「『幻想郷に新たな思想。人と妖怪は平等?』ね」

 文々。新聞の一面に載っているのは、聖さんのインタビュー記事。
 僕が射命丸に渡りをつけて、聖さんの考えを記事にしてもらったのだ。元々、この新しいお寺について取材していたがっていた射命丸は渡りに船と快諾してくれた。

 ついでに、僕のコメントも載せられている。
 ……しかし、勝手に記事にされるんじゃなくて、こういう形で自分の言葉が載ると照れるなあ。

「これで、少しは私の考えも伝わるでしょうか?」
「いやあ、期待しないほうがいいと思いますよ。文々。新聞はコアなファンはいるけど、部数少ないから……」

 同じように新聞を読んでいる聖さんに答える。
 まあ、幻想郷では回し読みが当たり前だから、実際の部数より二、三倍は読者は増えるだろうけど。

 ……でも、どう考えても読者の本命は、聖さんのインタビューじゃなくて、二面以降にあるこの前の異変の顛末を纏めた記事なんだよなあ。

 異変を起こした動機や使った力、関わった妖怪が巫女との戦いの様子まで語ってくれたもんだから、内容が濃い濃い。
 これは読み応えがある上、面白い。明らかに、射命丸の力はこちらに入っている。

「……とりあえず、僕から知り合いに片っ端から声かけときましたから、暇なヤツは来るんじゃないですか?」

 暇なヤツばっかりだし。

「まあ。それは何人ほど?」
「え?」

 えっと……屋敷持っている連中は全員だろ? あと、あれやそれや、あそこの妖精と神様も合わせて……

「よ、四十人くらい、かな? 強力な妖怪ってリクエストもありましたけど、内十人くらいは間違いなく幻想郷トップランカー……」

 改めて考えてみると、我ながら知り合いだけは凄い。

「それは助かります」
「……いや、お礼を言われるの早いですって。来るかどうか分からないし、それに――」

 来たとしても即『帰ってください』になりそうな気がする、とは流石に言えなかった。

「来るかどうか分からない……ですか。では、あれは?」
「はい?」

 聖さんの指差す方を見る。……寺の門のところに、どこか見覚えのある二人組みがいた。
 背の高い方が日傘を差し、隣に立つ背の低い方はふんぞり返っている。……っていうか、あれは、

「レミリア!?」
「あら、こんにちは、良也。貴方の紹介を受けて来てみたわよ。……なにを驚いているのかしら」

 ぽかーん、と馬鹿みたいに開いていた口を閉じる。
 ……あ、あまりにも予想外の訪問客だったんで、呆気に取られてしまった。

「い、いや、一番来そうにないと思っていたからな、お前は。パチュリーとか美鈴とかは連れてきてないのか?」

 僕的には、あっちの二人の方がまだしも聖さんの意見を聞き入れそうだが…・

「パチェは今体調が悪いし、美鈴は門番の仕事よ。私が来たのは、単に暇だったから。……それに、あんな寝言を言う人間の顔を見ておきたかったから、っていうのもあるかしら」

 クッ、と嘲るような笑みを浮かべるレミリア。その言葉を聴いて、聖さんが眉をひそめた。

「寝言? 貴方は、私の理想を聞いて、共感して来てくださったのではないのですか?」
「はん、なにを言っているのか。平等? 人間と妖怪じゃあ、一から十まで違うことだらけさ。しかも、アンタは知っているかい?」

 鋭い瞳が、辺りを睥睨する。レミリアの放つ殺気で、僕なんかはもう、指一本動かせない――ってことはないのだが、これは単に慣れだろう。普通の人なら、身動き取れなくなってる。

「妖怪の中にも『格』ってのがある。妖怪の中でも、一番高貴で、強い私が、なんで脆弱な人間なんかと馴れ合わないといけないんだい?」
「……あ〜、レミリア。要するに、喧嘩を売りに来たのか」
「心外ね。私は、親切にも、この人間の勘違いを正しに来てやったって言うのに」

 うわい、凄いありがた迷惑だ。
 咲夜さんはー、と視線を向けると、困ったように微笑んでいた。……うわ、この人絶対止める気ねえ。

「なるほど。貴方は、妖怪が上だと言っているわけですね」
「そう聞こえなかったかしら?」
「いえ。少し意外だっただけです。私の知る妖怪は、どちらかと言うと、人間に追われて封印されてきたような者ばかりなので」
「まあ、そんな弱い妖怪と、一緒くたにされるのも不愉快だけど」

 レミリアと聖さんの視線がぶつかる。レミリアの方は苛烈で、聖さんのほうはどこか余裕がある。
 うわ〜、あの間に絶対入りたくねえ。

「しかし、貴方は人間である良也さんと友人なのでは?」
「良也?」

 げっ、こっちに矛先が来た!

「な、なんだ、レミリア?」
「友人ねえ」

 いかん、あれは『友人じゃなくてお弁当よ』とか、『妹の玩具よ』とかいう目だ。
 薄々そうじゃないかと気付いてはいるが、しかしはっきり言われると僕のナイーブなハートがブレイクする。なんという必殺『ハートブレイク』。スペカの名前通りだなお前!

「良也は、友人って言うより、友人(笑)ね」
「(笑)!?」

 なにそれ!? 僕の想像のはるか斜め上なんですけど! っていうか、普通にけなされるより心が痛いなあ、もう!

「よくわかりません」
「わからなくてもいいわ。まあ、妹のお気に入りだから、優しくしてやっているけど」
「……お前に優しくしてもらった覚えなんて、ちっともないんだが」

 あ、無視された。いーもんねー。

「咲夜さん……アンタのところのお嬢様、もう少し人に対する思いやりとかないんですか?」
「残念ながら。妹様以外で、お嬢様が思いやりを見せる相手というと……」

 首を振るな! なんで諦めるんだよ。諦めたらそこで試合終了だって!

「さて……察するに、貴方は、人間が貴方より弱いから、見下しているのですね」
「それだけじゃないけど、まあ一番はそれかな」
「なるほど。それならば……人間の力も、見せてあげましょうか」

 あ、あれ? なにか、話が妙な方向に。

 聖さんが霊力を解放する。霊夢や魔理沙に勝るとも劣らない力を見て、レミリアが面白そうに笑みを浮かべた。

「へえ。なんだい、抹香臭い糞坊主かと思ったら、少しは話がわかるところもあるじゃないか」

 話が分かるとかじゃないから! 話し合おうとする姿勢皆無だろ、あれ!

「昔から、貴方みたいな妖怪は変わらないな。誠に勝手で、自信過剰である。いざ、南無三――!」
「はっ、丁度曇り空だ。やってやるよっ!」

 ぎゃーーーー! と、僕は二人の激突に、木っ端のように吹き飛ばされた。
 上空に昇った二人が、弾幕を撃ちまくる。

「……はあ。どうしたもんですかね、咲夜さん」
「お嬢様は楽しそうですから、私はどうするつもりもありませんが」

 へーへー、貴方はそういう人ですよ。まったく。






















「聖にも困ったものです」

 と、外の騒ぎに気付いて出て来た寅丸さんがため息をつく。
 っていうか、命蓮寺の妖怪が勢ぞろいで、上空の弾幕ごっこを見物中だ。

 咲夜さんもお茶を貰って、垢抜けた仕草で啜っている。

 ……地上は平和だなあ。ハルマゲドンが起こっているような上空に比べて。

「……思ったんですが、前の霊夢のときといい、聖さんって意外と喧嘩っ早いですね」
「まあ、否定は出来ませんけど。聖は温厚なのですが、意見がぶつかった場合、武力行使を一切躊躇わない人ですから」

 怖いなあ……。っていうか、口調が変わるのが怖いよ。僕もいつか言われるのかね……『誠になんたら』ってやつ。

「しかし、あの吸血鬼もなかなかですね。夜の眷属の力が弱まる昼間だというのに、あれだけ聖とやりあうとは」
「……でも、そろそろ駄目かな。流石に、聖さんクラスじゃあ」

 あからさまに、レミリアが劣勢だ。

 横目で咲夜さんを見ると、主人が負けることも特に気にしていないようだ。
 この人は忠義に厚いのかそうじゃないのか、時々わからなくなることがある。

「飛鉢『フライングファンタスティカ』!」
「くっ、きゃあっ!?」

 ……あ、聖さんがトドメのスペカを発動させた。
 しばらく持たせていたレミリアだったが……やがて、抗しきれなくなったのか、落ちてきた。

 まるで漫画みたいに一直線に、顔面から、地面に。

「へむっ!?」

 かなりの高さから落下したくせに、そんな間抜けな声を上げるレミリア。……うん、威厳の欠片もねえ。

「はあ……おーい、大丈夫か?」
「りょ、良也に心配されるほど、私は落ちぶれてないよ」

 はいはい、と僕はため息を付きながら、レミリアが落ちたところに行く。
 ……相変わらず、服は破れているけど、目立った外傷はないようだった。

「あ〜あ、こんなに汚れて」
「うっさいな」

 とりあえず、地面に転がった帽子を拾い、埃を払ってからレミリアの頭に乗せてやる。
 ……って、おい。

「なんか、羽が蒸発しかけてないか?」
「あっ! 咲夜ー! 日傘!」

 ……いくら曇り空だからって、力が弱った時には駄目らしい。雲に遮られてかなり弱まっている日光でも、レミリアの体を蝕んでいるようだった。

「はい、お嬢様」
「う〜」

 今にも噛み付きそうな顔で、優雅に降りてくる聖さんを睨むレミリア。
 ……おーい、負けたんだからさあ『お前、なかなかやるじゃねえか』とか、熱い友情を交わす気はないのか?

「さあ、これで人間の力を認める気になりましたか?」
「あ、アンタ人間じゃないでしょ!」
「確かに、今この身は不老です。しかし、元人間なのは確か。ただの人間でも、ここまで強くなれるものなのです」

 いや、ないから。聖さんみたいなのは、絶対『ただの』人間じゃないから。

「ふ、ふん。今日のところは引き下がっておいてあげるわ。次の満月の日は、覚悟してなさい」
「む、敗北を認めない気ですか。貴方は敗者なのですから、私の言い分を認めてください」
「誰が敗者だ! 帰るよ、咲夜!」

 近付いただけで爪で引き裂かれそうな殺気を滾らせつつ、レミリアはのっしのっしと帰っていく。……ありゃりゃ。

「ふう、なにがいけなかったんでしょうか」
「いや、なにがって……」
「まあ、初めからうまくいくとは思っていませんでした。この調子で、来てくださる妖怪を説得しましょう」

 『説得』? 今の弾幕ごっこの、どの辺が『説得』?

 寅丸さんたちの方を見ると、諦めたように首を振っていた。

 ……意外と、思い込みの激しい人なのかもしれない。



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