「っと、雷符『エレキテルショック』!」

 間近に迫った妖精の一団を、スペルカードを使って打ち払う。

「ああもう、これだから異変は!」

 わかさんと咲夜さんの弾幕ごっこから逃げる道中。里から霧の湖に向かうときはそうでもなかったのに、こんなちょっとの間に一体どこに潜んでいたんだっていうくらいの量の妖精が空を埋め尽くしていた。
 霊弾を四方八方にバラ撒き、幻想郷をうろつくときは必ず常備しているスペルカードを使ってやり過ごしているが、いつまでもこのままという訳にはいかない。

 こういう時の安全地帯は人里だ。博麗神社は、多分もう霊夢がいないから必ずしも安全とは限らない。その他妖怪の有力者の家も安全っちゃあ安全だが、この状況で連中の軒先を借りると高く付きそうなので却下だ。

「さて、と。そろそろ里も近いけど……」

 里に引いてある用水路が見えてきた。
 妖怪か霊能者の力でも借りたのか、用水路っつーか運河に近いデカさのものだ。脇に沿う形で柳が植え込まれており、平和な時には散歩コースとしても人気である。

 んで、そんな里に近い位置なのに、相変わらず妖精がうざったいほどやって来ていた。

「ええい、里の中は大丈夫なんだろうな!?」

 一応、妖精たちは里の建物を壊したりはしないので家に篭ってれば大丈夫のはずなのだが、この距離でこれだけの数が活発化していると流れ弾で被害が出る可能性もある気がする。
 場合によっては、僕は人里のガードに入るべきか……と、考えていると、

「ん?」

 ふと用水路の脇に倒れている人影を発見した。

「あ、あれ……」

 声が震える。

 ……人が倒れているだけならいい。ただ逃げ遅れた人が倒れているだけならば、さっと引っ掴んで、一緒に人里にまで避難すればいい。

 しかし、しかしである。

 小柄な少女と思しきその人影のシルエットが、どうにも不自然だ。
 あるべきものがあるべく場所になく、その人影の横にそのあるべきものが転がっている。

「う……ああ……」

 少女の、首から、上が……胴体から千切れて……頭が、転がって……

「あー、もう。あの巫女め!」
「だああああああ!?」

 そして、転がっていた頭が浮かび上がり、お気楽な声を上げたところで僕は盛大にコケた。
 いや、コケたというか、空飛んでいるんだが、力が抜けて少し落下した。

「妖怪かよ! びっくりさせないでくれ!」
「? ああ、なに?」

 この辺りは、妖精の数が少ない。多分、さっきのこの妖怪さんの言葉からして、巫女が大暴れしたのだろう。
 襲ってくる妖精がいないことを確認して、倒れていた妖怪のところに向かう。

「土樹じゃない。なにやってるの」
「いや、異変が起こったらしいから里に避難を……って、あ。よく見たらたまにお菓子買って行ってくれる子じゃないか。妖怪だったの?」
「まあね。私は赤蛮奇。見ての通り、ろくろ首よ」

 ええと、一般的なイメージのろくろ首は首が伸びるやつだが、確かに首が抜けるタイプもいるってのは聞いたことがある。
 しかし実際に見ると酷いな。ぱっと見は首チョンパ。絶対ビビるぞこれ。

「はあ……。心臓に悪い。里から出た子供が妖怪に殺されたのかと」
「ふふん、人間は誰しも私を怖がるのよ。それが私の糧となる」

 ああ、小傘とかと同じく、人の感情を食うタイプか。

「で、異変に乗じて暴れようとしたところで、霊夢に退治された、と。そういうことでいいのか?」
「う……まあ、そうね」

 小脇に自分の頭を抱いていた赤蛮奇は、それを首のところにくっつけて、位置を合わせるように少し左右に動かす。
 そして手をどけると、ちゃんと首のくっついた普通の少女となった。

「赤蛮奇は……言いにくいな。赤でいいか?」
「好きに呼べば?」
「ああうん、ありがとう。んで、赤。霊夢……お前をしばいた巫女って、どこ行ったかわかる?」

 聞いてみると、赤はあからさまに嫌そうな顔をした。

「さぁね! 自分で探したら? 私はもう、妖怪の逆襲は諦めたんだから、巫女なんかどうでもいいのよ」

 おうふ、しまった。どうもついさっきやられたっぽいし、まだ霊夢の名前を出すのはよくなかったか。

「あー、ごめんごめん」
「ったく。私は家に帰るわよ。里の中なら安全だろうし」
「あ。家、人里にあるのか」
「私みたいな一般妖怪なら、多少窮屈なのを我慢してでも里の方が都合がいいからね」

 うん、知ってる。大人しくあまり力もない妖怪で、人里に居を構えている者は少なくない。どこか拠点でもあればいいのだが、そうでもない妖怪だと食い扶持や寝床を探すのも一苦労だし。

 でもなあ。違和感がある。そういう里に住み着いている妖怪は、基本的に不戦主義だ。遊びでの弾幕ごっこならともかく、わざわざ異変の時に霊夢に喧嘩吹っかけるかあ?
 わかさんだけなら、そういう気分のこともあるかと納得したかもしれないが、普段ならどう考えても異変の時暴れたりしない妖怪がこれで二人目。

 むむ……

「なあ、赤。つかぬことを聞くけど、なんで今までは里で大人しくしてたのに、今回に限って出てきたんだ?」
「え? いやそれは、たまには普段忘れられてる自分のことをアピールしたかったっていうか……力も漲っていたし……あ、いや。でも、なんでだろ?」

 はて、と赤が首を傾げ、その拍子に首がぽろりと落ちる。

「うおおおおおお!?」
「おっと、失敗失敗。接続が甘かったか」

 地面に転がった自分の首を拾い、再びあるべき位置に戻す赤。や、やっぱり心臓に悪い……

「び、ビビるだろ。気を付けてくれよ」
「はあ? ろくろ首が首落として、なにが悪いってんだ。大体、土樹。あんたがびっくりする権利はないと思うんだけど」
「は?」
「いや、前のお祭り騒ぎの時、こいし……だっけ。あの地底の妖怪に殺されてたじゃないか。人里の真ん中で落下死して、暴走してた人間も引いてたぞ?」

 あ、あー、そんなこともあったな。死んで、意識はなくしてたから覚えてないが、感情を暴走させてた人達も流石に引いたか。
 ……うん、言われてみると、確かに僕は言う権利がない気がする。

「っていうか、見てたのか」
「興味はなかったけど、買い出しとかは行かないと行けなかったからね。たまたまさ。五月蝿いし、店は閉まってることが多いし、とんだ迷惑だったよ」

 あれはあれで楽しかったけどなあ。いや、死んだことはともかく、振る舞い酒は飲み放題だったし、こころは基本は襲いかかっては来なかったし。
 しかし、ますます変だな。どっちかというと危険の少ない前回の異変はスルーしてた赤が、今回に限って、ねえ。

 変だ。間違いなく変なのだが、それが異変のせいなのか、それとも偶然なのか。異変のせいならどういうことが起こってこうなっているのか、僕にはまったく判断ができない。
 霊夢なら勘で元凶に突っ込むだろうし、魔理沙なんかだと細かいことを考えるより前進あるのみって感じなんだけど、僕はどうにも気になってしまう。

「もういい? 帰って不貞寝したいんだけど」
「どうぞ。ああそうだ。菓子、売れ残ってるからやるよ」

 リュックから余りの菓子の一つを渡す。

「お、ありがと。んじゃね」
「おーう。今後共ご贔屓に」

 ひらひらと手を振る。

 ……さて、僕もとっとと里に入るか。なんか妖精増えてきたし。



























 案の定、里の中では妖精は暴れていなかった。普段より妖精が多くて興奮しているから、悪戯に遭う可能性は高くなっているが、気を付けていれば普通に生活する分には問題はない。

 今までの経験からして、この状態となると一昼夜も待てば霊夢が異変の元凶をノして解決するので、今日は里に泊まることにする。

 ……まあ、宿屋なんぞはないが、明け方までやってる居酒屋で飲み明かせばいい。

「ん? なんだ、良也くんじゃないか」
「あ、慧音さん」

 里の通りで慧音さんと鉢合わせたので、ども、と軽く頭を下げる。

「珍しいですね。まだ宵の口なのに、お酒ですか」

 見ると、慧音さんがでかい樽を抱えていたので聞いてみる。一抱えもある樽には、里の酒造の銘が書かれていた。

「ああ、いや。今日は満月だしね。気分が高揚してて。……普段は仕事をするんだが、流石にこの状況じゃ仕事にならないし、今回の異変は里に被害もなさそうだ。なら、妹紅とでも飲み明かそうかと思ってね」
「ははあ、なるほど」

 と、すると一緒に持ってるいい匂いのする風呂敷には、弁当でも入っているんだろう。

「しかし……君はどうして里に?」
「え? いや、普通に外は妖精が多すぎて危ないから避難しに来たんですけど」

 そんなことを聞かれるとは思わなかった。

「え? いや……異変が起こっているんだよ?」
「異変が起こっているから避難してきたんですってば」

 どうにも話が噛み合わない。

「んん?」
「……あの、慧音さんが何を悩んでいるのかがわからないんですけど」
「いや、良也くんはいつも異変に突っ込んでいるじゃないか。今回も嬉々として行くものだと思っていたんだけど」

 !?!?!?!!?

「え!? なんですかそれ!? 僕、んなキャラじゃないですよ!」
「だって、君。鬼の起こした宴会が続く異変を皮切りに、永遠亭の異変、幽霊が沢山出た異変、守矢の異変……」

 慧音さんが、僕がこれまで遭遇した異変を指折り数える。あ、五本の指全部折って、今度は指を広げ始めた。

「直近に起こった感情が暴走する異変、と。……全部、ほぼ中心に関わっているじゃないか。そう思うのも当然だろう?」
「いや、確かにそう言われるとそうなんですが、それはそれとして僕はんな騒動にわざわざ突っ込むほど命知らずじゃないですよ!」

 酷い風評被害を受けている気がする!

「ふむ……そうなのか」
「そうです」

 力強く頷いた。

「まあ、君がそう言うなら信じよう。……さて、そういうことなら、今日は私に付き合わないか? 酒も、ちょっと買いすぎたし、妹紅と私と一緒に呑もうじゃないか」
「え?」

 唐突なお誘い。
 美女二人と呑む機会ともなれば、とても嬉しくはあるのだが、

「あの、慧音さん?」
「なにかな」
「それって、もしかしなくても迷いの竹林までの護衛やれってことですよね?」

 慧音さんは、酒樽と弁当を持っている。
 ハクタク化した慧音さんが妖精ごときに遅れを取るはずもないが……荷物は台無しになる可能性がある。

「はっはっは、よくわかってるじゃないか。まあ、タダ酒にありつけるんだ。いいだろう?」
「いいですけどね……」

 満月となると、慧音さんも少し妖怪っぽい性格になるなあ……
 いや、ちゃんと対価を出してくれる辺り、他の傍若無人な妖怪より億倍マシなのだが。

「多少は自衛してくださいよ。僕じゃ全部は止めきれないんですから」
「了解だ」

 はあ……まあいい、気を取り直して竹林だ。

 そういえば、竹林と言えば、わかさんと同じく草の根妖怪ネットワークの影狼さんの住処である。

 わかさん、最近ストレス溜まっていた様子でもなかったか、聞いてみることにするか。



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