梅雨も明けた。
 雨の日は幻想郷に行かない(面倒くさいので)僕は、久方振りに博麗神社に訪れたのだけれど、霊夢が留守だった。

「ふむ」

 時間は正午近い。仮に出かけているとしても、昼飯を食べるために帰ってくるだろう。霊夢は、昼は他所で食べたりはあんまりしない。

 ……エサでも作っておいてやるか。
 と、外の世界のスーパーで買ってきた食材を吟味する。

「って、あれ?」

 とかなんとか言ってたら、帰ってきた。神社の裏手から、魔理沙も一緒に出て来た。
 ……珍しいな。裏の鎮守の森に用だったのか?

「よう」
「あら、良也さん」
「良也。なんか久しぶりだな」

 そうだなあ。ここんとこ、行こうと思った時に限ってよく雨が降ってて、あんまり来ていなかったからな。

「で、どうしたんだ? 神社の裏、掃除でもしていたのか?」
「そうじゃないわ。梅雨明けの龍神様の雷が、裏のミズナラの木に落ちてね。折角だから祭ることにしたのよ」
「祭る……?」

 まあ、そういう自然物を神様と見立てるのは、そう珍しいことじゃないと思う。しかし、雷の落ちた木かあ……ふーむ、幻想郷は龍神信仰が盛んで、その龍神様の雷ともなれば確かにその価値はありそうだけど。

「ふーん、しかし、そんなんで人が集まるかねえ」
「……べ、別に人を集めようとしているなんて言っていないじゃない」
「あれ? 違うのか」

 霊夢は少し悔しそうに、違わないけど、とぽつりと言った。

「ご利益は、雷避けだってさ」

 魔理沙が横から口を出してきた。……って、え? 雷避け? あの、桑原桑原ってやつか?

「……落雷した木に?」

 そ、それは雷避けになるのか? い、いや、雷から守ってくれると言えば確かにそうなんだろうけど……微妙に納得がいかないのは僕だけか?

「ちょっと、魔理沙。だからあの木は、成長祈願のご神木にするって言ったじゃない」
「……成長?」

 ふと、二人の胸とか、腰とかケツとかに視線が行く。ついでに身長も。
 ……ああ、成長ね、成長。

 新しく神様をでっち上げるほど必死なんだなあ……でも、貧乳はステータスだ、希少価値だー、と言い切る女もいるんだから、気にすること――

「ん?」

 あ、あれ?
 なにやら、霊夢は左手に針を、右手にお払い棒を。魔理沙はミニ八卦炉と箒を構えていらっしゃる。

「な、なに二人ともガチで戦闘体勢なのカナ?」
「良也さん? 私の気のせいだといいんだけど、とっても失礼なことを考えていなかったかしら?」
「め、滅相もない」
「ほう、奇遇だな霊夢。私も丁度そう思っていたところだぜ」
「二対一ね」

 多数決!? い、いや、本人の言うことをもうちょっと信じようよ二人ともっ。いや、間違っていないし、その鋭すぎる勘には素直に敬服するけれどもっ!

 あ〜、しかし、二人とも一応気にしていたんだねえ……。そりゃそうか、女の子だもんな。

 酒の呑みすぎか、弾幕のし過ぎか、はたまた空を飛んでいることによる運動不足か。
 全部が理由かもしれないが、二人とも(何歳かは知らないけど)人里の女衆に比べて、明らかに発育が悪いもんねえ。

 そういえば、うちの妹も背が低いのがコンプレックスだったっけ。
 そんなことを思い出して、ちょっとお兄さん的な優しい気分に浸る。

「まあまあ。二人とも。んなこと、気にするこたあない。そうだ、僕もあとでお供えをしとくからサ」

 それはそれは、僕は自分でも賞賛したいくらいの優しさと慈悲に満ち溢れた笑顔だったと思う。

 しかし、この二人の女の子はちっとも気に入らない様子で、僕をボコボコにしてくれましたとさ。



 ……うん、わかっていたはずなのに、馬鹿なヤツだ僕は。




























「よいしょ、っと」

 とりあえず、先週はほうほうの体で逃げ出したので、一週空けて来た今日が、初めて件のミズナラの前に立つ日となる。

 確かに雷が落ちたのは事実のようで、見上げるほどの巨木だったミズナラが、見事真っ二つに割れている。

「……のは、いいとして。霊夢の言っていたことは本当だったのか」

 ふーん、と僕は大自然の生命力に心底感嘆する。

 割れ目から、落雷のあったその日のうちから新しい木が生え始めていた、というのは聞いていたけど。流石にこの目で見るまでは半信半疑だった。

 っていうか、どっかで『植物を操る』程度の能力とか持った妖怪が手を加えているんじゃないだろうな。今までのパターンからして。

「ま、いいか。信仰があれば神様も生まれるって、霊夢も言っていたし」

 実際、この木が自力で生えてきたのか、妖怪の能力で生えてきたのかは問題じゃないってことだ。そうと信じていれば、そういう神様が宿るってことだろう。

 持ってきたお供え……人里でお供え用に買ってきた酒樽と米。干物と菓子各種を置く。……生ものは流石にこの季節、すぐ腐っちゃうからな。
 かなり奮発したお供えだが、お金は幸い余っているし……それに、まあ妹的存在である霊夢の成長を祈願するのだ。これくらいはしたって罰は当たらないだろう。

「いでっ!?」

 とりあえず、アイツが望み通りナイスバディになりますように、と手を合わせていると、後ろから陰陽玉が飛んできて、スコーンッ! と後頭部に当たった。

「……あいつの勘は、人間離れってレベルじゃないな」

 もしかして、さとりさんみたく心でも読めるのか? などと引き返していく陰陽玉を見て思う。

 ……これからは、霊夢について考える時は、ちゃんと気を配ることにしよう。僕は、能力の範囲内に入ってきたものなら、注意していれば見たりしなくてもわかる。後ろからの物体だろうと、あのくらいのスピードで単発ならなんとか……

「って、あれ?」

 そうやって、またぞろ後ろからなんか飛んでこないだろうな、と気を張って、更に範囲を拡大したのでわかった。
 僕の能力の範囲にすっぽり納まった神木。……なんか、違和感がある。

「ん〜?」

 なんだろう、気配を感じるというか。生き物……の気配か、コレ。
 ご神木に宿っている神様……じゃないよな。こんなはっきりとした存在感なわけがないし。なんか三つあるし。

 不審に思って、神木の周りを歩いてみる。

(ちょっと、あの人間、なんか気付いたみたいよ?)
(ま、マズい。あいつには、入り口隠しても見つかっちゃう)
(逃げた方が良くない?)

 ……ん? 今なんか聞こえたか?

 ぐる〜、っと回って、裏手。
 ……巨大な木の根っこに、なにやら『玄関』があった。

「は?」

 げ、玄関? 何故に木に玄関が付いているの?
 いや待て。そういえば、どっかの妖精が、魔法の森のでかい木を家に改造していなかったか? あれで、木は死んでいないと言う、とんでもない妖精マジックにビックリしたから覚えているぞ。

「……もしも〜し、誰かいますか?」

 我ながら律儀にノックして、尋ねてみる。中から『ガタガタッ!』と音がして、ついでしーん、と静まり返った。

「えっと、入るぞ?」

 鍵は当然のようにない。何の抵抗もなく、神木の玄関は開き、
 中には、小さい子供が住むために、家具類が全部小さく誂えられた、居心地良さそうな家屋が広がっていた。

 ぐる、と見渡すと、案の定と言うか、三人ほどの影が。

 一人は、テーブルの下にもぐってて、まさに頭隠して尻隠さず。一人はでかい桶の中にすっぽり入っているが帽子が見えている。最後の一人は達磨の裏に……

「……えっと、サニー? ちょっと出て来い」

 テーブルの下に潜っている太陽の光の妖精を引っ張り出す。

「離せ〜!」
「ばたばたするな。パンツ丸見えだぞ……」

 こんな幼女相手にどうとも思わない(いやこれは本当)が、はしたないことこの上ない。

「うう〜」

 観念したのか、サニーはずるずると引きずられるままに出て来た。

「ルナ、スター。見えてるから。隠れてないから」

 声をかけると、残りの二人も渋々姿を現す。
 三人とも、僕から視線を逸らし、居心地悪そうにする。

「で、なにやってんだ、お前ら?」
「み、見てわかんないの!? 別荘よ、別荘。この木は、今妖精がいないから、私達が使ってあげているの!」

 サニーが僕の手を離れ、残りの二人に隠れるようにして強気に言い放った。

「……ほう、別荘」
「こんな大きい木、放っておく手はないでしょう?」
「そうそう。それに、毎日巫女がお供え物を持ってくるし」

 言ってから、ルナは『あ』と固まった。『馬鹿っ』とスターが窘めている。

「あ、あははははは」
「はははは」

 乾いた笑いが、僕たち四人を包む。

 それが、ピタっと、止まり、

「み、巫女にチクらせはしないわよっ。この博麗の下僕め!」
「下僕!? ちょ、サニー!? お前その評価はちょっと待てオイ!」
「うるさい! ルナ、スター! 今こそ、練習した弾幕を使うのよ!」

 こ、こんな狭いところで正気か!?
 しかし、三人は僕が本当に霊夢に告げ口すると思って、鬼気迫る勢いだ。僕を中心に、三人が円形に囲み、両手を前に出している。

 ……いやいや。

「待て。僕は別に、霊夢に報告したりはしないぞ」

 ピタリ、と三人の動きが止まる。
 じ〜〜、と疑わしそうに、僕を睨んできた。

「……いや、こんなことで嘘は言わない。大体、霊夢だってお供えが盗られるってことくらいわかっているだろ」

 こんな自然がたくさんのところに食べ物を置いておけば、妖精でなくても獣や虫に食べられるのは火を見るより明らかだ。
 だけど、お供えをするのは決して無駄じゃない。『お供えをする』という行為そのものが、神への信仰の証になるんだから。実家じゃあ、墓前に供えたお菓子とか、手を合わせたら食べてたし。

 まあ、特定の妖精が、お供えをした途端に掠め取っていくなんて、流石に霊夢も予想はしていないだろうが。

「嘘じゃないわよね?」
「んな怖がらなくても」

 恐る恐る尋ねてきたルナに答える。

 すると、しばらくの沈黙の後、三匹の妖精は緊張が解けたのか、へなへなと崩れ落ちた。

「助かった〜」
「そうよ。大体、サニーがもっときちんと入り口を隠しておけば」
「あ、それ言う? この人間が近付くと効かないって、わかっていたじゃない」
「修行が足りないわね」
「スター!」

 ……やれやれ。

「んで? 僕が供えてきた表の酒とか、呑むのか?」
「お酒?」
「ああ。人里で樽ごと買ってきた」
「うはっ♪」

 サニーが凄く嬉しそうに表に出て行く。……毎度思うが、こいつら本当に酒呑んで大丈夫なのか? いくらなんでも、小さすぎると思うんだが。

「豪気ねえ」
「まあ、お金はそれなりに余っているからな……。っていうか、悪戯しかしていないお前達が、こんな立派な家具とかを持っているほうが不自然だと思うぞ」
「これは、そこらで拾ってきたり、盗んできたものよ」

 この三人の中で、実は最も腹黒いんじゃないか? と思っているスターサファイアが、しれっと言ってのける。
 ……いや、拾うのはともかく、盗むな。

「おっさけ、おっさけ。つまみもこんなにたくさんあるよー」
「一応、僕に感謝して呑むように」
「ああ、この神木に宿る神様。日々の糧をありがとうございます」

 コイツ……

「宴会ね」
「ルナ、食器取ってきて」
「なんで私が……」
「無論、僕の分もな」

 言うと、三妖精たちは、『うげっ、コイツマジウゼー』みたいな顔になる。
 ……くっ、存分にウザがるといい。

「僕が持ってきたんだ。僕にも呑む権利があるとは思わないか?」
「これは、神様に供えたんじゃなかったかしら」
「ふっ、そんなことは忘れた」

 僕の都合のいい脳みそを甘く見るなよ。






 ……まあ、結局、渋々とではあるが、僕も宴席に参加させてもらい。
 神木の中で、妖精たちとちょっと変わった飲み会をやった。



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