「……………」

「……………」

ライルとルナの二人は目をむいていた。

「クリスぅ。こっちの治水事業の件、どーなってんだ。この規模にしちゃあ予算かかりすぎじゃねぇか?」

「ああ、これね。業者が昔っからの付き合いでね。値段下げるの難しいんだよ」

「阿呆か。二割は削れるぞ」

「んじゃ、とりあえず一割引きで発注しとくよ。ここを敵に回すのは怖いからね」

「おう。……ああっ!? またこの書類の不備だっ! 文官の連中、なにしてんだっ」

やり直し、と、書類を放り捨てるアレン。

ライルは自らの頬をつねり、ルナはしきりに目を擦っている。

「ん? どうかした、ライル、ルナ」

「いや……」

どうせ暇なので、ちょっと二人の仕事振りを見学してみたい、と言ったのはライルたちである。しかし、目の前のこの状況は予想外すぎた。

「その、クリス? もしかして、アレンって役に立ってるの?」

「ん? もちろん。意外に優秀だよ。アレンは物覚えはあんまりよくないけど、別に頭が悪いわけじゃないんだ。状況判断自体は的確だから、あとは知識さえ補ってあげれば、うまく回る」

クリスは軽く笑いながら説明をした。

その様子から、どうやらクリス自身もアレンの仕事振りに最初は驚いていたのだろう。

しかし、実際ビックリである。あのアレンが書類仕事。しかも今の様子を見る限り、けっこう優秀なようだった。

「人は見かけによらないわね」

「そういうルナも結構……いや、なんでもない」

どうせ言っても無駄だと、ライルは諦めた。

それを言うのだったら、ルナだって口を閉じて、純粋に見た目だけで言うのならば、これで凶悪な魔法をバカスカぶっ放すようには見えない。まこと、世の中とは見た目と能力が一致しないことが多いものである。

「失礼します」

そろそろ仕事の邪魔になるし、退散しようかとライルが考え始めた頃、アレンの執務室に衛兵の一人が入ってきた。

「ん? どうした」

「ギルドに依頼していた仕事を引き受けた冒険者が来たようです。目通りを願っていますが、いかがいたしましょう?」

「あー、そのことか。いいよ、第二応接室に通してくれ」

「了解いたしました」

「あとな」

すすす、とアレンが自然に衛兵の傍により、おもむろにその肩を揉み上げた。

「俺ぁ、そーゆー堅苦しいのは苦手だっつってんだろ。もうちょっと、肩の力を抜いてくれ」

「いえ、しかし……」

しどろもどろになる衛兵に、アレンは不満そうにした。

「アレン。とりあえず、冒険者の人たちを出迎えないといけないし、早く行くよ」

「ん? おー。いいか、ヘンリー。次からその態度改めとけよ」

衛兵に適当に言いながら、アレンとクリスは執務室を出て行く。ヘンリーと呼ばれた衛兵も、目をぱちくりさせたあと、その冒険者とやらのところに向かったようだった。

「……付いて来なくてもいいよ?」

で、当然のような顔をして付いてくる二人に、クリスは愛想笑いをしながら言った。

「なんでよ。水臭いじゃない。冒険者が必要なら、私達に言いなさいよ」

「ルナ。僕達、今謹慎中」

「関係ないわ。ギルドを通さなかったら問題ないじゃない」

ルナの言葉を、クリスはありがたいと思う。実際、ギルドに依頼するよりも、知り合いでもあり実力についても十二分なものを備えたライルとルナのコンビに依頼しようか、と思わないでもなかった。

しかし、今回の仕事ばかりはルナたちを関わらせるわけにはいかない。

「ま、まあ、もう依頼しちゃったし、冒険者さんも来ちゃったしね。また何かあればそのときに頼むよ」

「わかったわよ……」

ほっ、とクリスは安堵した。

ここで去ってくれて、依頼内容を話さなくて済むのならそれに越したことは無い。面倒なことになるのはゴメンだ。

「でも、その冒険者とやらと会ってからよ。仕事ちゃんとこなせるかどうか、この眼で確かめてやるわ」

ガンっ、とクリスは壁に頭を打ち付けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……まあ、ある意味予想通りではあったけど」

ルナと額を突き合わせて罵り合っている少女を見ながら、ライルは己の運命を嘆いた。薄々気付いてはいたのだ。このタイミングで、自分達に関わるであろう冒険者といえば、彼らしかいるまい、と。

「なんでお前らが王子さまたちと一緒に来るんだよ?」

煙草臭い神父の当然の疑問に、ライルは疲れた声で、

「旧友」

と、アレンとクリスそれぞれを指差した。

す、すごいですね、と驚いている召喚師を無視して、ライルは巨漢の戦士の方を向く。

「ガーランドさんたちだったんですね。アレンとクリスの仕事引き受けたの」

「あ、ああ。割と難度の高い依頼で、巡り巡ってあのギルドまで話が回ってきてたんだよ。まあ、国からの依頼だけあって、報酬もよかったし……」

その戦士、ガーランドも、突然身分の高い人間と共に現れたライルたちに当惑している様子だった。

まあ、その反応も無理は無い。もしライルがガーランドの立場だったらきっと驚いている。

でもそんなの関係ねぇ、とばかりに、遭遇早々ルナと喧嘩を始めるリーザはある意味大物なのかもしれない。

「なんであんたがこんなところに来てるのよ? 猿は山に帰りなさい」

「猿じゃないもんっ! ルナこそ、故郷の戦場に帰れーー!」

なんで戦場が故郷なんだ、と突っ込みを入れたいが、考えてみれば妙に納得できるので、ライルはなにも言わなかった。

「年下相手に、なんて大人気ない……」

「あれ? ライル、もしかしてルナって、この一年で大人気なんて高等スキル身に着けたの?」

考えてみれば、大人っぽいルナなどついぞ見たことが無かった。

「それもそうか……」

「あ〜、それで、いいかな、クリス王子。仕事の話に入らせてもらっても」

その場のグダグダな空気を払拭すべく、張りのある声でガーランドが言った。ルナとやりあっているリーザの首根っこをつかみ、ルナから離すのも忘れない。

「あ、ああ。すみません。どうぞ、座ってください」

クリスは、こほんと居住まいを正すと、椅子を勧める。

「じゃ、じゃあルナたちは関係ないから、一旦退席してもらって……」

「それで、早速仕事の話に移りたいんですが、依頼内容はグローランスの調査、ということでよろしいですね」

あっさりと、実にあっさりとガーランドは言い放った。色々と、気疲れでもしているのか、とっとと話を進めやがれコノヤロウと言わんばかりに。

クリスが必死になって遠ざけようとしたのに、その気遣いをあっさりぶち壊して。

「おう。最近、どうもあの遺跡がきな臭くてな。詳しい調査内容はこっち……」

そして、相方のアレンはというと、ルナの恐ろしさをあっさり忘れているのか、それとも気にしてないのか、無造作に資料を取り出した。

「ちょっと待ちなさい、あんた達」

案の定、キュピーン、と瞳を鋭く光らせたルナが会話に割って入った。

「グローランス? あんたら、今グローランスっつった」

「……ガーちゃん、わたし、そんなの聞いてなかったけど?」

ルナだけでなく、リーザまでもが真剣な表情となっている。

無理も無い。

グローランス。それは、魔法を生業とする者にとっては、特別な名前だ。

かつて、現代では古代語魔法と呼ばれている系統を操り、人類史上最も栄えた国。原因不明の災害で滅んだとされるその国の首都の名がグローランス。

多少なりとも古代語魔法を齧った人間にとっては、その遺跡はまさに宝の山だ。さる理由により、殆ど手付かずで残っているその都市を調べることが出来れば、研究は飛躍的に進むだろう。

しかし、そんなことは到底不可能だった。

グローランスの別名は、封印都市。全世界の国々が、共同で管理し『内部の知識を世界に晒す事なかれ』と厳格なまでの警備体制を敷いている。特に、その都市が領地内にあるアルヴィニア王国は、重い責任を持っている、クリスたちが依頼を出したのもそのためだろう。

(あ〜、グローランスねぇ)

(シルフィ……知って……るよな、もちろん)

(たりまえでしょ。行ったことだってあるわよ)

(その文明が栄えていた頃から生きてるしな)

ライルが軽口を言うと、他の人間には見えないシルフィが特攻してきた。ぶべっ、と首をあらぬ方向に曲げるライルを皆が変な目で見る。

「な、なんでもないです」

(……なにをするんだ)

肉声と、心の声を同時に出すという器用な真似をする。

ああ、いつものアレか、とルナやアレンやクリスは納得したが、ガーランドたちは? という顔をしている。

基本的に人間嫌いなシルフィの存在を打ち明けるわけにも行かず、ライルは曖昧な笑みで誤魔化した。

(なに、じゃないわよ。私はそんなババァじゃないんだからね。二千年前よ、グローランスが栄えていたのって。精霊(ひと)づてに聞いたことはあるけど)

(二千歳も千歳も大して変わらないと思うが……)

人間のスケールから逸脱しているという意味では。

しかし、なにが気に入らないのか、シルフィはひきり、と顔を引き攣らせると、ライルの背中を思いっきりつねった。

「っつ」

「どうしたんだ、ライル。具合でも悪いのか?」

心配そうにしてくるガーランドに大丈夫、と仕草で答える。

シルフィを見ると、思い切り舌を出して部屋から出て行った。

へそを曲げたらしい。なるほど、その態度だけを見ると、確かに千歳を越えるおばあさんにはとても見えなかった。

「で、グローランスがどうしたっていうの?」

「うーん、アレン?」

ルナの鋭い視線に、逃げられないと悟ったのか、クリスはアレンを促した。

「おう。えー、始めに異変が観測されたのが一月前。無人のはずの遺跡に、異常な魔力流が観測された」

そのときのデータらしい数値を示す。

確かにそれは、一流の魔法使い数人分にも匹敵する魔力値を示している。

「警備隊も、ある程度離れて警戒しているから詳しいことはわからん。でも、その魔力流が感知されてから、定期的に似たような現象が起こってる。一応、調査隊も派遣したんだが、なんか人影らしきものを見た、って報告を受けてる」

私にも寄越しなさい、とルナがクリスの分の資料を取り上げる。

「しかし、人がいる形跡は無い。盗掘者とか、流れの魔法使いとか、そういう可能性も考えられたんだけど、火を熾した形跡も、食べかすすら落ちてねぇ。人が居座ったっていうのは考えづらい」

「それで、我々に依頼をした、と」

「まあ、そうだ。騎士団は、もっと緊急の要件で忙しいし、宮廷魔術師は、大半が実戦向きじゃない奴らだからな」

「あと、もし『不幸な事故』が起こっても、冒険者なら別に構わない、ってところか?」

意地悪く笑いながら、スルトが口を挟んだ。

「スルトさん。黙ってください」

「悪い悪い」

ガーランドの忠告に、スルトは肩をすくめる。

それを見て、クリスは心外だと言わんばかりに、

「まさか。想定外の危険がある可能性があるから、一流を頼んだんだ。第一、死なれたら、こっちとしても困る。ちゃんと解決してもらわないと」

「分かっています。仲間が失礼な事を言いました。……それで、グローランスについての詳細な情報を聞きたいのですが」

ガーランドが、仕事モードに入る。

「ライル」

それを見ながら、ルナが話しかけてきた。

「……駄目」

「あいつらと一緒に行くわよ。別に報酬とかはいらないわよね」

「人の話聞こうよ」

「別に、行けないだけなら我慢できるけど、リーザの奴に先越されるのだけは我慢できないのよ」

説得の言葉を考えながらも、結局今回も付き合わされることになるんだろうなぁ、と憂鬱になるライルだった。

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