「今日はこの辺にしとくかー」

 定例の土樹菓子店。数個のお菓子を残し、大体売り切った。
 丁度お客さんも途切れたし、残りは適当に自分用のおやつにしようと、僕は広げたレジャーシートを折りたたみ『倉庫』に放り込む。

 うーん、と伸びをして、何気なく道行く人達を眺める。

「平和だねぇ……」

 つい一週間前、危うく月に侵略されるところだったのが嘘のようだ。

 いや、あれは幻想郷の人間には知られていなかったから、当然っちゃ当然なのだが。
 天狗連中も月までは取材に行けないし、新聞にも載っていない。

 お陰で、今日幻想郷に来た途端、霊夢に『こんだけ働いたのに、なんで誰も信じてくれないのよ!』と愚痴られてしまった。
 なんでも、月の異変を解決した博麗の巫女って感じで、里でちょっと宣伝したが誰も聞く耳持たなかったそうな。

「……霊夢もなあ。もうちょっとこう、アレだ、アレ……アレしてくんないかな」

 具体的な言葉にはならないが、こう、わかるだろ?

 まあしかし、霊夢が頑張ったのも事実だ。多少労ってやっても良いだろう。
 僕は物理的に振り回されたし、魔理沙達と協力しときゃもっと楽だったはずだが……ええと。労って、良いのか? 良いよな、うん。

 と、僕はちょっと悩んだが、霊夢への土産に良い茶葉とお茶請けを購入し、博麗神社へと戻るべく飛び上がった。

「って、誰だあれ」

 丁度里を見下ろすように、二人の人影が空を飛んでいた。

 いや、ここの妖怪連中は大体空を飛ぶから、別に珍しいってわけじゃないが、片方は見たことのない人だ。
 なんか変な格好……付けてるチョーカーから鎖が三本伸びてて、その鎖の先に球体がくっついてる。で、一つは頭の上に乗ってる。んで、Tシャツっぽい上は、よく見えないがアルファベットらしきなにかが。

 ……幻想郷の人外は変な格好をしている奴も多いが、ここまで上位の奇抜な衣装なら、一度会ったら忘れないと思うんだけど。
 大分幻想郷の妖怪にも詳しくなったと思うが、それでもやっぱり会ったことない人もいるんだな。それとも、最近幻想入りしたか、『発生』した奴なんだろうか。

 って、ん? んん?

「あれ、クラウンピースだよな」

 一瞬、変な格好の人に目が行き気付かなかったが、その人の隣で里をキラキラした目で見ているのは、間違いなく月にいた妖精、クラウンピースだ。

 ……あ、なんか嫌な予感がする。気付かれないうちに迂回しよう。

「あーーっ! あんた!」

 うん、無理だってわかってたよ。

 人のことを指出して大声を上げるクラウンピースに、僕は観念して一つ嘆息した。

「よう、一週間ぶり。クラウンピース」
「良也、だっけ? この前は美味いもんくれてありがとうね!」

 無邪気に礼を言ってくるクラウンピースだが、お前、菓子奢ってやった僕を、食い終わったらノータイムで倒しにかかっただろうが。

 ……しかし、月で会った時程の無茶苦茶な力は、今のクラウンピースからは感じられない。またぞろ襲いかかられたら、といつでも逃げられるようにしていたが、その必要はなかったようだ。

「って、そうだ、思い出した。あの後、なんでどっか行っちゃったのよ。待っててって言ったのに」
「ボコられるのわかってて大人しくしてる訳無いだろうが!」
「むぅ、変な紅白と月の兎にやられた後、しんどかったけど待ち合わせ場所に行ったのに!」

 あれ? なんで僕が責められているんです?

 むう、と頬を膨らませて睨んでくるクラウンピース。……見た目が子供だから、モノスゲー自分が悪い気がしてくるが、しかしそれでも僕は悪くない。

 っと、そうだ。

「え、ええと、こんにちは。はじめまして。土樹良也です」

 隣の、初対面の人に挨拶もしていないことを思い出した。
 割と、この辺の礼儀に五月蝿い妖怪も多いので、ひとまずは自己紹介をしておく。

「ああ、こんにちは。ヘカーティアよ。クラウンピースが世話になったみたいね、礼を言っておくわ」

 ヘカーティア……ヘカーティア……どっかで聞いたような。

「ご主人様が人間なんかに礼を言わなくても」
「そう? でも私は私で、彼にはちょっとばかり恩があるし。やっぱり礼は言っておくわ」

 クラウンピースのご主人様。
 そういや、純狐さんの友人とやらが、月の侵略に手を貸しているんだったか。

 ……はて、そう言えば。
 クラウンピースから彼女の情報を聞いた僕は、魔理沙達をこの人にけしかけたんじゃなかったっけか。

 やべっ。

「ああ、そう怯えなくてもいいわ。別にあの人間たちを寄越したことのお礼参りってわけじゃないわよ」
「そ、そうですか?」
「ええ。久し振りに三体をフルに使えて中々に楽しかったし。あれは貴重な戦いだったわねえ」

 三体?

「あ、ご主人様は地球、月、異界の三つの地獄の神なんだぜ! スゴイだろ!」
「その関係で身体も三つあるのよね」

 えぇ……
 フランドール辺りが一時的に分身したりするが、マジで身体が三つってどういうことなの。

 いや、別に疑っちゃいないが。……なんで疑いを持てないんだろう、僕。

「しかし、良也だっけ? 純狐の目論見も、半分くらいは貴方が潰してくれたみたいだし。興味はあったのよね。偶然とは言え、会えて良かった」
「んな大したもんじゃないですよ。僕、霊夢の外付けオプションみたいな扱いだったし」

 れいむ は りょうやを そうびした! って感じだった、あれは。

「ああ、それ聞いて不覚にも笑っちゃったわ。純狐を倒したもう一人の巫女とやらも、随分面白い奴じゃない」
「……振り回された僕としては面白くなかったんですけどね」
「ふふん」

 と、じーっと、ヘカーティアさんに見つめられた。

 な、なんだ? んな熱心に見て。まさか僕に惚れたとか……は、あり得ない可能性だから横に置いておくとして、

「な、なんですかね? そんな見られても、なにも出ませんけど……」
「いや。ちょっとね。私、これでも三界に跨る神だから、ことそういう領域についちゃあ詳しいんだけど」

 と、ヘカーティアさんは笑顔を作り、

「いや、人の間からあんたみたいなのも出てくるんだね。長じればエライことになりそうだけど……長じそうにないね」
「は、はあ?」

 こ、これ褒められてんの? 貶されてんの?

「ま、面白い人間も見れたし、地上に出てきたのも有意義だった。さて、帰ろうかな」
「ちょ、ちょいとご主人様。あたい、なんで連れてこられたんです?」
「ああ、そうそう。貴方はしばらくここで暮らしなさい。そして、慣れたら人前に時々姿を表すこと」

 と、ヘカーティアさんは言う。
 その話は初耳だったらしく、クラウンピースは少し眉根を寄せる。

「えっと、それだけですか? っていうか、なんで?」
「そう、それだけ。だけど、一口に地上に暮らすとは言っても、奥が深いわよ。後、理由は貴方が知る必要はない」
「む、難しいですね」
「ま、貴方は深く考えず、貴方らしくやっていけばいいわ」

 あはは、とあっけらかんとヘカーティアさんは笑う。
 僕知ってる。こういう人は、絶対自分の本当の狙いなんて明かしたりしないんだ。

 ま、いっかー、と妖精特有の能天気な思考で気にするのを止めたクラウンピースは正解である。

「じゃあね。まあ、私も地上(こっち)にいること増やすから、またそのうち会うかもね」

 と、あっさりとヘカーティアさんは消える。

 しっかし……格好も変だけど、言動も変な人だ。いや、幻想郷の人外で、変じゃないやつは極めて少数派だけど。

 で、結局僕、褒められたんだよな?






















 ヘカーティアさんが去った後。

「……さて、んじゃ、僕も帰るわ。じゃあな、クラウンピース」
「あ、待った待った。良也、ちょっと教えてほしいことがあるんだ」
「ん? どうした」

 呼び止められ、先を促す。

「あのさー、どっかいい感じのねぐらに心当たりない? あたい、地上にゃ馴染みないしさ」
「あー、住む所か……ヘカーティアさん、そこら辺全然考えてないのな」
「や、別にご主人様は悪くないよ。住もうと思えば、妖精のあたいはどこだってやってけるさ。でも、どうせなら快適な方がいいじゃん」

 ……まあ、それもそうか。妖精って自然の具現だもんな。

 んー、どうすっかな。里を離れれば、朽ちた人家の一つや二つあるんだが、そういうとこは大抵野良妖怪が居座ってたりするし。
 っていうか、そもそもクラウンピース的な『いい感じ』がどんな感じなのか、僕にはわからん。

「あ、そうだ」
「お。なにか知ってる?」
「いや、そうじゃないけど。とりあえず、博麗神社の方に向かおう。付いてこい」

 おーう、と元気よく返事するクラウンピース。
 そして、一路向かうは博麗神社……の、裏手にあるミズナラの木だ。

「んでさ、そこに、サニーと、ルナと、スターっていう……まあ、それなりに知能の高い妖精がいるから、そいつらに相談すればいい」
「ふーん、地上の妖精ね。ま、地獄の妖精のあたいが、ちょいとビビらせてやるか」
「お前、頼む側だっての忘れんなよ……」

 大ちゃんでも良かったが、もれなくセットで付いてくるチルノがな……
 なんか、クラウンピースの性格上、喧嘩になりそう。

「はいはーい。それにしても、生命力に溢れた土地だねー、地上は。地獄じゃ考えられないよ」
「そりゃ地獄だしな」
「そういえば、良也が前にくれた旨いもんとかもどっかに生ってんのか?」
「いやいや……菓子は果物みたいに生えたりしない。欲しいなら買え」

 などと、クラウンピースは見るもの全てが珍しいのか、興奮した様子で色々と話してくる。
 この好奇心の強さは、流石に妖精といったところだ。

 そうこう話しているうちに、ミズナラの木に付いた。

「ここだ。じゃ、まず僕が紹介してやるから……」
「ふふん、必要ないさ。最初が肝心なんだ。舐められないようガツンと行ってくる」
「は? え、ちょ、待っ」
「はははー! こんにちは! 地獄の妖精、クラウンピース様のお出ましだ!」

 僕が止める暇もなく、クラウンピースはサニーたちのミズナラの家を乱暴にノックし……返事が返ってくる前に、突入した。
 なお、幻想郷に家に鍵をかけるなどという文化はない。

『な、なによあんた! ここが私達、光の三妖精の家って知っての狼藉!?』
『勿論知ってる! さあ、あたいにいいねぐらを教えるんだ! 後、いい感じのいたずらスポットも!」
『ぐっ、いきなり横柄なやつね! いいわ、いたずら勝負で勝ったら教えてあげる!』
『望むところだ!』

 なんか、中からそんな会話が聞こえる。

「……ま、いいか」

 なんか一瞬で仲良くなったような感じだし。
 クラウンピースが加わったところで、今のあいつの力は大したことないし、大それたこともできんだろう。

 うん、妖精同士の親睦に僕は邪魔である。……近くにいる人間ってことで、いたずらの標的にされないうちに、とっととおさらばしよう。















 そうして、僕はクラウンピースとサニー達を巡りあわせてしまった。
 ……不可視、無音のうちに近付いて、相手を狂気に落とすというコンボを使い始めた連中が、結構な実力者もいたずらにハメ始めたりしたが。

 べ、別に僕のせいじゃないよね? どうせあの相性の良さならそのうちつるんでただろうし。



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