………俺はつくづく厄介ごとに巻き込まれる体質らしい。
200年前も、なし崩し的にこういうことに巻き込まれた経験がそれこそ腐るほどある。
まあ、当面の問題は………
こいつらをどうするかということだな。
第6話「ルーファス、本気になる」
ルーファスたちはその数、数十もの幽霊(ゴースト)たちに囲まれていた。
「なあ、こいつらに覚えあるか?大神官さん」
「ああ。おそらく、儂が今までに仕事で祓ってきた邪霊どもだ。まだしぶとく残っていたのか」
ゼノがそう言うと、ゴーストたちの首領格らしい、一際大きな力を持った一体が前にでた。
どうやら、こいつだけはそれなりの知能を持っているようだ。
「ふん。薄情な言いぐさだなあ大神官!俺たちはお前を殺すためだけにこうやって力を蓄えてきてやったのによ!!」
「………貴様は確か、セントルイスの幽霊屋敷に取り憑いていたやつだな?」
「ほう……覚えてくれていたのか!嬉しいねえ……」
ふと、ルーファスがリアの方を見ると、リアはがたがたとふるえながら縮こまっていた。
(ま、しょうがないか)
今、この屋敷には常人なら失神しかねないほどの霊気に満ちている。
正気を保っているだけでも大したものだ。
と、そんなことを考えている間にも、ゼノと幽霊との会話はヒートアップしていった。
「てめえらの勝手な都合で消滅させられそうになった俺たちの気持ちがお前なんかに分かるものか!!」
「ふん!悪霊が……大人しく冥府へ旅立てばいいものを!!」
ルーファスが感じる限り、ゼノと会話しているゴーストが全ての悪霊を支配しているらしい。
つまり、こいつを叩けば他の奴らは統制をなくして、楽に除霊出来るはずだが………
(あんまりそいつを刺激すんな………)
もし、そいつが配下の幽霊たちに攻撃命令を出したら………
自分だけならどうとでもなるが、リアを守りながら。しかも、正体がばれない程度に力を抑えながらだと、正直苦しい。
(………もしかしたら本気にならなきゃいけないかもな)
とりあえず、ある程度はしょうがないと割り切って、両手に力を込める。この程度ならまだごまかせるはずだ。
「もう許さねえ………くたばれ!!」
「返り討ちにしてくれるわ!!」
とかなんとか、ルーファスが考えていると、いつの間にか戦闘が始まった。
(………たのむから、説得するとか、別の場所に誘導するとかしてくれよ。娘もいるだろうが………)
やけに好戦的な聖職者に嘆息しつつ、リアをフォローできる位置に移動する。
案の定、動けないリアに襲いかかった雑魚ゴーストを光る手刀を一閃させて叩き斬った。
「ぼーっとするな!構えろ!!」
「は………はい!」
ルーファスが声をかけると、震えているが、しっかりと返事をする。思った以上に、芯はしっかりとしているのかも知れない。
「とりあえず、俺がこいつらを引き受けるから、なるべく俺から離れんなよ!」
ぐっ、と拳を握りしめる。と、同時に体内の気を操作して両手に集めた。
見ると、ゼノが親玉との戦闘を開始している。あっちの決着がつけば、こちらへ加勢に来てくれるだろう。それまで持ちこたえればいい。ルーファスがそう判断したのと、他のゴーストたちが飛びかかってくるのはほぼ同時だった。
「ったく……しょうがねえな!」
リアの位置を気にしつつ、ルーファスは迎え撃った。
破魔の力を込めたメイスを片手に、ゴーストのリーダー。以前、幽霊屋敷と騒がれていた屋敷をねぐらにしていた悪霊と退治しているゼノは正直戸惑っていた。
(強い………以前よりはるかに)
仕事で、こいつを祓ったのがおおよそ1年前。当時は、特に苦戦もせず勝てたはずだ。それが今では、自分に勝てるとは言えないまでも、苦戦に追い込む程度には強力になっている。
(これは……しばらくかかるか。だが………)
今日、娘が連れてきた少年のおかげで、娘は無事のようだ。
ルーファスはうっすらと発光した両の拳を振るい、ほかのゴーストをなぎ倒している。
普通、物理攻撃では精神体である霊の類にはダメージを与えられない。
だが、ルーファスはその光る拳で、殴りつけている。と、言うことは………
(気功術の一つ、『燐光』か………まさかあの年でな)
親玉の攻撃を持っているメイスで防御しながら観察する。
燐光(りんこう)
気功術、操気法の一種である。自らの気を身体、もしくは武器等に纏わせる。魔法剣などと似たような効果があり、これを使用した武器や拳は、気の強さに応じて強化され、また霊体に攻撃をくわえることも可能となる。身体能力増強などとは違って、身体に無理な動きをするわけではないので、負担は少ない。が、気を身体の外に固定するので、難易度がとても高い。物体に気を纏わせると、うっすらと発光するので、こう呼ぶ。
「『世界の理より外れしものよ、神の光の元に滅せよ。ゴッデス・サイ』」
ゼノの唱えた魔法によって出来たいくつもの光球が、ホーミングミサイルのようにゴーストに突き刺さる。
大抵の邪霊ならひとたまりもない魔法だが、目の前のゴーストはあっさりと耐えきって見せた。
「この程度で、俺をどうにか出来るとでも思ったか?」
予想以上にパワーアップしているらしい。
霊体の強さは、思いの強さ。そこまで自分を恨んでいるのか………
「くそ………」
かなり長期戦になりそうだ。リアたちのフォローは出来ないだろう。
(ルーファスくん。頼んだぞ)
心の中で、娘の相棒に語りかけつつ、ゼノは突っ込んでいった。
こちらはルーファスサイド。
(くそっ!数が多すぎ!)
素手だけではそろそろ捌ききれなくなってきた。
「!リア、伏せろ!!」
いつの間にかリアの背後に迫っていたゴーストに突きを出す。リアをかばいながらだったので、相手にそう大きなダメージは与えられなかった。
「ルーファスさん!無事ですか!?」
「平気だ!」
とっさに防御に気が回らなかったため右腕から血が流れているのを目ざとく見つけたリアが悲鳴を上げる。血自体になれていないのだろう。かすり傷だのに、必要以上に心配する。
「いいから大人しく俺の後ろにいろ!」
足に気を纏わせ、ハイキック。見事に、目の前のゴーストにヒットし、そいつを昇天させる。
「嫌です!『慈悲深き癒しの神よ。あなたの助けを求める者に、その息吹を与え給え。ヒールブレス!』」
普段からは考えられないような強い口調でリアが唱えた呪文によって、ルーファスの傷はあっさりと完治する。
「サンキュ!」
一応礼を言いつつ、再びゴーストたちに向きなおる。
だが、相も変わらず嫌になるほどの数だ。
「ルーファスさん、私も戦います!!」
そう言って、リアが飛び出す。
「はい?」
ルーファスが呆けた声を出す。その間に、リアはすでに呪文を唱えていた。
「『我は光り輝く聖弓を以て汝を討たん!ホーリィショット!』」
リアの手から放たれた一筋の光の矢は、目標の霊体を見事に貫き、消滅させる。
ルーファスがあんぐりと口を開けていると、リアが自慢げに振り返った。
「見ましたか!?私だってちゃんと戦えるんですよ」
「って!バカ!!」
ルーファスは一瞬本気でダッシュをかけた。ほとんど反則じみたスピードで移動し、がら空きのリアの背中めがけて、今まさに攻撃をくわえようとしていたゴーストに一撃を食らわせる。
「ったく………もう少し緊張しろ。危うく死ぬところだったぞ」
「は、はい。すみません………」
みるみる落ち込んでいくリア。その様子に苦笑し、ルーファスは前方の幽霊数体を同時に捌きながら言った。
「ま、その前まではいい感じだったぜ。じゃあ、後ろの奴らは任せていいか?」
「は……はい!」
しっかりと返事をするリア。そして、背中合わせになり、二人は再び戦い始めた。
『はぁ!……せい!』
『ホーリィショット!ホーリィショット!ホーリィショット!』
向こうの方は大分片づいたらしい。リアの硬さがとれて戦闘に参加可能になったことにより、一気に決着はつきそうだ。
あとは………
「お前だけだな」
ここまでの攻防で、もうボロボロになっているゴースト共の親玉を睨む。
「ち、ちくしょうめ………」
発する声も弱々しい。こちらもかなり消耗させられたが、そろそろ終わりそうだ。
「これで………とどめだ!!」
ぐわっとメイスを振りかぶる。だが………
「なめるなぁ!!!」
その声と共に、目の前のゴーストから、膨大な霊気が溢れ出す。
「なっ!」
驚きで一瞬対応が遅れる。
霊気と一緒にでた衝撃波に吹っ飛ばされてしまった。
「がふ……」
少し身体を打ち付けるが、問題はない。それより、敵がどうなったか確認して愕然とする。
「ま、まさか………」
元の親玉ゴーストは、他の手下の霊と融合していた。そしてその力は数倍に膨れあがっている。
その体はつい先ほどまでのように不定型ではなく、煙で出来た人間………と形容すればいいだろうか。と言っても、体長3m以上もの人間が存在すればの話だが。
グレートスピリット
その単語がゼノの頭の中に浮かぶ。
グレートスピリットとは、他の霊体と融合できる悪霊の総称だ。滅多に現れるタイプではないが、その力はグレートスピリットの最大霊気容量にもよるが下級魔族なら余裕で凌駕する。
なんせ、自分の限界まで他の霊体を無尽蔵に吸収することが出来るのだ。そして、体内で霊気が相互干渉を起こし、爆発的に出力が高まる。
目の前の個体は出現したばかりなのでそこまでの力はないだろうが、それでも自分一人の手には余った。
(まずい……な)
気が付くと、グレートスピリットによって他の敵が全て吸収されてしまったため、こちらにくるルーファスとリアがいた。
「お前たちは早く屋敷から逃げて、助けを呼んできてくれ!!」
一喝する。はっきり言って勝てる相手ではない。時間稼ぎをしてなんとか応援が来るのを待つのが唯一の勝機だ。
「無理!この家全体に結界が張ってある!!」
「なっ!?」
ルーファスの言葉に、ゼノは絶句する。これで打つ手がない。自分が結界を解くにしても、その間に二人は殺されるだろう。
そして、この二人が自分に加勢したとしてもグレートスピリット相手では焼け石に水だ。
「バカ!!ぼーっとするんじゃない!!」
はっ、と我に返ると、すでに回避不能な位置にグレートスピリットの巨体が迫っていた。
グレートスピリットはその巨大な腕を振るい、ゼノに襲いかかる。攻撃がヒットする一瞬だけ、腕周辺の物理属性を上げ、直接殴る。
いくら大神官で、ヴァルハラ学園に行けば武術系の教師としてもやっていけるほど鍛えているとはいえ、多くの場合肉体的には一般人とそう変わらない僧侶であるゼノには痛すぎる攻撃だった。
見事に吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。とっさに頭をかばっていた所はさすがだが、それだけだ。あっさりとゼノの意識は暗転した。
「………勘弁してくれよ」
気を失う寸前、ルーファスのぼやき声が聞こえた気がした。
「………勘弁してくれよ」
どうして、俺はこう不幸なんだ!?神様教えて!!
なんて馬鹿なことを叫びそうになる。
よりにもよってグレートスピリットだと?こんな化け物の相手を俺みたいな一介の学生にさせる気か!?責任とれ大神官!!
と、壁に叩きつけられてのびているゼノを睨む。
「お父様!」
と、リアがゼノに駆け寄っていくのが見えた。
そのすぐそばには、ゼノにとどめを刺そうと近付いているグレートスピリットが………って!だめじゃん!!
「リア!戻れ!」
叫びつつ、俺もゼノの方に向かおうとするが、遅かった。
グレートスピリットにとって邪魔者のリアはその霊気を叩きつけられ、あらぬ方向に吹き飛ぶ。
「くっ!」
リアにはゼノのように受け身なんぞとれない。
急いでリアを受け止められる位置にまで移動する。無意識に風精霊魔法を使っていたらしく、ほとんど一瞬で移動を完了し、リアをキャッチする。
「セーフ………」
とりあえず、リアの体に気を通して、スキャンする。
………肋骨にひび。後は口の中を少し切っているだけか………
「リア……リア?」
呼びかけに答えない。どうやら(というよりやっぱり)気絶しているようだ。
『これで、後はお前一人だな。お前は大神官とそれほど関係ないようだし、大人しくしているなら見逃してやらんこともないぞ』
グレートスピリットとなってから初めて、ゴーストが口を開く。
見逃してくれるのはありがたいが、その言葉から察するに、ゼノとその娘のリアは殺すつもりだろう。
と、なれば答えは当然。
「やなこった。お前こそ、今すぐ成仏するなら見逃してやるからとっとと失せろ」
最大限の思いやりをもって、警告してやる。今は平静を装っているが、さっきから俺の理性はかなりヤバイほど暴走気味だ。口に出す言葉一つ一つに意識していないのに殺気が混じる。
『ほう……頼みの大神官も気絶して、その娘も意識がないのだろう。この場で動けるのはお前一人だ。よくそんな大口がたたけるな?』
「………かえって好都合さ」
だって、俺はこれから本気を出すつもりだから。………と、その前にやっておくことがあった。
「………『慈悲深き癒しの神よ、救いを求める者にその御手を差しのべ給え。ホーリーブレス』」
つい先ほどリアが俺に使ったヒールブレスの一つ上級の魔法で、リアの傷を癒す。
苦しげだったリアの息が、安定したものに変わる。ひとまず、これで安心。
ゆっくりとリアの体を横たえ、その周りに結界を張ってやる。
(………忘れていた)
ゼノの方にはワンランク下の結界を張る。こいつを倒す責任を果たさなかった罰だ。
「さてと………」
これで準備は整った。後は目の前のやつを滅ぼすだけだ
当然といえば当然かも知れないが、自分から成仏はしてくれないらしい。
まあ………それもいい。俺もいい加減キレている。片手で印を組み、亜空間からレヴァンテインを取り出す。
そして、ゆっくりと………本来の力を解放した。
ルーファスの体から、人類の限界に挑戦するような魔力と気が解放された。
これでも屋敷を潰してリアとゼノを生き埋めにしないため、少しは抑えているのだ。
『な………』
グレートスピリットが思わず一歩後ずさる。
自分などはるかに越えた化け物がそれに合わせるかのように一歩前進した。
「……殺すよ」
一言、ルーファスが呟く。
次の瞬間には、グレートスピリットはルーファスの姿を見失っていた。
ズバッ!!
『ぎ、ぎゃあああああああああああ!!!!!!!!』
「うるさい」
右腕(に相当する部分)を斬り飛ばされ、叫ぶグレートスピリットにルーファスは冷たい声でささやいた。
「『ゴッデス・サイ』」
次に、詠唱をすっ飛ばして、白魔法を放つ。このレベルになると、詠唱を省略することなどは不可能な領域になるのだが、ルーファスは楽々とやってのけた。
ゼノのそれに倍する数と大きさの光球は、肉眼では捉えきれないスピードでグレートスピリットに着弾。
着弾した場所はあっさりと貫かれ、グレートスピリットの体に風穴が無数に出来る。
『グ、ググググググッ』
削り取られた霊気分、多少サイズは小さくなったものの、あっさりと人間形態を取り戻すグレートスピリット。だが、すでに目の前の相手がとても勝てる相手ではないと、本能が激しく警鐘を鳴らしていた。
「ふむ……やっぱり霊体には白魔法がよく効くな」
全く感情を込めずに呟くルーファスに、グレートスピリットになったゴーストは、また別種の恐怖を抱く。
「さっさと決めようか。俺もこんな精神状態は嫌なんでね」
そう言って、魔剣レヴァンテインをぽいっと亜空間の穴に放り捨てる。
「『天界の炎よ、汚れし者共全てを浄化するその光。夢幻へと通じる穴より、現世に降臨せよ』」
『………………!!!』
呪文自体は知らないものだったが、ルーファスを中心に展開される凄まじい魔力を体で感じてグレートスピリットが声なき悲鳴を上げる。
急いでその場を離れようとするが、体が全く動かない。
『なぁ!!?』
「……教えておいてやろうか?この魔法は、対象を聖なる結界で閉じこめた後、結界内を異界………神が住む世界に直接繋いで……」
魔法の詠唱をひとまず中断したルーファスがそうこう説明するうちに、グレートスピリットの閉じこめられている結界の中に光が漏れ始める。
「邪悪な者………特にゴースト系に効果絶大な光を召喚し、対象を完全に消滅させる」
ルーファスが腕を上げるのに比例して、結界内の光が強くなっていく。
「この対ゴースト用白魔法最高奥義の名前はこうだ」
『や、やめ……』
ルーファスは冷たい目でグレートスピリットを一瞥すると、容赦なく、魔法を発動した。
「『ヘヴンズ・サン』」
そして、光が満ちた。