「こ、ここどこなの?」

マナさんが呆然と呟く。

それもそのはず。お父さんと別れた僕らは、なにか黒い穴に引きずり込まれたと思ったら、ただっぴろい荒野に放り出されていたのだ。

……いや、本当に何でだろう。

 

第16話「トラブル・コンサート その6」

 

「なぁ、セントルイスの近くに、こんなとこあったか?」

「……リュウジ、んなもんあるわけなんでしょう」

とりあえずリュウジにツッコミを入れておいてから、もう一度周りを見渡す。

見渡す限りが荒野。空の色は不気味な灰褐色。

「リオン……きっついなぁ。なにピリピリしてんねん」

「別にピリピリなんてしてません。……ってゆーより、ここでのほほんとしているリュウジが変ですよ」

「リラックスしてないと、できることもできへんからな。まぁ、そう固くなるなって」

とは言っても、昨日の今日だ。またリーナさんを狙って何者かがこんな罠を張った、と考えるのが自然だろう。

「でも、実際問題、ここはどこなのよ。どこかに瞬間移動でもさせられたのかしら……」

「ああ、それは違いますよ、マナさん。多分、ここは誰かが作った亜空間です」

そう。この空間は、僕の『実家』と同じような魔法の産物だ。中身に関しては、お父さんのより遥かに稚拙だけれど。

「……亜空間魔法! まさか、そんな……」

マナさんが驚いたように口に手を当てる。はて、なにをそんなに驚いているんだろう。

「亜空間魔法っていやあ、なんかリオンのバッグにそんな細工してあったな。それと一緒か?」

「いえ。前も言いましたけど、僕のは『空間圧縮』で、こんな風に『空間創生』なんて真似はできませんよ。お父さんならできますけど」

もはやリアクションも出来ないのか、あんぐりと口を開けるばかりであるマナさん。

「マナ、どうしたの?」

それを見て心配になったのか、リーナさんが話しかけた。

「どうしたもこうしたも……亜空間魔法ってのは、もう大昔に失われたはずの魔法よ。王家の研究所で研究していたもの」

「……そうなんですか?」

「そうなの!」

言い切られてしまった。……でも、けっこう前から普通に使ってたし、そんなことをいまさら言われてもなぁ。

「だいたいね、リオンくん! あんた前から言いたかったんだけど、ちょっと変……を通り越して異常よ! なんかいろんなスゴイ人たちと知り合いだしいろんな意味でわけわかんないわよもうすこしわかりやすくなれ!!!」

……なんか色々鬱憤が溜まっているんだな、マナさんも。後半、句読点すら打ってないし。

「あ、あれ!」

そんな風にマナさんから説教を受けていると、リーナさんが突如として叫んだ。

慌ててそちらの方に視線を向けると、昨日襲いかかかってきた人たちと同じような格好の人がひーふーの……六人もいらっしゃった。

「ちっ、今度は上忍ばっかか!」

舌打ちを一つすると、リュウジが刀を構え、僕の前に立った。

「おいリオン! お前、防御だけならかなりのもんなんやろ!?」

「う、うん。お父さんの言うとおりなら、そうらしいけど……」

「……お父さん? 確かそれ言ったんは……」

……しまった。なにか今、とりかえしのつかない事を言った気がする。

「まあええか。じゃ、リーナとマナを守ってやれや。わいは、あいつらをちょちょいと捻ってくるから」

「ちょっと、あたしもやるわよ」

槍を携え、マナさんが前に出る。

「はぁ? 昨日の事を忘れたんか。お前みたいな臆病モンは、後ろで『キャ〜、リュウジ様かっこいい〜〜』とでも応援しとけ。もちろん、チアガールの姿で」

「こんなときまでなに言ってんの!」

ブンッ、と凶悪な勢いで振るわれた槍を、リュウジはすんでのところで躱す。

「っとと。あぶな〜。まっ、そんくらい元気があれば大丈夫やろ。いくで!」

「ふん! 命令すんじゃないわよ!」

なんだかんだで、仲良く見えるのは僕の気のせいなんだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

で、一方ルーファスの方は、

 

「この野郎!」

ルーファスの手の中にある鉄の塊が火を噴き、空間の中央に陣取っていたドラゴンを射抜く。

どんな構造をしているのか、ただの鉛の塊のはずである銃弾は、その一発で鋼の硬さを誇る竜の鱗を貫き、絶命に至らしめた。

同時に、その竜に捕まっていたレナを助け出したルーファスは、とりあえず一つ息を吐く。

「大丈夫ですか」

「ええ。ありがとう。……で、これはどういうことかしら?」

神経が図太いのか、それとも人間この年齢にもなると大抵の事には動じないのか、レナは特に取り乱した様子もなくルーファスにそんなことを尋ねてきた。

「どういうこと、と言われても……。さあ?」

「嘘は言わないで」

ぴしゃりと言い放つ。

「あなたはなにかを知っているはずよ。そういう雰囲気してるもの」

「そ、そんな曖昧な」

ギロリ、と睨まれた。

思わず背筋が寒くなるルーファス。年季のせいか、ある意味怒ったときのリアより怖かった。

「う……」

「で?」

「その、実はですね」

仕方なしに、ルーファスは事の成り行きを説明し始めた。と言っても、ルーファス自身、半分くらいは推測の域を出ない内容である、ということを前置きしてだが。

それでも話が進むにつれ、レナの表情はみるみるうちに変わっていく。

「呆れた。じゃあ、私たちは、あなたの事情に巻き込まれたわけ?」

「いや、忍の方はレナさんの方が目的だと思いますよ。多分、忍と『やつら』は手を組んでるんでしょうね。『やつら』のほうは都合よく動かせる駒がほとんどないし、利害が一致したって所ですか」

忍を使ってレナさんたちを攻撃すれば、俺に対するカモフラージュにもなりますしね、とルーファスは締めくくった。

「それなら早くあの子を助けにいかないと……!」

「そうしたいのは山々なんですが……この亜空間、世界と切り離されてますからね。世界の位置を逆計算して割り出さないと、門も開けないんですよ。……ま、計算にざっと三十分ってとこですか」

「じゃあ早くしなさい! キリキリと計算する!」

「はいはい」

地面をノート代わりにして、ルーファスはガリガリと計算式を書いていく。そのスピードは恐ろしいものがあったが、なにぶん計算量が多い。世界に関わるものは複雑なのだ。

「ま、俺はどーせ間に合いませんよ」

「……自分の息子なんでしょ。心配じゃないの?」

事情を話したおかげで、ルーファスの正体も、リオンが実は弟ではなく息子だと言う事もばれている。

その質問にルーファスは肩をすくめた。

「俺の息子だからですよ」

「?」

「このくらいでどうにかなるような、半端な鍛え方をしたつもりはありません」

ルーファスは不敵に笑って見せるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まずい……」

思わず、僕は呟いていた。

忍一人一人と、リュウジやマナさんの力はほとんど互角くらいだ。上忍、とリュウジは言っていた。つまり、組織のトップクラスなのだろう。

この年齢で、そんな人と互角に戦う二人はすごいと思う。が、何分多勢に無勢だ。さらに、向こうはコンビネーション抜群ときている。

すでに、リュウジたちは防戦一方となっていた。このままでは負ける。

「あっかん! リオン! 逃げることはできんのか!?」

それを僕以上に悟っているのだろう。リュウジがそんな事を聞いてきた。ここですぐ退く事を選択できるのがリュウジの長所なのだが……

「無理です! 僕じゃ空間に穴を空けるなんて真似はできません!」

が、悔しい事にこれが現実だ。他人の作った空間に門を開くなんて芸当は、僕にはできない。

「ちっ、しゃあないなぁ!」

それ以上なにも聞かず、リュウジは敵に向かっていく。

なにもできない自分がとても悔しい……

「リオンくん……なんとかならないの……?」

僕の後ろで佇んでいるリーナさんが再度聞いてくる。……でも答えは変わらない。

「無理だよ。さっき言った通り逃げるのは不可能だし、僕が加勢しても邪魔になるだけです。前、リーナさんも僕と模擬戦したでしょう? ……本当に、僕の取り得は『守る』ことだけらしいです」

「でもっ、ここで見てるだけじゃあ……」

確かにリーナさんの言うとおりだ。見ているだけなんて、情けなさ過ぎる。特に、リーナさんと違って僕は男なんだから。

じゃあ、僕になにが出来る? 戦うなんて出来ない。僕は、戦えない。

考えろ。

なにか、方法はあるはずだ。

魔法で援護? ……却下。僕は実生活に役立つような魔法しか習得していない。

リーナさんを連れて遠くへ逃げる? ……これも却下。ここは敵の空間内。下手にリュウジたちと離れるとどんな危険があるかわからない。

そんな風にあれこれ考えていると、リュウジがいつの間にか目の前に来ていた。

「よお、リオン。なに難しい顔しとんのや」

相手側は用心深くこちらを監視している。仕切り直し、ということだろうか。

リュウジの隣にいるマナさんは、昨日よりずっと動けているようだ。かすり傷を少し負っているだけで、目は爛々と輝いている。

「いや。僕にもなにかできないかな、って」

「そいつはありがたいけどな。ま、リオンはそこで見とけや。戦いは、戦える奴に任せておけばええって」

「戦える、奴に……?」

リュウジのその台詞に、僕は電撃のように過去のお父さんの言葉を思い出した。

 

 

 

 

 

 

 

「お父さん……ちょっとは手加減してよ。僕、絶対勝てないよ」

今日も今日とて、修行と称した虐待を受けたリオンは抗議していた。

「お、もう泣き言か? 情けないな、俺の息子が」

「んなこと言ったって……」

拗ねたリオンに、ルーファスはやれやれ、と肩をすくめる。

「いいか。俺に勝とうなんて、お前にゃ一生無理だ」

「え?」

「今してる修行は……そうだな、最低限、自分の身を守るためのものだ。誰かを倒すためのものじゃない。だから、俺を倒そうなんて考えるのがまず間違いだ」

「……じゃあ、どうやって敵と戦うのさ」

「んなもん、戦える奴に任せりゃいい」

えっ、とリオンが不思議そうに首を傾げると、ルーファスは笑ってその頭に手を置いた。

「お前にゃ俺を筆頭に、強い知り合いがたくさんいるだろうが。だったら、戦う必要があるときは俺やそいつらを呼べばいいだけの話だ」

 

 

 

 

 

 

「……あんまり昔の事なんで忘れてた」

僕は、『友達』から教わった呪文を記憶の奥から引っ張り出す。

「? リオンくん、なにする気……」

リーナさんが話かけるのとほぼ同時に、僕の周りに魔法陣が出現した。

「なにする気や、リオン!?」

「まあ、見ててください。きっと驚きますよ」

さあ、僕の自慢の友達を呼ぼうか……

僕は、手を振り上げて、高らかに呪文を唱え始めた。

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