僕がこの学園に入学して早一週間。

気がついてみると、色々バタバタした一週間だったが、まあおおむね問題なく過ごせたことだろうと思う。多少の希望的観測が入っているのは否めないが。

それはそうと、そろそろ本格的に授業も始まっている。

そして、今はウォード教諭率いる戦闘術の授業だったりするのだった。

 

第9話「彼の実力?」

 

「ふむ……」

ウォードは授業風景を観察しながら頭の中で急速に授業プランを組み立てていった。

現在、同じパーティーのメンバーと軽く模擬戦をやらせ、その様子をつぶさに観察している。

他の授業と比べ、この戦闘術の授業では生徒個々の実力が非常に重要となってくる。模擬戦などでも、実力が同じ程度の者と組ませないと、怪我の元だからだ。

もちろん、相性等も考慮せねばならず、頭が痛い。

とりあえず、一通り見て回った後、ウォードは気になる人物が固まっているパーティーに目を向けた。

「……ふむ〜〜〜」

うなり声が大きくなる。

まず、彼の弟子のリュウジ・クサナギ。

このクラスどころか、学年でもトップクラスの実力だろう。それこそ物心つく以前から稽古を積んでいるのだ。そこらの凡百など、相手にもならない。ウォードにとってはくそ生意気な愚弟子だが、力量だけは認めるところだ。相手に合わせて手加減くらいできるだろうし、授業においてはなにかと負担を背負ってもらうことになる。

次、そのリュウジと、なにやら互角に打ち合っている女子。名前は……マナ・エンプロシア。

少々正直過ぎるきらいはあるものの、彼女も相当なレベルだろう。まるで手足のごとく扱う槍でリュウジと戦う様は、間合いの差を度外視しても大した物だ。資料によると、彼女もまた幼い頃から英才教育を受けているらしい。リュウジを相手にしているとどうも感情的になるみたいだが、委員長でもあることだし、リュウジ以上に授業の進行を手伝ってもらうことになる。

リュウジとマナの近くで模擬戦をしている少女。色々騒ぎを巻き起こしつつ入学したリーナ・シルファンス。

彼女は……まあ、いいだろう。最初に選ぶ武器にも迷っていたようだし(扱いやすいだろうということで棍棒を選んだようだ)。戦闘に関してはまったくの無力のようだ。

で、ウォードが私的に一番興味を抱いているリオンはというと。

「……オイオイオイ」

件のリーナに押されまくっている。

直撃こそないものの、防ぐのがやっとといった印象だ。女の子だから手加減しているというわけでもなさそうだ。『才能が無い』と本人も言っていたが、まさかあそこまでとは思わなかった。

入学式の前日、リュウジの修行に付きあってもらったときもあんな風だったが……

(ん? なんかおかしくないか?)

ふと違和感を感じるが、リオンの情けない姿にすぐそれは消えうせる。

「こりゃだめだな」

リーナ相手にあの様子だと、このクラスでも一番下くらいの実力。まさかあのルーファスの息子が……

「っと、教師としてそんな考えはいかんか」

思いなおす。

このヴァルハラ学園にも貴族の息子とかがたまに来るが、見事なまでに『親の七光り』を体現している奴らがほとんどだ。誰が親であろうとも、子供の能力とは切り離して考えなければならない。

「さてと、次だ次」

まだまだ生徒はいるのだ。あまり、あの子らばかりにかまけてはいられない。

 

 

 

 

戦闘術の授業終わってすぐ昼休み。僕たちは学食に直行していた。

「ふ〜。おつかれさんやったなぁ」

戦闘術の授業初日は、みんなの実力を見るだけで終わったようだ。……男女一緒にやる、っていうのは少し疑問に思ったが。

「そんなこと言って。リーナにやられそうだったじゃない。リオンくん、そーゆー事は、私に勝てるくらいになってから言いなさいな」

「うっ……それを言われると、反論できませんけどね」

結局、僕はリーナさん相手に一撃も出せなかった。出さなかった、ではなく出せなかった、だ。

……考えてみると、お父さんとの稽古でも、一度も攻撃したこと無いなあ。

もしかしなくても、僕ってすんごく弱いのでは?

「あっ、でも、私はああいうの今日が初めてだったし。ビギナーズラックっていうのも……」

「あのね〜、リーナ。ビギナーズラックで勝てたら苦労はしないわよ?」

「え〜と……」

「下手な慰めはやめといたほうがえーで。うん。リオンの事を思うならそっとして置いてやり」

……リュウジ、その物言いは僕の傷ついた心に止めを刺したぞ?

「まったく。もういいですから、早く食べましょう」

「あ、話をそらした」

「そらしてません。せっかく注文したのに冷めちゃうじゃないですか」

僕たちは、いつも学食で昼食を取っている。僕とリーナさんは弁当持参なのだが、残りの二人が学食だから、僕たちも付きあっている。

そして、学食に来たついでになにか一品注文するのが、最近のささやかな贅沢だ。

僕の目の前には、ほかほかと湯気を立ち上らせているスープが鎮座している。これが冷めてしまったら一大事だ。

言い訳臭い物を自分でも感じながらも、小さく『頂きます』と挨拶してから食べ始めた。

しばし無言の間が続く。リーナさんとマナさんは行儀が悪い、ということで。リュウジは食べる事に夢中で、食事中にはあまり会話は無い。僕も、どっちかというと食事に集中する性質なので、この沈黙は嫌な物じゃない。

と、

「だーん!」

そんな事を言いながら、隣に誰かが座る。その隣の誰かは、黒光りする鉄の塊を僕に向けてニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべている。

……確認するまでも無いが、お父さんだ。

「……なんか用ですか?」

「用ってほどじゃないだが、かねてより開発していた俺のニューウェポンが完成したから見せびらかしに来た」

カチッ、と撃鉄を落す物騒な音が耳元で鳴る。

「ちょっと。暴発でもしたらどうするんですか、やめて下さい」

「む、リオン、俺の工作技能を甘く見るなよ。これをそこらの軍隊が使っている旧式の物と一緒にするな」

「って、なんすかルーファスさん。それは?」

リュウジが口を挟んでくる。まあ、その疑問ももっともだ。

お父さんが手に持っているのは、所謂『銃』という武器なのだが、現在の世界に置いてその認知度はあまりに低い。いちいち火薬と弾丸を込めたりしなくてはならないので、連射も出来ず、モンスター等の生命力が強い生物には効果が薄い。それなら、剣とかで切り裂いたり魔法で攻撃したほうがよっぽど現実的なのだ。

対人戦にはそれなりに効果的だと思うのだが……そもそも、モンスターとか魔族とか明確な敵がいるので、人同士の戦争も滅多に起こらない。

「……それを実用化しようってんだから、兄さんも物好きですね」

「失礼な。あくなき探究心と向上心の賜物だ」

単に暇だったから、というのが正しいと思うのだが、どうだろう。

お父さんの作ったこの銃。リボルバー式、と作った本人は言っている。詳細は知らないけど、二年位前から色々研究していた。

「へえ。でも、ちゃんと使えるんすか? 前見た火縄銃は、なんかもっと銃身が長かったと思うけど」

「ふふ、リュウジくん、見てみたいかね?」

食堂でそんな真似しないでください。女の子二人は置いてけぼりじゃないですか。

「えーと。リオンのお兄さんって、なんか愉快ね?」

「マナさん、はっきり変と言ってやってください」

「ルーファス先輩は変じゃないと思うけど……」

一人、憮然とした様子でリーナさんが抗議してくる。

……リーナさん……騙されてる。あなた、きっと騙されてるって。

毎日部活の練習で顔を合わせているからって、あの人に毒されないでください。

こうして、平和なはずのランチタイムは、予期せぬ来訪者が物騒な代物を持ってきた事で粉々に崩れてしまったのだった。……お父さん、息子のささやかな幸せを壊して、面白いですか?

 

 

 

 

 

「ふむ……」

またまたうなっているウォード。

戦闘術の授業の際の組み分けを考えているのだが、遅々として進んでいない。

「よお、ウォードのおっさん。元気か〜」

あれじゃない、これじゃないと悩んでいると、いつの間にか背後に昔の教え子――なぜか、今現在も教え子になっているが――のルーファスがいた。

「お前、どっから入った。ここは俺の部屋で、ついでに鍵も閉めていたと思うが」

「変な事を言うおっさんだな。入り口から入ったに決まってるじゃないか」

鍵はどうした、ともう少し突っ込みたいところだったが、こいつはあらゆる意味で普通じゃない。鍵開けのスキルくらい、当たり前のように持っていたんだろう、と納得しておく。

「で、なんのようだ。見てのとおり、俺は仕事中だから用件があるならさっさと済ませてくれ」

「ああ。親として、息子のリオンのことを聞いておきたくて。おっさんが見たところ、あいつはどんな感じだ? ああ、戦闘術の講師、という立場から、公平な意見を頼む」

「どんなもなにも……ダメだろ、あれは。少なくとも、戦う、と言う事に関してなら才能はこれっぽっちもない。おとなしく自分の身を守る事に徹した方が無難だな。初歩の護身術でも教えてやろうかと思ってる」

その言葉に、ルーファスはうんうんと頷く。

「そらそうだろうな」

「って、お前が鍛えたんだろうが。もう少し、ましに育てられなかったのか?」

「ああ。うん。おっさんから見れば、そりゃあいつはダメだ。大体、俺は訓練はしたが、なにも戦闘のための訓練ってわけじゃないんだぞ?」

「はぁ?」

「……ま、そのうちわかるさ。わからないほうがいいんだけどな」

『もしそうなったら、俺の……責任なんだろうな』と、ルーファスの独り言のような呟きが、やけに印象に残った。

 

 

 

 

 

 

 

「はあ。僕って、なんでこう、押し付けられ体質なんだろう」

“三人分”の夕食を作りながら、僕はそんなことを呟く。

ここはリオン・セイムリートの部屋であって、断じてリュウジとかお父さんとかの部屋ではない。なのに、当然のように二人は居座って、家主の僕に夕食をたかっている。

由々しき事態だ。

食費を入れてくれる分、まだリュウジはましだが、お父さんは『もともと俺がくれてやった金だろ』と、一切料金を払う気がない。

「へえ、じゃあその銃って、色々な弾を込められるわけですな?」

「そうだ。当初は、魔法を弾丸に封じ込めといて、その魔法を撃ち出すと言う考えもあったんだが、それだと某勇者の家庭教師と被るからな。弾頭にいろんなもんを仕込んだ型に変えた。硫酸とか小型爆弾とか胡椒とか。まだ開発中だから、今持ってるのは通常弾だけだけど」

「へえ〜〜〜」

まるっきり新しいおもちゃを見せびらかせる子供だ。

お父さんもリュウジも、なんかやけに仲良くなっている。別に混ぜて欲しい、とか思ってるわけじゃないが、疎外感は拭えない。

「はいはい、できましたよ!」

どかん、とテーブルに大皿を置く。

「なんだ、リオン。相手にされなくて拗ねてるのか?」

「なんや、リオン。相手にされなくて拗ねとんのか?」

「違います!」

ああ、もう。

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