「あ〜〜〜〜〜!!! もうっ! この迷路どこまで続くわけ!?」

「……まだ三十分しか進んでないよ、ルナ」

塔を進み始めて一時間と経たないうちにキレ始めるルナ。

普段なら、彼女とて冒険者。こんな程度でプッツンすることなどないのだが、今回はライルだけが先に進んでいることにとても焦りを感じているらしい。

「くっ、こうしている間にもライルは一人でおいしい目を……許せないわっ」

「おいしい目ねぇ」

魔法の類とかにはまったく魅力を感じないアレンが気のない返事をする。

「そうよ……きっと、文献にも残されてないような禁呪とか見つけて悦に入っているに違いないわ……」

「そんなで悦に入るのは少数派だと思うが」

アレンの素朴な感想はまるで聞こえていないようで、ルナはイライラしながら周りの空間に手を這わせる。

「……まだ『端』には遠いわね」

亜空間魔法の感触を掌で感じ取ったルナは、そう呟く。

「……う〜ん。やっぱ、僕にはわかんないなぁ。普通の空間と違うことくらいはわかるけど」

ルナを真似て手を彷徨わせるクリスだが、彼の感覚ではどうやってもその『端』とやらはつかめない。ルナの話では、亜空間の外側の方は境界が緩く、力技で脱出が可能だという話であるが。

「私だって、完全に読めるわけじゃないわよ。フィーリングよ、フィーリング」

「……それって当てずっぽうって言わねぇか」

顔を引き攣らせ、アレンが突っ込みを入れる。

しかし、後ろから着いてきていたシルフィがフォローを入れた。

「んなことないわよ。魔法使いの『第六感』って奴はただの勘じゃあないわ。占術系の魔法使いなら、術を使わなくても未来の事をなんとなく掴んでいたりするし」

「そ。だから、この私にどーーーんっ、と任せておきなさい」

納得のいかないアレンだが、彼は彼で本能と反射で剣を振るっているのでどっちもどっちではある。

だが、しかし、

「ルナが『どーーん』とか言うと、とんでもなく不吉な予感がするんだが……」

「言わないでよ。そんなの。あといつもどーんってやってるだろとか突っ込むのも禁止」

耳元で話しかけられ、ちょっと嫌そうな顔になりながらクリスが返す。

「ちょっとっ! 置いていくわよ!」

なぁなぁ、とこそこそ話をする二人に気づいたルナが、せっつく。

へーい、と奴隷根性(王族なのに)が染み付いている二人は、急いでその後を追うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で、リーザ。まだなのか?」

ガーランドとリーザもまた、この亜空間のトラップから脱出しようと、塔内を攻略中ではあるのだが、

「ん〜、もうちょい」

「もうちょいなのはいいんだが、その、な」

「なーにー」

リーザが甘えた声を出す。

ガーランドは、どうしたものかと頬をかいた。

「とっとと、腕を放せ。動きづらい」

「いいじゃない。ここのところ、二人きりになってなかったんだし」

「……そもそも、お前と二人きりになったことなんぞ、数えるほどしかないんだが」

腕を絡めてくるリーザを引き剥がそうと抵抗してみるガーランドだが、ここぞとばかりに必死で捕まってきて駄目だった。

「それにぃ。こっちの方が集中できるんだよ?」

「だよ? と言われても困る」

別に、子供の気まぐれに付き合ってやるのは構わないのだが、時と場合を考えて欲しい。

今のところ、即座の危険の気配は感じられないが、いつまた何者かが襲ってこないとも限らない。そうなった場合、片腕が不自由だと咄嗟に行動できない恐れがある。

こういうところが、リーザをどうにも子供としてみてしまう原因でもあるのだが、

「……む。ガーちゃん、またわたしを子供扱いしたでしょう」

「お前はエスパーか」

あまりに的確にツッコまれたため、思わずガーランドは自分で暴露ってしまっていた。

「ふふーん。ガーちゃんってば、色々考えてるようで、単純だからね。考えなんか丸見えなのだ」

「そうか、それはすごいな」

今度からは表情とか気をつけることにするよ、と爽やかに言って、ガーランドは前方を見つめ、

「コラッ」

「ぬげっ!?」

ぐきり、と首を捻られ、強制的にリーザの方向に向けさせられた。

「な、なにすんだっ!」

「子供扱いしないで、ってずっと言ってるよね? もう、ガーちゃんと会った頃の私じゃあないんだよ」

む、とガーランドは言葉に詰まった。

確かに、実家から飛び出して、冒険者ギルドの扉を何の準備もなく叩いたリーザと出会い、成り行きからパーティーを組んでもう二年。

会った頃は、せいぜい中等部がいいところの体格も、この二年の間に随分と成長している。

成長期はもはや過ぎ、小柄ではあるが立派な女性の身体になってきているのだ。

これで精神面がもっと大人になれば、ガーランドとて大人扱いするに吝かではなかったのだが……いや、こうして正面からこちらを見据える瞳は、その面での成長も窺わせた。

「……ああ、悪かったよ」

「うん! じゃあ、愛している、って甘いマスクで囁きながらキスして!」

「ああ、あいし……てるわけ無いだろう!?」

ついつい流れそうになった自分に気づいて、ガーランドは慌てて離れた。

「チッ」

「チッ、って言うな!」

「もうちょいで堕ちたのに」

「堕ちないから。お前みたいな色気ゼロの女に落ちないからっ!」

そんな事を言うのはこの口かー! と飛び掛ってくるリーザに、やはりまだまだ子供だな、とガーランドは思い直す。そもそも、こんな場所であんな冗談を言う辺りも、成長できていない証拠ではないか。

さっきのは……そう、魔が差したというか、ほら、この塔内暗いからちょっと目が変だったと言うか?

「誰に言い訳してるんだ、俺は……」

ぐう、とガーランドは唸り、歩き始める。

「あ、ちょっと待ったガーちゃん!」

「今度はなんだっ!?」

「ここ、この辺りから抜けることが出来そうな予感っ!」

と、リーザは目の前の空間を指差す。

「本当か?」

「うん。わたしじゃあ、力技しかないけど、なんとかなりそうだよ」

言いつつ、リーザは自分の魔力を凝集していく。

慎重に、かつ大胆に。集っていく光は徐々に強さを増し、ピリピリと大気を震わせる。

「……いける! 空間が不安定になってるよ」

「そうか。やっとこの暗い塔内からもおさらばか」

「そーゆーこと! じゃあ、飛ぶよっ!」」

うんっ、とリーザが最後の力を込める。

瞬間、ガーランドには詳しいことは分からなかったが、キィン、という済んだ音がして、周りの景色が歪んでいった。

「お、おお?」

一瞬、馬車に揺られたような感覚の後、床の上一メートル辺りに放り出される。

「っとと」

同じく、空中に放り出されたリーザを素早く確保し、柔らかく着地。

「あぶな〜。ガーちゃん。ありがと」

「いや、それは構わないが……ここは?」

「うーん、と。あの亜空間の迷路から抜けて、通常空間に出た……と、思うんだ……け、ど?」

途中から、リーザの声は尻すぼみになる。

目の前には、大きなフロア。加えて、どこかで見たことのあるような機械の残骸。

「え、と」

「これ、間違いなく、俺らが最初に戦ったガーディアンゴーレムだな」

「えーと?」

「つまり、あの亜空間とやらを抜けても、また別の亜空間に飛ばされるだけ、ってことか? リーザ、お前はどう見る?」

ガクリ、とリーザは敗北感に倒れこむ。

「ひ、ひっかかった……」

「みたいだな。まあ、丁度出口の傍に来たことだし、一旦出るか? それとも、この空間にいるはずのスルトさんたちと合流するべきか……悩ましいな、これは」

あくまでも冷静に状況を分析するガーランド。

「ま、待って、今度こそ、ここから脱出してみるから!」

そこへ、意地になったリーザが反論した。

「は? でも……」

「いいからっ!」

張り切って進み始めるリーザに、仕方ないなぁ、とガーランドはついていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「……ん?」

ベルが不意に空中を見上げた。

その様子に、ライルが何事かと尋ねる。

「どうしたの?」

「いえ、ただ上階の無限迷路を一段破ったものが出たようで。少々驚きました」

「無限迷路?」

また知らない単語が出てきた。

言葉面だけでも、なんかスゴそうなイメージは伝わる。先の『神への転生の法』といい、確かに彼女を作った文明の知識とやらは凄まじいものがある。

ただ、感嘆していたせいで気づかなかった。ライルが最後に『?』をつけたせいで、ベルの目がキラリと光った事を。

「単なるセキュリティシステムです。塔に侵入した者を亜空間に飛ばします。また、亜空間から脱出しても、次の、そこを脱出しても次の、という風に、無限に創世される亜空間による封印結界といったところですね。一つ目から脱出するだけでも、相当の実力が必要です」

「は、はぁ」

別に、内容を聞いたわけではないのだが、律儀に説明してくれる。

彼女が言っていたように、彼女の存在意義が『知識の開示』であるならば、それも当然と言うところだろうか。

「ちなみに、このセキュリティを破る方法は二つ。一つは完全に魔法式を解明して、無限迷路を構成している式そのものに干渉すること。もう一つは、無限迷路を構成している魔力全てを吹き飛ばすほどの大威力でもって力技で粉砕すること。どちらも、非常に困難です」

「あ、いやわかったよ。わかったから」

止めないと、何時までも説明を続けてしまいそうだ。ライルは慌てて口を挟んだ。

「そうですか? ちなみに、現在のバージョンは1.4。1.3との違いは不必要だと思われた迷路の動的生成を取りやめ、いくつかのパターンに絞ることで処理の高速化、及び亜空間の容量を拡大したことで……」

「あ、あのあの!? 説明はもういいからっ」

「そうですか? なるほど。少々説明が長すぎたかもしれませんね。ちなみに、起動に必要な魔力量は単位にして約50万エーテル。循環に必要な魔力は一日につき約20万エーテル。この膨大な魔力をどこから得ているかと言うと……」

「うわあああああああああっ!? 聞いちゃいねぇ!?」

ペラペラと流暢に話すベルに、ライルは頭を抱えた。

「申し訳ありません。流石に二千年近くも話していないと、フラストレーションが溜まっていまして。……で、魔力をどこから得ているのかという説明に戻りますが、地脈の魔力を極限まで増幅する魔力炉ウロボロスがグローランスの地下一キロメートルのところにありましてですね」

延々と続く説明。

最初は無限迷路のことだったのだが、そこから派生して色々なことの説明に移っていく。

半分も理解できない説明を聞き流しながら、ライルは思った。

……この子を相手するときクエスチョンマークをつけるのは……自重しよう。

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