里の茶屋で、お茶とみたらし団子を手に休憩。
 なんとものんびりした感じを満喫しつつ、空を見上げる。

 今日は、雲ひとつない快晴。こんな天気の良い日は、お茶も良いが縁側で昼寝でもしたい。
 ……うん、今日は早めに博麗神社に帰って、夕方まで寝て過ごそうかな。いや、その前にどっかで昼酒をしてからかな。うん、そっちのほうがいい、絶対にいい。

 そんな素敵なプランを立てて、僕が勘定を済ませるべく茶屋のお姉さんを呼ぼうとすると、

「……あん?」

 不意に、ざーざーと雨音が聞こえてきた。
 もう一度空を見ても、相変わらずの晴れ。一体この音はどこから、と視線を動かすと、なにやら通りの向こうのごく狭い範囲にだけ、雨雲が発生していた。

 ……いや、雲と言うには、ちょっと高度が低い。上空数十メートルのところにある雲は、自然ではありえない。
 突然の局所的な雨に、しかし、通りを歩く人達は特に気にしていない様子。もう見慣れたって感じだ。

「うーん」

 まあ、まず間違いなく妖怪関連だろう。そして、水を降らせる……水と言えば河童か? いや、あの連中が里に来てわざわざ雨を降らせるなんて真似をするとも思えないな……

 と、考察をしている間に雨は止み、今度は雪が降り始めた。

「って、もしかして」

 こういう事象には心当たりがある。博麗神社が倒壊した地震に端を発する異変。あの異変の時も、今のようにありえない天候が入り乱れていた。

 通りの向こうでは、天気が変わっている範囲を囲むように人垣が出来始めている。

「何やってんだ……天子の奴」

 そう。間違いなく、これは天界の暇人、比那名居天子が関わっている。天人という、すごい偉い存在のはずなのに、面白そうだったからという理由で異変を起こした問題児。実は天界でも扱いに困っているというのは衣玖さんの言である。

 別にちょいと天候が変わるくらいのコト、日々妖怪の脅威に晒されている里の人達にとっては大したことでもないだろうが、どんな目的でこんなことをしているのかは見といたほうがいいだろう。
 もしかして、またぞろ異変を起こそうとしているのかもしれない。そんときは霊夢にチクろう。

「お勘定、ここに置いとくよー」

 茶と団子の代金を置いて、僕は軽く飛び上がる。人が集まっているため、飛んでかないと天子が見えない。

 果たして、天子はいた。なにやら小さなテーブルと傘を用意して、里の女性と差し向かいに座っている。

「ふむ、曇りね」

 天子の言葉通り、雪から曇りに天候は変わっていた。あ、いや違う。雪の降る雲がとある男性の上空に張り付いているので、彼の歩みに合わせて移動しているみたいだ。

「なにか心が晴れないことでもあるのかしら? でも、気にすることはないわ。人は多かれ少なかれ、そういう悩みはあるもの。むしろ多少曇っていた方が、過ごしやすい。そういうこともあるからね」
「うんうん、成る程。曇りかあ。でも、あまり面白くはないなあ」
「はいはい、面白いより、平凡な生こそを誇るべきよ。それじゃ次の人〜。貴方の天気は……雷雨ね。雨と雷、おとなしい顔して、意外と荒々しい性格じゃない」

 と、天子が言うと同時に、豪雨が降り雷が鳴り始める。

「うおっ!?」

 慌てて能力の『壁』を発動。傘のように自分の頭の上に広げて、雨を防ぐ。
 なお、集まっている人達は慣れたもので、持参していた傘をとっくに広げていた。

「あら? 良也」
「よぅ……なんの騒ぎだ、これ」

 顔見知りを見付けて、天子がひらひらと手を振る。

「あ、土樹。割り込むなよ」
「あーっと、ごめんごめん。天子、またあとで来る」

 それが列に割りこむように見えたのか注意されてしまった。
 ……まあ、あまり危険な気配もしないし、大丈夫だろう。




























 ぐるりと大通りの露店を冷やかして戻ってくると、丁度天子の店? の客足も途絶えていた。
 遠目で見ていたが、雨やら雪やら雹やら、極めつけに竜巻なんてものまで巻き起こっていた。小規模だったからか、特に被害らしい被害はないっぽいが、よくもまああそこまで色々と巻き起こったものである。

「よ、お疲れさん」

 店仕舞いの支度をしている天子を労って、いつもポケットに忍ばせている飴玉を進呈した。

「あら、ありがと」
「ん。んで、なにやってんの、お前? また緋想の剣持ちだして……」

 それ、天界の宝じゃなかったっけ?

 天子は僕の渡したあめ玉の封を切り、口に放り込む。そして、悪びれもせずに言った。

「緋想の剣も道具なんだから、使わないともったいないでしょ。天界にあっても誰も使いやしないんだから、私が有効活用してあげているだけよ」
「有効活用ねえ……さっきのお天気占いがか? っていうか、あれなに?」

 いや、占いでもないか?

「暇だったからさあ。ちょっと人間の性格診断でもしてあげよー、って思ってね。天気に例えてあげてたりして。でも、始めたばかりの頃は天人である私の事を信じない不遜な輩も多くてね。そういう奴には、緋想の剣で気質を発現させて上げたり」
「……いや、もうちょっといい暇潰しもあるだろうに」
「なによー。今じゃこれでも人気なのよ?」

 そういや、やたら人が集まってたけど……なんで?

「聞く限り、あまり人気が出そうな感じでもないけど……どうしてあんなに人が集まってたんだ?」
「いや、自分のところだけ天気が変わるのが面白い、って評判になって。それに、雪の気質の人間は氷室作ったり、雨の気質だと畑の水やりに使ったり。意外と有効活用してるみたいよ?」

 た、たくましいな、おい。

「ちやほやされるのも悪くないし、暇潰しにしてはまあまあかな。別にお金目当てってわけじゃないけど、礼金も貯まるしねえ。使い道はないけどさ」
「ふーん。服とか装飾品でも買ったら?」
「私、安物をつけるとお肌が荒れちゃうのよね」

 ……咲夜さんの投げナイフが刺さらなかったという天子のお肌を荒れさせる服とか、逆にすごい品なんじゃないだろうか。

 まあ、天子の場合、今の服がけっこう似合ってるから必要ないか。逆に、普通の町娘っぽい格好をすると、変なトラブルに巻き込まれそうな気もする。

「飲み食いとかは?」
「今更地上のなんて、私の口には合わないからね」

 そういや、この天人は天界贔屓で、食べ物も飲み物も天界のものが至高であると言い張ってたな。
 ……むう。

「いや、そりゃあ天界の桃や酒は美味いが、地上のも悪くないんだぞ。つーか、天界は食べ物の種類が……」

 桃以外見たことないぞ。

「食べ物はねえ。食べると体が鍛えられるから、よそ者には出さないのよ。まあ、あんまり味は……」
「あ、そーなの?」
「でも、酒は別よ? 天界も、酒の味については妥協していないから」

 天界ってそういうところだっけ。違うよな? 違うよね?
 ……気にしないことにしよう。

「まぁま。たまには地上の雑多な味も悪くないぞ。昼でもやってるおすすめの店教えてやるから、試してみたらどうだ?」
「うーん、そうねえ。捨てるのは流石にはしたないし、それで行こうかな」

 と、天子は懐から財布代わりの巾着を取り出す。
 ひのふの、と数えて、

「……良也。私、地上のお金の価値はわからないんだけど、これってどれくらい?」
「ん? ええと、飲み屋で普通に呑んで、五、六回くらいかな。……天子って、呑む量は普通だったよな?」

 聞くと、天子は心外な、という顔をして、

「花は半開を看、酒は微酔に飲むと言う。どこぞの小鬼と一緒にしないでよ」
「……いや、耳が痛い」

 アル中で宴会中に死亡することもある僕としては、本当にね。

「んじゃ、行くか」
「ええ……って、え? いつ一緒に呑むことになったの?」
「いや、どうせ僕も今日は呑みに行くつもりだったし。それに、ぼっちは寂しいだろ」

 僕の場合、どこぞの飲み屋に入れば、大体誰かしら一緒に呑む知り合いはいるんだけど、天子の場合……なあ? 幻想郷の人妖に対して八方喧嘩売ってたし、あまり仲の良い奴が思い浮かばない。

「あのね。天人であるこの私が、一人が寂しいだなんて、そんなことあるわけないじゃない」
「そうか。でも、僕はソロで呑むのは寂しいんで、一緒に行こう」
「はっ、仕方ないわね」

 ……かまって欲しくて異変起こしたくせに。
 でも、そこを指摘すると『なに勘違いしてんのよ』とかキレそうだからスルーしてやろう。

 そして、とりあえず一番のお気に入りの店に案内し、天子と酒を酌み交わした。











 ……なお、天子の奴、普段食べない味に呑むペースも上がったのか、割とへべれけに酔っていた。

「……酒は微酔に、なんだっけ?」
「天人の忠言なんて、私には到底実行できない忠言ばかりでねえ」

 悪びれねえな、こいつ。



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