「良也ー! と、そこの亡霊、待て! 私ゃ、立ち塞がった奴は一度はボコる主義なんだっ。待て待て逃げんな!」
「そんな主義は捨てろぉおっ!」

 ……布都さんが戦っていたので、少しのんびりとし過ぎた感がある。気がつくと、僕と屠自古さんは魔理沙に追いつかれてしまっていた。
 いや、早ええんだって。布都さんが落ちた一瞬の隙をつき、魔理沙はまだ生き残っていた霊夢を置き去りにして急加速。スペルカード・彗星『ブレイジングスター』で突貫してきやがった。そのまま魔理沙に轢き殺されなかったのは屠自古さんのお手柄だ。
 が、すぐさまそこから連発された星型の弾幕を、僕は必死で避ける。

「まったく……布都ももう少し持たせてくれればよかったのに」
「お前さん、あの尸解仙の知り合いか」

 魔理沙が弾幕の手を止めて、興味深そうに屠自古さんに視線を送る。

「ちょっとした腐れ縁でね」
「つーことは、弔い合戦だな!」

 なんで嬉しそうなんだ、魔理沙のやつ。ていうか、死んでない。布都さん死んでないから。遠目にだけど、こっちに来る霊夢の後ろをひょろひょろ追いかけているのが見えるから。

「ちゃんと弔われなかったせいでこうして亡霊になっている私が、そんなことやってあげる義理はないんだけど」
「へえ、なにか複雑な事情がありそうだな。こんな立派な霊廟があるのに、化けて出るなんて」
「ええ、まあね」
「立派と言えば、なんかお宝でもありそうだな、この霊廟」
「待て、そこの泥棒」

 なんかナチュラルに墓荒し宣言をかます魔理沙に慌ててツッコミを入れる。

「おおっと、良也。勘違いはするなよ? お宝の気配がするって言っているだけで、私はなにも死者の物を勝手に取っていこうなんて思ってないぜ」
「お前、色々と前科があるだろう」
「そんなことはない。私ほど清廉潔白な履歴を誇る人間は、幻想郷広しと言えど、生まれたての赤ん坊くらいだ」

 こいつ、いけしゃあしゃあと。
 調子良く舌の回り始めた魔理沙は、続いて屠自古さんに向き直って、

「そういうわけだから、この私にここのお宝を死ぬまで貸してくれ。どうせ死んでるんだから使わないだろ?」
「……良也? この人間、どれだけ厚かましいのかしら」
「面の皮の厚さは……人間じゃ二番目かな」

 一番は霊夢です。妖怪を含めるとこれでも精々中堅どころなんだぜ、信じらんないだろ?

「それとも、私が勝てば戦利品ってことで持って行っていいのかね?」
「強盗の発想じゃねえか!?」
「これは正当な報酬ってもんだ」

 ついさっき、清廉潔白だなんて四文字熟語を使ったのと同じ口とは思えないな、こいつ。

「……ふう、仕方ない。私が抑えるから、貴方はさっさと太子様のところへ行きなさい」

 屠自古さんが肩をすくめて、そんなことを言った。

「へ? い、いいんですか?」
「一応、貴方は客だしね。侵入者の相手は私がするわよ」

 と、言う屠自古さんの周囲には、布都さんと似た矢型の弾幕――ただし、なんか帯電してる――が浮いており、

「へっ」

 ……唐突に、弾幕ごっこが開始された。

 ジグザグの軌道を描く矢の束を放つ屠自古さん。魔理沙はというと、その弾幕をなんか気合? 的なもので躱しながら、的確に反撃していた。多少の被弾などお構いなしに、反撃をしている。落ちる前に落とせば良いのだ、という実に男らしい思考がその弾幕から見て取れた。

「さっさと行きなさい!」
「は、はいー!」

 魔理沙がスペルカードを取り出す仕草を見せた瞬間、僕は屠自古さんの忠告に従い、素直に転身するのだった。



























 奥へ、奥へ、奥へ。
 なんか、さっき近くを掠めたごん太ビームは、きっと魔理沙のマスタースパークの余波だけど、気にせず奥へ。

 芳香、青娥さん、布都さん、屠自古さん……みんなを犠牲にしてここまで来たのだ。後ろは振り返っていられない。

 ……あれ? 僕はただ単純に、ここの偉い人と話をしにきただけだというのに、何故にこんな仲間を犠牲にして目的を達成する王道ストーリー的な展開を経験しているんだろう?

 き、気にしないでおこう。

 それはともかくとして、

「……へえ」

 怖い連中に追われているというのに、僕は思わず感嘆の溜息を付いてしまった。
 周囲全部、神霊が綺羅星のように集まっており、まるでプラネタリウムかなにかのように輝いている。すごく幻想的な風景。人の欲、と言う割には綺麗なもんだった。

「……ん、あれ?」

 そして、その只中に佇む一人の影。こちらには背を向けていて、顔は見えないが、女性っぽい。
 その人は、所々高級そうな装飾品を纏っており、貴人であることが見て取れる。そして、常人離れを更に超越した霊力。なにより、圧倒的な格みたいなのが総身から放たれていた。それに惹かれているのか、神霊たちが彼女に集まっている。

 あれが件の聖徳太子、豊聡耳神子さんとやらで間違い無いだろう。

 立ち姿の威厳だけで若干気圧されるが、今更そんなことで怯むような繊細な神経はしていない。気にせずに話しかけて見ることにした。

「もしもーし」
「へ、ひゃっ!?」

 うお、意外。なんか可愛らしい悲鳴を上げた。
 確かに彼女の後ろから声をかけたけど……まさか僕のことに気付いていなかったのか?

「あ、あの?」
「っと、こほん。……誰ですか、君は」

 咳払い一つ、神子さんは抑揚のある声で尋ねてきた。

「あ、どうも初めまして。土樹良也って言います。豊聡耳神子さんですよね? えーとですね、僕は――」
「おっと、みなまで言わなくても大丈夫です。先ほどは寝起きで少々油断していましたが、君の欲に聴けば何の用事か全て明らかになるでしょう」
「へ? 欲?」
「その通り。私は、生前十人の言葉を同時に理解することが出来ました。信仰心を得、復活した今では人の十の欲を聴くことができます。人の欲を聴けば、その人の全てを読み取ることが出来るというもの」

 よ、欲? って、ちょっと待て!

「ちょ、ちょっとタンマ。僕の欲望なんて、人様にお見せ出来るようなものじゃないんですけどっ!」
「恥ずかしがる必要はありません。人は誰しも十の欲望を持っているもの。……まあ、君くらいの年の男が、色欲に塗れていることは、なにも変なことではないですから」

 なんか変なフォローを入れやがった! 僕は慌てて神子さんから距離を取り、意味が無いとわかりつつも両手で視線を遮る。

「ギャー! やめて、見ないでーー!? ちょ、ほんま勘弁! 話をしましょう、そうしましょう!?」
「この方が早いのです。君の欲は……」

 んん? と神子さんが眉を顰めた。

「これは……君からは、一つの欲も聞こえて来ません。まさか、貴方は全ての欲を捨てた真の仙人……」

 と、そこまで言って、神子さんは僕のことを上から下まで観察してから、うーん、と唸って、

「ではないですよね?」
「そうですけど、今、どうしてそう納得したんですか?」
「それはいいとして」
「よくないです」

 いいとして! と強引に話を転換する神子さん。

「さて、改めて聞きます。一体何者でしょうか? ええと、良也?」
「……欲を聴けば全部わかるんでしょう?」
「質問に質問で返すとは。しばらく見ないうちに、日の本の人間も随分と礼儀知らずになりましたね」

 うわ、なかったことにするつもりだ。別にいいけどさ。

「えーと、実はですね。僕はお寺の……」
「寺? 仏教の手先ですか。私の復活を嗅ぎつけた刺客ですね? 成程成程」

 うわ、この人、人の話を聞かねー。

「ふふふ、ならば私を倒してみせよ。その時こそ、私は時を超え、仏教を打ち倒した不老不死の為政者として復活するであろう!」

 ぐわ、と攻撃的な霊力が神子さんの全身から吹き上がる。なにやら誤解でヌッ殺されそうな雰囲気に、僕は慌てて弁解を始めた。
 今回の異変では、ここに来るまでやけに痛い目に遭っていないことだし、油断するとここで強烈なしっぺ返しを喰らう。

「い――いやいやいや、倒しませんから!」
「は?」
「上のお寺の人は、貴方と争いたくないそうです! ちょ、ちょっと交渉しにきただけですよ。というか、ここに来る間に、布都さんとか屠自古さんとかともそう話して通してもらったんですけど……」

 手を上げて、私は敵意はありませんよー、とアピールする。
 神子さんは油断なく僕を観察し、ふう、と溜息を付いた。

「時代は変わった、ということですか。私と共存しようとは。これは意外です」
「まあ、ここは幻想郷ですから」

 幻想郷はあらゆるものを受け入れる。というのはスキマの言だが、確かにここじゃあちょっとした宗教上の対立などあってないようなものだ。

「というかですね、人の話も聞かずにいきなり襲い掛かろうとするのはどうかと」

 仮にもかの聖徳太子。もう少し理性的だと期待していたのに。所詮は幻想郷の人外か。

「長い間眠っていましたからね。少々寝惚けていたかもしれません」

 ……言い訳が苦しい。さっき思い切りはきはきとやり取りしていたじゃないか。

「まあいいですけど……で、神子さん。お返事は?」
「そちらが敵対しないのならば、私が攻撃する理由はありません。そも、人々の安寧のため仏教を広めたのは私ですし。まあ、あの宗教が千年以上も日の本を席巻するのはいささか予想外でしたが」

 ……ミッションコンプリィイイイイイーーーーッットッ!!

 やーやー、やっとこさ終わった。道中、危険を感じたこともあったが無事一回も死ぬことなく、交渉を終えた。
 それに、神子さんたちはみんな揃って元人間。聖さんたちと同じく、平和に里の人達とも共存できるだろう。

 めでたしめでたし。

「へえ、綺麗なものね。神霊が集まって星空みたいだわ」

 ……今、不吉な声が後ろから。

 振り向いてみると、案の定、例の紅白の巫女さんが、きょろきょろと周囲を珍しそうに眺めながら飛んできていた。

「れ、霊夢……」

 声は若干震えていたかもしれない。

「あら。良也さんはやっぱりこの異変に関わっていたのね。そっちが親玉でしょ?」

 いつもの調子の霊夢に、神子さんが答える。

「ええ、確かに。私がここの長です。……それより、君は素晴らしい人間ですね。道教の技を使い、妖怪を退治する。大いに学ぶ所がありそうです」
「私の技って道教だったかしら?」

 霊夢がハテナ顔になる。青蛾さんも言っていたが……本職の人が言うんだから、そうなんじゃない?

「ふふふ、良也と違って君はわかりやすいですね。君の欲はよく聴こえる。ここまで素直なのは珍しいくらいに。
 ほうほう……君は今から私を退治しようとしていますね。特に理由もなく。ついでに、仲間かどうかわからないけどもし仲間だったらアレだから良也もついでにヤっとこうと思っている。こちらも特に理由なく」
「ええ、そうよ。特に理由はないけれども」
「いやいやいや、理由がないなら喧嘩吹っ掛けるのやめろよ!?」

 物騒な話の流れを僕はぶった切る。そんな僕を霊夢は呆れたように見て、

「良也さん。それは逆よ。異変の時は理由があるからボコるんじゃないの。やめる理由がない限り立ち塞がるやつはみんなぶっ飛ばすのよ」
「お前は本当になんなんだ!?」

 わかっちゃいたが、勘弁して欲しいっ。

「――はっ、そうだ。霊夢、もし見逃してくれるなら、今度賽銭たくさん入れてやるぞ!」
「え?」

 対霊夢の切り札だ。少々懐に痛いが、背に腹は変えられない。

 と、いうのに、

「うーーーーん」
「れ、霊夢? な、なに悩んでんだ? 賽銭だぞ、賽銭」

 我ながら馬鹿にしたセリフだなあ、と思いながら聞いてみる。まさか霊夢が即決しないとは予想外だったのだ。

「……うーん、ごめんね、良也さん。流石に異変の解決っていう巫女の仕事には変えられないわ」
「だからそれは巫女の仕事じゃないんだってっ!」

 ぎゃー、普段は仕事をサボってばっかりなのに、無駄な責任感発揮しやがって! いや、悩む時点でこいつの責任感とやらも知れたものだけど!

「話は済んだかしら? なら、私を倒してみせなさい。そして私は生ける伝説となるっ」
「はっ、いい度胸ね!」

 やる気満々の神子さんに対し、霊夢はお札を何十枚も取り出して迎え撃つ。
 ……当然、その攻撃範囲には僕も含まれているわけで、

「……キャー」

 僕はもう覚悟を決めた。

























「ぐ、ぐぐぐぐ……」

 い、痛い痛い痛い。全身がまんべんなく痛い。
 なんとか立ち上がって見上げると、霊夢と神子さんは相変わらず戦っていた。

 ……先ほど。開幕の霊夢のスペルカード発動に巻き込まれ、開始三秒で僕が落ちて、
 体感だが、十分そこそこが経っている。

 一応友人である僕に遠慮したのか、それともさっきの賽銭発言が功を奏したのか(多分後者だ)、僕は落とされたものの、気絶で済む程度に手加減されていた。
 気を失いかけながら墜落する中、地面にぶつかる直前になんとか減速が成功したのだ。おかげで痛みはあるが、死んではいない。

 これは別に運が良かったわけではない。普通に考えれば有り得ないのだが、霊夢はこういうことを狙って出来る奴なのだ。

「しかし……相変わらずスゲエなあ」

 上空で繰り広げられているのは、僕では百人集まったってできない大弾幕ごっこだ。
 霊夢が異変の元凶とやりあうときは、いつもこんな神々の争いかと見間違うような戦いを展開する。

 憧れるわけではないが、素直に凄いとは思う。

「……神子さんも頑張ってるけど、無理だろうな」

 霊夢が神子さんの放った大技をのらりくらりと躱しブレイクする。
 こういう時の霊夢は無敵だ。このままあいつの勝ちで終わるだろう。

 見届けたいような気もするが、流れ弾が来ないうちに退散しようかな、と僕が思っていると、

「え?」

 神子さんの元へ、二人の人影がやって来て傍に控えるのが見えた。

「布都、屠自古!」
「太子様、ご復活おめでとうございますっ」
「あの愚か者をとっちめてやりましょう!」
「そうですね……見せてあげましょう、『豪族乱舞』を!」

 えええええーーーーーーーー!?! なんか格好良いこと言いながら三人がかりで倒しに行った―ーー!?
 いや、プリズムリバーの姉妹とかとやるときは、三対一で返り討ちにする霊夢だが、あのレベル三人は流石にきついだろ!?

 案の定、怒涛のような攻撃に反撃できない霊夢。
 すわ、異変初の博麗の巫女敗北か、と僕がわくわくというかどきどきというかそわそわというか、そんな擬音でしか表現できない感情を抱いていると、

「霊夢ーーー! 私を落としていきやがって! これでもくらええーーー!!」
「わっ!? 危ないわね、魔理沙。後ろからは反則でしょ」
「幻想郷の信仰心のため、ここで華麗に東風谷早苗参上です!」
「ええとええと……ああもう、全員斬るーーー!」

 ぎゃーーー! 一度落ちた連中が復活してきやがったぁぁぁーーっ!?

「ゾーーーンーーービーーー! は永久に不滅ですっ――って、わあああああ!」

 そして芳香……は乱入した途端、ぶっ飛ばされた! あ、青蛾さんが回収してる。そんでもって直して再度突撃させた!? 鬼か!

 そして始まる、人間三人半と幽霊半人と亡霊一人と仙人二人、ついでに突っ込んでは吹っ飛ばされるキョンシー一人の大乱闘。

「……帰ろう」

 ここはもう、人間のいていい場所じゃない。
 神々の争いだとかなんとか例えたが、これはむしろ最終戦争だ。

 僕は、決して後ろを振り返らずに、空間ごと圧殺されそうな死地から命からがら逃げるのだった。









 ちなみに、帰り道。
 異変で活性化した妖精たちの物量に抗しきれず、僕は二回程死んだ。
 ……来るときは強い人が護衛にいたから気付かなかったが、あの数は無理だわ。



 さらに後日聞いた話。
 あのバトルロイヤルは、夢想天生を発動させた霊夢が全員をボコボコにして終わったらしい。
 ……博麗の巫女の武勇伝に、また一つ新たなページが付け加えられたとかなんとか。



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