「……というわけで、『正しい鍵』を持っていたライルは自動的に転送されたのよ」

「入ったところまでは一緒だったんだよね? ということは、正規のパスを持ってる人間でも、一回はこの亜空間に入るってこと?」

「多分ね。まあ、亜空間魔法の術式なんだから、一部を書き換えて空間転移させることくらいは難しくないんでしょ」

「ということは」

「そうね」

延々となにやら怪しげな打ち合わせをしていたルナとリーザは、なにやら一つの同意に達したらしい。

ニヤリ、と背筋がゾクリとする笑みを浮かべて、なにやら怪しげな魔法陣を地面に描き始めた。

「……えーと、なにをしているんだ?」

マッドな雰囲気を持つ二人に少しビビりながらも、ガーランドが尋ねた。

「なぁに。正規のルートがあるんなら、そこを使わせてもらうまでよ」

「詳しく術式を解析すれば、センサーを誤認させてうまいこと転送してもらえるかもしれないし。……あ、ルナ、ここの文字なんだっけ」

そこはね、と割と親切にリーザに助言するルナ。

ガーランドやアレンにはその説明ではよくわからなかったが、クリスは漠然となにをしようとしているのか察したらしい。

「……探査用の魔法陣? まさか、ここのトラップの術式、全部解析するつもり?」

「そうよー」

おどろおどろしい文様は、相手の魔法を逆探知したり、その構成を明らかにするもの。

しかし、クリスの常識で考えると、今自分達が囚われている亜空間を構成しているような大規模かつ複雑な術式を解き明かすには、コンマレベルの精度が要求されるし、読み込むためにはそれこそ魔法使い数十人分の膨大な魔力も必要だ。

「そんな、神業みたいなこと」

「私だって、なにも一年間ぼーっとしてたわけじゃないわ。この手の魔法が意外に役に立つってわかったしね。勉強してたの――って」

リーザ、どきなさい、とルナが魔法陣の一角を書いていたリーザを蹴り倒す。

「な、なにするのー」

「こんな雑な陣じゃ暴発すんでしょうが。絵のセンスがないのは引っ込んでなさい」

ひどいー、と言いながらも、リーザは大人しく従った。

なるほど、ルナの手つきを見るに、その判断は正しいのだろう。手で書いているのに、円は見事な真円を描いているし、字は教科書に載っているような確かな線だ。

「アンタは瞑想でもして魔力高めときなさい。アンタのバカ魔力がないと、最後まで読めないんだから」

「ううー、わかった」

言われ、渋々とリーザは目を瞑り集中し始めた。

リーザの体内の魔力が循環し始め、どんどん力強くなっていき、周りにピリピリとした圧力を生み出す。

「う、わ。すごいね」

初めて彼女の全力を間近で見たクリスは目を白黒させる。

これは、個人が持っていいような魔力量ではない。生物よりももっと強大な……そう。魔力炉とか、そんなレベルの力だ。規模だけなら、上級魔族にも匹敵する。

クリスとて、ヴァルハラ学園で色んな意味でスゴイ体験をしていなければひっくり返って驚いていたかもしれない。

「リーザ? 張り切って暴走とかしないでよ。そんな魔力が暴走したら、私たちみんな即死だわ」

死、という話を聞いて、男連中が一歩引く。

「だ、大丈夫なのか?」

一番魔力に鈍感で、それだけに恐怖心が強いアレンが、恐々と尋ねる。

「大丈夫だよっ。昔じゃないんだから!」

なぜかムキになったリーザが鋭く反論した。

昔は暴走してたのかオイ、と突っ込みたくなったアレンだが、隣のガーランドが苦い顔をしていたのでやめておいた。

「、っし。完成。リーザ。私の言霊に魔力乗せなさい」

そんなやり取りをしているうちに、ルナの方の作業は終ったらしい。この短時間で描いたとは思えないほど精緻な魔法陣が床に鎮座していた。

「ルナとの共同作業かぁ」

「うっさいわね。私だって嫌よ。でもこの先にある知識には互いに興味あるでしょ?」

あれ? なんか目的が違ってない?

「まあ、そりゃそうだけど」

「じゃ、さっさとやる。……私も邪魔しないように極力魔力が乗らないようにするつもりだけど、多少は魔力篭っちゃうでしょうから、うまいこと乗せるのよ」

特殊な契約でもしないない限り、他人同士の魔力は反発しあう。これは、二人がどれだけ卓越した魔法使いでも避けられないことだ。

そこで、片方が術式専門、片方が魔力専門、という風に分けるのは理解できるのだが……

それは、正直、他人の描いた絵に、好きに色を塗るような行為だ。出来ることは出来るが、線を描いた人物の想定どおりの色にするのは難しい。

「……ちゃんと、この魔法陣とこれからやろうとしてる術式、理解してるでしょうね?」

「一緒に研究してたとこじゃない。大丈夫だよ」

「……案外仲良かったのな、お前ら」

二人の普段の喧嘩っぷりを見ていたガーランドは呆れ顔で言う。

いつもぶつかってばかりだと思っていたが……

「まあ、利害が一致すればね」

「まぁねー」

それは仲がいいのだろうか?

「とりあえず、始めるわよ。……『秘奥を解き明かす探査針。魔を映し出す水鏡。探求者たる我が望みに従い』」

「ちょ、ルナはやっ」

リーザは必死で付いて行く。

その間、男達は――情けない話だが――ぬぼーと、見守っているだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「父親……?」

ベルの、いきなりのレギンレイヴ父親発言に、ライルは鸚鵡返しに尋ねた。

「正確に言うと製造者です。遺伝子提供者も彼なので、親と呼べなくもないですが」

「……神様だよ? って、そうか」

確か、『神への転生の法』とやらを完成させていたと聞いた。それならば、不自然でもないのか……とライルが納得していると、より事情に詳しいはずのシルフィは顔を引き攣らせ驚愕していた。

「なに? 成功例、あったの?」

「わたしも今始めて知りました」

「確かに、レギンレイヴの奴は古い神の割には不自然に力ないけど……単に同じ名前なんじゃない」

「どうでしょう。客観的に見て、可能性は半々というところでしょうか」

本気で驚いている様子の二人に、何も知らないライルは素朴な疑問をぶつけてみた。

「おかしいことなのか? 別に、そういう技術は開発されていたんだろ?」

「理論を完成させることと、実践できるかどうかはまったく別よ、マスター」

出来の悪い生徒をたしなめるようにシルフィが言った。

「人間の魂を神のそれに変質させる、って言葉で言うと簡単だけどね。霊的に『近い』精霊ならまだしも、神なんて……成功率なんて一割切ってんじゃない?」

「そもそも、もっと確実かつ安全に実行できるようになるまで、実践しようとする人がいませんでしたから」

「そなの……」

ベルの補足に、シルフィは頷く。

「えーと、待った。僕だけ話についていけてない。説明を求む」

ライルは手を上げ、ちょっと待ったコール。

実際、彼の常識とか知識とかではわからないことが多すぎる。

だが、言葉は選ぶべきだった。ライルが疑問を発した途端、ベルの目がキラリと光る。

しまった、とライルが思った直後、ベルはマシンガンのように説明を始めた。

「神への転生。転生ということかも分かるとおり、この法を実行した人間は一度完全に『死ぬ』わけです。本来ならばそのまま霊界に魂は移送され輪廻の枠に組み込まれることになります。ちなみに、生前なにか偉大な功績を残した生物はこの限りではありません。脱線してしまいましたが、何故『死』というプロセスが必要なのかというと、生前の魂は肉体に完全に癒着していて、加工が非常に難しいのです。ですから一度死を経て肉体から遊離させるわけなのですが、通常魂は霊体に覆われています。外科的処置で魂のみにした後に処置を施すのですが、この方法にも幾多の問題があり……」

「うわああああああああああ!!! いいからっ、そんな詳しく説明しなくていいからっ。要点だけお願いっ!」

このまま放っておくと、丸一日くらい延々と話を聞かされそうな勢いだった。

「いえ、不十分な説明で誤解が生まれてはいけません。問題その一。魂だけとなった存在は特殊な訓練を受けているか先天的に余程強靭でない限り、急速に原型――起源魂(オリジン)に戻っていきます。この訓練というのは人間界で行うのは不可能であり、精霊界、もしくはそれに準じる霊質に重きをおく世界でしか行えません。要するに、人間が元の人格、能力を保ったまま転生を行うのは、通常まず不可能という事で……」

「ていうか、長ったらしい説明しないと、うまいこと伝えられないわけね。情報を伝えるって役目考えると致命的欠陥じゃないかしら」

ぼそっ、とシルフィが突っ込みを入れた。

瞬間、ベルは電撃に撃たれたように硬直する。口も開いたまま。

「……えーと」

ライルがどう言ったものかと考えあぐねていると、ギリギリとベルの首が回転しシルフィに視線を固定する。

「ん? なに」

「な、なにを言っているんですか。わたしは正確かつ不足ない情報を提供しようとしているだけです」

「不足はないけど過分でしょ。必要な人に必要な分だけ。口頭で説明するだけで本とかより時間のロスは大きいんだから、そのくらいできなきゃ駄目でしょうが」

「馬鹿にするにもほどがあります。情報の要約など、容易に出来ます。ただ、この場合、より詳しい情報を提供する必要が……」

「ないわよね?」

シルフィがライルに同意を求める。

ライルとしては、コクコク頷くしかなかった。

「そんな、裏切るのですか、法の守護者!?」

「そ、そんな縋るような目で見られても困る。あと法の守護者はやめてってば」

「では、ライルさん。貴方は、その剣を持つものとして、わたしの立場を尊重するつもりはないのですか?」

「いや、だからこれは偶然手に入れただけで……そもそも、君の説明が長いって言うのは、その、事実だし」

がびーん、と背景音が聞こえた気がした。

ベルは相変わらずの無表情であるのだが、どことなく打ちひしがれたような雰囲気が漂っている。

「そ、そうですか……」

「いやあの、気にしないで? 君の話を何日でも聞いていたいっていう人が……」

多分僕の知り合いに若干二名ほどいるし。と続けようとしたライルだが、その言葉は言えなかった。

「……え?」

ゴゴゴ、と振動するような音が響いたためだった。

「そんな、ラストダンプが作動してる?」

「ら、ラストダンプってなに? 明らかにヤバそうなんだけどっ!」

先ほど、ベルに疑問を飛ばすのはやめようと思ったばかりなのに、ライルは思い切り聞いてしまった。

「その、この施設に侵入しようとした人間に対する最後のトラップです。不正な手段で無限迷路を突破した人物を、塔を崩して圧殺するという……」

「んなバカなっ!? そんなの、僕たちだって危ない……」

「いえ、作動直前に元々いたバベル内の人員はすべて塔外に転送されます。しかし、無限迷路を突破する人間が存在するなんて……精霊や神、魔族なら話は分かりますが……」

ベルは、どこか感心している様子だった。

しかし、ライルとしては感心している暇などない。この場合、無限迷路を突破してきた人間っていうのは間違いなく――

「ちょ、ルナたち大丈夫なのかっ!?」

言っている間に、足元に魔法陣が現れた。これが、塔外への脱出用の魔法陣なのだろう。

「それは助かる可能性を聞いているのですか? 絶望的と言わざるを得ないでしょう。塔を構成している金属は相当軽い素材ではありますが、それでもその質量は膨大です。いかな戦士・魔法使いでも、単純な巨大質量が逃げ場のない地下で降りかかってきては……」

そこで、転送用の魔法陣が作動する。

シュン、と小さな音だけを立てて、ライルとベルは転送されたのだった。

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