さて、描写をカットして申し訳ないが、決勝が終わった。
俺VSセイルさん。勝敗は……言うまでもないが、俺が圧勝させてもらった。セイルさんの名誉のために付け加えておくが、あの人は強い。世が世なら、歴史に名を残すほどの英雄となっていただろう。
まあ、英雄なんてものが必要な時代じゃないほうがいいんだけどな。
それにしても……エリクスをぶちのめしたときから消えない、このいやな予感はなんだろう?
第39話「天聖大会編 悪魔、降臨」
『さあ、優勝者ルーファス・セイムリートに、国王からのお言葉があります』
闘技場の一際高いところに偉そうに……もとい、威厳をたたえて座っていた人物が、立ち上がり、拡声魔法装置(マイク)を手に取った。
『まずは、この天聖大会に参加した諸君の健闘を褒め称えたいと思う。数々の試合はどれも手に汗握る熱戦ばかりであった』
……ん?
『その中でも、優勝者ルーファス・セイムリートの戦いぶりは、名の通り、200年前の勇者ルーファスそのもののようであった。まだ20にも満たぬ少年の身でありながら、数多の強豪を打ち破ってきたその強さと勇気に、私は感銘せざるをえない』
なんだ。この会場を包む邪気は。見てみると、国王の隣にいる天使騎士団長、カールも険しい顔をしている。天聖大会、他の参加者も一様にピリピリとした表情だ。
『ルーファスには、当初の予定通り、私ができる範囲での望みの褒美を用意しよう。そして、その名を歴々の天聖大会優勝者に連ねることを約束する』
すでに、俺は国王の話を一切聞いていなかった。
その時、突如として、上空から、先ほどまで俺たちが戦っていたリングに黒い光の柱が落ちる。
「くっ!」
一回戦落ちで、反応できなかった二人ほどの選手をかかえ、後ろに飛ぶ。上位入賞者は、さすがに全員逃げている。
きっ、と上を睨みつけると、西に傾いている太陽を背に、あの光を放ったと思われる人物が浮かんでいた。……いや、人間か? シルエットは確かに人間に似ているが、大きく違う点が一つ。その人物の背には翼が生えていた。
一つ、二つ、三つ……
合計で六対の黒翼。
その影はすう、と俺たちの前に降りてくる。
人間離れした美貌。中性的な顔立ちで、男女問わず惹きつけられるような笑み。そして、背中に携えた大剣と……なぜか、その隣にいるエリクス。
そいつは、一瞬俺をみて驚いた顔をすると、エリクスに振り返った。
「一つ、いいかい? 管理者」
「やめろ。ルシファー。封印は解けたんだ。もう、私は封印の管理者じゃない」
「そりゃ失礼」
ルシファーは肩をすくめる。
「何のつもりだ! エリクス!」
いつの間にやら、団長カールが俺のすぐ近くまで来ていた。
ルシファーの正体を察したのか、エリクスを問い詰める。
「これはこれは。カール団長」
「お前……自分が何をしたのかわかっているのか!? 封印の管理者の家系のお前が、一体なぜ、その悪魔と一緒にいる!?」
管理者……なるほど。
サイファール国も、もうすこし人選に気を使ったらどうなんだよ。
先代魔王……エルムに比べれば力は劣るとはいえ、過去において最大級の魔王。その封印を見張るのが、あんなぼんくらとは。
「団長、わかりませんか? そいつですよ。そいつ。ルーファス・セイムリート」
「……彼がどうしたというんだ」
「そいつ、明らかに平民ですよ? そして、特に名が通った戦士と言うわけでもない。そんな輩が名門貴族シェファー家の息子である私を打ち負かしていいとでも思っているんですか?」
……理由になってない。
だが、この無駄と思える会話の間に、観客たちの避難は完了している。このじいさん。意図的に会話を引き伸ばしているな。
「そんな下らない理由で、封印を解いたとでも言うのか?」
「下らない? どこがです? 往年の名騎士、カール団長ともあろうものが、やはり年には勝てませんか? 立派な理由ですよ。そこの小僧は、弱者は強者に服属すると言う、一番シンプルな世界の理を破ったんですから」
支離滅裂だ。屁理屈にすらなっていない。
「お前の言うとおりなら、弱者はお前のほうだ。エリクス」
「……セイル! 貴様はいつもそうだ。なぜ、私と同列の地位にいながら、そうやって平民どもの味方をする?」
大分、盛り上がっている様子だが……悪いが、俺は興味ない。
「エリクスだったな? 俺の話を聞いてくれ」
ルシファーが、無視されたことにすこし気分を害して、エリクスにたずねる。
「……すまない、なんだ?」
「俺が聞いた話によると、殺して欲しいのは『偶然、ルーファス・セイムリートという名前の平民』だったはずだ」
「それがどうかしたか」
「……なぜ、本人がまだ生きているんだ?」
場が一瞬驚きに包まれる。
その間隙を縫って、俺はルシファーの後ろに移動していた。
「ぅ……らぁ!!!」
レヴァンテインによるかなり力をこめた一撃。だが、それは見切られ、ルシファーの背の黒翼に防がれる。余波が誰もいなくなった観客席に飛び込み、亀裂を穿った。
ちっ、と舌打ちする暇も無く、ルシファーが背を向けたまま、右手に黒い炎を纏わせて俺に攻撃してきた。それを、燐光をかけた右手で受け止め、レヴァンテインをいったん亜空間にしまいながら、左手をやつの背中に添える。
「爆光烈牙砲!」
至近距離からの気弾は、体を捻ってかわされた。ルシファーがこちら側に向き直る前に、俺はさっきからつかんでいる右手にさらに力を込める
が、向こうも黒い炎を巻き上げ、拮抗してくる。
結果、二人ともその場から弾き飛ばされた。
ルシファーは飛びながら詠唱を済ませていたらしく、体制を立て直すとすぐに魔法を放ってきた。
「『カタストロフィー・デス!』」
『カタストロフィー・アッシュ』の上位魔法。すでに失われた古代の魔法が迫ってくる。最初、やつが現れたときの黒い光の柱の正体はおそらくこれだ。
だが、これくらいかわせないわけ……
「……ちっ!」
両手を前に出し、正面からカタストロフィー・デスを受け止める。
防御結界がいくつか吹っ飛び、肩のあたりに傷を受ける。最も、傷のほうは気功によって高められた治癒力によってすぐさま回復……しない。
あいつも、上位魔族だ。そいつによってつけられた傷は、治りが遅い。
それでも、何秒かのタイムラグのあと、徐々に傷はなくなっていく。……が、問題はそんなことじゃない。
「リア、サレナ、リリスちゃん! さっさと逃げろよ!」
なぜか。な〜〜ぜ〜〜か! まだ逃げていなかったらしい、四人(上の三人+ソフィア)が一緒にいた。
いつ合流したんだよ……
「え、でも……ルーファスさんなら大丈夫じゃ?」
わかってない。
……まあ、仕方ないと言えば仕方ないのかもしれないが。
「『勇者』ルーファス・セイムリートなら楽勝だろうな。だけど『学生』のルーファスじゃ、互角……いや、少し分が悪い」
そんな情報、ルシファーに与えるのもどうかと思うが、どうせ、さっきの攻防で見抜かれている。
「それって、どういうこと?」
「サレナ……」
見ると、ルシファーは特に追撃してこないようだ。
「……200年間だ。200年間、眠ってたんだぞ? それも、瀕死の状態で。いくら精霊王たちが処置したからって言って、なんの副作用もないわけないだろ」
「どういうことです? ルーファス先輩」
つまり、俺はどこまでいっても、所詮人間、だということだ。
「……時間の流れってのは、そんなに甘いもんじゃない。魔導や気功を駆使しても、人間の寿命なんてせいぜい180年ってとこだ。完全に肉体の時間を止めるならともかく、200年間眠りながら治療するっつーことは、その間、本来ならずっと年をとっているはずなんだ」
三人は『??』という顔だ。
「……おかげで、大分生命力が削られている。ま、普通に生活したり、今まで見たいな雑魚を相手にするなら特に問題は無いんだけど」
「えーと、それは……その、つまりルーファスさんは……」
「ご明察だ、リア。俺は、勇者と呼ばれていたときに比べて、明らかに弱くなっている」
「……仕方なかったんです。大体、こんな自体は予測していませんでしたし」
ソフィアが申し訳なさそうに言う。だが、別にこいつに責任は無い。むしろ感謝しているくらいなのに。
「そ、それはどのくらいなんですか?」
「全盛期に比べて、四割〜五割……ってところかな」
リアは開いた口がふさがらない、という様子だ。まあ、そうはいっても、力の総量がそれだけ減っている、というだけで、出力は変わってない。つまり、スタミナが減っているだけ、ということだ。
「ほとんど反則よね……」
「昔のルーファス先輩って……」
しかし、ルシファーを相手にするとなると、正直7:3で不利だ。これに、リアたちを守りながら、という条件をつけるとなると……多分、勝てない。
「だから、早く逃げて……」
「……なるほど、やけに私につっかかると思ったら、そういうことだったのか」
エリクスが突如声をかけてきた。
「まさか、お前が本物だとは思ってもいなかったが……それにしても、まさかセイクリッドの娘がお前の女だったとはな。どうりで、最初っから敵意を向けてきたわけだ」
「……別に、リアは友達だ」
後ろで、リアがピクリと反応したようだが、無視する。い、今はシリアスシーンなんだ! うん。リアもそれくらいわかってるだろ。
「そんなのはどうでもいいがね。……なるほど、これは面白い」
ククク、と含み笑いを漏らす。
「なにが可笑しいんだよ」
「いや。勇者殿も、嫉妬心というものがあるのかと思うと、つい、ね」
なにを言っているんだ? 後ろでは、リアがうんうんとうなずいているが……い、今はシリアスシーンだ!
「なにを言っているのか、さっぱりわからんが、とりあえず……お前はぶちのめす!」
「ルーファス君……いや、勇者殿。こいつの相手は俺に任せてもらえませんか? こんなやつでも……昔は親友だったんです」
「セイルさん……」
まあ、それならそれで、こっちは楽になる。エリクスも、無視できるほど弱くはないのだから。
「儂は、勇者殿とともに、戦うとしよう」
「カールさん、でいいんですよね」
「はい。天使騎士団団長を務めております、カールと申します」
「あなたも、セイルさんと一緒にエリクスの相手をお願いできますか? どうも、あいつ、ルシファーの魔力に当てられて、かなり強くなっている」
多分、ルシファーはあいつを使い魔にでもする気じゃないか? エリクスの気は、すでに、どちらかというと魔族よりのものになっている。
「了解しました。すぐに片付けて、あなたを手助けさせてもらいます」
そんな丁寧な言葉遣いをすることはないと思うんだけどね。
「あ、ソフィアは、リアたちのガードを頼むな」
「任せてください!」
腕まくりをして、気合十分の様子。……まあ、リアたちを逃がしてくれるほど、ルシファーも甘くないだろうし。
欲を言えば、場所を変えたいんだけどなあ……。
まあ、そんな自分に不利になるようなことをルシファーが承知するとも思えないので、ここで戦うしかない。……すまないが、この街は今日でなくなるっぽい。
「まさか、200年越しに決着をつけることになるとは思ってなかったよ、ルーファス」
そんなの、俺も考えたこと無かった。
「御託はいいから、さっさと終わらせよう。200年前の貸しはまだ返してなかったよな」
「お前たちのパーティーを全滅させかけたときのことか? あの時、ちゃんと殺しておけばよかったと、あとで後悔したよ。まさか、あの魔王を倒せるとはね」
見ると、セイルさんとカールさんはすでにエリクスとの戦闘を始めている。ソフィアも、リアたちを守る結界を張っているようだ。
さて……俺もいくか。
この時代に目覚めて始めて、俺は勝つか負けるかわからない戦いに臨もうとしていた。