「はあ、しかし、前の異変はまいったわねえ。自慢のキューティクルは焦がされちゃうわ、抜け毛は酷いわで大変だったわよ」
「そうねー。私も、館のメイドにぷすぷす刺されちゃって。ご近所さんなんだけど、あれ以来紅魔館のある辺りの畔へは近づき難いわ」

 と、影狼さんとわかさんが霧の湖の側でなんとも言えない顔で話していた。

 草の根妖怪ネットワークの集会。……まあ、妖怪は気紛れかつ日付の概念がイマイチあやふやなお陰で、不定期この上なく、参加メンバーも三人集まりゃいい方なんだが。
 なお、誰かが酒を持ってくると出席率九割オーバーとなる。

「前の異変ですか。一応、顛末聞きます? 大体のトコは僕、把握してますけど」
「いいよ。なんか打ち出の小槌とやらで変なことが起きた、くらいでさ」
「そうそう。そのうち天狗が新聞に書くだろうしねー。あー、でも、湖だと濡れて見辛いのよね」

 いや、水の中で紙は駄目だろう。

「わかさん、上がったらどうですか?」

 僕と影狼さんは湖の側の岩に腰掛けているが、会話に参加しているわかさんは湖に半身を浸している。

「嫌よ。土で汚れるじゃない」
「飛べばいいじゃないですか」
「訂正するわ。自分から出たくないの。ほら、私エラ呼吸だし」

 嘘つけ、と内心だけで思っておく。口から空気を震わせて声を出しているくせに、よくそんなことが言えるものである。
 まあ、半分魚だから、エラ呼吸も出来るのかもしれないけど、これは単に居心地のいい水の中から出たくないだけだ。

「ったく。ああ、お茶でも飲みますか?」
「もらうよ」
「いただくわ」

 返事を聞いて、水弾と火弾を一発ずつ生み出し、くっつける。
 熱湯弾になったそこに、『倉庫』に常備している茶葉をそのまま投入。ぐるんぐるんと中の水流を動かし、煮出したところで茶葉を弾の中から異物として出す。

 使った茶葉は土魔法で掘った穴に入れ、埋める。

 そして、空中で滞空しているお茶弾を三等分し、これまた『倉庫』から取り出した湯のみに注ぐ。

 この間、僅か一分の早業である。

「はい、どうぞ。影狼さん」
「ありがとう」
「わかさんも」
「いただくわ」

 僕も自分の分を注いだ湯のみに口をつけ、ずず、と啜る。

 ……うーん、やっぱちゃんと淹れたのに比べるとイマイチかも。
 細かい温度の調節はできないし、お湯の対流も自然のものとは違うから、霊夢に出したら駄目出しされそうだ。それに、細かい制御で結構疲れるので、野外で飲みたい時とか一発芸でやるならともかくとして、普段使いにはイマイチ。

「しかしまあ、いい経験だったかもしれないわね。なんだかんだで、一度くらい妖怪扱いされてみたかったし」
「ええ? そういうもんですか?」
「そうよー。妖怪退治屋に怯える必要のない生活もいいけど、自分のことをガン無視されるのもそれはそれで嫌じゃない?」

 影狼さんはこう言うが、僕としては何事もない……そう、『植物の心』のような人生の方がいいなあ。
 だったら幻想郷に来るなよ、とツッコミが来そうだが。

「なんとなくわかるかも。メイドさんも、この前の異変以来、一応私って妖怪がいるってことは認識してくれたみたいだわ」
「咲夜さんが?」
「ああ、そんな名前だったっけ。ええ、昨日だって、『今日のおゆはんにしてもよろしいですか?』なんて訪ねてきたのよ?」

 それは……なんていうか、ホラーじゃないか?

 想像してみて欲しい。メイドの格好をした人が、ナイフ片手に優雅にお辞儀しながら『お前を食材にしてやるぞ(意訳)』と迫ってくるわけである。
 僕なら速攻逃げる。実際に、何度もレミリアの夕飯にされた身として。

「だ、大丈夫だったんですか?」
「弾幕ごっこじゃ負けたけど、平気よ。湖の中に逃げれば、濡れるのを嫌がって追いかけてこないもの。釣り糸を垂らされたけど、目の前でやられて引っ掛かるほど間抜けじゃないし」

 で、その後普通に魚が釣れて、満足して帰ってったわ、とわかさんが言う。
 た、多分、わかさんについては冗談だとは思うんだが……

「咲夜さん、なにやってんの。いくらなんでも、妖怪を釣り上げるなんて……」
「私の服引っ掛けた良也が言うことじゃないわね」
「いや、あれはたまたまで……わかさんがぼーっとしてたからじゃないですか」

 そういや、わかさんとの初対面はそうだった。普通に魚釣りに来たのだが、水の中で寝てたわかさんの服の袖口に釣り針が掛かってしまい、思い切り引っ張ったのだ。
 竿は折れるわ、怒ったわかさんに説教されるわで散々だった。なお、袖を引っ掛けたからといって、別に服がはだけたりはしていなかった。……チッ、今考えると、惜しい。

「まあ、そんな感じで。あの咲夜ってメイドとはそれなりにやってるわ」
「そ、そうですか」

 それがそれなりなんだ、とか。変なこと考えたのにツッコミが入らないのは珍しいなあ、とか。
 思うところはあれど、混ぜっ返すのもあれなので、僕は黙して語らなかった。

「いいなあ。私の住処は竹林だから、近くに人間いないしねえ」
「あれ? あそこには一応妹紅がいるけど」

 蓬莱人という特性はあれど、一応人間の範疇だろう。なにせ、妹紅を人外にすると僕も自動的にそうなってしまうので、僕の都合的にそこで線を引いておかないといけない。

「……あのはた迷惑なもんぺ着てる子? あんな化け物、人間扱いはしたくないなあ」
「化け物って」
「だって、竹林のお屋敷の姫さんと、三日と空けず殺し合いしてんだよ? それも、一回やりあうだけで二桁は死んでるのに、嬉々として突っ込んでさ。私ら妖怪も、殺されれば死ぬっていうのに」

 ……ごめん、妹紅。
 友人としてフォローしてやろうと思ったけど、返す言葉がないわ。

「しかも、そのたんびに竹林燃えるし。一応、他の妖怪や人間がいるところからは離れてくれるけど、いつ巻き込まれる気が気じゃないわ」
「あの二人の喧嘩はですね、僕としても心を痛めていまして。何度もやめろとは言ってるんですが」
「そう言えば、良也もあの二人と同じだったっけ。『喧嘩』なんて表現をする辺り、割と同類ねえ」

 いや、まあうん。
 僕としては、どっちかっつーと宴会とかでの意地の張り合いの印象が強いもんで簡単に言っているが、実際に寝床の近くで争われる影狼さんからするとそう割り切れないだろう。

「ま、まあまあ。お茶のおかわりはどうですか?」
「いただこうかな」
「私も」

 さっきと同じ要領でお茶を淹れ、ひとまず一息つく。

 二人の話す妖怪より質の悪い人間が、ことごとく知り合いであるため、なんというか微妙に居心地が悪い。

「しかし、私達はあんまりやらないけど、やっぱり流行っているだけあって弾幕ごっこは楽しかったわね」
「ああ、それはそうね。あの魔法使いの炎に炙られて嫌ではあったけど、満月の夜に力を使うのは開放感あったし」

 おおっとぉ? なにやら変な方向に話が向いてきたぞ?

「ちょ、やめましょうよ。こうしてお茶飲むくらいでいいじゃないですか」

 弾幕ごっこ反対派の僕としてはそう言うが、やはり二人も妖怪なのか。
 闘争本能が刺激されて、ちょっと暴れたくなったらしい。

「そんなに反対しなくても」
「そうだよ。別に異変の時みたいにガチじゃないんだからさ。ちょっと遊ぶくらいいいじゃないか」

 二人がかりで言われ、僕はぐぅ、と唸る。

 あれが遊びになるのは力を持っている側の言い分である。
 巻き込まれたり、強制的に相手をさせられる僕としては、嫌な思い出しかない。

「わかさぎ姫、一つやってみようか」
「いいわよ。でも、私が負けても、初めて会った時みたいに食べようとはしないでね」
「それは言わないでよ。悪かったってば」

 あ、トントン拍子に決まった。

「そうだ、良也は……」
「パスさせてください。いや、本当に駄目なんですよ」

 わかさんの誘いに、僕は断固として首を振る。

「そっか。じゃ、審判ね」
「えー。普通、弾幕ごっこに審判なんていませんよ。セルフジャッジでお願いします」
「そうは言っても、わかさぎ姫も私も初心者だからね。どっちが勝った負けたで喧嘩したくないし。それに、やり過ぎてたら止めて欲しいし」

 ちょっと待った。

「あの、勝ち負けの判定はともかく、流石に止めるのはちょっと……無理かな〜、と思うんですが」
「大丈夫大丈夫、私達弱いし」
「前の異変の影響は抜けてるし、今日は満月でもないんだからさ」

 ねえ、とわかさんと影狼さんが顔を合わせて頷き合う。

 そ、そうなんだけどさー。確かに、妖怪の中じゃ弱い方なんだけどさー。
 僕にとって、エキサイトしたときに止めるのが命がけ、っていうのは、大して変わらないんだよねえ。

 僕とわかさんや影狼さんの力は大差はないんだけど、人間と妖怪じゃ耐久力に雲泥の差がある。
 弾幕喰らったら死ぬ人間と、あいたた、で済む妖怪とじゃその辺の認識に差が出てしまうのだ。

 え? 弾幕ごっこには人間も参加してるだろう、って? しかも、勝ってるじゃないか、だって?
 ……うん、参加してるね、何故か。そして、勝ってるね。本当に、何故か。

 しかし、ここで断っても、やる気になってる二人は止まらないだろう。
 そうすると、万が一二人が本気でやりあったりしないよう、止める役は確かに必要で……

「……わかりましたよ。でも、僕が割って入ったらすぐに弾幕止めてくださいよ? 絶対ですからね? フリじゃないから!」
「フリ?」

 言葉の意味はわかっていないようだが、相当念押しした結果、わかさんも影狼さんも頷いた。
 ひとまず、それを信じるしかない。

「よし、影狼、スペルカードは持ってる?」
「勿論」

 勿論なんだ。僕も、護身用にいつも持ち歩いているけどさ。

「よーし、じゃ、やってみよっか」
「上手く行ったら、今度から集会の定番になるかもね」

 それはやめて!


















 なお、あれだけの前振りがあったというのに、二人の弾幕ごっこ自体は平穏無事に終わった。
 しかし、以後、草の根妖怪ネットワークの集会では弾幕ごっこをすることが定番となり。

 出席率が上がって、なんか勝ち星の差を内輪で競うことになったりしたのだが。
 ……まあ、頑なに参加を拒否し、記録係と審判に徹した僕にはあまり関係のない話である。

 しかし、平和な集まりだったのに、ここも幻想郷の弾幕面に囚われてしまったか……。針妙丸の奴が起こした異変は、妙なところで影響があるなあ。



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