「くれないの、舞い散る旅で土となる……風は河波」

 普段の小町からは想像できないたおやかな調べ。僕はバレないように息を潜めながらも、聞き惚れた。

「私は渡し……はあ。いや、暇だねえ。暇で仕方がないねえ。昔作った歌を詠いたくなるくらい。そう思わないかい、良也?」
「よう、サボマイスタ」

 んで、驚かせようと後ろから近付いた僕は、バレバレだったことに肩を竦める。
 軽く手を上げて挨拶をすると、小町も同じように返してきた。

「む、あの巫女と同じことを言う」
「僕は言い得て妙だと思う。っていうか、そこら中に幽霊がまだいるように見えるんだが、これいかに」

 三途の川の渡し守である小町を待っている幽霊が、ええと……見る限り二、三十はいるぞ。

「幽霊だって、この世に未練くらいあらぁね。しばし、此方で自分の死を見つめなおすのも悪かぁない」
「……っと。なんなら、映姫に言いつけようか?」

 そりゃ勘弁、と小町は手を上げて降参した。……っていうか、サボリにいちいちそれっぽい理由をつけないでほしい。一瞬信じかけたじゃないか。

「で、そう言うあんたは無縁塚になんの用? また酒かい。いいねえ、それじゃああたいはとっておきのつまみを……」
「残念だけど今日は違う」

 そう。違うのである。

 適当に周りを見渡し、壊れたウォークマンが落ちているのを発見して、そいつを拾う。
 こびりついた泥の汚れを軽く拭って……まあ、使えやしないけど、これもいいか。

「ん? なに、そんなのを拾いに来たの?」
「……やりたくてやっているわけじゃない。ちょいと、森近さんに押し付けられてな……」
「香霖堂の兄さんに?」

 ここに来ることになった経緯を思い出して、ちょっと情けなくなりながらも、僕は頷いた。

 ――そもそも、最初は普通に香霖堂でお茶をしながら将棋をやっていたのだ。
 しかし、それなりに自信のあった将棋で、一向に勝てなくて。もう何勝負目だったか、『この勝負、なにか賭けるかい?』と言い出した森近さんに、望むところだとぶつかっていき、

 負けた。もう完膚なきまでに。そして、負け分としてここへのお使いを仰せつかったのだ。

「ははあ。大変だったね」

 なんて説明すると、小町は面白そうに笑った。……ええい、割とショックだったんだぞ。

「……なんで、あの人はあんなに強いんだ。これでも、それなりに自信があったのに」

 十回以上やって、勝ちを拾ったのは僅かに一回。その一回も、先ほどの『賭け』の直前に拾ったものだから、きっと僕に賭けを受けさせるためのブラフだ。
 ……日がな一日、詰め将棋をしていた時期が三十年ほどあった、と言う半妖に勝とうと思った僕が愚かだったか?

 でも、実は幻想郷最強の将棋指しは霊夢だったりする。あいつの場合、ルールをかろうじて知っている、というレベルなのに、ビギナーズラックとかそういうので勝っちゃうのだ。
 しかも、別に将棋が強いと言うわけではないので、上手い相手だろうが下手な相手だろうが白熱した――実に楽しそうな勝負になる。

 ……要するに、どんな相手でも自分は完全に楽しみながらも、絶対に勝つというチート性能なのだ。誰かあの巫女をなんとかして欲しい。

「ってことは、あの巫女とも勝負したんだ」
「……まあ、一応」

 僕や霊夢も、毎日酒ばかり呑んでいるわけじゃあない。お茶を飲みながら、パチパチと指したことは何度でもある。
 無論のこと、ここまで全敗。もう少しで勝てる、というところで、絶対勝てないのだ。

 ……霊夢相手に勝とうと思うほうが無謀だと、気付いたのは割と最近だ。

「ん? ほら、そこになんか珍しいのが落ちている」

 小町の言葉に従って視線を滑らせる。
 ……って、なんでバーチャ○ボーイが? 確かに幻想に近いアイテムかもしれないが、そんなに古くは……いや、超納得だけどね。

「……重そうだから却下だ。珍しいだけで、別に面白くもないし」

 その昔。無垢な子供だった当時の僕が小遣いはたいて買って、一週間後には土蔵行きになったのは苦い思い出である。

「なんなんだい、それ」
「これは……まあ、遊ぶための道具だ。将棋の凄いバージョンとでも思ってくれればいい」
「へえ。使えないのかい?」
「使えない。故障しているみたいだしな……」

 なんだい、期待させといて、とそれきり興味をなくしたように、小町はふあ、と欠伸をした。

「やっぱ、遊び道具はどんな状況でも使えるのじゃないと。……ときに良也。ここに、将棋盤があるわけだが」
「足つきかよ」

 意外に贅沢な。

「ま、ね。指す相手もいなくなって久しいが、どうだい、一局?」
「いいだろう」

 森近さん相手に負け続けで、フラストレーションが溜まっていたところだ。返り討ちにしてやる。


























 ……返り討ちどころか、真正面から薙ぎ払われました。

「強いよっ!?」
「年がら年中暇している死神を、舐めちゃいけないねえ」

 カラカラと笑いながら、僕から奪った角と金二枚を弄ぶ小町。こちらは歩しか奪えていないというのに、中盤でもう劣勢は明らかだった。

「……暇なのか?」
「まあ、それなりに」

 嘘だ。それは嘘だ。だってほら、幽霊がこっちを困った感じで見ている。
 『あの、僕いつになったら彼岸にいけるんでしょう?』と言わんばかりの哀愁に満ちた視線だ。あれは、きっとここに留まって三日は経っている。僕の勝手な予想によると

「いやいや、毎日ちゃんと仕事はしているよ? ただ、この仕事は割とハードでね。休憩がちょいと多いだけで」
「……休憩の合間に仕事をしている感じか?」
「酷い誤解だ。そんなお前の飛車はもらった」

 って、ああ!?

「くっ」
「逃げても無駄」

 ……飛車、角取られて、ここからどう逆転しろと言うのだ。

「自信がある、とか言っていた割には弱いねえ」
「むか」

 ……くっ、こうなったら勝ち目とか無しだ! やれるところまでやってやる!

「吠え面かかせてやるからな!」
「是非そうしてくれ」

 ここは……桂馬だ! こいつのトリッキーな動きは、まさに僕を表している。

「そういえばさ、良也」
「ん? なんだ」

 次の一手を熟考していると、小町が話しかけてきた。……ええい、気が散る。

「あたいは普段からここにいるわけだから、たまに外の世界から流れてきた珍しいのを拾ったりすることもあるんだが」
「ああ、そう。なんかいいのあったか?」
「いや、これがさっぱり。使い方の分からないものやら、意味が分からないのやら。後で見てくれないか? ……ん」
「構わない――って、なにそれ」
「酒」

 酒は分かっているんだが、真剣勝負の合間にそれはどうだろう? ああ、実に美味そうに呑みやがって。

「ん? 呑む?」
「……断れない自分が悲しい」

 酒、と大きく書かれた徳利を受け取り、そのまま口につける。
 かー、と熱い液体が喉元を通り、緊張に凝った思考をほぐしてくれる。

 ……意外といい酒呑んでいるな。

「ほれ」
「あいよ」

 徳利を返し、小町も呑む。その間、悩みに悩んだ一手を打つ。
 これで……どうだ。

「うん? ああ、そう来たか。しばし待て」
「はいはい」

 再び小町から徳利を受け取り、飲み下す。小町が次の手を打ったら徳利を渡し……いつの間にか、相手が次の手を考えている間は呑んでよしみたいなルールが出来た。

「良也は考えすぎさ。そこはもっと直感で動くべきだ」
「……いいから、もう少し考えさせてくれ」
「ま、私は呑めるからいいけど」

 っていうか、酒で思考が鈍いぞ。このままだとマズイ。ここはもう少し慎重に……

「あ、なくなった」
「もうか?」

 あの徳利、けっこうな量が入っていたと思うが。

「ああ。注ぎ足してくる。つまみも持ってくるかね」
「頼む」

 っていうか、今までずっとつまみなしだったか。胃が荒れそうだ。それに、道理で酔いが回るのが早いと思った。
 小町が酒を取りに言っている間、盤面をじっと睨む。

 ……あからさまな劣勢。ここから形勢を逆転させるには、ちょっとやそっとのことでは無理だ。
 やはり、僕に眠る潜在能力を解き放つしかないのか……

「小町ッ! どこにいるんですか、小町!」

 ……ん? あれは。

「映姫?」
「貴方は……良也。小町を知りませんか? ……ん?」

 あ、映姫が将棋盤をロックオンした。

「それはなんでしょう? なぜ将棋などしているんですか?」
「い、いや。その……ここにはちょっと野暮用で来ただけなんだけど、ちょいと小町に誘われて」

 と、とりあえず酒まで呑んでいたことは隠してやるのが友情だろう。僕、酔っても顔には出ない方だし、気付かれていないはず……

「え、映姫? 仕事はどうしたんだ?」
「こちらに来る幽霊が途切れて、待ち時間が発生しました。またぞろ、小町がサボっていると思ったんですが……案の定ですね」

 ジロリ、と非常に怖い目線を僕に向ける映姫。
 ……なぜ僕が? 理不尽というか、八つ当たりじゃん。

「もしやとは思いますが、貴方がそそのかしたわけじゃないですよね?」
「し、してないしてない。今回は」
「今回は、というところが信用ならないのですが……まあ、嘘は言っていないようですね」

 そりゃそうだ。
 地獄の閻魔様相手に偽証するなんて、そこまで僕は肝は据わっていない。

「しかし……ふむ。随分一方的にやられているようで」
「まあ……。でも、ここから僕の反撃が始まるんだよ」

 追い詰められたとき、きっと第六感的なものが目覚めるに違いない。

「それはそれは。確かに、逆転の目はあるようですが……」
「え!? マジで!?」
「……さっき、貴方自分でなんて言ったか覚えています? 勝算の一つもなかったんですか」

 いやいや。
 しかし、ここからどうやって小町の牙城を切り崩せば良い? いまだフォースに目覚めていない僕ではちーっともわからないのだが。

「……ヒントくれ」
「駄目です。勝負が終わった後でなら、教えて差し上げましょう」

 ちぇっ。まあそうか。逆に、映姫に教えられて勝っても、あんまり嬉しくないしな。
 やはりここは、僕の無意識に発揮される主人公的な力で……あ、あるけど将棋には役に立たないや。

「あ」
「どうしました?」
「な、なんでもないっ」

 小町が帰ってきやがった!
 しかも、手には思い切り酒の徳利とつまみの乗った皿を持って!

 映姫の背後なので、まだこの閻魔様は気付いていないが……気付かれたら終わりだ。酒まで呑んでいることが知れたら、カミナリが落ちることは間違いない。

 小町も、映姫の存在に気付いて固まっている。

「……なにを妙な動きを」
「い、いや、なんでもない」

 なんとか『とっとと隠れろ』ジェスチャーを飛ばす。小町も心得たもので、一瞬にして物陰に移動した。特に走ったような感じでもなかったのに、いやに早い。
 ……あれは確か、小町の『距離を操る程度』の能力。隠れるだけに使うなよ。

「そういえば、相手の小町はどこに行ったんでしょうか? この対局をさっさと終わらせて、仕事に戻って欲しいのですが」
「あ、最後までやらせてくれるんだ……」
「まあ、これくらいなら」

 本当はよくないんですけどね、と肩を竦める映姫。
 ……意外と話の分かる上司なんだよなあ。酒呑んでることが知れたら、言い訳は聞かないだろうけど。

 と、言うわけで、小町。下手に隠れるよりは、大人しく出てきたほうがよさげだぞ。

「こ、こんにちは、映姫様」
「小町。貴女は何度私に、幽霊が来るか来ないかを花占いさせれば気が済むのかしら?」
「き、来ませんでした?」
「貴女がサボっていたら、当然ね」

 うわぁ、花占いとか、意外と乙女チックな。閻魔様まじかわえー。
 とかなんとか思っていたら、映姫がじっとこちらを睨んできた。

「……僕がなにか?」
「もう少し本心を隠すことを覚えるべきですね。場合によっては人を不快にさせる。正直であることは必ずしも善行ではないと知りなさい。そう、貴方は思っていることが顔に出すぎる」
「そんなにっ!?」

 えー、正直そこまでとは思っていなかったんだけど。

「さて、良也。とっととケリをつけるか。仕事が待っているしな」
「……だな」

 パチパチと勝負を進める。
 ……とは言っても、その、なんだ。

 ただでさえ劣勢だったのに、まだ少し酒も残っている。あっというまに王将は追い詰められ……

「……負けました」
「よしっ! 勝った」

 僕からぶんどった駒をジャラジャラさせ、小町が立ち上がる。
 ん〜、と伸びをすると、意外に豊かな胸がゆっさゆっさと……いかんいかん。

「さて、と。終わったようですね」
「はい」
「それでは、小町。なぜ貴方が酒臭いのか、聞かせてくれるかしら?」

 さー、と小町の顔が青くなっていく。
 ……おおう、人の顔色が変わる場面っての、初めて見たよ。

 しかし、そうか。相手が考えている間に呑んでいたんだから、当然長考していた僕より小町の方がたくさん呑んでいる。
 ……ご愁傷様。

「そこでなにを関係ないという顔をしているんですか。貴方も、こちらに座りなさい!」

 無理矢理座らされる。

 その後は……まあ、いつものことさ。そろそろ、このパターンから脱却する方法を考えないといけないかもしれない。




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