「あら、良也さん? お久しぶり」
「霊夢、こんにちは。・・・・・・久しぶり、ってほどじゃないと思うけどな」

 ちょいと外の世界での用事があったりしたので、幻想郷に来るのは二週間ぶりだ。しかし、普段は向こうで過ごしている僕であるから、このくらい来ないことは割とある。

「お菓子、また持ってきたの? 私には何かあるかしら」
「一応、あるけど。あまり食べ過ぎるなよ? 太るぞ」
「美味しいものを食べて太るなら別に構わないわよ。大体、私どれだけ食べても太らないし」

 徳用煎餅を渡しつつ、僕は苦笑する。
 世の女性に喧嘩を売っているような言葉だが、確かに霊夢は成人男性の僕並みに食べるくせに、出会ったときからスリムな体型をしている。むしろ痩せ過ぎと言ってもいい。特にむn

「なによ?」
「……なんでもない」

 ジロリ、と睨まれて、僕はすごすごと引き下がった。くわばらくわばら。これだから巫女は苦手なんだ。

「里に行くの? なら、ついでにお使いを頼まれてくれないかしら」
「いや、今日は先に守矢神社に行く。ちょっと神奈子さんに、買ってきてくれって頼まれたものがあってな」

 その名もカントリーマ○ム。このちょっと素朴なお菓子が唐突に食べたくなったらしく、この前来た時参加した宴会で神奈子さんに頼まれた。
 結構間が開いてしまったが、そこは二つ買ってきたことで勘弁してもらおう。

「その後で里にも寄るから。なんだ、買ってきてほしいものって」
「お味噌が切れたのよ。お願いできるかしら」

 お安い御用だ、と承る。

「いつものでいいんだよな?」
「ええ、よろしく」

 霊夢は重い買い物は極力僕が来た時に買いに行かせるので、どこの店の調味料を使っているのかとか把握してしまっている。そんな自分が間違っている、とはそろそろ思わなくなってしまっているのが怖い。
 しかも一回に買う量が多いんだよな……。霊夢は一人暮らし+たまに来る僕って感じで、普段の消費量は少ないけど、良くここで宴会するから。

「ああ、そうそう。良也さん。最近、少し妖精が騒がしいから、用心したほうがいいかもしれないわよ」
「妖精? なんだ、異変か?」
「う〜ん、どうだろ。異変っていうほどじゃないと思うけど……なにか、いつもと違うことが起こっているのかもしれないわね」

 僕からすれば、この幻想郷はいつもなにかしか変なことが起こっているものだが……その辺のプロである霊夢が言うのなら、間違いじゃないんだろう。
 仕方がない。妖精がちょっと暴れているくらいならなんとかなるが……いつもより多めにスペルカードを持っていくか。ストックがないから作らないと。って、それも手間だなあ。

「あ、そうだ! こんなときのために、あれがあるんじゃないか」
「あれ?」

 ぽん、と手を叩いて、いつの間にか僕の寝室になってしまった母屋の一室に向かう。
 本当に寝るためだけの小ぢんまりした部屋だけど、壁に鞘に収められた剣が立てかけてある。

「これこれ」

 昔の日本の剣っぽい直剣。今まで使う機会がなかった、森近さん作の草薙の剣レプリカだ。
 ふっふっふ……いくら試しても、別になんか力が出るわけでもない剣だけど、伝説の金属ヒヒイロカネを使っているだけあって、頑丈さだけは折り紙つき。なにせ、霊夢の夢想封印をまともに食らっても刃毀れ一つしなかったのだ。

 ――それを持っていた僕は吹っ飛ばされたけどなっ!

 ……と、とにかく。そんな、訓練ではあまり役に立たなかった草薙の剣だが、妖精の弾を払う程度のことなら出来るはずだ。避けるしかない弾を、一つ二つでも斬り払えれば、ぐんと楽になる。はず。だと、思っているんだけど、下手にいつもと違うことをしたら簡単に落とされそうな……

「ええい。男は度胸! 持って行くっ!」
「なにかと思えば……その剣を持っていくの?」

 不審に思ったのか、追いかけてきた霊夢が呆れたように言う。
 ふん、いーもんねー。剣は男の子のロマンなんだから、実用性など二の次だ。もしうまく使えれば御の字だし。

「いいだろ。別に」
「まあ、良也さんの趣味は落とされることらしいから、別に構わないけど」
「そんなんを趣味にした覚えはない!」
「違うの?」

 キョトン、と霊夢が本気で意外そうな顔をする。……一体、いかなる誤解を持ってすればそんな結論に至るのか、是非教授してもらいたいなあ、アアン?

「毎回毎回、簡単な弾幕を避けようともしないから、てっきり。そういうのが好きな人もいるらしいし」
「……お前と僕では、難易度の設定に著しい乖離があるからな」

 天才少女からすれば、僕が落ちる程度の弾幕は『簡単』で済まされますか、そうですか。
 畜生、いつか見返してやるからな。死ぬ前に、一回くらいは……って、僕は死なないけど。
























 いつもの道を、空を飛んで向かう。
 妖怪の山は険しく、守矢神社までも踏み固められた道しかない(近々舗装する予定があるらしい)ので、徒歩だと大変だが……空を飛べる僕には関係がない。

 まあ、空を飛べたら飛べたで、妖精に目を付けられやすかったりするので、一長一短ではあるのだが。

「……確かに、いつもより騒がしいかな?」

 異変の時以外は、ちょっかいをかけてくる妖精なんていないことのほうが多いのだが、ここまでで二十匹ほどに弾幕をお見舞いされた。
 まあ、異変が起こったら数千からの妖精が、その幻想郷最多の数を生かして襲い掛かってくるので、全然大したことのない状況なのだが。無論、流石に僕とて、このくらいで落ちるほど軟弱じゃない。うん。

 結局、草薙の剣は使わなかったな。

「到着――っと」

 山を削って、平らにした境内に着地する。……つくづく思うが、どうやって外の世界からこれだけの神社を持ってきたんだろう? 山を弄ったのは多分諏訪子だろうけど。

「ん? おー、良也。久しぶりじゃないか」
「あ。神奈子さん」

 かけられた声に振り向いてみると、境内でぼけーっとしていた神奈子さんが手を振っていた。

「どうしたい? 早苗なら、今は留守だよ」
「あ、そうなんですか。いや、別に東風谷に用事があるわけじゃないんですが。これ、前頼まれたやつ」

 背中のリュックを漁って、神奈子さんから注文されたカント○ーマァムを渡す。『おおっ!』と、神奈子さんはちょっと驚いて、それを受け取った。

「本当に持ってきてくれたのか。てっきり宴席での冗談かと思った」
「まあ、これくらいなら。あまり高価なものを頼まれても困りますけどね」

 守矢神社には、散々世話になっているのだ。よく特製のお守りを作ってもらったりしているし。
 無論、効果は激高。神としての位も高いらしい神奈子さんが、手ずから神通力を込めてくれるのだ。例えば、病気平癒守なんか、下手な回復魔法より効く。

「礼しないとなあ。……よしっ、うちの早苗をやろう!」
「いやいやいやいや。お菓子と引き換えにって、流石に東風谷も泣きません? 相手が僕だし。大体、こっちに来て随分経つんだから、恋人の一人くらいいるんじゃ……」
「いや、いないね」
「……そうですね。僕も言いながら思いました」

 ちなみに、人里では若い衆を中心に人気のある東風谷だが、その強大すぎる力と外の世界出身=『なんかハイカラっぽい』ってことで、微妙に高嶺の花扱いされている。
 それでも、吸血鬼の下僕だったり、半人半霊だったり、白黒だったり、紅白だったりする連中よりは親しみやすいらしいのだが……とりあえず、全部と知り合いである僕としては、意外と人外ってことで敬遠されている半人半霊が狙い目だぞ、と。

「まったく。あの子は若い娘の癖に、その手の話はからっきしだからなあ。でも、案外、相手がお前さんってのはいいかもよ。懐いているみたいだし」
「どうでしょうねえ」

 これは、親同然の神奈子さんの戯言だってことくらいはわかっている。特に本気にもせず、適当に受け答えしておいた。
 ……昔ならばともかく、今の東風谷ってのは、ちょ〜〜〜〜っと躊躇するしね。あくまでちょっとだけ。うん、可愛いのは間違いないし。

「その東風谷は、また人里へ信仰集めですか?」
「んにゃ。さっきまで掃除していたんだけど、『あ、あれは巨大ロボの影!?』つって、どっか行った。ちと心配だけど、まあ夕飯までには帰ってくるだろうさ」
「……ロボ?」

 そんな男の浪漫に、東風谷が反応するのか? いや、ロボがいたってところには突っ込まない。ここに古代文明の巨大ロボが眠っていても、僕は全然驚かないし。

「ああ、昔から好きでねえ、あの子。子供のころは『銀河旋風○ライガー』のテーマが大好きだった」
「古っ!?」

 確かに名曲だけどさ!

「まあ、私はブロッケンの妖怪なんじゃないかって言ったんだけどさ。ロボだって考えた方が面白いってさ」
「……東風谷も立派に幻想郷の住人ですね」

 その、とにかく物事を楽しく捉えようとするところなんか特に。
 しかしブロッケンねえ……いや、確か聖さんとこの妖怪に、自由自在に体の大きさを変えられる入道がいたが、もしや彼が……って、ないよな。そんな世間を騒がせるようなことをするとは思えん。

「まあ、正体がなんであれ、心配だよ。もし、前の異変のときみたいに怪我をして帰ってきたりしたら……」
「いや、たんこぶと擦り傷程度でしたけど」

 意外に過保護だな、神奈子さん。
 ちなみに、前の異変において東風谷は、それはもう言動といい弾幕といい、見事な暴れっぷりでしたよ。心配する必要などまったくありません。

 そりゃ、神奈子さんと諏訪子が力を貸していたらしいけど、それ抜きでももう……

「それに、早苗がいないと暇だ。最近は諏訪子もなんか留守にすることが多いし」
「……そこらへんでケロケロ言ってるんじゃないですか?」

 やれやれ。暇だって所に落ち着くのね。
 まあ、存分に暇をつぶしてほしい。僕はこれから里にお菓子を捌きに言って、そんでもって味噌を買ってこないと……

「そうそう。このお菓子の礼だったね」
「いや、もういいですから。貸し一ってことで」

 そういえば、最初はそんな話だった。盛大に脱線したな。

「そう言うなって。……ん? 良也、お前、ちょっとそれ貸してみな」
「それって……これですか?」

 腰に差してある草薙の剣を見て、神奈子さんが、ちょっと驚きながら言う。……もしかして、この剣のこと知ってる?
 別に隠しているわけでもないので、素直に渡したら、神奈子さんは目を大きく見開いた。

「こりゃ……叢雲じゃないか。中央にいたとき、見たことがある」
「あ、やっぱ知っているんですね。……その、模造品ですよ。本物は香霖堂にあります。ちなみに、某魔法使いには内緒でお願いしますよ、いやマジで」

 霧雨の剣だと思い込んでいる魔理沙が知ったら、どう反応するのか想像するだけで恐ろしい。所詮レプリカな僕はともかくとして、森近さんのところは店ごと強奪されそうだ。

「幻想郷にあったなんてね……。失われたとは聞いたけど」
「なんであるんでしょうねえ?」

 いや、本当に謎だ。確かに幻想郷は外の世界で幻想になったものを引っ張り込むが、草薙の剣、天叢雲剣と言えば、未だゲームや小説なんかで現役バリバリだというのに。

「しかし、良也もやるね。弱い弱いと思っていたら、こんなものを持っていたなんて。レプリカとはいえ、結構な力を持っているよ、この剣」
「……あ、そうなんですか。全然使えないから、てっきり頑丈なだけの剣かと」
「そりゃ皇族の血でも引いてないと、人間にゃまともに振るえないよ」

 本物はともかくとして、レプリカまでそんな制限があったのか。いや、うすうす気付いてはいたけどさ。

 しかし、そっかー。そうすると、やはり実戦力としては期待できないな。となると、ただの重しだし、今後は持ち歩くのはやめようかな。

「ああ、そうだね。良也には使えないか」
「ええ、そうみたいですね」

 答えると、神奈子さんは少し悩む素振りを見せて、一つ、うん、と頷いた。

「良也。実は私は、この剣とはちょいと縁があってね。もともと、叢雲を手に入れたのは、私の爺さんに当たる神なんだ」
「え?」
「本物は天照に献上されたけど……レプリカでこの位の力なら、私程度でも良也に所有権を移せるかもしれない」

 はい?

「だから、こいつは私がお前に授けてやる」
「いや、元々僕のですけど」
「気にするな。ちょいとした、儀式みたいなもんさ」

 ほい、と気軽に返された草薙の剣。……なにが変わったとも思えないけど。
 って、あれ?

「な、なんか不思議なパワー的ななにかが!?」
「その剣、本来の力を扱えるようになったってだけさ。本物の数パーセントもないだろうけど、何かの役には立つだろう」
「す、すごいですよ神奈子さん!」

 古今東西、なんかすごい武器を手に入れて大暴れする主人公のゲームとかはたくさんある。テイ○ズ然り、聖○伝説然り。
 これは、僕の覚醒フラグか!?

「ありがとうございます!」
「いや、いいよ。珍しいもんを見せてもらった」

 脳内では、この剣を片手にばっさばっさとあらゆる困難を薙ぎ払っていく自分の姿。

 何度も、何度も神奈子さんにお礼を言いつつ、僕は妖怪の山を下山するのだった。



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