一つと見て間違いないようだった。

形状変化はまったくの自由自在、というわけでもないようだったが、ここまでで剣、槍、楯、矢という多彩な武具に変化した。

接近戦で勝ち目はない。

「……ベル、大丈夫?」

「平気、です」

強がりだと一目で分かった。

既に肩で息をしている。魔力は余裕があるようだったが、体力がもはや限界を突破している。

剣のやり取りで勝てない以上、ベルの魔法が頼みの綱なのだが……

「……くそっ、ルナがいればな」

遠くに飛ばされているとわかってはいても、言わずにはいられない。

レギンレイヴの光の剣は、ベルの魔法を防いだ時、明らかにその量を減らした。すぐさま補充されたが、アレは魔法をぶつけることで『消費』させることが可能な代物だということだ。

だが、剣に魔力を込めた程度では屁のツッパリにもならない。

「……ライルさん」

「ベルっ! 油断しないで!」

レギンレイヴはすぐさまライルたちのほうへ飛んできた。会話している暇などない。

「その、ルナさんというのは」

ライルは背中にいるベルが、後ろを振り向いていることを気配で悟った。

なにをしている、と叱責しようとしたが、それはすぐさま遮られた。

「はーーーーーーーーっはっは! ライル、私の事を呼んだかしらっ!」

そんな聞きなれた声と共に、もンのすごい轟音が響いたためだった。

具体的には、レギンレイヴのいた辺りで大爆発が起こった。

「ふんぎゃあああああああ!?」

爆風に煽られ、ごろごろとライルは後ろのほうへ転がる。

咄嗟にベルを庇ったのは、なかなかのファインプレーだった。

「あー、ルナ」

自分だけ爆風を遮ったシルフィが、ペチッ、と額を叩く。呆れているようだ。

「その、ルナさんというのは、あの悪魔のような人のことでしょうか?」

ベルの、あまりにも素直な言葉に、ライルは思わず頷くのだった。

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