博麗神社、境内。
 現在、その中心には、妖怪の中でも特に実力のある勢力の首領が顔を突き合わせていた。

「宴会でもないのにうちにこんなに来るなんてねぇ」

 我関せず、と鳥居に背を預けながらその様子を見ている霊夢は、嘆息とともにそう漏らした。
 ……注意してやるべきだろうか。そういう、『妖怪が神社にいる? だから?』的な態度が里の誤解(誤解ではないが)を招いているということを。

「えー、じゃあ。僭越ながら、発起人の私が音頭を取らせてもらうわね。土樹亭(仮)建築の打ち合わせ始めるわよ」

 と、この件を色んな妖怪を巻き込んだ張本人である永琳さんが口火を切る。

 ……僕の家を作るのをなんか知り合い連中が手伝ってくれる、となったが、勿論なんの計画もなく進められるはずがない。
 かと言って、関係する連中全部集めたらエラいことになるため、それぞれの勢力の長だけで話し合うということになったのである。

 まあ、全勢力が集まっているわけではない。自分たちの技術力が示せればそれで、という河童連中や、地上にあまり出ない地底の人、いい新聞のネタになりそう、という興味本位の天狗なんかは来ていない。あとで決まったら教えて、というスタンスだ。
 野良妖怪? 来てもこの面子の中で発言権あると思う?

「しかし、なんで良也さんって蚊帳の外なの? 良也さんの家でしょ」
「そうなんだけどさあ」

 なお、車座になった連中の輪から僕は外れている。『一応、みんなが忘れないようにね』と、永琳さんから渡された『家主』と書かれたタスキを掛けてはいるが、何も知らなければ何の罰ゲームだと思うだろう。

「じゃあ、まずは立地を……」
「湖の側でいいんじゃない。うちから人足出すのに、遠くだと面倒だし」

 ほらきた。
 永琳さんの第一声に被せるように口を開いたのはレミリアである。言ってる内容はいっそ清々しいまでに自己中だが、まあアイツの性格からして、そういうこと言うのはなんとなくわかってた。

「あそこは年中霧で、日光がほとんど入らないでしょう。人には毒ですよ。……うちの敷地の一部を割譲しましょうか? 良也さんは、私の目標である人と妖怪との共存を見事……そこそこ見事に、体現しているような気がしますから。他のみんなのいい……見本になればいいな、と思います」

 ところどころ言い淀みながら、続けて提案したのは聖さんだった。ていうかあの人、普段は聖人っぽいのに微妙に失礼だな。否定する要素は我ながら欠片もないが。

「なに言ってんの。うちの永琳があんたら集めたんだから、うちの竹林でしょ。ほら、筍美味しいし」

 次、適当な理由で自分ちの近所を推したのは輝夜。

 と、この辺で霊夢も大体察しがついたのか、『ああ……』と呆れたように呟いた。

「こういうこと」
「そういうことだ」

 これだけのアクが強い面々が集って、意見がぶつかり合わない訳がない。

「聖さんみたいに、純粋に僕のことを考えてくれる人もいるけど。輝夜とかあれ、他の連中の意見通るのが癪ってだけだぞ、絶対」

 ぶつかるのが意見だけならいいなあ……無理だとわかっているが。

「そこで、良也さんが誰かの意見を推したりすると」

 仮にも、今身に付けているタスキの通り、作られる家の家主は僕である。
 大義名分、というヤツを与えてしまうわけで、

 ……決まった後、短気な連中から僕がどんな目に合わされるか、火を見るより明らかだ。

「だったら、自分でどこがいいか決めればいいのに」
「なんで絶対に無視される意見を言わなきゃならんのだ」

 僕のため、という理由も半分くらいは……いや、三割……一割くらいはあるはずだと思いたいが、それはそれとして仮にも妖怪の集まりのトップだと、面子というのが大事なのだ。そして、今回の計画は格好の代理戦争。自分たちの意見を通したほうが、なんとなく偉い気がする。

 ……そんな、僕としてはどーーーーーーーでもいい理由でぶつかっているのだ。
 というわけで、勢力争いの出汁に過ぎない僕の意見など、刹那で却下されるに決まってる。

「まあ、ちゃんとしたモノができるなら、僕としては文句はないんだけど」
「できるかしらねえ」
「……大丈夫だろ。ほら、一度引き受けた癖に適当なモン作ったら、それこそ面子に関わるし……」

 とは言ったものの、ときに気紛れでそういった挟持を都合良く忘れるのも妖怪だしなあ。
 いや、最悪出来なくても、別に僕の懐は痛みゃしないんだが。

 と、立地というしょっぱなから議論が躓いている面々を見て、僕はつらつらとそんなことを考える。

「もう、このままじゃ作業が進まないわ。建てる場所くらい、本人に聞いたらいいんじゃない?」

 ……そして、ふと、議論が面倒臭くなった様子の幽々子が、そんなことを言うのが聞こえた。

「まあ、そうですね」
「良也のことだから、きっと紅魔館(うち)の近くにするわよ。よく来てるし。アンタらの負けよ、負け」
「本人に聞く程度の配慮も出来ず、挙句勝手に勝ち宣言ねえ。底が知れるわよ、吸血鬼」
「ああ゛?」

 イカン。矛先が僕に向く気配がする。しかも、全員、なんかもういっそ弾幕ごっこでケリを付けようか、って空気だ。
 これは僕が何を言っても爆発する。

「霊夢、ときにふと思ったんだが」
「なによ。打ち合わせ場所を提供しただけの私を巻き込まないで頂戴」

 荒事の気配に、こっそり距離を取ろうとしていた霊夢に僕は声をかける。こういうときはこいつの出番である。事前に、言い包める方法を考えておいてよかった。

「いや、まあ聞けよ。博麗神社と里の間って、結構距離あるよな。里から参拝客が来るのも大変なんじゃないか?」
「いきなりなによ。けど、まあ……そうね。春秋でもお年寄りは大変だろうし、冬とか、雪が積もってたら若者でもね。だから、参拝客が少ないのも仕方ないのよ、うん」
「守矢神社は山だけど、この前索道が完成したし、通いやすいのはあっちだよなあ」

 別にあっちが流行ってるのは、交通の便だけの問題ではなく、霊夢の宣伝不足とか妖怪がたむろしているせいもあるだろうが、そこは今の僕にとっては都合の悪い事実なので指摘しない。

「……なにが言いたいの?」
「別に僕がそうしたいというわけじゃないんだが。例えば、里とここの間に僕の家があって、休憩とかできれば……足が向く人も増えるんじゃないかなあ、なんて」
「………………」

 霊夢は無言で数秒考え込み、意を決したように立ち上がった。
 すっ、と懐から、退魔針を取り出し、袖からは陰陽玉が。

「ガンバレー」

 僕はこっそりそう言って、自然にフェードアウトする。

 その間、霊夢は妖怪の会議の真ん中に華麗に降り立ち、堂々と喝破した。

「良也さんの家はうちと里の間! はい、決定ね!」
「いきなり口を挟んでなによ!?」
「妖怪の選んだ立地なんて、どうせ運気が悪い土地に決まってるわ。その点、巫女の選んだ場所なら問題ないはずよ」

 うわー、すげぇ理屈を言い出した。……理屈? いやまあそういうことにしとけ。

「それでも文句があるなら、かかってらっしゃい!」

 早っ!? いや、最終的にはそうなると思ってたが、喧嘩売るの早すぎぃ!
 のんびり距離を取ろうとしていた僕は、急いで博麗神社の前にある石段を駆け下る。

「武器まで出して、我田引水とはこのことか。まったく、人間は変わらないな。誠に愚かで自分勝手である! いざ、南無三!」
「あら、これ、ちょっと前に思いついた新しい難題を試していい流れ? いい流れよね?」

 いずれも極めて強力な妖怪と博麗の巫女の対決。近くにいたら、命がいくつあっても足りやしない。流れ弾だけで死ねる自信がある。

 僕は急いで空を飛び、影響のないところまで逃げるのだった。




 ――なお、その時の弾幕ごっこの衝撃と光は里からでもよく見えて。
 すわまたもや異変かと、一時騒ぎになったらしい。


 ……あ、後、霊夢が勝ったらしいよ。

























 ひとまず、土地は確定した。
 負けたら、負け惜しみは言うが意外とさっぱりと勝者に従うのは妖怪のいいところだ。連中の社会では、強いやつが偉いのである。

 場所は里と博麗神社の間、やや博麗神社寄りの平地に決まった。程よく誰の縄張りからも離れているし、地盤は頑丈。地脈も細いやつだが一本通っている。

 そして、昨日、工事前の地鎮祭を執り行ったわけだが、

「よう、東風谷。昨日はお疲れさん」
「はい……参列者が妖怪ばかりの地鎮祭は、ちょっと緊張しました」

 霊夢がひとまず自分の利益は確保できたし、面倒だし、と言って、地鎮祭の主催は守矢神社と相成ったが滞りなく完了。
 直会で一晩潰れたが、ようやく今日から工事開始である。

「そんなに緊張したか? いつもとやってること変わらないだろ」

 里への営業に熱心な東風谷は、よくこういった祭事を取り仕切っている。
 仏教の聖さん、道教の神子さんとのシェア争いは熾烈のようだが、こういう生活に密着した行事となると、守矢神社が一歩リードしているらしい。

「そうですけど……いつ、背中から狙われるのか。そんなことされたら、どう反撃したものかと、やっぱり気になっちゃいますよ」
「……そうかー。でも、そりゃないだろう」

 ちょっといきなりぶっ飛んだ発想をされて、僕は気のない返事をする。

「心配しすぎですかねー?」
「そうだよ。いくらなんでも地鎮祭の最中なんかに。土地神様怒らせたらどうすんだ」

 地鎮祭はその土地の神様に対する儀式なわけだが、下手に中断して土地神様の勘気に触れたらドエライことになる。自分の領域の外ではそうではなくても、土地神って自分の土地だと半端ない強さだし。

 ……うん。背後の人がいきなり襲い掛かってくるとか、普通の人は警戒しないよね、とかいう常識的な回答もふと思い浮かんだが、それが普通だと僕まで変な人カテゴリに入ってしまう気がして、気が付かなかったことにする。

「ですか」
「うん。……で、だ。東風谷」
「はい?」
「お前んとこの神様が、めっちゃヒートアップしてんだが、あれ止める気ない?」
「やだなぁ、先生。私もそれなりに妖怪退治の腕は磨いたつもりですが、だからってわざわざ危険な所に首を突っ込む気はありませんよ」

 どの口が言うのか。

「ちょっとちょっと。この坤を創造する力を持つ私がいるんだ。地鎮祭を取り仕切ったのもうちの早苗だし、基礎作んのは私に任せときなよ」
「ああ゛? 坤って、なにそれ鬼より偉いの? 今の博麗神社作った私がやってやろうって言ってんだ。実績ってのは大切だよ、カミサマ?」

 基礎作りで、まずぶつかったのがこの二人である。協力してやったら駄目なの? と思うが、土着神の頂点と知名度最強クラスの大鬼のケンカなんぞ、人が立ち入れる領域をブッチしている。

「なに揉めてんの? まー、とりあえず要石だけはぶっ刺しとくから。これで地震とはおさらばよ」

 その二人を尻目に、大地のことについてはこちらも専門家である天子が、注連縄付きの大岩を片手にそう宣言した。
 天子が放り投げると、ぎゅいーん、とドリルのように回転して地面に潜っていく円錐型の要石。

 要石まで入れてくれんのかー。あれは実際、助かるな。せっかく出来た家が地震で倒壊とか嫌だし。

「ちょっと、貴方。完成した直後に引っこ抜いて屋敷が壊れたら面白そうだなー、って考えているでしょ」

 と、その様子を見ていたさとりさんが静かにツッコミを入れた。

「は、はあ? い、言いがかりはやめて欲しいんですけど!」
「『なぜバレた!?』って、心を読むまでもなく、顔に出ているわよ」

 ……天子のやつを信じた僕が馬鹿だった。

「天子ェ……」
「ちょ、ちょっと良也! アンタ、天人たる私と、地底に住む根暗な妖怪、どっちを信じるのよ!」
「そりゃさとりさんに決まってるだろ」
「なんでよ!」

 なんでよもなにも。

「懲りてないねえ、この女」
「こんだけ大勢が関わったの潰したら、いつかの『起工記念祭と言いつつみんなで天人を虐める祭』の比じゃないくらいのリンチに遭うよ」

 あったなあ……博麗神社の再建記念に、天子をみんなでボコりに行ったんだったか。

「は、はん! あんときも、結局私が返り討ちにしてやったじゃない」
「へえ、じゃあここからもう一回やってみるかい?」

 やってやろうじゃない! と、天子が天界から借りパクした緋想の剣を構え、萃香が拳を向ける。

 集まった他の連中は、おーやれーやれー! と煽りまくり、止める気配などない。

「……なあ、東風谷」
「なんでしょう。あっ、今の鬼の一撃はよかったですね」

 天子の起こした異変の頃は、まだ純真だった東風谷が、萃香の一撃をそう評する。

「僕の家……いつ頃完成すると思う?」
「え? まあ、そのうち出来るんじゃないですか。そのうち」

 東風谷の時間感覚も、幻想郷に染まってきたなあ!













 なお、基礎作りは、作りかけの状態で巻き起こった弾幕ごっこの結果クレーター化したりして、結局三度ほどやり直す羽目になった。

 ……けちょんけちょんにされた結果、土地も強靭になったのだと信じたい。























 結局、本来妖怪連中が協力すれば数時間あれば終わるであろう基礎作りが一ヶ月ほどかかったが、ようやく建物の建築作業に入ることが出来た。
 そして僕は休日ごとに『家主』のタスキを付け、建築作業を見守っている。

 ……いや、自分のものだから手伝いたいんだが、揉め事が起こったときの仲裁をしないといけないから、目を光らせておかないといけないんだよ。家主という名目があるから、この場で仲裁するなら僕が一番適任だし。
 上物が建ちつつある現状、こいつをぶっ壊されるのは徒労ってレベルじゃないので、役割として外せないのである。

「よ、っと。ほい、魔法の森から切り出した丸太持ってきたぜ」
「おっと、魔理沙か」

 空飛ぶ箒に頑丈なロープをくくりつけ、大きな丸太を五、六本位まとめて運んできた魔理沙が、よう、と手を上げていた。

「サンキュ。重かったんじゃないか?」
「こんくらい軽い軽い。いやー、しかし、すげぇこと考えるな。魔法の森の木って、あそこの瘴気のせいで魔力帯びてて、建材に利用するなんて里じゃやってないのに」
「まあ、処理できる魔法使いはいるからなあ。済んでるんだよな?」
「おう」

 この丸太の処理はパチュリーやアリス、ついでに魔理沙がやっている。切り出し担当は妖夢を初めとした刃物使いの面々だ。

「こいつは私がやってやったんだぜ? 特性茸の汁を塗りたくってだな……」
「……相変わらず、なにをどうやったらそんなやり方で加工できるんだ?」

 茸て。
 魔理沙以外の魔法使いは、至極まっとうな魔法使いなので、内容の高度さはともかく加工方法は僕にも理解出来る範疇である。

 しかし、茸の汁で木材の魔力の調律をするとか、相変わらずこいつは頭がおかしい――もとい、ある意味の天才である。
 新魔法の開発も茸使ってるらしいが、どういう感性をしていたら魔法の森のちょっとバグってる茸を元に新しい魔法なんて作れるんだろう。

「おうい! 追加の木材が来たなら、そっちじゃなくてこっちに持ってきてくれ」
「ああ、わかったよ」

 と、そこで声がかかる。

 話しかけてきたのは、手製の設計図を片手に現場監督をしている神子さんだった。

 かの聖徳太子は、仏教を広めるため様々な寺社の建立に関わっていたという。あの有名な法隆寺も、神子さんの仕事の一つだ。
 ……まあ、当の本人は仏教は政治利用のための宗教と割り切っており、実際の所は道教に傾倒していたので、本当にお仕事としてしての情熱しかなかったようだが。

 ともあれ。
 こういった理由があり、こと建物の建築という意味では、集まったメンバーの中でも神子さんが随一の経験を持っていたのである。
 最新式の内装を整えるため河童連中の意見も聞きながら、瞬く間に設計図を書き上げ、『これでいこう』とみんなを説き伏せてしまった。

 勿論、どうせ作るなら自分の趣味に走りたい連中から反対意見も出たが、『じゃあ、代替案を見せてくれ』と余裕の反論をし、先に作ってたメリットを活かして自分の意見を通してしまったのだ。
 『ぐぬぬ……』となっていた奴もいたが、これもある種の競争。弾幕ごっこではない分、平和的な争いである。

 って、あれ? そういえば僕の意見聞かれた覚えがないな……あれ?

「ああ、そこそこ。手を抜いて釘の打ち込みを中途半端にしない。そっちの部屋は、取り掛かる前に柱を付けよ。そこの妖精! 私が作った図面をガン無視するんじゃない!」

 神子さんが、魔理沙から木材を受け取り、質を確認しつつも、各所が出してきた人足の妖怪や妖精達に指示を出しまくる。これだけの人数の――しかも、基本好き勝手動き回る連中が、なんとかまとまって作業出来ているのは、ひとえに神子さんのおかげだ。
 聖徳太子は十人の声を同時に聞き分けることが出来たというが、それ以上のことが出来ないとは言っていない……みたいな。

 これだけ尽力してくれているんだから、僕の意見が全く屋敷の内容に反映されていないとかは些細な……些細なことだよ、うん。

「良也。おい、頑張ってきた私に、お茶の一つも出してくれていいんだぜ?」
「はいはい。ほれ」

 作業に参加してくれた人用に、ジュースの類は箱買いして『倉庫』に確保してるし、つまむ用の菓子も一緒だ。
 適当に一本取り出して、魔理沙に上げる。

「おう、サイダーか。いいな、甘いモン」

 しばし、魔理沙は作業状況を見物しながらサイダーを堪能し、ぽつりと漏らす。

「しかし……こう、いかにも効率悪くないか?」

 実作業をするのは、各所の妖精メイドやら幽霊やら妖怪兎やら……といった使いっ走りの連中プラス野良連中である。割と適当だし、結構サボるし、確かにまどろっこしく見える。
 しかし、

「これでいいんですよ」
「おっと、誰かと思えばブンヤじゃないか」

 ばさっ、と翼を翻してやってきたのは射命丸だった。こいつはこの現場と魔法の森の伝達係をやってくれている。ついでとばかりに、建築途中の様子を記事にしているようだが、それは織り込み済みだ。

「なんか向こうであったか?」
「いやー、単に定時の連絡ですよ。今のところ、予定通り進んでるっていう。あ、土樹さん、私にも飲み物いいですかね?」
「はいよ」

 深く考えず、魔理沙と同じやつを渡す。

「どもども」
「で、どういうことだよ射命丸。こんな面倒臭いことしなくても、それこそ天狗とかが協力してくれりゃ一発なんじゃないか?」
「そりゃそうですけどね」

 今後の新聞にでも載せる気なのか、建築中の家の写真を一枚撮ってから射命丸が魔理沙の質問に答える。

「土台、あれだけ多くの勢力が全部一つの家にパワーを注ぎ込むなんて、オーバーキルもいいところじゃないですか」
「キル……はしないよな? 比喩だよな?」
「さてはて?」

 僕も薄々思っていたことをそのまま出されたのでツッコミを入れると、射命丸は一つ笑って受け流した。

「それでも、多少なりとも『関わった』というのがあれば、自分から好んでこの家を壊したりしないでしょう? 多分、あの賢者さんの狙いもその辺りにあるのかと。そりゃ、建築が得意な妖怪が一人、二人で一気にやったほうが効率いいですが、それじゃ関われる勢力が少なくなるわけで」

 射命丸が、まさに永琳さんの狙いをそのまま口にする。
 まあ、深く考えない連中以外はわかっているんだろうが。

「はー、大変だな、そんなことまで考えないといけないってのは」
「後、時間もですねー。ほら、数日でインスタントに関わったのと、それなりの期間、協力したのとでは、やっぱり思い入れも違いますから」

 あ、そっか。そっちの観点はなかった。

「ふーん、しかし、よくわからんな。そもそもなんでそんなに壊されることを心配するんだ?」
「僕は、こっちに週一でしか来ないから普段は空き家になるんだよ。後、お前みたいに、住居を壊したりして本気で喧嘩を売りたくない相手……ってわけでもないし」

 魔理沙とか、人間なのに里を離れて一人暮らししているが、そんなこと出来るのは当たり前だが実力があるからなのだ。

「……面倒だなあ」
「うるせ。ほら、飲み終わったならペットボトル回収するから寄越せよ」
「はいはい。まあ、美味いモンもらったし、もう少しだけなら働いてやるよ」

 と言って、魔理沙は再び箒にまたがり、飛び去る。

 ……うん、ありがたいことだ。

「ではでは、私もこの辺りで。……あ、あそこの妖精たち、喧嘩始めようとしてますよ。止めたほうがいいのでは?」

 は?

 と、見てみると、チルノ、大ちゃんのコンビと、三妖精、クラウンピースが、なんか三つ巴で睨み合ってる。
 普段は仲いいくせに、ちょっとしたことで喧嘩に発展するのも妖精だ。なにせ子供だから。

 でも、三妖精はともかく、それなりに強めなチルノとクラウンピースがぶつかるのはちょっとヤバイ。

「こらー!! お前ら、喧嘩禁止! やるなら別ンとこでやれ!」

 仕事である。
 僕は慌てて連中の間に入り、なんとか賄賂(お菓子)を振る舞ってなだめすかせることに成功するのだった。



















































 さて、家屋もだいぶ出来てきた。

 今は、河童連中が総出で内装を整備している。河童は水力を使うのが一番得意なのだが、僕が魔法使いなので、一部は動力を魔力で代替するような感じでお願いした。

 また、庭とかも趣味人達が弄り始めていたりする。

「咲夜さんも、どうもありがとうございます。うちに花壇なんて作ってくれて」

 手持ち無沙汰となった僕は、手近にいた咲夜さんに話しかける。

「ああ、気にしないで。紅魔館の花壇は美鈴の担当だし。一から作れるのは中々楽しいものよ」
「へえ、ちなみに何植えてるんです?」
「薔薇……は、あまりに貴方のイメージに合わないから、パンジーとかペチュニアとか、育てやすいやつよ」

 ほー。
 しかし、考えてみると、作ってもらったはいいが、世話はどうしよう……

「でも、割とカオスな庭になりそうね」
「そうですね……まあ、退屈はしなさそうな感じですが」

 咲夜さんの花壇は洋風。
 神子さんの手によって屋根に据えられた鬼瓦は、いつかの新・希望の面を思い起こすなんとも言えない味のある一品。
 庭の一角には、花の支配圏を増やすべく幽香さんがひまわりを植え付け、『下手に枯らしたら殺すわよ』と脅された。
 ついでに、最近ますます強まっているお空の力を分散させるためと称し、間欠泉がぴゅーぴゅーと吹き出し露天風呂を形成している。
 さらにさらに、命蓮寺から寄贈された仏像と守矢神社の分社が睨み合うように鎮座。
 後、博麗神社への通り道なら道祖神があれば良いでしょうと、映姫が持ってきたお地蔵様が門前にでんと立っている。
 つい昨日など、森近さんが『新築祝いだよ』と、外の世界から落ちてきた某ハンバーガーチェーンの人形を置いていった。

 そして、本職庭師の妖夢は殊の外張り切りまくり、どこからか持ってきた立派な松やら桜の木やらを植え、池を拵え、砂利を敷き詰め……と、全体感を統一しようと四苦八苦していた。努力は認めるが、色んな異物のせいで今一つ成果が上がっていない。本人も項垂れていた。

「不思議と調和しているわねぇ」
「していますか?」

 カオスと称するにふさわしい有様だと思うが。

「どうせ合ってる、合ってないなんて感性の問題なんだから、そう思っておけばいいんじゃないかしら。あー、してるしてる、調和してるわ」

 この人適当だな! 仕事以外では実はぐうたら説が僕の中で昔からあったのだが、意外と事実なのかもしれん。

「でも、色々あるにしては、庭の真ん中は広場みたいになってるのね」
「博麗神社でやると片付けが面倒だから、こっちでも宴会位できるようにしろって、霊夢が」
「ああ、なるほど」

 でもねー。やっぱ宴会の場所は基本博麗神社から動かないんじゃないかなあ。
 立地的に幻想郷の端の方にあり、決して集まるのに都合のいい場所ではない博麗神社があんだけ宴会の会場になるのは、やはり博麗の巫女の存在が大きいわけで。僕が代わりになるかと言えば、ちょっと無理な話だ。

 まあ、あそこでの宴会がマンネリ化しているのも確かだから、たまには気分転換ってことで、こっち使うかもしれないが……

「そういうことなら、腰掛けやすい岩でも置いとけばいいのに」
「いや、ここ一応僕の領域なんで。簡易的なテーブルを土魔法で作るくらいは簡単に出来ますから」

 基礎を作る時、散々血を土地にぶちまけ、魔力を通し、僕の都合のいいように調整したからな。
 ……いや、別に僕はやりたくなかったんだが、パチュリーが魔法使いの嗜み、とか抜かして無理矢理やらされた。

 なんでも、拠点を自分の色に染め上げるのは基本中の基本なんだとか。アリスも、うんうんって頷いていたから、そういうもんなんだろう

 だから、一応ここでは僕は自分のレベルより二段階くらい上の魔法を使えるし、多少土をいじるくらいは簡単なのだ。

「へぇ、便利ねえ」
「僕的には咲夜さんみたいに、空間を広げたり出来る方がよっぽど便利だと思いますけど」

 紅魔館の中が、見た目の数十倍広いのは、この人の力である。よくあんなの固定できたもんだ。

「そうは言っても、貴方一人ならここも十分広いでしょう? それこそ持て余すくらいに」
「そうですねえ」

 どうも、幻想郷における家の最小単位を見くびっていた。
 一人暮らしどころか、大家族が住んで十分余裕のある作り。広く取った庭は更にそのン倍もあり、敷地面積だけならちょっとしたものになってしまっている。

 基礎作る段階で、ん? とは思ったが、スルーしたのがミスだった。もうここまで出来たら止められねぇ。
 まあ、大は小を兼ねると言うし、問題はなかろう。

「これだけ広いと、一人じゃ管理しきれないでしょ。メイドでも雇ったら?」
「いや、自分で人雇うってのはちょっと……」

 大体、ここ里の外だから、普通の人間が常駐するのは危ないし。
 紅魔館で数だけは揃ってる妖精メイドならその点安心だが、役に立たないのでこっちも却下だ。

 ああ、でも、メイドさんのいる生活は憧れるよねぇ……

「咲夜さん、うちで働きません?」
「私のお嬢様への忠誠を甘く見ないで欲しいわ。具体的には、倍はお給金をもらえないと」
「忠誠心、お金で換算できるんですか……」

 いくらもらってるのか知らないが、払える額ならマジで頼みたいかもしれん。

「ああ、勿論、受付はお嬢様の方に」
「やめとく」

 レミリアのやつが咲夜さんを手放すとは思えない。んな舐めたことを頼んだら殺されるだろう。

 仕方ない。あまり必要性を感じなかったので作ったことはなかったが、ゴーレムでも作るか? 単純作業をこなすだけの小さいサイズのゴーレムなら、僕の腕でも恒久的に動くやつを作れるだろうし。

「じゃ、僕、そろそろ中の方の様子見てきますんで」
「はいはい。こっちの花壇は任せておきなさい」

 ひらひらと手を振る咲夜さんに後はお任せし、僕は順繰りに内装の確認をしていく。
 水回りとかは基本河童がやってくれており、今は外の世界風に誂えた水道を実際に流しているところだった。進捗状況を聞くと、もう後はチェック作業だけらしい。

 庭の方は……凝ろうと思えば永遠に凝れるが、もう殆ど出来上がっている。
 ……ああ、本当に、もうすぐ完成だな。

 大学に進学し、一人暮らしを始めた時。幻想郷に迷い込んだ時。就職した時。
 そんな、人生の節目のようなものが目の前にやってきている気がして、僕は一人、感慨に耽った。



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