とりあえず、今晩の食材を買って帰還。

女子寮と男子寮は一階の渡り廊下以外、行き来はできないので、そこでリーナさんたちとは別れてきた。

お腹をすかせているせいか、非常にやかましいリュウジを伴って、僕は自分の部屋に帰ってきた。

「ただいま〜」

誰もいない部屋だが、一応、お約束として呟く。

「おう。お帰り」

……なぜか、返事があった。

 

第7話「やってきた兄貴」

 

「お、おおおおおっっ!?」

「なんや。どうした、リオン?」

なぜか、この部屋にいるはずのない人がいた。しかも、ヴァルハラ学園の制服を着ている。……いったい、どうやってお母さんを丸め込んだんだ?

「おとう……ムグッ!?」

叫びそうになった僕の口を、部屋でくつろいでいたお父さんが塞ぐ。

「な、なんや、あんた!?」

「リオンの友達か? 俺は、ルーファス・セイムリート。こいつの兄だ」

な、なんか言ってる!?

「へ? 兄貴?」

「そうだ。な、リオン?」

違う、と言いたいが、ここは話を合わせておくべきだろう。合わせておかないと、あとからどんな事をされるかわからない。

コクコクと首を縦に動かす。

「ふ〜ん。そうやったんか。兄貴なんていたんやな、リオン」

「まあ、いたようないなかったような」

やっと手を離してもらえた。

「で、おと……兄さん? なんでここに……」

「なんだ? 知らなかったのか。俺、他の学園に行ってたんだが、この度、こっちに編入することになったんだ」

「へ、へえ」

「おう。俺、この隣の部屋だから、よろしくな。で、リオン。飯食わせてくれ。お前、料理得意だろ」

えーと。とてもじゃないけど、状況が理解できません……

「で、えーと、ルーファス……さん? その名前……」

リュウジが疑問の声を上げる。そりゃ、英雄譚にまでなっている伝説の勇者の名前そのままの人が登場したら、当然の疑問だろう。せめて、偽名を使えと言いたい。

「ああ、これか。俺たちが住んでいた辺りでは『セイムリート』ってのは、けっこうありふれたファミリーネームでな。例の勇者にあやかって、長男には『ルーファス』って名付けるのが多いんだ」

さらりと切り返す。……なんだ。誰の入れ知恵だ? とてもじゃないが、お父さんにこんな事を考える頭があるとは思えない。こんな機転が利くくらいなら、もう少し人生うまく立ち回っているはずだ。

……多分、サレナさん辺りだろう。なんとなく。

「へー、そうなんすか」

「ああ。……で、リオン。飯はまだか?」

「あー、はいはい。ただいま……!」

なかばヤケになって、僕は料理にとりかかった。

 

 

 

 

 

「おー。味噌汁! 漬けもん! 肉じゃが! 他にも他にも! なんや、リオン。和食作れるんか!」

「まあ、一応ですけれど」

味噌とか醤油とかを探すのが大変だったけど、喜んで貰えて幸いだ。

「ふむ……リオンも母さんの味噌汁の味を出せるようになってきたな……」

うちのお母さんは味噌汁を作ったことありません。

しばらく、ご飯を食べる音が部屋を支配する。

「おかわりや!」

「……はいはい」

勢いよく茶碗を突き出すリュウジに苦笑しつつ、山盛ってやる。

結局、茶碗に計四杯も食って、リュウジは満足した。……食いすぎだろう。明らかに。

「ふぅ、ごっそさん。満腹満腹〜」

「リュウジ、腹八分目という言葉を知っていますか?」

「あー、そんなんどーだってえーやん……」

「それでも剣術家ですか」

……あ、無視した。

「ま、兄貴と二人で積もる話もあるやろーし、わいはここらで失礼するわ。飯、ありがとな」

ほんじゃなー、と手を振りながら、リュウジは去っていった。

「さて、と……事情を聞かせてもらえますか、お父さん?」

お父さんに向き直る。お父さんは食後のお茶を優雅に飲んでいた。

「お・と・う・さ・ん!?」

「リオン。そんな怖い顔するんじゃない。お茶の一杯、飲むのも待てないのか、お前は」

「普段なら、何杯でも待てるんですけどね」

こんな異常な事態では、そんな平静な精神を保つことはできない。

「……ふう。うまかった。なかなかのもんだったぞ、リオン」

「お世辞はいいですから、なんでお父さんがここにいるのか聞かせてもらえますか?」

「せっかちな奴め。まあいいか」

どっこいしょ、とお父さんが座りなおす。

「まあ、別に理由らしい理由なんてないんだけどな。ほら、お前も少しは聞いてるだろ。俺って、前ここに通ってた時は『ちょっとだけ』非常識な日常を過ごしていたからな。一度、平穏な学生生活と言うものを送ってみたかったんだ。当時の教師も、ウォードのおっさんだけだし、リアと違って俺はセントルイスの人たちに知り合いはいないし」

待った。さっき、聞き逃せない単語がありましたよ?

「『ちょっとだけ』?」

「ちょっとだけ、だ。なんだ、なにか文句あるか?」

あるけれど、言わないでおく。なにせ、うちの家庭の力関係はお母さん>>>>>>>>>お父さん>僕だから。ごくたまに、僕とお父さんの力関係が逆転する事はあるが、お母さんは絶対権力者としてセイムリート家に君臨している。

「まあ、お前のお目付け役も兼ねているんだがな」

「お、お目付け役って……」

むしろ、僕がお父さんが無茶しないように監視しなければならないような気がするんですけれど。

「……お前がなに考えているか、手に取るようにわかるぞ?」

ジト目でお父さんが睨んできた。

「さ、さあ。なんのことやら……」

「お前は俺に似て、嘘はつけない性格だからな。隠しても無駄だ。……ったく、父親をなんだと思ってんだ。俺は、今回は地味〜に生活するんだ。部活にも入ったし。誤解のないように」

……嘘の付けない性格ってだけで、僕の考えている事そのものずばり見抜けるものなのだろうか? どう考えても、お父さんの変態的な洞察力の賜物だと思うのだが。

「てゆーか、部活ですか?」

「ああ。音楽部だ」

僕は部活に入る気はないけど、たしか入学案内にあった。ヴァルハラ学園には、合唱部とか吹奏楽部とかを纏めた音楽部というのがあるらしい。

「そういえば、ピアノとか好きでしたよね」

「おう。絵もいいんだが、お前が生まれるとき、胎教とかなんとかで音楽にもはまってな」

この人、絵と音楽に関しては、それで食っていけるほどの腕前を持っている。本当、万能な人なんだけど、家ではお母さんに頭が上がらない情けない人だ。

「……またまた、お前がなに考えているか手に取るようにわかるぞ」

「……さ、さあ。なんのことやら」

結局、そういうことになってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日……

相変わらずというかなんというか、僕たちはマナさんを除いてみんな外部生。しかも、頼みの綱のマナさんもあまり友人は多くない。だから、僕たちは自然と四人で固まって話すことになる。

昨日のお父さんの会話から僕はふと思い立って、パーティーメンバーのみんなに聞いてみた。

「そういえば、皆さんはなにか部活動はするんですか?」

「あー、わいは、剣術の修行があるからな。部活とかはパスや」

「あたしも……やらないかな? 見学はしてみるつもりだから、もしかしたらどっかに入るかもしれないけど」

……なるほど。……で、僕は一番の問題の、リーナさんに視線を向ける。

「私は音楽部です」

「ああ。そりゃそうよね。なんたって、あのレナ・シルファンスの娘なんだから……って、リオンくん? なに頭抱えてるの?」

しまった……当然、予想して然るべきだったのに。

「あの……リーナさん? 音楽部はやめておきませんか? ほら、そのー……なんとなく」

「え?」

「おいおい。リオン。そんなん、本人の好きにしたらええんとちゃうか?」

「あー、まあ、そうなんだけど……」

なんてゆーか、あのお父さんと同じ部だと、リーナさんに迷惑がかかる可能性が高いというか。いや、それ以上になにか嫌な予感がするんだけど……。

「あ、あの……リオンくん? 私、できるなら音楽部に入りたいんだけど……なにか嫌な事でもあるのかな?」

「あー、んー。いや、別にそういうわけではないんですが……」

「リオンくん……あんた、何が言いたいわけ?」

マナさんが怖い顔をして睨んでくる。そんな顔されても、嫌な予感がするのは仕方ないじゃないか。

「そのー。さしあたっての問題はないと思うんですが……うーん。きっと、なにか起こると思いますから、気をつけてください。いや、ただの勘なんですけど」

ただし、それがマイナス方向に関してのみ百発百中の。というのは伏せておく。

でも、もちろんのこと、そんな意見が聞き入れられる事はなかった。

 

 

 

 

後に、その嫌な予感は当然のごとく現実となる。……あの時、もっとしっかり止めておけば、と後悔する事になるのだが、それはまたしばらく後のお話。

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