突然だが、魔導書というのは二種類ある。

 一つは、知識を伝えることを目的としたもの。まー、要は内容はともあれ、普通の本だ。

 もう一つは、魔法の増幅媒体としての魔導書。
 パチュリーが、弾幕ごっことかで本を持っているのは伊達や酔狂ではないのである。

 杖とかに比べると使っている魔法使いは少ないらしいが、幾つか理由がある。

 魔力を通すだけで簡易な魔法が発動する魔法陣や、魔力を強化したり詠唱を補助する呪文。魔導書自体を制御するための制御文等が書かれているわけだが、一箇所でも破綻してると役立たずに落ちるため、作成には細心の注意を払わないといけないこと。
 また、誰かに奪われたりしたら、知識を伝える系の本程でなくても、作った魔法使いの技術を逆算して解析されてしまう。
 材質に凝れば多少改善できるが、基本的に耐久性はダメダメ。

 勿論利点もある。

 術者専用にカスタマイズされているから、そんじょそこらの素材で作った杖なんかよりは余程強力だったり。
 何時間もかかるような長い詠唱や複雑な魔法陣が必要な魔法でも、実戦レベルで使えたりする。

 ……いや、まあ僕にはどっちも無用の長物な気がしなくもないが。特に後者は、一つ一つ作成する手間はあるが、スペルカードで似たようなことできるし。
 なお、スペカとの大きな違いは、消耗品でないこと。使い込めば、それだけ大きな効果を得ることが出来る。

 ……どっちにしろ、必要はない気がするが。

 しかし、僕はこれでも七曜の魔法使い、パチュリーの弟子。いい加減、一冊くらい作ったら? と、勧められ、

「と、いうわけで草稿ができたんだけど、添削頼んで良い?」
「……は?」

 翌週、約百ページ強の魔導書の草稿を完成させて持ってきた僕に、パチュリーは珍しくぽかんとした表情を見せた。

「? どうした」
「いや。慣れてる魔法使いならともかく、初めて魔導書作る貴方がこんなに早く仕上げてくるとは思わなかったから」
「つってもねー、今まで勉強したこと、まとめただけだったし」

 うん。本来ならもっと凝って効率とかを追い求めるべきなのかもしれないが、今回は本当に第一冊目として、今僕が使える魔法のうちそれなりに使えるものを、より強力に、効率よく、素早く使えるよう整えただけの草稿である。

 考えることはほぼなく、書くだけの作業だ。

「それにしたってねえ。写本させまくったのが良かったのかしら。ほら、貸して」

 少し感心した風にパチュリーは呟いて、僕から紙の束を受け取る。

 ……で、一ページ目に目を通した瞬間、顔をしかめた。

「ちょっと」
「なんだ?」
「これ、私の目が確かなら手書きどころか活版印刷ですらないみたいなんだけど?」

 その通り、プリンターで印刷してきたものである。
 いや、こういう魔導書は手書きが鉄板なのは知っているが、だって面倒なんだもん。

 なお、作成はワ◯ドでやった。図形は適当なフリーのツールだ。今時、ちょっとネット検索すれば神代文字やルーン文字のフォントもあるしね。

「ぱそこんとやらで作ったって……確か前聞いた時、それで色んな人間とつながってるとか言ってたわよね。知識の漏洩とか大丈夫なの?」
「一応、暗号化はしてるけど」
「暗号化なんてできるのね」
「うん」

 パスワード付きファイルにしたんだから、一応暗号化に含めてもいいよね。でも、パチュリーに言ったら駄目って言われそうだから言わないけど。

 ……そもそも、特に何の背景もないことになっている一教師の個人パソコンをハッキングして、『魔導書.docx』なんてファイルを見るようなハッカーがいるとも思えないけど。

「はあ。まあ、適当に見とくわ。貴方が帰る頃までには赤字入れとくから」
「よろしく頼む」

 軽く頭を下げて、僕は自分の机に向かう。
 んで、カバンからもう一部、僕の魔導書の草稿を取り出した。

「んー、と」

 こと魔導書に関してはパチュリーは一流だ。彼女に見てもらえば、ほぼ全ての間違いを指摘してもらえることはわかっている。
 でもまあ、一応自分の本だしね。出来る限りは自分で修正したい。

「あ、良也さん。お疲れ様です」

 本の片付けの途中と思しき小悪魔さんが、ひょい、と本棚の影から顔を覗かせた。

「っと、小悪魔さん。こんにちは」
「はい、こんにちは」

 と、僕の手元に小悪魔さんが視線を向ける。

「あ、それ良也さんの魔導書ですか」
「はい、一応。適当に書いたもんで、小悪魔さんから見ればまだまだだと思いますけど」
「へえ、ちょっと見せてもらっても?」

 どうぞ、と、僕は紙の束を手渡す。
 そうほいほいと他人に見せるものではないが、魔法使いの師弟の力関係は、師匠の使い魔>見習いなのだから仕方がない。

 そもそも、僕が学んでいることなど、小悪魔さんにとっては初歩の知識だろう。なにせ年季が違う。

「へー、ほほー、ふーん」

 小悪魔さんは、大げさに感心しながら、一枚一枚めくっていく。

「え、ええと。どうですかね?」

 適当とは口では言いつつも、僕もそれなりに力を込めて作ったものだ。他の人からの評価は、やっぱり気になる。

「全部は見てませんけど、及第だとは思いますよ。とても一週間で作ったとは思えないくらいです」
「そ、そうですか?」
「まー、勿論、本当は自分の血とか混ぜたインクで、ペンもそれなりのものを使って、できれば自分で木から育てた霊紙に、一文字一文字念を込めるのが一番なんですが。これも時代の流れですかねえ」

 うぐ。やはり小悪魔さんにも突っ込まれたか。
 まあ、パチュリーもかなりオールドスタイルな魔法使いだから、その使い魔である小悪魔さんも当然そっちが好みなんだろう。

 でもねえ。やっぱ、パソコンでの文書作成に慣れてると、どうしてもね。
 指を動かすことで覚えるって意味で、写本は自分の手でやることに意義を感じるが、自分の魔導書作りにそこまで労力をかけてられない。

「それで、銘はどうするんですか?」
「え? 銘?」
「はい。一端の魔法使いが作った魔導書なら、タイトルくらい付けるものです」

 一端……一端?

「え、僕いつの間に一端に?」
「? パチュリー様の属してる魔女の派閥だと、自分の魔導書を作るってのは、独り立ちした魔法使いの最初の仕事ですよ」

 マジで?

「あれ、知らなかったんですか?」
「ていうか、派閥とかあったんですね」
「普通、その辺りも師匠から伝えられるものなんですけど。現代だともう魔女の数自体少ないですから、パチュリー様も省いたんでしょうね」

 うん、それはよく分かる。失われたモノが集う幻想郷にすら、専業の魔法使いが何人いるかという話で。

「ふーん、僕もいつの間にやら成長したんですねえ」

 悲しいのは、僕が多少成長したところで、知り合い連中の暴虐から逃れられるわけではないということである。
 ……あ、いや。昔、逃げるしかなかったルーミア辺りの弱い方の妖怪なら、それなりに対抗できるようになってんな。

 ……おおう、改めて考えると、結構感激だ。

「で、どうするんですか、タイトル」
「えー、と」

 な、名前、名前かあ。
 正直、大仰な名前を付けるにはちょっとどころでなく格が足りないし。

 いや、クトゥルフとかの魔導書の名前は結構好きだけどね。自分の書いた本に付けるかと言われると、どうも首を傾げるわけで。

「つ、『土樹の魔法覚え書き』で」
「あー、捻りはないですけど、最初ならそんなものでしょうかね」

 捻りがないとか言われた……
 鬱だ。



























 さて、パチュリーに見てもらった魔導書――もとい、『土樹の魔法覚え書き』だが、無事完成した。

 なお、パチュリーは添削だけでなく、一小節だけだが、今の僕の知識では理解できない呪文を差し挟んでくれており、全体の効率が上がっていた。

 自分の魔導書の内容を全部把握出来ていないのは悔しいが、多分、将来はこの呪文を理解できる魔法使いになりなさい、というパチュリー流の激励だと思うことにして、原稿に反映。
 PDFにして、一冊から製本をやってくれる業者に頼んで、立派なハードカバーの本にしてもらった。

 とりあえず、三冊ばかり。一冊は自分用、一冊は予備。で、もう一冊は憚りながらパチュリーの図書館へ寄贈だ。

「紙の質は良いわね。まあ、うちの本棚に置いてもいいクオリティかしら。内容はともかく」

 と、パチュリーに渡すと、ぱらぱらと一通りめくって、そんなことをのたまった。

「一言多いぞ」

 まあ、質に関しては、それなりにお金はかかったが、色々オプションとか付けたし。

「あら、ごめんなさい」

 パチュリーはからかうような笑みを浮かべて、僕の渡した本を小悪魔さんに渡す。

「五十ニ番書架に放り込んどいて」
「はい、わかりました」

 おう、結構若い番号の本棚だ。よっしゃ。

「後は、内容じゃなくて本そのものへ色々加工しなさいな。月の光を六六六晩当てたり、真火の熱で炙ったり、聖水に漬け込んだり……」
「……本痛むだろ」
「痛まないようにするのよ」

 まあ、魔力保護は掛けてるが……正直、お金さえ払えばいくらでも量産出来るから、余程使い捨てみたいな使い方しなければ、割と適当でいいような気がするんだけどなあ。

 いや、某デモンベ◯ンみたいな萌え魔導書に成長してくれたらとてもとても嬉しいが、今の内容と材質で精霊化なんて無理だろうし。百年使い込めば付喪神にはなれる程度の想念は集まるだろうか。

 なんて、自分用の方をパラパラと捲っていると、静かな図書館に声が響いた。

「パチェ! そろそろいいかしら! こっちは準備できてるんだけど!」
「ああ、はいはい。そう大声を出さなくても聞こえているわよ、レミィ」

 果たして、後ろに咲夜さんとフランドールを従えたレミリアであった。

「おう、お邪魔してるぞ、レミリア」
「ええ。さっ、とっとと移動するわよ」
「ん? 移動って……そういや、準備って、何の準備してたんだ?」

 言うと、レミリアは呆れたように、

「何をマヌケなことを。あんたのお祝いでしょ?」
「は?」
「あれ? なんか、今日が一応、あんたの魔法使いとしての節目なんじゃないの。パチェからそう聞いたけど」

 いや、それはそうだが。
 ……祝い?

 まさか、こんなにも素直に祝ってくれるような精神が、この師匠にあったというのか?

「いや、世間話に話したら、レミィが呑む理由を見つけたって、喜々として乗っかっただけよ」
「……さよけ」

 そんなこったろーと思ったよ。

「そう不貞腐れないでよ。私が折角用意してあげた席だっていうのに。あ、勿論主賓(メインディッシュ)は良也、貴方よ」
「今主賓に変なルビ振らなかったか!?」
「振ってない」
「いや、でも」
「私が振ってないって言ってんのよ?」

 レミリアの眼光に、僕はぐう、と項垂れるしかなかった。

「良也、おめでとう! 後、ご馳走様!」
「フランは偉いわね。食材にお礼が言えて」
「今食材って言った!」
「言ってない」

 あ、これアカンやつだ。

 僕のお祝いなんて真実口実でしかなさそうだ。

 ……よし、帰ろう。そう、魔法使いってのはつねにパーティで一番クールでなけりゃならねえんだ。ここで選択すべきコマンドは『にげる』一択。

 スカーレット姉妹がにこやかーに話しているうちに、姿を消さねば。

「どこへ行こうとしているのです? 会場はこちらですよ」

 しかして、立ちはだかるはさっきまでお嬢様の影に控えていたメイド。

 知らなかったのか……? 大魔王からは逃げられない!

 ……いや、知ってた。

「さ、一応、料理と酒は上等なの用意してあげたから、さっさと来なさい」
「……わかったよ」

 もはや諦めた。腹いせに、たらふく呑んで食ってやる。
 くっく、暴飲暴食した血を吸って、腹でも下すが良い――!

 などと、チンケな復讐を胸にいだきつつ、

 ……紅魔館の夜更けは、過ぎて行くのであった。



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