「うーん」

 僕は携帯電話を前に、唸った。
 表示されている電話番号は、一人暮らしをしている爺ちゃんの番号。

 明日から、祝日を合わせて四日の連休。爺ちゃんちは、実家よりも今住んでいるマンションに近いので、気軽にとは言わないまでも、割と簡単に行くことが出来る。

 逡巡は数分程度。僕は通話ボタンを押し、

「あ、爺ちゃん? 突然だけど、少し話したいことがあるから、明日そっち行ってもいいかな?」

 そう、切り出した。









 戸惑いつつも、歓迎してくれた爺ちゃんに礼を言いながら居間に上がる。

「それにしても、一体どうしたんじゃ? 良也がこっちに来るなど……話したいこととは?」
「うん、なにから話したらいいかな……」

 淹れてくれた茶をすすって、喉を潤す。

 とは言っても、そんな深刻な話ではない。単に、前に爺ちゃんが語った妖怪云々の話の確認と、僕の事情を説明するだけ。

 今は家族にも僕の最近のトラブル(穏やかな表現)を話してはいないけれど、そのうち話すこともあるだろう。そういうとき、身内に一人くらい事情を知っている人がいてほしい。

 本当にそれだけだった。

「あ、そういえば、一人暮らし大丈夫?」

 だけれども、どうにも切り出し方がわからなかったので、とりあえず当たり障りのない話題から入った。

「ん? まあ、多少広すぎる家だということ以外は特に問題はないわい。以前の弟子から安く借りられたもんで住んでおるが、そうでなければもっと狭いアパートでもよかったんじゃ」
「まあ、こんな広い一軒家だとなぁ」

 見る限り、実家ほどではないが庭も立派なものだ。爺ちゃんは武神とまで呼ばれた武術家で、その弟子には有力者やその関係者も数多い。たまにする警察の指導の他は年金暮らしの癖に、割と裕福な生活を送っているようだった。

「良也もどうだ? 大学のほうは」
「まあボチボチだよ。生活の方も、まあ僕は玲於奈よりも家事は得意だし」
「あの娘ものぉ。器量は良いんじゃが、いかんせんわしや裕也の奴に似すぎてしまったのぉ。もう少し、女性らしい所作も身に着けて欲しいもんじゃが」

 お父さんの名前を出して、唸る爺ちゃん。
 でも、仕方ないだろう。お母さんも、普段はおしとやかの仮面を被っているが、バリバリ実戦派の古流剣術家なんだし。

 ……改めて、うちの家族はどっかおかしいぞ。

「……で、話ってのは他でもなくて」
「なんじゃ? 小遣いの無心か?」

 いやいや、ここまでの交通費で、既に結構な値段が吹っ飛んでますから。

「いや、そうじゃないよ。えーっと、ね。爺ちゃん、正月の酒の席で、妖怪がどうとか話していたでしょ」
「ん? お、おー。そういえば、そんなこともあったな。……む、言っておくが嘘ではないぞ。お前らはすぐにわしの言うことを法螺とか何とか聞き流すがな」
「うーん」

 いや、むしろ法螺と聞き流せるような平和な生活だったらどんなによかっただろうなぁ、とか。

「えっと、もう口で説明するより、こっちを見せたほうが早いと思うんだけど」

 ぽっ、と僕は掌の上に霊弾を生み出した。

「む!?」
「いや、その。前、事故ったときがあったろ? そんときに、僕はまあ幽体離脱? しちゃって、ちょいと冥界に行って……」

 たどたどしく、幻想郷に行った経緯を説明する。

 その話を、真剣に聞いていた爺ちゃんは、博麗神社の名前が出てきたところで得心が行ったように頷いた。

「なるほど……。流石我が孫。軟弱な振りをして、しっかり力を付けておったか」
「……付いたのかなぁ」

 確かに、空を飛ぶのと弾幕のコンボを使えば、一般人なら何十人と翻弄できるだろうけど……。いや、なんかあっちで会う連中が全部アレげだから、正直まったく実感がわきません。

「それで、どうなったんじゃ」
「ええと」

 萃香が起こした異変から、生き返った後、幻想郷に足を踏み入れたこと。その後、色々と向こうの連中と交流したことを話す。

「んで、爺ちゃんの師匠だっつー射命丸だけど」

 以前、連中の宴会で撮った写真を見せる。

「こいつでしょ?」
「おおー、懐かしい。まったく変わっておらんなぁ、射命丸、殿!?」

 ? なにやら、凄くビックリしていらっしゃる。
 射命丸と知り合いだったこと、そんなに意外だったか?

「りょ、良也……。おまっ、お前、これ」
「どれ?」

 ひょい、と写真を覗きこむ。

 んー? 今更、爺ちゃんが驚くような……って、これってスキマじゃん。

「爺ちゃん、スキマがどうかしたの?」
「すきっ、スキマじゃと!? おま、お前……こいつとは知り合いなのか!?」
「いや、ま。一応……天敵と書いてスキマと読む間柄かなぁ」

 我ながらよくわからない字面だけど、妙に納得してしまうのは何故だろう。

「こ、こいつはなぁ、こいつは……」
「あら、灯也。つれないことを言うものね」

 ギクゥ! と、祖父と孫の背中が同時に跳ねる。
 えっと、この外の世界では決して聞きたくない類の声色は……

「す、スキマ!? お前、また不法侵入を……」
「あら、呼び鈴は鳴らしたわよ」
「嘘じゃろ、それは」

 同意。

「あらあら、悲しいわねえ。二人そろって信用してくれないなんて」
「一体、今更なんの用じゃ、八雲紫。わしとお前の関係は、とっくに切れたと思っていたが」
「それがまた、良也を通じて繋がったというわけよ。五十年ぶりかしら」

 五十年……っつーと、爺ちゃんがまだ幻想郷にいた頃になるのか? というか、この二人顔見知りだったんだ。
 いや、幻想郷にいたんだから、おかしくはないけどさ。

「知り合い?」
「知り合いも何も、私と彼は夫婦よ」

 ……は?

「と、とととと、ということは!?」
「ええ、私が貴方の祖母よ。でも、お婆ちゃんとか言ったら殺すから」
「嘘をつけぇ!」

 爺ちゃんの神速のツッコミが入る。
 それは、いつになく若々しい、張りを感じる声だった。

「良也っ! その女狐の言うことを信じてはならんっ! 裕也は確かに、わしと婆さんの間の子じゃ!」
「そ、そうだよねっ! 僕がこの女の血を引いているとか、そんな」

 そんな想像するだけで空恐ろしいこと、考えたくもない。しかし、一瞬とは言え、信じてしまった……うわ、まだ寒気が。

「ほんっと、つれないわねぇ。しかも、女狐はうちの式のことなんだけれども」
「う、うるさいうるさい! 何故貴様はここに来た!?」
「何故もなにも。孫に、貴方のエピソードを聞かせてあげるためだけど?」

 あ、爺ちゃんが本気で青くなった。
 え、ええと。一体、どんなエピソードが?

「ねえ、良也。教えてあげる。彼ねぇ、昔、私に恋文を送ってきたのよ」
「言うなぁ〜〜! 言わないでくれぇ!」

 ……え、えーと。このスキマに、恋文?

「爺ちゃん……」
「言うなっ! わしもあの頃は若かったんじゃ! こいつの正体も知らなかったし」
「あらあら、そうすると貴方は容姿だけで惚れたということかしら」
「せっかく忘れておったんじゃから、思い出させないでくれぇ!」

 もう必死すぎる爺ちゃん。こんな情けない爺ちゃんを見たのは、今は亡き婆ちゃんとの夫婦喧嘩を幼稚園の頃目撃して以来だ。

「実は、そのときの恋文がこんなところにあるんだけれども」
「や、やめっ!」
「『突然の手紙、失礼します。しかし、私は貴女の全てに惚れ抜いてしまった! 貴女が欲しいッ!』。この頃の灯也は情熱的だったわねぇ」
「朗読するなぁ!」

 え、ええっと。

 なんていうか、うん。
 爺ちゃん、僕は貴方と、心底分かり合えるかもしれません。



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