「ふーん、地底からねえ」

 道すがら、ぬえの身の上話を聞いていた。
 姿は隠すくせに、話をするのは嫌いではないらしい。

「そうそう。地底に封印されて、のんびり暮らしていたんだけどねえ。今年の初めに騒動があってさ。どさくさ紛れに出て来た」

 ……封印されてのんびり。いや、なにも言うまい。
 しかし、あの地霊殿の異変か……。また傍迷惑な。霊夢とかがこれを知ったら、また守矢の神様達は苛められるに違いない。

「ムラサってのは、地底で一緒だった妖怪ね。あいつと、あいつの仲間達が、なんか飛倉を集めていたからさ。邪魔しちゃおうと思って」
「飛倉ってが、あの木片か。……って、なんで邪魔を?」
「面白そうだから」

 意地悪な……。
 んで、あの木片が飛倉と呼ばれるお宝で、あの蛇みたいなタネによって広い範囲に散り散りにさせたらしい。

 萃香でも呼んで、集めてもらおうかなあ。いや、あいつのことだから、この異変をどっかから眺めて酒の肴にしてるな。面白いのが終わるのを手伝ってくれるとも思えんなあ。

「大体、この飛倉ってなんなんだよ? すごい霊力を感じるけど……神社かなにかの破片か?」
「連中は仏教系だったと思うけど。こいつの正体はよく知らない」
「ふーん。まあ、どっちにしても、これは便利だな」

 持っているだけで身体能力その他が上がる便利アイテムっぽい。破片でこれなのだから、『元』はどんな凄いアイテムだったんだろう。
 それを集めていると言うムラサとかいう妖怪一味。……悪いことを企んでいたら霊夢に潰されると思うけど。

「きな臭くなってきたなあ」
「ん? そう? 楽しいじゃん」

 ぬえは気楽に言うが、僕みたいな貧弱な坊やじゃあ、この状況を楽しむことは出来ない。
 まあ、今までの経験からして、どうせ下らないオチが付くという気もするが。

 しかし、霊夢たちもやはりいがみ合いながらも大暴れしたんだなあ……。ふと見ると、地上にまで喧嘩した余波らしき破壊痕がある。
 妖精は相変わらず一回全滅させられた後らしいし……。これに、東風谷まで加わっていると思うと、複雑な気分だ。

「あれ?」

 適当にぬえとともに妖精を蹴散らしていると、前方からふらふらと一際大きな影が飛んで来るのが見えた。

 雨が降っているわけでもないのに傘を指した少女。その少女は、なんかこう、台風か竜巻にでも巻き込まれたみたいにボロボロで……

「あっ、人間! うらめしやー」

 そして、僕を見つけるなり、べろ、と舌を出して威嚇してきた。
 ……反応に困る。

「うらめしや?」

 と、妖怪さんは、もう一度言いながら小首を傾げた。
 傘の方はちょい不気味だけど、そんなことを可愛い女の子がやってもなあ。怖いと言うかビビるというか、とりあえずちょっとだけ萌えた。

「……うわーびっくりしたー」

 とりあえず、礼儀として驚いてみせる。

「大根ね」
「駄目っすか」

 一発で傘少女に駄目だしされた。僕には演技力はないんだよ……

「って、妙な組み合わせね。人間と妖怪か」
「!? 貴女も私のこと見えているの?」

 ぬえがなんか驚いている。……あ〜、そっか。今は、能力を発動させている気になっていたのか?

「あの、ぬえ? 僕の能力って、自分の周りに作用するもんだから、僕の近くにいると能力は使えないんじゃないかな〜って思うんですよ?」
「それを早く言ってよ!」

 ぐーで殴られた。本気で殴られたなら、頭がトマトみたく潰れていたに違いないが、ちゃんと頭は原形を保っている。

「だって、聞かれなかったし」
「うう〜、今日だけで二人も……。私の正体不明は一体どこに?」

 無理に隠さなくても良いと思うんだけど。正体不明くらいで恐れ慄くような繊細な輩は、人里にだっていやしないよ。本来の妖怪の姿で力を振るう方が、何倍も怖がられる。

「ちょっと、無視しないでよ〜」
「うるさい、こっちはそれどころじゃないの」

 一言で返して、あ〜〜、と苦悩するぬえ。だから、気にしなくてもいいって。

「そんな邪険に扱わなくても良いじゃない。ま、そこの人間さんでもいいわ。ちょっと暇だから構ってよ」

 ほらほら、とか言いながら威嚇しようとしてくる傘さん。
 いやあ、でも、どこからどう見ても怖いというより微笑ましい感じだなあ。

「……最近の人間はこれくらいじゃ驚かないのかしら」
「いや、昔の人間も、それで驚いていたとは思えないんだけど。自分のご先祖が、そんな間抜けじゃないことを祈って」

 ねえ?

「あ〜、昔はよかったわ。昼でも夜でも、私がちょっと驚かせてやれば、人間達は飛び上がるほどびっくりしてくれて。それで、怪談話にでもしてくれたら、私はお腹一杯になったっていうのに」

 なにしているんだよご先祖さま!
 い、いや。土樹家の先祖には、そんな間抜けはいない……ということにしておこう。

「うう、普通の傘に戻ろうかなあ。おーいおいおい。おにーさん、そしたらわちきのこと使ってくれるかい?」
「ごめん。いらない」
「うぉーい、そこは頷いておくれよう」

 んないきなり作ったようなキャラで言われてもなあ。

「ということは、君、付喪神か」

 傘の変化ってことは、からかさお化け……だっけか。

「そう。ちょっと配色が奇抜だったからって、捨てられたのさっ」

 そんな悲しそうな生い立ちを愉快に語られても。っていうか、その配色は……

「そりゃ、そうだろ。そんな茄子みたいな色じゃあな」

 作ったやつのセンスを疑う。いや、その傘から生まれた妖怪は可愛いから、もしかしてそれを狙っていたのか?

「茄子は美味いんだよ。天ぷらや煮びたしにして一杯なんて最高だね」
「僕は茄子は苦手なんだよっ」

 っていうか、そんな問題じゃないと思う。大体、日常生活に使うには、ちと毒々しい色合いだろ。

「はあ……まあ、それはいいとして」
「私的にはよくないんだけど」

 茄子が好きなのはよくわかったから、僕のいないところで食べてくれ。本当にアレだけは駄目なんだよ……麻婆茄子とか地獄だね。
 いや、だからそれはいいんだって。

「で、聞きたいんだけど……。紅白だったり白黒だったり、はたまた青白だったりの人間に襲われなかった?」
「! あいつらの知り合い!?」

 あ、やっぱそうか。
 いや、あの三人娘の進路上にズタボロの妖怪がいれば、そりゃもう犯人はお前だ、ってなもんで。Q.E.D.ってなもんで。

「知り合いというかなんと言うか……。とりあえず、やっぱりボコられたんだな」
「私は、あいつらに轢き殺されたのよっ」

 轢き……自動車じゃないんだから。
 いや、その光景がリアルにイメージできるけどね。

「私を見てびっくりするどころか、無視して喧嘩しながら轢いていったのよ。本当に、最近の人間と来たら物騒だぁね」
「いや、連中を最近の人間扱いするのは、普通の人間代表として断固抗議したい」

 もはや、東風谷も駄目だ。幻想郷の暗黒面に引き摺り込まれている。さようなら東風谷。そして、こんにちはダースベイダー東風谷。
 ああ、でもダースベイダーって言っても喜びそうだなあ。UFOって聞いてウキウキしてたもんなあ。

「で、その三人はどっちに行った?」
「あのでかい雲の方」

 そういや、宝船は雲の合間に消えた、とか言っていたっけ。よし、そうとなれば、とっとと追いかけよう。どうせ、妖精の少ない方に行けば正解なんだし。

「ぬえ? 僕は追いかけるけど、ここに残るのか?」

 まだ、ショックを受けて立ち止まっていたぬえに話しかける。
 いやあ、ここまで正体不明に拘っていたとは、僕知りませんでしたよ。ヤケになって、また僕を殺したりしないだけマシだけど。

「ふん、貴方の近くだと私の能力が使えないってわかったからには、これからは別行動で行くわ。まったく」
「あ、そう?」

 まあ、仕方ないか。強い妖怪がいると、楽できてよかったんだけど……。

「私はこんなナリだし。正体不明じゃないと、人間は怖がってくれないのよ。怖がってくれないと、私の心はとても飢える」
「……難儀だな、妖怪も」

 まあ、ひもじくても死んだりはしないんだろうけど。
 と、妖怪の食糧事情に思いを馳せていると、傘の妖怪がちょっと面白そうに声を上げた。

「あら、私とお仲間さんだったのね。うらめしや」

 それはもしかして『こんにちは』とかと同じノリの挨拶なのか?

「駄目ね、駄目駄目。そんなので人間を怖がらせようなんて、百年……いや、三百年早いわ」
「いや、あのやり方を三百年修行しても、三百年後の人間はビビらないと思うが……。勿論、三百年後の僕もきっと怖がらない」

 余計な茶々を入れると、ぬえにチョップを入れられた。……痛い。

「ったく、私と同じく恐怖を糧とする妖怪なら、もうちょっと工夫してよ。人間が何を恐れるか……それは、正体不明なものに他ならない」
「いや、だから一番怖がるのは物理的な恐怖だって」
「正体不明だったら、正体不明なんだって!」

 むう、拘るなあ。
 しかし、僕も怖がることにかけては一家言ある。足の先から『千切り』にされたらどうしよう、とかそういう怖さに比べれば、たかだか相手の正体が分からないくらい……と思ってしまうのだ。

「なるほど……纏めると、夜の闇に紛れて、自分の正体を隠しつつ、弾幕をしかければいいわけだね」

 と、茄子傘の妖怪は『閃いた』という感じで言うが……いや、それもどうかと思う。
 多分、そんな夜に出歩くような輩だと、返り討ちに遭う可能性が高いような。人里の人たちは、夜に里の外をうろついたりしないし……

 っていうか、その条件だと、襲い掛かられる可能性が一番高いのは僕か、もしかして?

「ま、色々とヒントをありがとう。えっと?」
「良也。土樹良也だ」
「私は多々良小傘。今度会うときは、きっとびっくりさせてあげるわ」

 ……びっくりで済むのか? 落とされたりしないか?

「期待しないで待っておく。っていうか、なるべくなら僕以外をびっくりさせて」
「つれないねえ」
「僕は、平穏に生きたいんだよ」
「ふふふん。そう言いなさんな。わちきの恐怖をたっぷり味あわせてやるよ」

 芝居がかった台詞を自信満々に言って、小傘は去っていった。
 ……また、変な知り合いが増えたな、うん。



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