紅魔館のテラス。
 月や星がよく見えるように誂えられたそこは、よく紅魔館の当主であるレミリアがお茶会をする場所だ
 僕も、たまにレミリアの機嫌がいい時などは、お茶に誘われたりする。今日なんかがそうだ。

「暇ねえ」
「いきなりなんだよ」

 ナイトを動かして、レミリアのキングを追い詰める。今日はお茶のついでに、レミリアのチェスの相手を務めさせられていた。

「ぬるい手筋ね。キングはこっちに逃げて、と」
「あ……く、こ、こっち」
「はい、これでチェックメイト」

 で、僕の攻勢はあっさりと躱されて、返す刀でチェックメイト掛けられた。逃げ場は……ないな。

「……降参」
「弱いわねえ」
「ぐ、仕方ないだろ。僕、チェスって殆どルール知ってるだけだぞ」

 二時間くらい前に誘われて、これで三戦全敗である。これはレミリアが特別強いってわけじゃなくて、単に僕が殆どチェスをやったことないからだ。
 ていうか、曲りなりにも勝負になっている辺り、レミリアって実は弱いんじゃないか?

「……はあ、弱すぎてつまんないわ。咲夜、駒とボード片付けて」
「はい、かしこまりました」

 レミリアが命令すると、背後に控えていた咲夜さんが一礼して、次の瞬間チェス用具が消え去る。

「ぐ……くそ、なら五目並べで勝負だ。あれなら僕強いぞ。碁盤あるか、碁盤」
「嫌よ。そんな子供っぽいゲーム」

 ええー、それは聞き捨てならんぞ。
 五目並べはあれで奥の深いかもしれないゲームだ。ていうか、レミリア自身子供の癖に。

 ……なんて、口に出しては言わないけど。
 っていうか、あれだと僕が強すぎて、多分レミリアを完全に打ち負かしてしまう。そうしたら、間違いなく機嫌は急転直下だ。殺される。

「あー、そうですか。っていうか、三戦もやっといてあれだけど、いきなりなんでチェスなんか誘ったんだ?」
「暇だったから。弱っちすぎて、全然退屈は紛れなかったけど」
「……なら僕みたいなのじゃなくて、パチュリー辺りを誘えよ。友達だろ」
「いくらなんても、頭を使う競技でパチェに勝てるとは思わないわ」

 まあ、そりゃそうか。レミリアは肉体派だもんな。頭脳派なパチュリーとチェスみたいなゲームをしたら、フルボッコにされることは想像に難くない。

「じゃあ、咲夜さんとは?」
「咲夜はこっそり時間を止めて駒の位置を動かしたりするから嫌。あんまりにもさり気ないから、やっている最中は気付けないんだけど」

 ぅオイ。イカサマじゃねぇか。

「お嬢様、誤解です」
「なにが誤解よ。今まで、私が気付いただけでも八回はあったわよ」
「それは勘違いでしょう。負け惜しみも程々に」
「ああそう!」

 ふん、とレミリアは不貞腐れる。
 まあ、レミリアが負け惜しみで言っている可能性もあるけど……しかし、本当に咲夜さんのインチキなんだろうなあ、きっと。なんかそんなことやってそうだ。

「それに、双六などでは、お嬢様こそ運命を操って自分に良いように動かしているでしょう? お互い様です」

 あれ? 咲夜さん、今ナチュラルに自分がやったって認めなかったか?

「なんのことかしら? ポーカーでこっそりカードを入れ替えているメイドに言われたくはないわ」
「最初からエースのファイブカードが揃っているお嬢様には敵いません」
「おい、ゲームしろよ」

 たまりかねてツッコミを入れると、二人はさらっと、

「ゲームのルールに『運命を操ってはいけません』なんてあったかしら」
「時間を止めてはいけない、というルールもありませんね」
「レミリアは百歩譲っていいとしても、咲夜さん。時間を止めようがなにしようが、駒の位置を変えたりカードを不正に入れ替えるのは反則――」
「おや、紅茶がなくなっていますね。今おかわりを淹れて参ります」

 しれっと咲夜さんはポットを手に取って、"歩いて"淹れに行く。……逃げやがった。

「……疲れた」
「まあ、実際の所、事前に能力を使わないって示し合わせてやることもあるけどね。でも、何回もやってて、マンネリだから」
「左様か」

 なんだか疲れて、僕はなにも考えず相槌を打つ。

「で、やっぱ暇なのよね。パーティーは飽きた。最近、面白い異変もない。散歩も……気分じゃないし」

 ……最初に戻りやがった。

「なら、本でも読めよ。ここんちには、一生かかっても読み切れないような図書館があるだろうに」
「それは老後の楽しみに取っておくわ」
「あるんかい、老後」
「さあ?」

 きっとないだろうな。っていうか、せめてそういうことは幼女の姿から成長してから言ってくれ。
 まあ、それはいいとして、

「それで? 暇だ暇だって僕に話して、一体なにを期待してるんだ」
「私を楽しませなさい」

 ……なんだこの暴君。

「外の世界には、色んな娯楽があるんでしょう? なにかないの?」
「えー?」

 携帯ゲームでも持って来いというのか。悪魔○ドラキュラとか。……多分キレるな。
 それに、そもそもの話として、明治くらいの文化の幻想郷の住人に、テレビゲームのなんたるかがいきなり理解できるとも思えない。故に却下だ。

 さて、そうすると……なにがあるんだろうねえ?
 いかん、僕の趣味の狭さがここに来て露呈している。

 な、なにかないか……ええと、そうだ!

「ス、スポーツとかどうだ? 幻想郷にないスポーツでも、道具仕入れてきてやるぞ」

 一時期、サッカーが流行ったこともあったし。テニスとか? いや、こいつらがやるとテニヌになるけど。

「スポーツねえ。体を動かすなら、弾幕ごっこがいいんだけど。あ、そうだ。良也と弾幕ごっこって、なんだかんだでやったことなかったわよね?」
「それは勘弁してくれ」

 僕とレミリアがやると、ごっこ遊びじゃなくて、完全にイジメになるぞ。イジメ問題には敏感なんだ、教師だから。だからお願いしますから僕を相手にするのはやめてください。
 で、僕が断り、他になにかないかな、と考えて考えて……特にアイディアがない、と伝えると、レミリアは唸り始めた。

「あー、もー! つーまーらーなーいー!」

 今わかった。こいつが今日、僕をお茶に誘ったのは愚痴るためだ。面倒な奴め。
 テーブルに上半身を預け、足をバタバタさせる紅魔館当主(五百歳超)。それでも吸血鬼かよ、オイ。

 今日は機嫌自体は悪くないから、殺される心配はないけれど、心底面倒くせえ。
 僕は、騒ぐレミリアから逃れるように、空を見上げる。
 ……今日の夜空はムカつくくらい綺麗だった。
























 ひとしきりレミリアが騒ぎ終わった辺りを見計らって、咲夜さんが紅茶のおかわりを持って来てくれた。
 ……の、だが、なにやらその咲夜さんの後ろには、もう一人、人影があったりして、

「あれ? 良也、まだ帰ってなかったの?」
「ああ、フランドールか。いや、レミリアにちょっと愚痴られていた」

 普段は、パチュリーのところで勉強が終わったらすぐ帰るので、不思議だったんだろう。帰ろうとしたところを、レミリアにとっ捕まったのである。

「お姉様が、愚痴?」
「おお、そうだ。フランドール、聞いてくれ。ついさっきまでレミリアのやつ、つまらないつまらないつって、幼児みたいにバタバタと……」

 ギロッ、とレミリアに睨まれた。
 姉の威厳なんて、元々ないんだから、そんなに気にせんでもいいのに。

 降参の意思表示に手を上げると、レミリアからの視線は収まった。別に、本気で怒っていたわけでもない。

「そういえば、フランは最近なにをやっているのかしら?」
「私? 私は、たくさん本読んでる。この前は赤毛のアンを読んだわ」

 ……そう、実はフランドールは読書家である。
 最初は絵本から始まり、最近は児童文学や少女小説にハマリ始めている。

 滅多に屋敷の外に出ないため、読書で持って、色んな世界を想像するのが楽しいのだそうだ。パチュリーの図書館は、魔術関係を始めとした実用書が殆どだが、この手の物語系も、一昔前のなら大抵は揃っている。
 そんなわけで、姉が『老後の楽しみ』などと言っていた趣味を、フランドールは満喫しているのだった。

 人格も、更に落ち着きを見せつつあり、僕としては安心するやら『フランドールも大きくなっているんだなあ』的な感慨を抱くやらである。

「へえ、また随分と難しい物を読めるようになったわね」
「もう挿絵が付いてなくても平気」
「偉いわ。今度私にも、オススメの作品を教えて頂戴」
「うん!」

 いやー、麗しい姉妹愛である。
 普通、姉の方がオススメの作品を紹介して然るべき状況な気もするが

 今日のレミリアの退屈発言は、見た目通りの言動だったのも相まって、なんとなく姉妹が逆転している気がする。

「はっはっは、もうフランドールも立派に紅魔館の当主が務まりそうだな」
「え? そ、そう?」

 冗談めかして言うと、フランドールは照れた様子になる。
 うん、以前、月ロケットの件でレミリアが不在だった間も、パチュリーにフォローしてもらいつつ、意外とちゃんと屋敷のことを纏めていたというんだから、別にフランドールでもいいんじゃね?

「……ふぅん」
「レミリア?」

 はて、なにやらレミリアが考え込んでいる様子。
 ……なんか嫌な予感がしてきた。

「ねえ、フラン。貴方、当主になりたい?」
「え、ええ? うーん」

 いきなりなに言い出すんだ!? そして、フランドールも真面目に検討するんじゃない!

「………………………………ちょっと、なりたいかも」
「成る程、それなら話は早いわ」
「なに?」
「見事この私を打ち負かして見せたら、紅魔館の当主の座を貴方に明け渡しましょう!」

 ぎゃー! レミリアの野郎、格好の暇潰しの種を見つけた顔になってる!?

「……本気で行くよ?」
「勿論、本気でかかってらっしゃい。ただし!」

 ピン、と指を立てて、レミリアがトンデモネエことを言い放った。

「当主、と言うことは、配下を付き従えるものよ。自らの器量で、味方を集めて戦いましょう」
「わかった!」

 ……ほう、味方と来たか。

「と、言うわけで咲夜」
「ええ」

 んで、当然のようにレミリア側に付く咲夜さん。これは別に、フランドールを蔑ろにしているわけではなく、勝ち馬に乗ろうとしているだけだ、絶対。

「後は……美鈴! ちょっと来なさい!」
『は、はい! なんですか!?』

 テラスからは門が見える。レミリアが声をかけると、門番として立っていた美鈴は一息でジャンプしてこっちに飛んできた。
 華麗にテラスに着地し、話が飲み込めていない様子でレミリアとフランドールを見比べる。

「はて、これはどういう状況でしょうか?」
「御託はいいわ。命が惜しければ、私側に付きなさい」
「え、えええ〜〜!?」

 うわ、すげえ強引に引っ張りこんだよ。レミリア的には、これも器量という奴なのだろうか? もしそうだとするならば、国語辞典で器量の意味を調べ直すことをおすすめする。

 んで、フランドールは、レミリアの所業に口を挟むこともできず、オタオタしていた。

「あ、えと、それじゃ、パチェ……」
「パチェは、一応私の友人なのよね。当然、小悪魔も含めてこちら側よ」

 ヒデェ戦力差である。スカーレット姉妹がガチでやりあったら互角位だろうが、咲夜さん、パチュリー、小悪魔さん、美鈴が付いて、勝てるわけないだろうに。
 ここんちの妖精メイドはこの面子相手では戦力にならないし、そもそも身の危険を感じて逃げるのがオチだ。

 っていうか、レミリアちょっとヒドイぞ。
 この味方が一人もいない状況。フランドールからしてみれば、レミリアはズルいし、自分が一人ぼっちだってのが強調され――んむ?

「……フランドールさんや。なんで僕の腕をがっちりロックしてるんですかね」
「良也はこっちよね?」
「あの、僕、紅魔館の関係者じゃないんですけど」
「別に、ここの身内だけに限定したつもりはないわ」

 レミリアが、衝撃の追加ルールを言い放つ。
 え、えええ〜〜!?

 いやいやいや、無理! 僕がフランドール側についたところで、焼け石に水もいいところだ!
 こ、こういう時は、無駄にタイミングが良くて、フランドールの味方になってくれそうな魔理沙、キャモォン!

「騒がしいわね……レミィ、一体何事?」
「パチェ、丁度いいところに。こっちに来なさい」
「はあ?」

 来たのはパチュリーだった。
 ……へい、魔理沙、お前にはがっかりだぜ。勝手な言い分だってのはわかってる。

「これから紅魔館の当主の座を賭けた弾幕ごっこ――多対多だから、戦争ごっことでも称しましょうか? そんな感じのアレが始まるわ!」
「一方的な蹂躙は、戦争とは呼ばないと思うぞー」
「そういうこと。まあ、別に付き合うのはいいけどね。こあ」
「ええと、いいんですかね?」

 あ、僕の抗議は無視して、パチュリーはあっさり納得した。従えてきた小悪魔さんも、疑問系になりながらもそれに従う。

 圧倒的な戦力差。しかしフランドールはむしろ『面白くなってきやがったぜ』ってな感じでニィ、と笑った。

「よぉ〜し、良也、行こ!」
「ま、待てフランドール。この戦力差はちょっとキツ……」

 アフン。腕を強引に引っ張り上げてくれましたよ、このお子様。

「咲夜の能力を無効化する盾を用意したか。中々やるじゃない、フラン」
「え? 盾!?」

 僕そういう扱い!?

「やっぱり、退屈凌ぎには弾幕ごっこが一番ね。中々珍しい趣向で、楽しめそうだわ。行くわよ、皆の衆!」
「アラホラサッサー!」
「美鈴、なにそれ?」
「いや、こういう時はこう返すのが礼儀だと聞き及びましてえ」

 どっから出てきたネタだ!?









 この後は言うまでもないだろう。
 フランドールがフォーオブアカインドで増えたり、僕が三回くらい死→復活のループをしたりするも、結局ボコボコにされた。

 ……なお、終わった後の吸血鬼姉妹は『流石お姉様ね』『ふふ、フランもなかなかだったわよ』などとお互いの健闘を讃えあい、一人憔悴しきった僕の血を、運動後のポカリの如く飲み干した。
 誰か、僕に優しくして欲しい。



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