「土樹さん、こんにちは」
「はい、こんにちは射命丸。そしてお帰りはあちらだ」

 境内の掃除をしていたら、いきなりすごい勢いでやって来た射命丸に、雲ひとつない抜けるような青空を指差してやる。
 ほら、とっととあの空に帰れ。幻想郷のパパラッチめ。

「んもう、つれないですねえ。私と土樹さんの仲ですのに」
「……僕とお前って、どういう関係だっけ」
「忘れたんですか? 取材対象と、記者ですよ」

 そりゃまた、淡白な関係だこと。

「またネタがなくなったのか? 言っちゃ悪いが、こう頻繁に僕にネタが無いか尋ねに来る時点で、射命丸は記者として色々欠けていると思うぞ」

 射命丸は、月に一度くらいの割合で、僕になにか面白いことがなかったか聞きに来る。知り合いが軒並み幻想郷の実力者で、連中の面白い事件をけっこうストックしている僕は、よく頼りにされるのだった。

「色々な情報源や人脈を持っているのも、記者の必須条件だと思いませんか?」
「そうだけどさ……」

 拒否権はないのか? ないんだろうなあ……あったとしても、聞く耳持つはずないしなあ。

「はあ……じゃあいいよ。実はこの前、永遠亭でだな」

 えらい色の団子を出されたことを話そうとする。それはそれはカラフルな食欲をなくす団子で、なんと一個一個全て色違いという徹底ぶりだった。なんでも、毎月ただの団子を作るのに飽きたとかなんとか。
 でも、特に食欲をなくす色のものばかり客に振る舞うのはやめて欲しい。

「ああ、いえ、今日はそういう要件ではないのです」
「ん? そうなの? じゃあ霊夢に取材か」
「取材というか……まあ、これを見て下さい」

 と、原稿用紙らしき紙の束を押し付けられる。
 なかには、びっしりと個性的な字で記事の原案らしきものが……

 苦労して字を追っていくと、様々な異変の顛末をまとめたものだとわかる。……『紅霧異変』や『春雪異変』という、僕が幻想郷に来る前の異変から、最近の宝船の異変まで。実際に参加してたりしない癖に、詳しく書いてあった。

「文々。新聞名物の異変記事じゃないか」
「ええ、私の新聞の一番人気のシリーズです。巫女が解決した異変の顛末を纏めた記事。加筆修正したヴァージョンです」
「加筆修正?」

 ええ、と射命丸は頷いた。

「実は、この前『あんけーと』なるものを取りまして」
「は? またなんで?」
「外の世界の新聞を参考に流し読みしてたら、アンケート結果がどうこうとあったので。試しに」

 ……また、思いつきで行動する奴である。たまに『やってみたいから』で号外を流しているしな……。そういえば、前は新聞の四コマ漫画に挑戦しようとして、阿求ちゃんに協力を求めていたっけ。結局、準備段階で面倒くさくなって立ち消えになったらしいが。

「そこで、読者の方々が一番読みたい記事は、と尋ねたところ……異変の総集編なるものがトップだったんですよ」
「……はあ。話はわかったが、それでなんで僕に?」
「異変の首謀者の座談会なんてどうかなあ、と思いまして。仲介出来る人と言うと、巫女か貴方くらいしか……」

 い、異変の首謀者? で、座談会?

 想像してみる。吸血鬼だとか亡霊の姫だとか月の姫とか神とか鴉とか南無三とかが一同に介している場面。

「いや、絶対血ぃ見るからやめといた方が……」
「ですよねえ。企画した段階で、それは思いました」

 コイツ……

「で? 要するになんなんだよ」
「んもう、そう焦らないで下さい。簡単ですよ。座談会は無理としても、異変の首謀者に取材するくらいはいいでしょう? 一部、非協力的な方との仲介をお願いしたいんです」
「非協力的な……」

 レミリアとか輝夜あたりか?

「いやはや、皆さん、私が前に盗さ……もとい、写真を撮らせてもらってから態度が頑なになってですねえ」
「今なに言いかけた!?」
「はい? 土樹さんも見ますか、私の撮った写真」

 はい、と渡された写真。いやいやながらも流し見してみると……明らかに、どの写真も弾幕なんか放っていて、どう考えても無理矢理撮影したとしか思えないアングル。
 しかも……

「……なあ、射命丸」
「なんでしょう?」
「どれもこれも、スカートが際どいところまで翻っているように見えるんだが」

 鈴仙のなんか、ヤバイこれ。見えてる? 見えてない?
 いかん、普段から弾幕ごっこを見る機会は多いが、こう静止画でじっくり見るとやっぱり違う。

「ははは、土樹さんは助平ですねえ」
「む」

 なんか、射命丸が嫌な笑い方をした。

「どうです? その写真一式で、協力していただけませんか?」
「やろうか」

 写真を懐に収めながら、男らしく即答する僕であった。




























 射命丸の今まで書いた異変の記事は、基本的に巫女や人間から見た視点……要するに、どういうことが起こって、巫女がいついつ動いた、そんな記事である。
 それが、今回は妖怪からの視点に言及するつもりらしい。何故あんな異変を起こしたのか。どうやって起こしたのか。

 その辺を深く掘り下げてお届けするらしい。
 でもなあ、異変を起こした理由つってもなあ……。

 まず、レミリア、

『え? なんで霧で幻想郷を覆ったか、だって? そんなの、強い日光が嫌いだからよ』

 次、幽々子、

『春を集めた理由? ああ、ちょっとうちの庭にある桜を咲かせてみたくて』

 次、萃香、

『ん? 宴会はたくさんあるほうがいいじゃん』

 次、輝夜、

『夜を止めたのは、ごく個人的なことなので答えるのは拒否するわ』

 思えば、こいつが一番まともだったと、本当の事情を知っている僕は思う。あと、花がたくさん咲いた異変は、首謀者みたいなのはいないのでとりあえず置き。

 さて、次は神奈子さん、

『ん〜? 博麗神社にどうして喧嘩を吹っかけたかって? 信仰を横取りしようと思ってね』

 次、天子、

『退屈だったから』

 ……次だ、次。本当の主犯はお空なのだが、うまく話ができる自信がないので、さとりさんに仲介してもらった。

『大きな力を手に入れたから、地上を支配しようとしたそうよ。……鴉風情が、って思っているわね、天狗さん』

 にこやかにかわした射命丸に呆れつつ、次に向かったのは星さんのところ。

『そりゃ、聖を復活させるために……っていうか、変な飛行物体に見せたのはうちのぬえで……』

 以上。ダイジェストでお送りした。
 うわぁ、輝夜と星さん以外、碌でも無い理由である。わかっていたことだが。

「ふむふむ……」
「……あれ、参考になるか?」
「まあ、そこは記者の腕の見せ所です。面白い記事に仕上げますよ。妖怪の動機なんて、あんなものですし」
「そんなもんか」
「はい。まあ、もうちょっとドラマティックな展開があれば、記事としてはオイシイですけど」

 だよねえ。大抵の連中が暇つぶしみたいなものだ。特に吸血鬼とか天人が酷い。

「まあ、面白い異変を起こしたいなら、自分でやりゃいいんじゃないの」

 それは、ほんの軽口だった。別段、意識して発言したわけじゃない。

「むむっ!?」

 しかし、妙に射命丸は食いついた。

「は……?」
「なるほど……流石外の人間は目の付けどころが違いますね。自分で異変を起こせば、最新の記事もお届けできる。なんという発想の転換」
「ちょっと待て!?」

 なにやら、ただの軽口がとんでもない方向に事態を持って行きそうな予感!

「ふむぅ、私一人ではキツいですね。ここは、他の天狗仲間も誘うべきか……? しかし、報道部は駄目ですね。どうせなら、独占記事と行きたいところです」
「なんというマッチポンプ……」

 いや、自作自演か?

「やめとけって。どうせ霊夢にボコられて終了だ」
「それはそれで一興。別に目的があって異変を起こすわけじゃありませんから。むしろ、異変を起こすことが目的ですので」
「……そうは言っても、幻想郷中に影響のある異変なんて」
「大丈夫です。これでも私、長生きしてますので。異変のネタの一つや二つ、捻り出せます」

 うわ……なんか、着々と射命丸の頭の中で計画が出来つつある様子。
 ヤバイ。何がヤバいって、僕がそそのかしたってことが知れたら、霊夢になにを言われるかわかったものではない。『余計な仕事を増やすなっ!』と怒られるのは火を見るより明らかだ。

「ふむ……あれと、あれに声をかけて」
「あの、射命丸?」
「なんですか? 今は、巫女の障害用の妖怪を検討している最中ですが」

 格ゲーかなにかかよ!? いや……むしろ、弾幕の感じからして、シューティングが近いか。

「ああ、そうだ。発案者の土樹さんには是非、異変の首謀者として巫女の最終決戦の相手を務めていただきたいですねえ」
「出来るか!」
「そんなそんな。土樹さんも一度くらいは思ったことあるでしょう? ああ、悪の大ボスをやってみたいなあ、って」

 ……ないとは言わないが、しかし僕は正義の味方派だ。ついでに、その手のごっこ遊びはとうの昔に卒業している。
 そう、今の僕は、穏やかで、何事も事件のない平穏な日常を渇望している。幻想郷では望み薄だけどなっ。

「というわけで、興味がない。悪の大ボスはお前がやってくれ。……もちろん、僕の名前は出さずに」
「そんなあ。ほらほら、お供の妖怪と異変のネタは私が都合しますから。どーん、とやってみません?」
「やってみません」
「ちぇ」

 射命丸は、つまらなさそうにペンを走らせていたメモ帳をちぎった。どうも、自分が首謀者をやるのは考えていないらしい。

「でも、土樹さん? 興味がまったくないわけじゃないですよね。私にやらせようとするくらいですから」
「いや、別にやらせようとしたわけじゃないんだが……でも、そうだな」

 そりゃ、異変時は妖精が暴れてついでに妖怪も出てきて、殺されたりなんかして散々な目にあっている。
 でも、あのお祭り騒ぎ的な雰囲気は嫌いじゃない。なんだかんだで霊夢に付いていっているのも、それが理由の何割かを占めている。

「……まあ、少しは、興味はなくはない」

 なので、ぼそっと、ほんの小さく、同意の声を上げた。




 ―ーその時、射命丸の小さなガッツポーズに気がつかなかったのは、我ながら致命的だった、としか言いようがない。















 翌週発刊された文々。新聞にて、

『……などというのが、異変の起こした者達の動機である。
 さて、ここで私、射命丸文は独自の情報源により、次回の異変の情報をキャッチした。その首謀者とは、何を隠そう人里のお菓子売りとして有名な土樹良也さんである。彼は、私をそそのかし、間接的に異変の幇助をさせようとした。その計略には、脱帽するばかりである。
 彼は言った。『異変に興味があってね』
 土樹さんがどのような異変を起こすのか、我々としても今後の彼の動向に注目していきたい』










 ……普段は文々。新聞など読まない霊夢が、たまたまその記事を見つけて、僕は『予防』されたのだった。



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