「随分と時間がかかっちまったけど、いよいよだね」
「はあ」

 守矢神社。
 母屋の居間で、神奈子さんが感慨深そうに『それ』を手に取る。

「いよいよだね……」
「ドキドキします」

 諏訪子と東風谷も、『それ』を凝視している。正直、普段外の世界で暮らしている僕にはさっぱりその気持ちはわからないのだが、一応協力者としてこの場にいる。
 ……ねえ、このお祝いの麦酒、一足先に呑んでもいいですか?

「じゃあ、行くよ」
「はい」
「行っちゃえ、神奈子」

 摘んだ『それ』を、神奈子さんは壁に向ける。二又に分かれた切っ先を突き込むべく、神奈子さんは構え、

「挿入」

 ぷすり、と『それ』……テレビのプラグを、コンセントに差した。

「……諏訪子、電源を」
「了解」

 諏訪子が軍人っぽく敬礼し、テレビ本体の電源ボタンを押す。
 緊張の一瞬が過ぎ去って……ぷつり、と懐かしきブラウン管テレビが点いた。

「いよっしゃ! 点いた!」
「やった、やった!」
「久し振りです」

 三者三様、喜びまくっている。
 しかし、つい昨日、借りてきたアニメ全話のDVDを一気に観てきた僕には、テレビが点くことについてはなーも思わない。

 電波は届いていないので、何の番組も映らないし。

「どうした、よろこべ良也! これで幻想郷にも電気の光が届いたんだぞ」
「……いや、守矢神社だけの極めてローカルな光じゃないですか」

 ――そう。かの間欠泉地下センターでの研究がついに実を結び、こうして電気が守矢神社に供給されることと相成ったのである。

 ここんちの庭にはガラクタを固めたようなドでかい変電設備が鎮座し、間欠泉地下センターから伸びている太い電線がドッキングしている。

 ちなみに、まだまだ不安定で、一度使うごとにメンテナンスをしないとすぐ故障するらしい。
 精々週に一度、二〜三時間ほどしか電気の恩恵には預かれないそうな。元々、配電設備の入っているこの守矢神社の母屋でしか使えないし。

「ふふふ……これはまだ第一歩さ。普及させるのは、この家をモデルケースとしてデータを蓄積してからだ。いやはや、無駄とは思いつつ、テレビとビデオデッキ、持ち込んでて良かったな」
「ねーねー、神奈子。取り溜めしてたビデオ見よう! いやー、久し振りだな。なに見よっかなー」
「時間もないし、吟味するんだよ」
「な、なら是非真ゲッ○ーを……」

 なんでさらっとOVAが出てくるんだ……。東風谷、もしかしてとは思っていたけど、結構オタ?

「しかし、いまどきVHSか」
「む、いいじゃないさ。DVDデッキもあったけど、あっちは売れたから売ったんだよ」
「そして、酒に変えた、と」

 わ、悪い!? と諏訪子ががー、と怒る。
 いや、悪くはないけどな。

「ささ、祝杯だ、祝杯! 後で、庭の装置見てる河童にも差し入れてやろう」

 今、にとりを初めとする河童数人が、外の変電設備をモニタしている。なにか異常が起こったらすぐ対処出来るようにだ。

「んじゃ、早苗オススメのビデオ見ようか」
「うしっ、ビデオ入れろ早苗!」

 了解です、とワクワクしながらデッキにビデオを挿入し、再生ボタンを押す東風谷。

 ……始まった。

「おお〜。いや、いいね、やっぱりこれが文明人の生活ってやつだよ」
「神奈子、神奈子。乾杯乾杯」
「おっ、そうだった。それじゃ、かんぱーい!」

 神奈子さんの言葉に、僕は微妙にやる気なく乾杯する。ちなみに、東風谷はテレビに釘付けで、腕だけで乾杯していた。
 ……そういえば、東風谷も成長したなあ。普通に麦酒グビグビ呑んでる。

 朱に交われば、か。

「先生? なにか失礼なことを考えていません?」
「……滅相もない」

 本当、赤くなっていますね! 嫌になるほどにっ。

「っし、良也、柿ピー出してくれ」
「はいはい……」

 僕は持ってきた柿ピーの袋を開ける。
 今日という日を迎えるには、つまみも酒も外のものがいいだろうと、麦酒はモ○ツだし、つまみも色々と外のもので揃えている。

 ……そうして、恐らく幻想郷初の、アニメ鑑賞会が始まった。





























 ……うむ、真○ッターは名作だ。

 しかし、途中で時間切れになって、ブツ切れになった。丁度○ルツの缶も全てなくなったし、丁度いいといえばいいんだが、帰って続き借りてこようかな。

「そろそろ限界だね。中の回路がショートしちゃった」
「あー、そっか。まあいいよ、少しずつ改良してくれ。あ、裏に酒の樽置いてあるから持って帰って河童連中と呑んでくれ。私からのお祝いだ」
「了解ー。ありがとうね、神様」
「なに、これからも世話になるんだ。よろしくな」

 と、神奈子さんと、今日の作業チームのリーダーであるにとりが話をしている。

「先生。どうぞ、お水です」
「あ、もらうよ」

 酔い覚ましに、と東風谷がグラスに水を入れてきてくれた。

 しかし、今日の東風谷は麦酒を四缶ほど開けたのにワイルドになってないな。酒にかなり慣れてきているようだ。
 ……ま、一旦限界を超えたらビースト化するのは変わっていないけどね。この前の『宴会だよ! 全員集合』でも……いや、あの時のことは思い出さない方がいいだろう、色々と。

「……ふぅ」
「ん? 東風谷、呑みすぎた?」
「あ、いえ、そういうわけでは」

 あからさまな溜息が気になって聞いてみたら、東風谷は手を振って否定した。

 ……ふむん? 別に何気なく聞いただけなんだけど、なんか東風谷の慌てている様子が気になった。

「いやー、しかし、久々にテレビ見て、面白かったっ。やっぱ現代の生活もいいやねー。あ、早苗、水もらうよー」
「あ、はい」

 ニコニコ顔の諏訪子が水を一気飲みして、ぷはぁ、と外見に似合わない親父臭い上に酒臭い息を吐く。

「ははは、まあ、頑張った甲斐はあったかな」

 にとりとのやりとりを終えた神奈子さんが帰ってきた。

「神奈子、今度はゲームしよう、スーフ○ミ! 確か蔵で埃かぶってるはず」
「お、いいな」
「……あんたら、本当に俗っぽい神だな!」

 ツッコミを入れると、なにを言っているんだお前は、という顔をされた。

「神でも、平成の世に生きていたんだ。楽しみの一つや二つ、罰は当たらんだろ」
「諏訪子も言ってましたけどね……神奈子さんはもっとストイックかと」
「永く生きていると生に飽いてくるから、楽しみを見つけるのは大切なんだよ。お前さんも、あと三百年くらいしたらわかるさ」

 わかりたくないけど……多分、わかってしまうんだろうなあ。そのうち。

「はあ」
「って、早苗? どうしたの。続きが気になる?」
「べ、別にそんなことは……。いえ、まあ、そんなところです」

 諏訪子が聞くと、またもや溜息をついていた東風谷は歯切れ悪く回答した。
 ……うーん、なんか様子が変だ。酔っているから……っていうわけでもなさそうだけど。

「ホームシックかい? 外への」
「え?」

 神奈子さんが、いやに真剣な顔になって聞いた。

「いや、もしかしたら、私たちの我侭に付き合わせちゃったのかなってさ。ずっと、気にはなっていたんだ。早苗は私たちと違って、信仰がなくても死活問題ではないのだし」
「な、なにを今更仰っているんですか。私も納得済みで付いてきて、こちらでも色々と新鮮な体験をさせてもらっています。後悔なんてしていませんよ」
「まあ、それは嘘っぽくはないな。でも、懐かしくないってわけでもないだろう」

 わぁお、いきなり真面目な話になりましたよ。なんかこう、頬のあたりがむずむずする。シリアスな空気は苦手だ。自分に関係ないと特に。

「……少しは」

 東風谷は居心地悪そうに、小さく答える。……って、そっかー。そりゃまあ、花の女子高生がこんな未開の魑魅魍魎渦巻く田舎に来たらそうだろうねえ。今じゃもう立派な一員だけど。今じゃもう立派な一員だけど。ここ、大事なとこ。

「やっぱりな。その辺は、良也に感謝すべきなんだろうな。外の友達との縁も、すぐには切れなかったんだから」
「へ? 僕ですか」
「あんただよ」

 まあ、手紙はゆるゆる続いていたけどねえ。流石にもう東風谷の学校の友達も卒業しているから途切れてるけど……って、あれ? 東風谷今何歳?

 ……気にしない方がいいか、うん。

「まあ、少し待ってろ早苗。後五年もすれば、外の世界と変わらない利便性を実現してやるから。私にできることはそれくらいだ」
「……神奈子様」

 じーん、あ、ちょっと感動した。

「神奈子さん……頑張ってください」

 エールを送る。うん、実にいいお話だ。応援くらいなら僕も頑張りますよ。

「ん? なに言っているんだい」
「へ?」
「お前さんにも協力してもらうに決まっているじゃないか。ちなみに、早苗はロボモノのアニメや特撮が好きだよ。あとゲームもけっこう」

 ……へ? いや、協力はいいけど……

「あの、神奈子さん? その情報を僕に聞かせてどうしろと?」
「そりゃ、新作を持ってきてくれ、と」

 ……オーケー、落ち着こうか。
 とか深呼吸をしていると、諏訪子がキラキラして迫ってきた。

「ほら、私が前言ってた土樹レンタル店。開業しなよ。YOU、しちゃいなよ! ていうか、して!」
「が、学生にそんな金はねえ!」

 協力できることと出来ないことがあるのです!

「なんだよ、男は甲斐性ないといけないな。ほれ、金運を授けてやるから。つーか良也、もうすぐ就職だろ」
「そうだけど、そうだけどー! 社会人一年目の給料なんてたかが知れてますって」

 無茶を言う神奈子さんにぶんぶんと首を振る。

「むう、仕方ないなあ」

 諏訪子はしぶしぶ、と言った風情で一旦顔を隠し、次の瞬間に媚び媚びの表情で、

「うふん」
「……その珍妙なポーズを見せて、僕にどんな反応を期待しているんだ」
「なっ! い、色仕掛けが通じない!?」

 控えめに言って、蛙が盆踊りを踊っているようにしか見えなかった。

「せめて外見年齢プラス五歳して、そして僕に自分だと悟られないよう猫を十匹くらい被ってから出直してこい」
「なっ、酷い恥ずかしめを受けたよ! ……ロリの癖に。これは賠償金を請求しないと」
「ちょっと待てお前今なんつった!?」

 ぎゃーすかぎゃーすかと。

 それでも、東風谷は笑っていたので、多分これでいいんだろう。










 ……ちなみに、流石にレンタル云々は冗談だったらしい。少なくとも、僕に金を出させる気はないとか。
 なんとか外での金策が出来るよう、神奈子さんと諏訪子が二人で考えるそうだ。

 またぞろ、異変でも起こさないだろうな。起こしても、僕は責任はとらないぞ。



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