あの忍の襲撃による被害は、僕がちょっと火傷しただけだった。その火傷が味方からの攻撃っていうのが釈然としないけれども。

なにはともあれ、大事無くてよかった。

と、安心したのも束の間、

「じゃ、リーナちゃんはお前たちが守ってやれよ」

なんて、お父さんが言い出したのだった。

 

第15話「トラブル・コンサート その5」

 

いや、まあ言っていることはわかる。

一度襲撃を受けた以上、二度目がない保証はない。いや、むしろ必ず起こるだろう。

そりゃ、レナさんの方より、リーナさんを狙うほうが組し易いっていうのは僕だってわかる。昼間は学校に行っているとは言え、登下校の最中は無防備だし、寮で一人暮らしだから夜に忍び込んで攫うっていうのも簡単だろう。リーナさん自身に戦闘力はほとんどないんだし。

明日はもうコンサート当日。レナさんと一緒にいようにも、準備でごたごたしているから、ふとした弾みで連れ去られるかもしれない。それなら、自分の部屋できっちりと僕たちが見張っていたほうがまだいい。

それはよくわかる。ついでに、僕が『守る』とか、そーゆー方面に特化した戦闘能力を持っているっていうのも(無理矢理)自覚させられた。

……いや、それはよくわかるのだが、一人暮らしの女性の部屋に泊まりこむっていうのはどうなんだろう。

「あ、あの。お茶淹れたよ」

リーナさんがティーカップの乗った盆を持ってリビングに戻ってきた。

ティーカップは四つ。僕とリーナさん、リュウジとマナさんの四人分だ。マナさんがいるからまだ冷静になれるけれど、さっきから僕は緊張のしっぱなしである。寮長とか他の寮生の目を誤魔化して女子寮に潜入したとき、『ああ、犯罪者になったんだんぁ』なんて思ったし、すんごく後ろめたい。

「お、サンキュな〜。ん、このクッキーは手作りやな?」

こんな状況でもまったく変わらないリュウジは、ある意味すごいと思う。普段のおちゃらけた雰囲気からは予想もつかないが、この中で一番実戦的な戦闘力を持っているし。

対してマナさんは浮かない顔だ。昼間の忍の一件はマナさんのプライドを著しく傷つけたらしい。

「マナさん、大丈夫ですか」

「……リオンくん、別にあたしはなんともないわよ。傷一つないし」

まいった、とりつく島もない。

実戦の経験がない、というのは当然だろうし、それならいきなり襲い掛かられて満足な対応ができなかったのは誰も責めることはできないことだ。なのに、マナさんは責任感が強すぎると言うか、自分のせいでリーナさんを危険にさらしたと思い込んでいる。

まいったなぁ。

リーナさんが淹れてくれた紅茶を飲みながら、どうしたもんだと考える。

「そういや、リーナって子供のころ、あのお母さんにくっついてたんやろ?」

場を和ませようとしたのか、リュウジが何気ない話題を振った。

「うん。いろんな国を巡って、ときどきは舞台にも立たせてもらって。……おかげで友達はできなくて、一人遊びばっかりうまくなっちゃったけどね」

「ふうん。わいもちっさいころからヒノクニからでたことなかったし、ずっと剣術の修行ばっかやったからなあ。友達と遊んだ記憶ってあんまないな。たまに逃げたしたりはしてたけど」

意外なリュウジの過去。なんてゆーか、リュウジの幼少時代は、ずっと泥んこになるまで外で駆け回っているイメージが……

「修行をサボってたの? まったく。そんな不真面目でよくそこまでの腕を手に入れることができたわね」

呆れた様子でマナさんが口を挟んだ。

「うぬ。マナ。そう言うお前はどうなんや?」

「あたし? あたしも小さいころからお父様に修行をつけてもらってたけどね。あんたと違ってサボったりはしてなかったわよ」

「っかぁ〜。こんの優等生め! お前、そんな若いうちから頭固いと、将来ハゲんぞ。ほれ、今も生え際がやばいっ!」

リュウジがマナさんの額に手を当てて、髪を掻き揚げる。……あ、確かにちょっとおデコが広いかも。

「んなっ、なっ、なっ……!」

マナさんの顔が赤くなった。ふるふると震える手で、手近にあったホウキを振り上げる。

「気安く触るな!」

「うお、いたっ! 地味に痛い! やめっ、ちくちくするぅ!」

ホウキの掃く部分で、リュウジの腕や足を突くべし突くべしまた突くべしと、マナさんは容赦というものをしていない。あれは痛い。なぜか、竹箒だし。……本当に何でだ?

「マナも元気になったみたい。リュウジくんって、けっこう気遣いうまいかも」

「気遣い……って、あれがですか?」

思わずリーナさんの言葉に反論した。

「うん。だって、いつものマナに戻ったじゃない?」

「いや、あれがいつもっていうのも、それはそれで問題だと思うんですけど」

ま、でもリュウジもあれで楽しそうだし、いいのか……なぁ、多分。

「そういえば、リオンくんの子供のころってどんな感じだったの?」

「僕?」

ハテ、僕の幼少時代……

お父さんに修行はつけてもらっていたが、それほど本格的ではなかった。お母さんの手伝いをしたり、時々来るサレナさんとかに遊ばれたり。

「ほら、どんな遊びをしたかとか。私、普通の子供ってどんな遊びをするのか知らないから。ちょっと興味があるかな」

僕も少なくとも普通の子供ではないと思うけど。

まあ、リクエストとあらば答えよう。

「えっとね。近くに僕と同い年くらいの人っていなかったんですけど、よく暇な人(?)が遊んでくれました」

ここで重要なのは(?)だ。人間じゃないからね。

精霊とか幻獣とか。かなり仲良くなった人(?)もいる。

「へえ。じゃあ、大人の人が遊び相手だったんだね」

「大人……っていうには、子供っぽい人ばかりだったんですけどね。仕事ほっぽりだして遊びに来る人もいましたし」

「それも面白そう」

確かに面白くもあったんだけど。いろいろすごい力を持った人ばかりだったから、あの人たち同士で喧嘩が始まるとすごいことになったんだよなぁ……で、仲裁するのは僕、と。

我ながらすさんだ少年時代だった。

「ちょっ、まて! これは明らかにいじめやろ。って、そこぉ! 和んでないでわいを助けんかい!!」

さて、護衛のためには今日は徹夜。リーナさん特製の紅茶を飲みながら、こうやって親睦を深めることにしよう……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で、気がついたらお前ら全員寝こけていた、と。そう主張するわけだな、リオン?」

翌朝。コンサート会場に行ってお父さんに会うと、説教を喰らった。

なんというか緊張感のないことだとは思うのだが、僕たち全員、いつの間にやら眠ってしまっていた。襲撃とかがなかったからよかったものの、言い訳のしようもなかった。

「ま、まあそんなとこなんですけど。ほら、僕たちってああいうのは初めてでしたし」

「言い訳になるか! ったく、下手したらお前ら全員あの世いきってことになってたかもしれないんだぞ」

リュウジとマナさんも居心地悪そうに大人しく説教を聞いていた。

そして、一番可哀想なほどうろたえているのはリーナさん。うっすらと涙まで浮かべて、ビクビクと上目遣いにお父さんの様子を伺っている。

「うっ……」

その視線にさしものお父さんもたじろいだ。お父さんが正論を言っているのは確かだが、まあ所詮こんなもんだ。

「こら。なにリーナをいじめてんの、あんたは」

そんなお父さんを後ろから殴り付ける影。

豪奢な衣装に身を包んだサレナさんだ。そして、その後ろには、

「って! なにすんだ、サレナ。……と、リア…さん? なんでここに……?」

「私がここに来ちゃいけませんか」

「いや、いけないってわけじゃなくてね? 俺、お前が来るって一言も聞いてないなーとか思ったり」

「なんで浮気者なんかにそんなことを報告する必要があるんですか?」

うわ、まだお母さん怒ってるんだ。

……うむ。ここは夫婦水入らずでお話をさせてあげよう。

みんなもそう思ったのか、ぎゃいぎゃいと言い合いをしているお父さんたちをさりげなく視界から外しながら、僕たちはサレナさんとその隣にいるレナさんに向き直った。

「仲がいいのね、あの二人は」

レナさんがお父さんたちを見てそんな感想を漏らした。……まあ、良いと言えば良いんだろうけど。

「まあね。昔っからああだから」

「あら。サレナ。あなた、そんな前からあの二人と知り合いなの? リーナと一つしか違わないでしょう、ルーファスくんは」

「うっ……」

サレナさんが言葉に詰まる。……うわ〜、なんていうか、もう全部お見通しよって顔してるね、レナさん。なんか正体がばれるようなことをしたのかな?

「ま、それはとりあえず置いておいて」

「……無しにはならない?」

「ならないわよ。ちゃ〜んとあとで追求……って、開演までそんなに時間ないわね」

レナさんは僕たちの方を向き、

「私、精一杯歌うから、みんなも聞いて頂戴ね」

優しい笑顔を浮かべながら、そう言った。

『は、はい』

僕とリュウジとマナさんの声が被る。唯一、リーナさんだけが不安そうな表情だった。

「お母さん、気をつけてね」

リーナさんは昨日襲われたばかりだ。そんな言葉が出てくるのも仕方ない。

僕はどこか不安なものを感じながら、控え室に向かうレナさんを見送ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、と」

リアとサレナに、客席を任せて、俺はレナさんの所へと向かっていた。

……リアを説き伏せるのに大分時間を使ってしまったから、遅れてしまったようだ。

「やれやれ……」

控え室にレナさんの姿はなく、部屋の中央の空間に黒い穴が出現していた。レナさんは、別空間に引きずりこまれてしまったらしい。

「……入ったら、簡単には出れそうにないな」

亜空間魔法の一種だろう。……すでに、人間界では失伝したはずの、だ。

ということは、裏で糸を引いているのは多分……

「はぁ……」

知らずため息が出た。

リオンを人間界に送ったからにはこんなことになるだろうとは思っていたし、そのためにリオンを鍛えていたのだが、他の人を巻き込むような状況は少々予想外だった。

「気張れよ、リオン」

一度入ったら抜け出るのに時間を食いそうだ。その間、リオンたちのフォローに回れないのは不安だが、レナさんを見捨てるわけにもいかない。

少し悩んでから、俺は黒い穴に飛び込んだ。

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