ソフィアは他の三人を連れて外に逃げた。そのまま、街の人たちの避難するように言ってある。避難場所、と言っても、この街、及びその周囲20km圏内は必ずしも安全とは言えないので、全員、俺の亜空間……『家庭菜園』に入ってもらう。でっかい扉を開いて、近隣の全生物をまるごと吸い込む荒っぽいやり方だが、そこらへんは勘弁してもらおう。

だから周りの被害については考えなくてもよくなった。

ただ、俺がルシファーに勝てるかどうか、となれば話は別だ。もう少ししたら、ソフィアが援護に来てくれるだろうが、他の精霊王を呼びだす暇を与えてくれるとも思えない。

となれば、魔法戦闘、つまり遠距離戦は不利だ。それに、俺はもともと接近戦のほうが得意だし。

俺は、ギュッとレヴァンテインの柄を握りなおし、大地を蹴った。

 

第40話「決戦」

 

私はマスターに言われて、サイファール国の避難を完了させた。

でっかい亜空間の裂け目を作って、闘技場を除く、街にいた生物をまるごと半ば引きずり込むようにして連れてきたから、みんな目を白黒させている。

ただ、説明をする時間などはない。

今のマスターではルシファーの相手は少々キツイと思う。

「そういうわけで、皆さんはここで他の人たちと待っててくださいね」

一緒にいた三人に言う。

全員……特にリアさんは、マスターのことが心配で仕方ない、という顔をしている。

「ソフィアさん……その、ルーファスさんは、大丈夫ですか?」

「……絶対に、とは言えませんけどね。私がちゃーんとサポートしてきますから、きっと大丈夫です!」

「……信じますよ」

無理に作った笑顔だということはばれているだろうが、リアさんは少し微笑んで私を送り出してくれた。

「ソフィアー。負けるんじゃないわよ?」

「ルーファス先輩のことは任せましたよ!」

他の二人も思い思いに励ましてくれる。

正直、私が加わっても、そんなに戦力差は覆せないだろう。でも、この応援を伝えることだけでも、私が行く意味があるんじゃないか。

そんな感傷的な事を考えた。

 

 

 

 

「団長……エリクスのやつ、異様に強くなってませんか?」

さっきから、カール団長とともに何度も攻め入っているのだが、正直、以前のあいつからは比べ物にならないほどの技量で、俺はおろかカール団長ですら致命傷を与えることができていない。

「噂には聞いたことがある。高位魔族の中には、他の生物を魔族化することができるやつらがいるらしい。おそらく、エリクスは半分、魔族になっているんじゃないか?」

言われて見れば、確かに。

外見的な変化は無いが、その気配は、禍々しい……そう、ルシファーのような感じになっている。

「だからと言ってそう身構えるな、セイル。儂たちが二人でかかれば、倒せないことはない。向こうの、勇者殿の戦いに割ってはいることを考えれば、気は楽になるだろう」

団長につられ、ルーファス君のほうを見る。

俺の目には、二人がどういう風に戦っているのか、さっぱり見えない。かろうじて、どこに移動しているのかが見える程度だ。ルーファス君とルシファーの戦場は、二人のスピードゆえか、ころころ変わるため、気を抜くと見失ってしまう。今は、街のほうで戦闘の名を借りた破壊活動を続けている。

すでに、戦いの余波で闘技場はほとんど原型をとどめていないので、街のほうに移動した戦場を見ることもできる。観察するのはそのくらいにして、ずいぶん見晴らしのよくなったリングの上で、俺の敵を睨みつけた。

「ヒ……ヒヒヒヒヒ!」

すでに、人間としての意識はなくなっているのだろう。俺がつけた傷に、指を突っ込んでぐりぐりと弄っている。自業自得とは言え、その姿は憐れすぎた。

せめて、この俺の手で引導を。

それが、俺の。親友だったのに、あいつを止められなかった俺の、唯一できることだと信じて、俺は手に持った剣の感触を確かめなおした。

 

 

 

 

 

 

 

……そんな他の状況を意識の端に捕らえつつ、俺は動き回る。

上下左右、ありとあらゆる方向からルシファーの斬撃が襲い掛かるが、すべて紙一重で避けるか防ぐ。技量は年の功ゆえか向こうが上だが、スピードならこちらが上だ。そう簡単に当たりはしない。

ただ、少し息が上がってきた。体力不足を痛感する。

わかっていたことだが、今の俺には長期戦は不利だ。長引かせると、動きが鈍ったところで殺られる。

一気に決着をつけるしかない……と、俺は集中力を極限まで研ぎ澄ませ、やつの一挙手一投足すべて見逃さぬよう目を凝らす。

その時、心臓を狙った刺突が来た。

「ふっ!」

半身になりながらやつ剣の腹を手で打つ。僅かにその軌道がずれ、ルシファーに刹那の隙が生まれた。

ズシュッ!

肉の切れる嫌な音とともに、ルシファーの剣を持った右腕が宙に舞った。

いける、と確信する。

いくらなんでも、この距離、この体勢では、やつに次の攻撃を防ぐ手立てはない。首を刎ねればいくら高位魔族といえども復活できる道理はない。

 

そこに、油断が生まれた。

 

やつの口が、にやりと歪むのが見えなければ、おそらくそこで勝負はついていただろう。

その口元の動きに、幸いにも気付いたおかげで、なんとか体を横に投げ出す暇ができた。直後、心臓を狙って、後ろから斬り飛ばした右腕が襲い掛かってくる。

剣風が俺の左腕を薙ぎ、一筋の傷を作った。

一旦距離を置き、視線で牽制しあう。

「ずいぶん……便利な腕だな」

傷を押さえながら話しかける。

「なに、このくらいの小細工をしないと、勝てる気がしない」

空中に浮かんでいる右腕が、本来あるべき場所に帰る。ルシファーの本体のほうの切断面から、触手が伸びて右腕に絡みついた。

きちんと動いているところを見ると、ちゃんと神経もあの触手が繋いでいるらしい。

……ずいぶんとでたらめな身体構造だ。

それに対して、こっちにつけられた傷はと言うと、なかなか回復しない。かなり深く切れているらしく、けっこう血が流れているし、左指の感覚がない。

「『ホーリーブレス』」

回復魔法をかけるが、血の勢いが弱まっただけでほとんど効果が無い。指の感覚がないのも相変わらず。

「ちっ」

しかたないので、服を引き裂き、縛る。血液の流れを止めたおかげで、これ以上の出血は抑えられたが、片腕が使えないのは大きなマイナスだ。

しばしの沈黙。

「『大地を駆け抜ける風よ。真空の牙、大気の爪、我が手に集いてその力を示せ!』」

すばやく唱えた。呪文に呼応して、大気の精霊が手に収束する。

「『ウインディ・スラッシャー!』」

俺が放った風の刃は、ルシファーが展開している結界により防がれる。衝突により、ガラスを引っ掻いたような嫌な音が鳴り、砂煙が巻き上げられる。

煙が晴れると、服すら切り裂けていない。まあ、この程度の魔法でダメージを与えられるとも思っていなかったが、魔法での戦闘を誘ったのだ。

「接近戦をするんじゃなかったのか?」

「皮肉か」

片腕だけで、そんな真似ができるはずも無い。それはあいつもわかっているはずだ。

「別に?」

ルシファーが肩をすくめ、場に沈黙が流れる。

俺もルシファーも、普段から張っている結界が並大抵ではない。ある程度以上の魔法を使わないと、ダメージが与えられない。

かと言って、あんまり強すぎるやつだと、詠唱中にやられる。

そこいら辺のさじ加減が非常に微妙なのだ。

今までに習得した千を越える膨大な量の魔法からこの状況に適したものをピックアップする。向こうも、それは同じだろう。

「マスター!」

……ソフィアが亜空間から現れると同時に、俺たちは詠唱に入った。

「『我が元に降臨せし、光の精霊。天の十二柱たる者、ギアス、ロメド、エーメン……』」

「『死してなお、現世に仇なし、生にしがみつく亡霊どもに告ぐ。汝らが悲願、成就の時は来た。眼前の命あるものを喰らいて、束の間の生を感じよ』」

あいつの詠唱の方が早く終わる。

が、それは予想通り。そうでなければ、魔法戦闘を誘って時間稼ぎなんてしない。

「『天の十二柱よ! 我が主に力を貸せ!』」

いつになく凛としたソフィアの声が響く。これで、十二柱の御名を挙げ、称える必要は無くなった。光の精霊の王たる、ソフィアと契約しているからこそ可能な裏技だ。

「『デクラインファントム』」

「『トウェルヴ・ライトニングピラァズ』」

ルシファーの顔が少し歪むのが見えた。

それはそうだ。『トウェルヴ・ライトニングピラァズ』は俺のオリジナルのものを除けば、光精霊魔法の最高峰だ。ルシファーの唱えたものに比べ明らかに格が違う。

いくら絶対魔力量に差があっても、これなら負ける道理は無い。

案の定、俺を喰らおうとした亡霊の群れは十二個の光の柱にいともあっさり貫かれる。

ルシファーはかわそうとするが、魔法を放った直後は、どんな達人でも隙を隠せるものじゃない。剣で二、三本を弾き、慌てて強化した結界でさらに防いだようだが、それでも四本が直撃した。

「どうだ? 体に風穴を開けられた気分は」

腹に二つ、左足と左肩に一つずつ。あの状況で、頭と心臓を避けているのはさすがと言うべきか。

光の柱が消えると同時に、穴は塞がっていくが、ノーダメージと言うわけにはいかない。

「やられたな。精霊王の存在をすっかり忘れていた」

「忘れないでください」

……こんな状況でも、自己主張は忘れないソフィアを頼もしいと思うべきだろうか?

「ソフィア、後ろについてろ」

「はい」

ちなみに、現在、どちらが分が悪いか、と問われれば、それは俺だ。

いくらソフィアが加わって、精霊魔法の詠唱の短略化ができようが、光属性が来るとわかっていれば楽に防ぐことができる。すでにルシファーの結界は、光属性に強いものに調整されている。

そして、どんなに傷を負わせても、(ダメージは残るものの)すぐに塞がるルシファーに対して、傷を受けたらしっかり残ってしまい、左腕がまだ剣に添える程度しか使えない俺。

せめて、精霊王たちが異常を察して駆けつけてくれたら、少しは勝率が上がるんだが……契約者が召喚しない限り、精霊界の門は開けるのに手間がかかるのだ。それまでに、決着はついている。

「……さて、続きを始めようか」

やる気満々、といった感じで、剣を構えるルシファー。

……本当なら、まだ余力がある今のうちに一旦引いて、力を取り戻してから再戦、というのが一番確実なのだ。

だが、その期間に、どれだけの人が殺戮されるか……考えたくもない。そして、その手はセントルイスに広がらないとはいえない。俺の頭に、セントルイスで出会った人の姿がよぎる。

だから、俺は少ない勝機に賭けることにした。

「……俺はもうちょっとドライな人間かと思ってたんだけどなあ」

少なくとも、今避難させている三人以外は、あまり深い付き合いだったやつはいないはずなのだが。

ちらりと後ろを見ると、ソフィアが『わかってますよ』という顔をしていた。……生意気な。無事終わったら折檻だ。

そして、俺はルシファーとあまり勝ち目のない戦いを続けることになった。いや、ソフィアを入れると二人か。だが、これ以上の援軍は期待できない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……ん? 誰か忘れてないか?

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