あのあと……

さんざん暴れたマナさんをどうにかなだめた。

教室内で暴れたもんだから、クラスメイトたちの冷たい視線が突き刺さっている。

僕とリーナさんは困り、マナさんはバツの悪そうな顔をして、リュウジはあっけらかんと笑っている。各人の性格をもののみごとに現した反応だが、僕は注目されたままそこに留まれるほど図太い性格はしていない。

「……外に行きましょうか?」

全員、異論はないようだった。

 

第6話「ミーティング?」

 

みんな昼を食べていなかったので、どこかでご飯を食べようと言うことになった。

僕はお母さんに渡されたメモを思い出し、リリスさんの経営するという食堂『風見鶏』にみんなを案内した。今なら昼時は過ぎているし、行っても迷惑じゃないだろう。

入り口を開けると、カランカラン! と涼しげな鈴の音が鳴った。

「いらっしゃ……あれ? リオンかぁ。よく来たね。後ろのは友達かな?」

「こんにちは。アミィさん」

迎えてくれたのは、ハーフエルフのアミィさん。ここで、ウエイトレスのバイトをしていると聞いたことがある。昔のお父さんの戦友だったというヴァイスさんの義理の孫だ。エルフの寿命はとても長いので、ハーフとは言えアミィさんもまだ僕たちとそう変わらない年齢に見えるが、これでも三十路は超えているはずだ。

「リオン、なにか不遜な事を考えてない?」

「……まさか」

「ま、いいや。店長呼んでくるね〜」

と、アミィさんは店の奥に消えて言った。他の客はいないので、まあいいんだろう。と、思っておく。

「お、おい! リオン!」

「リュウジ、どうかした?」

「どうかしたやない! だれや、あの綺麗な人は!?」

綺麗……か。まあ、確かに、綺麗と言えば綺麗なんだろうけど……

リリスさんたちほどではないが、アミィさんもたびたびうちに訪れていたので、そのパワフルさは身をもって知っている。なにせ、自分の三倍はあろうかという獲物をお土産代わりに持ってくる人だからなぁ。

「おい、質問に答えんかい!」

「えーと。あの人は……まあ、お父さんたちの友達、かなあ?」

「ま、またお前の親父かい!」

また、とか言われても。

「……でも、あの人、エルフだったわよね?」

「あ、アミィさんはハーフですよ」

「どっちにしろ、あまり人里にくるような種族じゃないと思うけど」

マナさんの疑問も最もだ。まあ、いろんな意味で規格外だから。お父さんの知り合いは。……そのお父さん自身が規格外すぎるから、類は友を呼ぶ、と言うやつなんだろう。多分。

「気にしないほうがいいですよ」

「そうなの?」

「そうです。気にしたら負けです」

これが、僕の十五年の人生で学んだ教訓である。何に負けるのか、と聞かれたら困るが。あえて言うなら、人生の不条理とか、そーゆーなにかだろう。

そこで、店の中をきょろきょろと見回しているリーナさんに気がついた。

「リーナさん、どうしたんですか?」

「えっ、え……と。こ、こういう店って、入ったことないから……」

うつむきながら答える。……どうも、まだ彼女とは壁のようなものがある気がする。

ちらり、と横のやつに視線を送る。

「んっ? なんや?」

ま、まあ。リュウジみたいに、最初からやたらフレンドリーなほうがおかしいか。ゆっくり。ゆっくり仲良くなっていこう。うん。なにせ、初めての人間の友達だ。

「あ、本当にリオンくんが来てる」

「リリスさん」

エプロンをつけたリリスさんが後ろにアミィさんを伴って厨房から出てきた。

「リリスさん、ども。ご無沙汰しとります」

「なんだ、リュウジもいたの? ああ、そうか。あんたもヴァルハラ学園に来てたんだよね」

リリスさんは、次に、リーナさんたちに視線を向けた。

「この娘たちは?」

「えっと。同じパーティーになったリーナさんとマナさんです」

「あー、あの、レナ・シルファンスの娘ね。あの噂、本当だったんだ」

「えっ……!!」

横で聞いていたアミィさんが驚いたような顔をして、店の奥へ走っていった……と、思ったらすぐに帰ってくる。紙とペンを持って。

「あ、あの! さ、サイン頂戴!!」

「え、え!?」

……ファンだったのか。

「わ、私のサインなんて……」

「ねえ、お願い!」

押しまくるアミィさん。そこへ、ぬぅ、とリリスさんの手が伸びた。

「はい。そこまで。アミィ、あなた、まだ就業時間中でしょーが。お客さんに席の案内くらいしなさい」

「て、店長? そんなこと言っても……」

「お客さん、よね? リオンくん」

リュウジたちと顔をあわせ、一つ頷く。

「はい。アミィ、四名様、テーブル席にご案内して」

「うっ……はい」

リリスさんににらまれ、すごすごと引き下がるアミィさん。……ちゃんと、お店やってんだなあ、と実感した。

 

 

 

 

 

 

 

「で? ご注文は?」

店長のリリスさん自ら注文をとりに来た。

「えーと。僕はこのAランチで」

「わいは唐揚げ定食」

「あたしは……このポテトグラタンをお願いします」

「……あの……サラダとスープだけで」

最後のリーナさんの注文に、リリスさんはピクッと反応した。

「なに? ダイエット? ダメじゃない。まだ育ち盛りなんだから」

「……おなかすいてないんです」

あ〜、なんとなく、リーナさんの気持ちわかる。

あれだけ注目された上、回りは知らない人ばかり。おまけに、リュウジとマナさんが喧嘩(みたいなもの)したりしていたから、彼女みたいに気の弱い人なら、少々胃にきてもおかしくない。僕も気は強くないほうだが……まあ、慣れてるし。何に慣れているとは聞いてはいけない。

「じゃあ、ケーキとかは? 色々種類あるけど」

と、デザートのメニューを見せる。しばらく、気の抜けた様子で眺めていたリーナさんだが、

「………モンブラン」

と、突然目をきらきら輝かせ始めた。それはもう、星が飛び出さんばかりに。……好きなんだ、モンブラン。そして、意外な一面を発見したな。

「了解〜」

リリスさんが、シャッ、と注文をとる紙に書き込む。

「ま、お代はいいわ。入学祝ってことで、おごったげる」

「いえ。初対面の方にそこまでしていただくわけには」

真面目なマナさんが反論した。

「阿呆! 余計なこと言うな! あ、リリスさん、こいつのことは気にせんでええから〜」

「……あ〜、リュウジ以外の三人に、ね」

「そ、そんな殺生な! わいがなにかしましたか!?」

「私が昔、お父さんと草薙本家に行ったとき、さんざん悪戯してくれたよね」

「こ、子供のしたことやないですか」

「ダメ〜」

ぶぶーっ、とリリスさんが手を交差させた。

「だから、私たちもそういうことをしてもらうわけには……」

「あ〜。マナちゃん、だっけ? 一応、私もヴァルハラ学園の卒業生でね。先輩からのささやかなお祝い、ってことで。ね。気にしないでいいわよ」

「……はあ」

それ以上断るのも失礼だと思ったのか、マナさんはすごすごと引き下がった。

「じゃ、ごゆっくり〜」

と、リリスさんは去っていった。あとに残されたのは涙を流しまくっているリュウジと、難しい顔をしているマナさん。そして、すぐに来たモンブランに目をきらきら輝かせつつ人見知りするという器用な事をしているリーナさん。……僕? 僕はまあ、その三人に囲まれ、居心地の悪い思いをしていると言うことで。

……あー、なんかこれからの未来を暗示しているようで嫌だなあ。

「そういえば」

僕が声を出すと、みんなが注目した。

「僕とリュウジは寮住まいなんだけど、マナさんとリーナさんもそうなんですか?」

「あ、はい」「そうよ」

二人がほぼ同時に答える。

「あれ? マナ、やったっけ? お前、ローラントの騎士の娘とか言ってなかったか? セントルイスに住んどるんちゃうのか?」

「まあ、実家はそうなんだけどね。一人で暮らすのもまた修行だ、とか言われて」

「ふーん。リーナさんの実家はどこなんですか?」

話を振ると、かわいそうなくらいにうろたえた。……この子、僕以上に人見知りしているな。

「えと、その……一応、実家はアルヴィニア王国なんですけど。ママと全国回ってて、ほとんど帰ったことなくて……」

有名人も大変だ。

「でも、いろんな土地に行けるっていうのも、いいと思いますよ」

「そやそや。わいなんか、生まれてこの方ヒノクニから出たことなかったしな。おかげさんで、そこの凶暴なやつに殴られるし」

「……それは、あなたの自業自得でしょう。あなたが、ヒノクニ出身だということは関係ありません」

「ん〜? まだ、お前に殴られた肩が痛いんやけどなあ」

ああ、また剣呑な雰囲気になるし。もういい、無視しよう、無視だ。この二人のいさかいに口を出すのは愚かなことだと、この短い付き合いで僕は既に学んでいた。

うん、リーナさんと話そう。

「それじゃあ、ヴァルハラ学園に来たのはどうしてですか? リーナさんって、歌姫として有名なんでしょう? 無理して学校に通う意味はないと思うんですけど」

「そ、そうなんですけど……」

リーナさんがたどたどしく口を開いた。

「なんか、ママが……多くの人と交流するのは、絶対にプラスになるから、って。その……あまり、気は進まなかったんですけど」

その気持ちはわかる。あれだけ注目されていたら、居心地の悪さは相当のものだろう。リーナさんの母親も、そこら辺を考えてあげればよかったのに。

「でも、まあ。僕はそのおかげでリーナさんと知り合えたんだから、そのお母さんには感謝しなきゃいけませんね」

「は、はあ」

なぜか、リーナさんが顔を赤くした。

「コラッ」

後ろから殴られた。

「なにするんですか、アミィさん?」

「世界が誇る歌姫をナチュラルに口説いてんじゃないわよ」

「何の話ですか」

「……やっぱそこらへん、お父さんの血をひいてんのねえ。その性格、なんとかしないと、敵を作ることになるわよ。いや、ホントに」

だから、一体なんの話だろう?

「ま、いいわ。とりあえず、注文の品、持ってきたから」

と、テーブルの上に、料理を並べ始めた。

「フシャー!」「キシャー!」

と、争っていたリュウジとマナさんも、アミィさんが持ってきた料理を見て、喧嘩をやめた。

「お、メシやメシ」

リュウジなんかは飛び上がらんばかりだ。

僕も、美味しそうな匂いに、お腹がぐぅ、と鳴った。

「話はあとにして、とりあえず食べましょうか?」

「そうね」

「はい」

すでに食っているリュウジ以外の二人が返事をした。……リュウジは、もう少し、協調性というものを学ぶ必要があると思う。

 

 

 

 

 

 

 

料理を奢ってくれたリリスさんに感謝を述べ(なんだかんだで、リュウジの分も奢ってくれた)、帰途につく。

全員が寮なので、ある意味楽と言えば楽だ。

「あ」

「どうしたの、リオンくん?」

マナさんが、僕の呟きを目ざとく(耳ざとく?)聞きつけ、尋ねてきた。

「いや、ね。夕飯の材料買わないといけないな、と思いまして」

「ああ……そういえば、そうですね」

賛同してくれたのはリーナさんだけだった。マナさんは、微妙に視線をそらし、リュウジはあっけらかんと、

「わいは惣菜でも買うからええわ」

「……料理って、したことないのよ」

なんと、まあ。それこそ物心ついたころから台所の手伝いをやらされていた僕には、まったくもって予想だにしない答えが返ってくる。

「でも、自炊のほうが安上がりでしょう?」

「そらそうやけどな。面倒臭いやん」

あっさり放棄するリュウジ。なんとなくわかっちゃいたけど、もう少しあがいてもいいと思う。

「あ、あたしはもちろん勉強するつもりよ。すぐに、きらびやかなディナーを作れるようになって見せるわ」

……きらびやかな、って。普段食べるのには向かないと思うんだけど。

「……じゃあ、一緒に作りましょうか? ……実は、私も勉強中ですから」

「え、いいの、リーナさん」

「……マナさんがよければ」

「あ、うん! じゃあ、よろしくね」

……女性陣は順調に友情を育んでいる様子。こちらも負けてはいられない。

「ねえ、リュウジ。僕たちも隣同士なんだし……」

「いやや、いやや〜」

「……駄々こねないでください。一人だけ、恥ずかしいとは思わないんですか?」

「思わん!!」

「断言されても……」

さて、困った。

「そこまで言うんやったら、リオンがわいに食わせてくれ!」

「話が豪快にすりかわってませんか?」

「ええやんええやん! 旨く作れる奴が作ったほうが材料も喜ぶし!」

男が駄々こねても可愛くない。

「……はあ。今日だけですよ」

「よっしゃ!」

パチン! とリュウジが指を弾く。やれやれ……本当にしょうがないな……。

「じゃあ、みんなで材料買いにいきましょうか」

「そうですね」

 

 

 

その後、食料品店で、

「隠れてかごにお菓子を入れるな! 小学生かアンタは!?」

「わい、ごちゃい。ママーお菓子買ってよぅ」

「……殺す!」

なんて一コマもあった。

……いつでもどこでも、マナさんを怒らせるのが好きな奴だ。

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