「よーし、これで終わり!」

 パン、と僕より三十センチは目線が低い少女が手を叩くと、地面がぐにゃ〜と流動し、水気も栄養もない荒廃した土地が、黒々として見るからに畑に適してそうな土に変わる。

「おお〜、諏訪ちゃん、すごいのぉ」
「へへへ〜、まあこんくらいはね。じゃあ、はい」

 と、感心する老人にニコニコして手を差し伸べる幼女――守矢神社の諏訪子。
 『わかっとるわかっとる』と、その爺ちゃんは懐から駄賃らしき硬貨を取り出し、諏訪子に握らせる。

 ……金額的には、本当に子供の小遣い程度で、生半可な開墾じゃどうにもならなかった土地を一瞬で使えるようにした対価としては、相当に安い。
 だってのに、諏訪子はえへへ〜、と外見年齢にマッチしすぎる無邪気な顔で、自分の財布にそれを納めて――って、ところで背後でぼけーっと観察している僕に気が付いた。

「ありゃ、良也じゃん。こんにちは」
「ああ、こんにちは諏訪子」

 いや、普通に人里に向けて飛んでる途中に見かけたから、挨拶でもと降りたんだが、なにやってんだこの幼女。

「あ、じーちゃん、あとは自分で頑張ってねー」
「わかっとるわかっとる。こんだけでもありがたいことじゃ」

 なんまんだぶなんまんだぶ、と手を擦り合わせるおじいちゃんに、諏訪子は微妙な表情になる。こいつ、元は土着の神様であり、仏教とはとんと縁がない存在らしいからなあ。
 苦笑したまま諏訪子は飛び上がり、僕もそれを追って空に向かう。

 並んで飛びながら、世間話を交わした。

「今日も菓子売りかい? 精が出るね」
「まーな。雑貨も多いけど」
「へえ……あ、そうだ、そういうことなら今度ビデオ買ってきてよ。最近、ようやく電気がそこそこ安定してきたんだ」
「今時、VHSなんて売ってないぞ……」

 もはやDVDも時代遅れになりつつあり、今の主流はブルーレイである。
 と、話すと諏訪子は渋い顔になった。

「うへぇ。本当、最近の人間ってやつぁ、進歩が早すぎるね。ここ百年くらいだよ、こんなに変化が激しいの」
「……いや、僕にはまったく実感が沸かん」

 そういや、マミゾウさんも似たようなことを言ってたっけ。長生きする連中の感覚は理解できんなあ。

「まあ、たまに中古屋で投げ売りしてるから、見かけたら買ってくるよ」
「お笑い系でヨロシク」
「……なにがいいのかわかんないんだけどなあ」

 それこそ、アニメ作品なら過去の名作もなんとなくわかるけど、お笑い系のビデオねえ……。

「それはともかく。諏訪子、さっきなにやってたんだ?」
「ん? 土壌改善」
「や、それはわかってるけど」

 諏訪子の『坤を創造する程度』の能力は、地面に関することなら割と無節操にできる。穴を開けたり地面を隆起させるのは朝飯前で、地下水やマグマ(!)を噴出させるわ、植物生やすわ、やりたい放題だ。
 ちょいと作物に向いた形に土壌を改善するくらいはお茶の子さいさいだろう。

 だから、別に聞きたいところはそこじゃなく、なんでお金を対価にあんなことをやってたかってことで、

「小遣い稼ぎか?」
「……そういう側面もあるけどさ」

 ぶすぅ、と諏訪子は不機嫌そうになる。

「信仰集めだよ、信仰集め。お駄賃だって、お賽銭代わりさ」
「なんだそりゃ。信仰集めなら、東風谷が毎日のように営業してるじゃん」
「あのねえ」

 はあ、と諏訪子はこれみよがしにため息をつく。な、なんだ? 僕、なにか間違った?

「早苗が集めてるのは、守矢神社の――言ってみれば、神奈子への信仰なの。そりゃおこぼれで私にも集まるけどさ。ちょ〜っと心許ないから、個人でもちょこちょこ集めてんの」
「はあ、そんなもんか」
「興味無さそうだなあ、もう!」

 折角話したのにー、と手足をバタバタさせる諏訪子だが、スマン、正直なんとなく聞いただけで、本当に興味ないんだ。

「まあ、外にいた頃と違って、消滅の危機ってわけじゃないけどさ。外向きの神奈子と違って、内向きの私は苦労してんだよー。差を付けられるのも悔しいしさあ」
「ふぅん」

 いや、熱弁しているところ悪いが、やっぱり『がんばれー』と棒読みで応援するぐらいしかできないんだけど。

「そんじゃ、今度は里でもなんかやるのか?」

 気が付いたが、僕に付いてきてるってことは、これは守矢神社に帰る道じゃない。里に向かってる。

「あー、うん。まぁね。打ち合わせに」
「……打ち合わせ?」

 はて、なんのことだろう。
 首を捻っていると、諏訪子はふふふ、ととっておきの宝物を見せる子供のような表情を浮かべて、言い放った。

「私のお祭り……神遊びさ!」



























 さて、祭りとはなんだろう。
 祭りは『祀り』にも繋がる。つまり神様へと向けた、信仰の一つの形だ。人は祭りを通じて神様へ日々の感謝を伝え、次のご利益を祈る。

 ――でも、そんな事はどうでもいいんだ。重要な事じゃない。

 なんせ、お祭りと言えば酒が出るんだぜ?

「つーわけで、諏訪子、かんぱーい」
「あいよ、乾杯!」

 なみなみと酒の注がれた盃を僕と交わして、諏訪子は次の乾杯相手へと走っていく。

 打ち合わせ、と称して里を訪れる諏訪子と出くわして一週間後。
 言葉通りに、諏訪子を祭り上げるお祭りが、里で催されていた。

 ……と、言っても堅苦しいものじゃない。呑み、食べ、歌い、太鼓を叩く。
 既に失われた神である諏訪子は、堅苦しい形式を好まず、こうやって人に混じってどんちゃん騒ぎな祭りを希望したらしい。

 そこ、ただの宴会じゃね? とか言うんじゃありません。
 なお、こういう祭りなら月一どころか月ニ、三くらいのペースで里では開かれていたりする。幻想郷には神様が結構多いためだ。決して、神様をダシにして酒を呑む口実を作っているわけではない。

「あはは、諏訪子様、はしゃいでますねえ」
「だなあ。っと、東風谷、おかわりどーぞ」

 隣に座ってる東風谷に酌をする。
 諏訪子の祭りが開かれると聞いて、この子が参加しないわけがない。なお、当然のように神奈子さんは不参加である。

「あ、どうも、先生。……しかし、ここ最近、妙に出歩くことが多いと思ってたら、こんなことを企んでいたなんて。言ってくだされば手伝ったのに」

 プロの信仰ゲッターである東風谷が言うが、多分東風谷が手伝ったらその時点で守矢神社=神奈子さんに向かうからだろうな。
 祭りの会場に里を選んだのも以下同文だ。

「まあ、悪巧みじゃなくて良かったですけどね」
「……あー、そうだな」

 地底が開放されたあの事件。アレのせいで幻想郷の色んな面子にこってり絞られたことのある東風谷が、ほっとしている。
 ……この顔はアレだな。万が一、余計なことをしていたら実力行使で止めに入ってたな。

「はーい、じゃあ、ここから神遊びの時間だ! どう? 私と弾幕お祭りをする気概のある奴はいる?」

 太鼓とかが置かれている、ちょっとした台の上で、諏訪子が宣言する。

 諏訪子は酒も好きだが、遊ぶことも同じくらい大好きだ。そして、幻想郷の婦女子の一部にとって、遊びといえば弾幕ごっこというのはこれ真理である。
 ……とは言っても、里には多少飛べて弾幕撃てる人はいるが、雑魚妖精と良い勝負出来る人ってのが精々で、神である諏訪子とガチでやれる人は――

「……なんでみんな僕を見ているんでしょうか」
「いや」
「だって、」
「なあ?」

 口々に里の人々は顔を見合わせる。
 そして、僕の友人の一人である男が立って、代表するように言った。

「こういう時に痛い目みるのはお前の役目だろ?」
「なんか今の言葉、おかしなところがあったぞ!?」
「ってのは冗談にしても、こん中でまだしも弾幕ごっこが成立しそうなのって土樹だけじゃん」

 いやいやいや、この場には僕なんかよりずっと諏訪子といい勝負できる奴が、
 と、救いを求めるように東風谷に視線を向けると、

「あ、先生すみません。私は無理です。ほら、私も一応神なんで。諏訪子様が主役のところに割って入るわけには。信仰が分散しますしー」

 ニマニマ笑ってそう言い放たれた。
 ぐ、ぐぐ……ちくせう。

 周囲からの視線に耐え切れず、僕は立ち上がった。
 ここで突っ撥ねられるほど、僕の神経は図太くない。これが霊夢とか魔理沙とかなら、自分の気の乗らないことはガンとして受けないところだが、小心者の僕には無理だ。

「うーん? なんだい、良也。気が進まないみたいだね」
「わざわざ痛い目に遭いたくなんてないからな」
「ふむ、そういうことなら、別の遊びにしよう! なにがいいかなー」

 テンションが上がっているらしい諏訪子は、別段気を悪くする風でもなく、台の裏に回って、何かを取り出してくる。

 そしたらまあ、出るわ出るわ。凧に蹴鞠に野球のボールにお手玉、あやとり糸、百均で売ってるようなテニスグッズ、竹馬等等。

「ひっさしぶりだからねー、色々遊ぼうって用意してたんだ」
「……うわー」

 神遊び、なんてのじゃなく、ガチでただの遊びじゃねえか。
 と、そこで僕は、一つ懐かしい玩具を見つけた。

「へえ、それかい? 懐かしいねえ、ベーゴマ」
「ふっ、その昔、ベーゴマの良さんと呼ばれた僕にこいつで挑むとは」

 元ネタは勿論某超長寿マンガの主人公である。

「……アンタ、ベーゴマのブームから外れてない?」
「いや、うちの近所でなぜか局所的に流行ってた」

 なんでだろうね。ベイブ○ードは別に流行らなかったんだが。

「ふふん、まあそういうことなら勝負してやるよ」

 諏訪子は不敵に笑って、地面をぽんと叩く。
 すると、僕の膝の高さまで石柱がにょきにょきと生えてくる。当然、その天辺は凹んでおり、鏡面のように磨かれていた。

 おおー、と里の人達がざわめく。こういう、神の力を見せつけることで信仰を増やすのかね?

「ふふん、わざわざ負けるためのリングを作ってくれるとはご苦労様だな」
「言うねえ。じゃあ、好きな独楽を選びな。ハンデだ。先に選ばしたげるよ」
「んじゃ、遠慮なく」

 十数個あるベーゴマを一つ一つ感触を確かめ、その内の一つを選ぶ。
 同時に紐も、馴染みよく長さがちょうどいいのを選んだ。

 ……この中では、これが最良の組み合わせに相違ない。

「ふっ、勝った」
「言ってな」

 不敵に笑う僕にニヤリと笑いを返して、諏訪子はさっさと自分の分を選んだ。

「……先生、なんかノリノリですね」
「まぁな。遊びは全力でやらないと損だし。あと、最初に強い酒呑んだからちょっと酔ってる」
「あ、やっぱり」

 いやまあ、気分がいいのは良いことだ。僕もたまには童心に帰らねば。

 ……で、東風谷と話している間に紐を巻き終わり、ぎゅ、と感覚を確かめるように握りこむ。

「さあ、準備はいいかい?」
「ああ。掛け声は?」
「いっせーの、せっ。で」

 了解、とコクリと頷く。

 いつの間にか、諏訪子謹製のリングを里の人達が取り囲み、酒を片手に固唾を呑んで見守っていた。
 ふっ、ギャラリーは多いほうが燃える。

「じゃあ、行くよ良也」
「いつでもこい」
「いっせーの……」

 せっ、と同時にベーゴマを放ち、二個とも見事円柱の上に乗る。
 言うだけあって、諏訪子の投げも堂に入ったもので、恐らくは僕と互角。

 ゆっくりと、中央――二つの独楽が交差する中心に向けて僕と諏訪子のベーゴマが走り、

 ガヅン!

「ぎゃぁ! 負けた!」

 果たして、弾き飛ばされたのは僕のベーゴマだった。

「ふっふーん。まあ、一昨日来やがれってとこだね〜」
「く、くそう……」

 反論しようとしたが、なにを言っても負け犬の遠吠えだ。敗者として、僕はすごすごと去る。

 僕が去ると、興味を持った人たちが次々と諏訪子に挑みかかり始めた。昭和に流行ったベーゴマ自体は里の人達は知らないだろうが、幻想郷では独楽遊びは一般的なので、割合すぐにコツを掴めるようだ。
 しかし、流石に一日の長のある諏訪子に勝てる人はいなく、次々と挑戦者が挑んでは破れていった。

 んで、ベーゴマ遊びに興じる諏訪子は実に楽しそうで、

「うーん、やっぱり、守矢のお祭りに諏訪子様も出してあげたほうがいいんでしょうか? あんなに楽しそうな諏訪子様、久し振りに見ました」
「いやー、別にいいんじゃないかな」

 詳しい事情は知らないけど、なんかそーゆーのは諏訪子も神奈子さんも嫌がりそうだ。
 それに、

「……うん、多分、これから定例になると思う。ここの人たち、大の祭り好きだから、こんな楽しいのはすぐ定着するさ」

 里の人と諏訪子の楽しそうな様子に、僕はそう確信するのだった。



 んで、その予言通り、ニヶ月に一回、諏訪子を祀るお祭りが開催されるようになったとか。



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