正月。
 元旦の夜更けに実家に返ってきた僕は、既に出来上がっているお父さんに捕まってしまった。

「遅かったじゃないか、良也〜。まあ、一杯いけ」
「あ、うん。……ゆっくりする暇も無いな、こりゃ」

 無理矢理気味にコップを渡され、薬缶から燗した酒が注がれる。……ちょっとこぼれた。

「兄さん、なんで今年は遅かったの?」

 こっちは酒は呑んでいないが、正月料理に舌鼓を打っている玲於奈だ。こいつは割と食う方で、何故太ったりしないか不思議なくらい……

「ちょっと知り合いのところの新年会に顔を出していたんだよ」

 新年会。アル中で一回死んでしまったけど。……やつらの宴会に顔を出すってのは命がけなんだな。

「お、もしかして彼女か?」
「違うって。普通の……いや、普通じゃないかもしれないけど、友達だよ」

 どうしても、そっちに結び付けたいらしい。でも、確かに女ばかりではあったけど、彼女なんていないぞ。悲しいことに。

「なんじゃ、情けない。わしは、早いところ曾孫の顔が見たいんじゃけどのぉ」
「……爺ちゃん」

 我が家族最後の一人。普段はちょっと遠くで一人暮らしをしている爺ちゃんが、焼酎を傾けながら言った。

「なんじゃ、もしよければ、ゲートボール仲間のトメさんの孫でも紹介してやろうか? 今年三十五で、十回ほど見合いに失敗しているそうじゃが、なかなかの器量じゃぞ」
「……遠慮しておく」

 それなんて罰ゲーム?

「それで? 修行のほうはちゃんとしておるのか?」
「いや、爺ちゃん。僕は、武道は小学校で止めたって、何回言ったら……」

 ちなみに。
 齢七十を超える爺ちゃんであるが、うちの家族の中で最強だったりする。

 若い頃は武神とか呼ばれていたとか何とか。……本当、なんでこの爺ちゃんから僕みたいな孫が出来たんだろう?

「お父さんもそろそろこちらに引っ越してきては? 一人暮らしはつらいでしょう?」
「なに、まだまだお前に心配されるほど衰えてはおらんわ」

 そして、お父さんと爺ちゃんはいつもの会話に入った。……やれやれ、この場合、どっちが頑固なんだろうね。

「お母さん。つまみじゃなくて、なんかちゃんと食うもんもらえる?」
「はいはい。玲於奈ちゃん、良くんにお雑煮作ってあげて」
「はーい」

 玲於奈は、汁を火にかけて、冷蔵庫から餅を取り出し、焼き始める。
 あ〜〜、久々の実家って感じだ。

 我が家の雑煮は、透き通った出汁に蒲鉾と鶏肉、小松菜を散らした薄味の汁に、焼き餅を二つ。

 あ〜、美味い。博麗神社でついた餅(僕も手伝った)も、かなり美味しかったが、やはりこの雑煮が僕の正月には欠かせない。

 なんとなく、幸せな気分に浸りつつ、僕は雑煮のおかわりを玲於奈に突きつけるのだった。




















「ぅぃ〜。良也、お前、修行はどうした?」
「……爺ちゃん、その話三回目だ」

 すっかり、うちの大黒柱と最強の人は出来上がってしまった。
 流石に、昨日『天狗殺し』なる極悪な酒で昇天してしまった僕としては、酒はあまり呑みたくない。

 ……結果、絡まれることになったんだけど。

「なにぃ? お前はこのわし、土樹灯也の孫だぞ。そんなことでどうする。……よし、わしの若い頃の武勇伝を聞かせてやろう」
「うえ?」

 ま、またかよ……

 この爺ちゃん、昔は相当やんちゃだった(柔らかい表現)そうで、その頃の話をよくする。

 しかし、どこまで本当なのかわからない。第二次大戦中、気弾で米軍の飛行機を撃ち落したとか、道場破り千回達成だとか、山篭り中、熊を主食にしていたとか……

 いや、どう考えても嘘なんだけど、もしかしたら、って思えるほど強いんだ、この爺ちゃん。流石に二次大戦ネタは、年齢から考えても無茶だと思うけど。

「よし、わしの妖怪退治の話を聞かせてやろう」
「よ、妖怪……?」
「うむ、古来、妖怪退治は武人の務め。今では見かけなくなったが、わしの若い頃はたまに妖怪も出たのでな」

 またお父さんの法螺が始まった、と僕のお父さんは呆れ顔だけど……あの、妖怪は実在しますよ? もう、嫌ってほど思い知っています、貴方の息子は。

 まあ、でも、爺ちゃんの話だから、本物じゃないんだろうけど。

「妖怪と言うのは空を飛ぶのでな。わしは、自分を囮にして、食われそうになったところを間接技で仕留めたんじゃ。連中は、痛みに慣れておらんからな。痛めつけてやると、割合すぐに降参する」
「空を飛ぶ?」

 はて。確かに、妖怪連中のほとんどは空を飛ぶなぁ。

「うむ。しかし、妖怪は女童の姿をしていることが多くてな。やりづらかったわい」
「……女童。少女……」

 普通の妖怪然とした連中もいるにはいるけど、僕の周りのは全部女の子だよなぁ……

「そ、それで? 妖怪の他の特徴、は?」
「うむ、連中は、たくさんの弾を撃ってきよる。躱すのには骨が折れたわい」

 弾……霊弾? 弾幕ごっこだよな、それ。

「喰おうとして近づいてくるならまだしも、遠距離となると、わしには手も足もだせん。そこで、わしは伝承にある『妖怪の山』に出向き、天狗に『気弾』を習ったんじゃ」

 …………よ、妖怪の、山?

「妖怪の山、って……どこにあるんだよ」
「さて、どこじゃったかなぁ? 覚えておらん。噂を頼りにふらふら歩いておったらいつの間にか着いていたんでな」

 なんつーか……なんだろう、この爺ちゃん、もしかしてとんでもない経験をしていたんじゃ。

「まあ、そこで暇を持て余していたという天狗に稽古をつけてもらってな。いやぁ、流石は天狗。武術においても、わしは足元にも及ばんかった」
「お父さんより強い男なんて想像も出来ませんね」

 ははは、と全然信じていないお父さんが適当なことを言うが……あの、もしかして。

「男ではないぞ。わしが習ったのは女の鴉天狗じゃ」
「……鴉、天狗」
「そう、なんといったかな……いつもカメラを持ち歩いていて、やたらと陽気な天狗じゃったが……」

 カメラを持った、鴉天狗……の、女。

 僕の脳裏に浮かぶのは、いつも幻想郷を飛び回っているパパラッチ。

「射命丸!?」
「おー、おー。確か、そんな名前じゃったな」

 マジかよ。

「じ、爺ちゃん……あんたって、あんたって……」
「ん? どうした、良也。さて、そういえばどうして良也が射命丸殿のことを知っているんじゃ?」
「……いや、あの、その。そのパパラッチには、ついさっき馬鹿みたいな酒を呑まされて」

 いかん、頭が混乱している。
 この爺ちゃん……僕が思っていたより、ずっととんでもないジジイかもしれん。

「まあ、よいか。今では使えなくなってしまったが、わしはその『気弾』を用いて妖怪退治を続けてな」
「ど、どんな妖怪がいた?」
「一番手強かったのは……そう、ひまわり畑の妖怪じゃな。これがもう、わしの手に負える相手ではなくて、なんとか粘って三発ほど気弾を食らわせたんじゃが、やっぱり敵わなくてのう。殺される寸前、近所の神社の巫女にかろうじて助けてもらって……」
「……その神社って、博麗って言わない?」
「おお、そうそう。確か、博麗なんとかという巫女じゃったな」

 ひまわり畑の妖怪とやらは知らないが、妖怪退治をする巫女と言えば心当たりがありすぎる。

 不思議な縁というか……この爺ちゃん、やっぱり化け物だぞ、おい。

「さて、何故良也が博麗神社のことを知っているんじゃ?」
「……ついさっきまでそこで宴会を」
「おお、そうかそうか」

 すでにだいぶ酔っ払っているのか、爺ちゃんは僕の爆弾発言を気にすることなく、焼酎を傾ける。

「ま、その後、その博麗神社や妖怪の山がある地方から追い出されてしまったんじゃけどな。探せども、二度とその地に入ることできなんだ」
「へ、へぇ」

 幻想郷に入ってたのか……。
 僕はやっぱりこの爺ちゃんの孫なのかもしれん。





 僕は、実の祖父の意外な一面を発見しつつ……
 次の日、爺ちゃんは話したことのほとんどを忘れていた。

 ……まあ、そのうち話すことも、あるかもしれない。



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