照りつける暑い太陽。
 吹き付ける生ぬるい風。

 それら一切合財を、僕の『自分だけの世界に引き篭もる程度』の能力で防ぎ、快適な気温を味わいつつ、僕は一軒の家の前に立っていた。

 正確には門の前だ。割と威厳のあるその門には『土樹』という表札がかけられている。

 ……お盆にくらい、実家に帰って顔を見せなきゃな。

「はぁ」

 少々憂鬱になりながら、門を開ける。
 中に入ると、バシーン、バシーン、となにかの音が、庭にある小屋から聞こえた。

「ん?」

 その小屋――道場である――の窓から、ひょい、と覗かせた男臭い顔。

「おおーっ! 良也。よく帰ってきたな!」

 そして、僕を見るなり、我が父にして柔道七段の武道家は顔をほころばせるのだった。











 大学に入るまで、恥ずかしながらうちの家庭環境を変とは一切思っていなかった。
 しかし、冷静に考えれば、おかしいなんてことは一目瞭然だ。

 庭が広いのは、田舎で土地が馬鹿みたいに安いからまぁいいとして……普通の家の庭に、道場なんてまずない。
 同じように、サンドバッグなんてものもあるわけがないし、妹の部屋にトレーニンググッズが所狭しと並んでいるわけもない。

 要するに、うちは筋金入りの武道家一家なのだ。一般人なのは僕だけである。

「あら〜、良くん、お帰りなさい」

 などと俺を迎える母は、見た目は相当若い。実際まだ三十台。十八の頃、僕を生んだらしい。
 ……お父さん、あんた、ロリコンなのか。

 この見た目にも関わらず、うちのお母さんは幼少の頃より剣道をやっており、その腕前は実に六段。お父さんとの出会いも、異種格闘の最中、というわけのわからない状況だったらしい。

「ただいま」
「今日は良くんの好きなカレーにしたからねぇ〜」

 家ではこうやってすごくのんびりした人なのだが、以前、うちに来た強盗(無謀な奴だ……)を箒の一閃で片付けてしまった。

「……兄さん、帰ったの」

 そして、我が家族最後となる、妹。
 こやつも、兄の僕に似ず、やたらめったら運動神経だけはいい。

 女子の空手、全国二位。とりあえず喧嘩で僕が勝てたことは一度もない。

「汗臭いぞ、シャワーでも浴びて来い」

 そして、現在胴着姿で汗臭い。先ほど道場から聞こえてきた音は、きっとこいつがサンドバッグを殴っていた音だ。
 あなおそろしや、あんな音をたてるまでになっていたのか。

「う、うるさい」

 言って、妹――玲於奈は、部屋に引っ込む。着替えを取って、シャワーに行くつもりだろう。

「良くん、め。玲於奈ちゃん、良くんが帰ってくるの楽しみにしていたんだから」
「あいつがそんなこと思うはずないだろ。せいぜい、おかずが少なくなるから帰ってくるな、程度……」

 ぶんぶんと、玲於奈の部屋からダンベル(二十キロ)が飛んできた
 躱す。

「あ」

 すると、丁度部屋に入ってきたお父さんの顔面にダンベルは飛来し、

「ふん!」

 うちのお父さんは、まったくの不意打ちにもかかわらず、そのダンベルを見事キャッチしてしまった。

「さて、母さん。今日のご飯は何かな?」
「今日はね〜、カレ〜〜」

 トンデモキャッチを果たしたお父さんの問いに、間延びした返事を返す母。

 ……ああ、もう。この家族は、なんでこう無闇にバイオレンスなんだ。















「それで、良也もそろそろ彼女の一人でも連れて来ないのか?」

 お母さんのカレーを頂き、お父さんと酒を酌み交わしていると、唐突にそんなことを聞かれた。

「あー、そーね。そのうちね」
「高校のときからそればっかりだな。女友達の一人くらいいないのか?」

 ……いや、いなかったよ。
 でも、最近はちょっと(見た目)年下の女の子と知り合う機会は増えているけど。

「まあまあかな」
「ほう、そうなのかっ」

 喜ぶお父さんだが、あの連中と顔を突き合わせたらきっと笑顔は引きつるだろう。

「嘘に決まってる。お兄ちゃんみたいなオタクと遊ぶ女の子がいるもんですか」
「おいおい、玲於奈。良也ももういい年だ。そんな趣味、とっくにやめているさ。なぁ?」

 いや、あのね。
 そんなこと言われても、むしろ一人暮らしをはじめたから、人目をはばからず趣味に走ってたり……

「なに言ってんの。お兄ちゃんが事故に遭った日、レンタルショップで借りてたDVD……」

 某魔法少女モノだったなぁ……。

「む……、そ、それより、よく生き返ったな、あれ」
「お父さん。別にそんなどもらんでも」

 あまりに強引な方向転換。この人、よっぽど僕の趣味を認めたくないらしい。
 いや、認められたら認められたで、複雑な気分になるだろうけど。

「そうだなぁ。三途の川は見れなかったけど、冥界を見物してきたよ」
「はっはっは。嘘つけ」
「お兄ちゃんはいっつもそうやって誤魔化すんだから」

 ……いや、父上、妹。残念ながら大マジです。

「それよりも私は、良くんの女友達が気になるわ。どんな子がいるのかしら?」

 ど、どんな娘?

 え、えーと。某巫女やら、某魔法使い。さらに某半人半霊や、某冥界のお姫様に某メイド。ついでに某鬼に某隙間。

 は、半分以上が人間じゃない上に、性格が明後日の方向の連中ばかりだ。

「は、ははは……。まあ、余裕ッスよ、余裕」
「? なにを誤魔化そうとしているの?」
「その、僕の友達は……けっこう人間離れした奴が多くて」

 能力とか。

「そ、そうそう。特に、いい年してゴスロリ服をいつも着ている隙間なんて、そりゃもう……」
「思い切り失礼ね、貴方」

 ………………待て待て。

 はい、深呼吸。瞼を閉じて精神を落ち着ける。

「はぁい、良也。ちょっくらお邪魔しているわよ」
「いかん。呑み過ぎたかな。お父さん、お母さん。僕は風呂に入って寝……」

 呆然としている父母に適当に挨拶して、浴場に引っ込……

「なに? よければ背中を流してあげましょうか」
「……紫さん。アンタどこから出てきた?」
「ちゃんと玄関から。呼び鈴を鳴らしたのだけど、出てこなくてね」

 絶対に嘘だ。

「え、えーと、良也? お前の友達かい?」
「あら、これは申し遅れました。八雲紫と申します」

 優雅に挨拶する紫さん。しかし、口元がゆがんでいる。

 ……断言しよう。この人、絶対に僕をからかいに来たんだ。

「お兄ちゃん? あの人、お兄ちゃんの彼女?」

 なぜか咎めるように聞いてくる妹だが、それは有り得ない。

「ないない。あんな人が恋人なんて、不気味なことを言うなよ玲於……なぁ!?」
「チッ」

 紫さん得意のタライ攻撃を間一髪で躱す。
 しかし、次の瞬間には満面の笑顔でお父さんたちに向き直った。

 ……そんなだから胡散臭いとか言われるんだよ。

「いえいえ。私は恋人なんかじゃありません。良也の恋人は……はい、この娘です」
「……は?」

 いやいやいや。僕に恋人なんかいないし。
 でも、なんでお父さんとお母さんは、紫さんの見せた写真に釘付けなんだろう。

 どらどら、とその写真を覗きに向かう。なぜか玲於奈も付いてきた。

「……へ?」
「お、お兄ちゃん?」

 そこに写っていたのは……す、萃香か?
 しかも、ご丁寧に隣には鎖で繋がれた僕が……って、これ、前の宴会異変のときの写真か?

「良也」
「良くん」
「お兄ちゃん」

 ……あ、あれ? 我が家族がなにやらとってもバイオレンス風味な感じ?

「こんな小さい子を」
「しかもこんなアブノーマルな……」
「死んで」

 あ、そっかー、そういうことかー。
 いや、誤解だって。うんうん。萃香とは本当、何にもないよー? あえて言うなら喰う喰われるの仲というか。

「破ぁっ!!」
「ぎゃあぁっ!?」

 お父さんに袖を取られ、ぶん投げられる。

 あわや壁に激突、というところで登場したお母さん。腰溜めに箒を構え、

「ヤァッ!」

 横に一閃。
 弾き飛ばされた僕は正拳突きの構えを取った玲於奈の方向に飛び、

「ああ、割と冷静だな僕……ぐほぉ!?」

 幻想郷の経験で、多少荒事に慣れていても、防御力までは上がっていない、僕であったとさ。





 追伸:誤解を解くのに丸二時間かかりました。
 さらに追伸:あの紫さんを彼女にすればいい、とか言われました。それ、マジ勘弁です。許して下さい。



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