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……さて、お母さんと話し合って以降、リーナさんの歌は目に見えて(耳に聞こえて?)良くなっていった。
心のわだかまりが吹っ飛んだんだろう。相変わらず、二人の間でどんなことが話し合われたのかは謎だが、結果オーライということで、僕はこれ以上口を出す気はなかった。
……んだけど。
それは、休憩中のことだった。僕とリーナさんが冷たいお茶を飲んでいると、唐突にお母さんが切り出したのだ。
「ねえ、リーナちゃん」
「なんですかリアさん」
「あのね。私考えたんですけど。ルーファスさんは上げられないけど、リオンなら持って行って構いませんよ?」
瞬間、僕は口に含んでいたお茶を吹き出したのだった。
第21話「それから…… 後編」
「あらら……リオン、ばっちいですよ~」
タオルタオル、と呟きながら、あたふたと動き回るお母さん。いや、確かに、タオルも必要だけど、僕は言っておかなくては。
「きゅ、急になにを言い出すんですか、お母ひゃん!?」
マズイ。自分でもはっきりわかるくらい台詞がどもっている。
「そうです。そんな、リオンくんの気持ちも考えず……」
「え~っと、リオンの気持ちって……」
リーナさんの台詞に、つい、とお母さんがこちらに視線を向けてくる。『どうなの?』とでも言いたげな仕草だ。だが、すぐに自分の中でなにか間違った結論を出したらしく、ぽんと手を叩いた。
「ん。まあ主体性のない子だから、リーナちゃんから言い寄って上げれば、すぐ落ちますよ」
「じっ、自分の息子を、よくもまあそんな風に言えますね!」
主体性がない、という主張に対して、否定できる要素がないのは悲しいのだが……。い、いやっ、それでも、僕はそんなすぐに落ちたりはしない。
……はずだ。
「で、でも。……やっぱり、いりませんよぅ」
恥ずかしそうに、後半は尻すぼみになってリーナさんが言った。
「いりません……って」
いや、当然と言えば当然の反応なのだが、やはりというか、面と向かって言われると矢鱈へこむなぁ……。
「あ~あ。リオン振られちゃいましたね。こんなに落ち込んで」
「え?」
……はっ、リーナさんが驚いたような目で見ている。
「落ち込んでいるわけじゃないです。お母さんの突拍子もない思いつきに呆れてるだけですよ……」
ふう、とため息をついて、肩をすくめて見せる。
「リオン~。いつからお母さんにそんな口聞けるようになったんですかね~?」
「あ、こめかみぐりぐりするのはやめてください! 痛い痛い痛い痛い!!」
……この日は、こんな感じで終わった。
あとから考えてみれば、これがすべてのきっかけだったのかも知れない。
「ほらほら。またずれてますよ」
お母さんがすこし苛立ったように手を叩く。
音楽祭は明後日の祝日に行われる。なのに、ここに来て僕とリーナさんの呼吸が合わなくなってきていた。昨日までは、無難に終われそうな感じだったのに……てゆーか、明らかに原因は昨日のお母さんの発言なんですが。
なんていうか、意識している? とはちょっと違う。……気まずいのだ。
そんな風にはぜんぜん思っていなかった同士を、第三者が焚きつければこんなもんだろう。
「そもそもの原因はお母さんのような気もしますが」
「まあ、人の責任にするなんて、お母さん、リオンをそんな風に育てた覚えはありませんよ」
『八つ当たりや理不尽はお母さんの専売特許です』……と、言えないのがセイムリート家の男子だ。ここは心の中で思うだけにしておく。お父さん相手には百発百中を誇るお母さんの読心術も、僕相手では鈍るようで、ドギツイ視線を向けられる事もなかった。
「しかし、これじゃいくら練習しても治りそうにないね……」
不安げに、リーナさんが呟いた。
「そ、そうだね……」
ぎくしゃくしながらも、僕は相槌を打つ。
そこで、またもやお母さんがぽんと手を叩いた。……なんか嫌な予感がする。
「じゃあ、気分転換にデートでもしてきてはどうですか」
ガクッ、と僕は肩を落とした。
リーナさんも同じような感じだ。
確かに、今日は土曜の半日授業で、まだ日は高いけど……デートって……
「二人とも、遊びに行くのは嫌なんですか? ここのところ、ずっと練習しっぱなしだったから、そろそろ英気を養ってもいい頃だと思うんですけど」
「いや、遊びに行くのは構わないんですがね。デートって言う名目が……」
そこら辺の機微を悟って欲しい。……むしろわかってて言っているのかもしれないが。
「ん~? でも、男と女が二人で出かければ、それはデートじゃないですか? 確か、昔そんな事を誰かから聞いた覚えが……」
「そんな誰も覚えていないようなネタを振らないでください!」 ※わからない人は外伝の16話を読んでみよう
……僕、今なにを言ってたんだろ?
「ま、細かい事はどうでもいいです。リオン、さっさと行ってきなさい」
あれよあれよと言う間に、僕とリーナさんは部屋から締めだされた。
ご、強引過ぎる……
「あ、これは軍資金です。晩御飯はいい物食べてきてください」
ぽふっ、と財布が飛んできた。
「ちょ、お母さん!?」
「じゃあ、私は帰りますね~~」
まったくこっちの話を聞かずに空間に溶けるようにして消えるお母さん。
あとには目を白黒させるリーナさんと、財布を片手に呆然とする僕が残されるのだった。
「ま、まあ。気分転換が必要なのは確かだし、行きましょうか、リオンくん」
「う、うん」
……リーナさんに先導される、情けない僕だった。
「うわ、お母さん、なに考えてるんだろう」
財布の中を見てみると、普通の人の月収はあろうかという金額が入っていた。いい物食ってこいって言っても、こりゃ多すぎる。
「どうしたの……うわ。すごい……」
脇から僕の手元を覗いて、リーナさんも絶句。……てゆか、この体勢だと、リーナさんの髪の毛が鼻をくすぐって、どうにもこうにもいい匂いがすると言うか……。女の人ってこんな感じなのか、と思う。
「はっ……!」
いかん。お母さんが妙な事を言うから、どうも意識がそっち方面に行ってしまう。いくら僕が女性に耐性がないと言っても、このくらいで篭絡されるわけにはいかない。
……いや、その言い方だと、リーナさんに悪いな。むしろ彼女も被害者なのに。
「? どうしたの」
「い、いや。なんでもないです。そ、それより、どこ行きましょうか。ご飯時にはまだ早いですし」
多少強引に話を変える。変な事を考えていたと知れると、軽蔑されそうだし。
「じゃあ、あそこ行かない?」
「……CDショップですか?」
CD……クリスタルデータというのは、すこし前に開発された魔法技術の一つだ。それによって作られた物を指す事もある。簡単に言えば、画像や音楽といった物を記録した魔術式を、結晶化(クリスタライズ)し、専用のプレイヤーにセットする事でいつでも再生する事ができると言う……
コストが高いのと、熟練の職人でなければ品質の劣化が激しい事から、あんまり普及はしていないが、一部上流階級にはそれなりに流通しているらしい。
だから、CD屋はいかにも一般人お断り、といった雰囲気があるのだが……
(……あ、考えてみれば、リーナさんは一般人じゃないのか)
そうだ。世界的歌手の一人娘。けっこうCDにも慣れ親しんでいるのかもしれない。
案の定、リーナさんは気後れする事もなくCDショップに突入し、音楽関連のCDをあれこれと漁っている。その様子は心底楽しそうで、この店の雰囲気に居心地の悪い思いをしている僕も、我慢してそれに付き合うのだった。
なんとなく、画像関連のCD(こっちの方が安い)の棚を見ていると、リーナさんが一つのCDを手にとってしばし黙考し始めた。
「うーん。これは……あ、指揮者があの人なんだ。欲しいけど……お小遣いもうないし……」
そして、ふと零れた呟き。多分、独り言だったんだろうが、聞こえてしまった。
値段を盗み見てみると……普通の人の月給の1/3といったところか。……つまり、今の僕の手持ちで買える。
「それ、欲しいんですか?」
「あ。リオンくん。……うん、まあね。でも、また来月買うつもり」
僕は、それを聞くと、リーナさんからそのCDをひょいと取り上げる。なにか文句を言われる前にレジに向かい、さっさと会計してしまった。
「はい。どうぞ」
「ええ!? わ、悪いよ。これ、高いのに」
「気にしなくていいですよ。どうせ、うちの親はお金に困ったりしてないんですから」
……そもそも、普段の生活にお金なんて使わないしね。
「でも……」
「それに、お母さんが言うには、これはデートらしいですから」
そう言って笑いかける。
……なぜか、リーナさんの顔は真っ赤に染まっていた。
「あれ? リオンとリーナやんけ。今、音楽祭の練習でてんてこ舞いやなかったんか」
CDショップから出ると買い物帰りらしき様子のリュウジとマナさんに出くわした。
「ああ、リュウジ。ちょっと気分転換ですよ。気分転換」
「ふーん、さよけ」
「そう言うリュウジたちこそ、一体なんですか、その紙袋は?」
リュウジは両手にいっぱいの、マナさんは片手に一つ、紙袋を下げている。
「あ~それは、なぁ?」
「なんであたしに話を振るのよ」
「恥ずかしいやん。第一、お前が強引に連れ出したんやし」
マナさんは、大きくため息を吐く。
「実はね、リオンくん。こいつ、服を制服一着と私服一着しか持ってなかったの。しかも、洗濯してなかったって言うんだから……仕方ないから、無理矢理服屋に連れてって、新しいのを買わせたってわけ」
「へ、へえ……」
「不潔です……」
僕は生返事をしたが、隣で聞いていたリーナさんは害虫でも見るような目でリュウジを睨んでいた。
「そ、そんな目で見んといてや~~~!!」
居た堪れなくなったのか、リュウジが全力でダッシュをかける。
「あ、こら待て! これから、制服注文しに行くってのに!!」
それを追いかけて、マナさんもダッシュ。
この二人が全力で走ったら、僕らが追いつけるわけもない。あっというまに視界から消えた二人に、僕らは苦笑するしかなかった。
……しかし、少々疑問。なんで、マナさんは、リュウジが服をほとんど持っていないことに気がついたのだろう? いつの間にか仲良くなっていたのかな?
ま、いいか。
「……もうそろそろご飯にしましょうか。あの二人も誘おうかと思ったけど、行っちゃったし」
リーナさんを見る。
「ですね」
ふふふ、と笑いながら、リーナさんが頷く。
僕たちは、あたりを適当に散策して、これまた適当に高級っぽい料理店にはいるのだった。
余談だが、そこの店の料理の値段は、僕の胃が痛くなるほどの値段だと言っておく。