博麗神社の縁側でお茶を飲む。

 冬らしい雪景色を眺めながら、熱々のお茶を飲む時間というのは至福の時間だ。
 まあ、春は桜、夏は空と雲、秋は紅葉と、まあ見るものが変わるだけでお茶の時間が素晴らしいことに変わりはないけど。

 とにかく、そんな時間。ちなみに霊夢は、香霖堂へ冬服を仕立てにもらいに行っているから現在僕一人。

 平和な時間。願わくば、こんな時間がずっと続いて――

「良也」
「うぉわぅ!?」

 くれなかった。
 いきなり後ろから声をかけられて、思わず飛び上がる。

「だ、誰だ!?」

 こんな風に僕を驚かすのは経験上スキマか魔理沙……って、あれ?

 振り向いてみると、立っていたのは地底の少女。古明地の妹の方だった。

「い、いらっしゃい」

 ビビりながらも、家主に代わって歓待する。

「いらっしゃったよ。お茶を飲みに来たんだけどー、丁度いい時間だったみたいね」
「茶?」

 ああ、そういえば。こいしに最初に会ったとき、お茶でも飲みに来いって僕が言ったっけ。

「なによ。忘れていたの? 貴方が招待したくせに」
「ごめんごめん。ちょっと待ってろ。すぐ淹れてくるから」

 膨れるこいしをなんとか宥め、台所に向かう。
 ……ふむ、せっかくだから一番いいお茶を淹れるか。霊夢が文句を言うかもしれないけど、僕のお金で買ってきたんだから目を瞑ってもらおう。

 こいしは子供だから、あんまり熱すぎるのは良くないだろうと、いつもより若干温めの温度で淹れる。
 あとは持っていく間に、いい感じで蒸れるだろう。

 と、思ってお盆に急須と湯飲みを乗せて戻ってきたんだけど、

「あれ? こいしー?」

 こいしの姿が消えていた。……あー、そういえばあの子、無意識で行動するから誰にも気付かれることがないとか何とか。
 ……無意識で行動している割には、けっこう普通に喋っている気がするが。

 しかし、甘い。この博麗神社内で僕から隠れようなんて甘すぎる。

「めっけ」

 僕の『自分だけの世界に引きこもる程度』の能力。その範囲内であれば、誰がどこにいるかくらいはわかる。
 別に覗きは使えない。映像が見れるわけじゃないから。なんていうのか……なんとなく気配を感じるというか、『視える!』って感じ。

 とにかく、そんなわけで、博麗神社をすっぽり覆うほどに範囲を広げれば、確かにこいしがどこにいるのかわかった。
 やれやれ、と思いながら神社の裏に回る。

「こいし、かくれんぼか?」
「わっ」

 今度はこいしの方が驚いていた。仕返し成功で、ちょっと気分が良い。

「ったく、ふらふらするなって。折角淹れたお茶が冷めちゃうだろ」
「すごいね。私を見つけるのはお姉ちゃんだって無理なのに」
「この神社だけならな」

 あんまり自慢できる特技でもない。大体、隠れているのを見つけられたって、僕は圧倒的に隠れることの方が多いんだから。
 ……マジで自慢にならないな。

 でも、すごいと言われて悪い気分はしない。

「そんなことは良いから、お茶だお茶。羊羹もあるぞ」
「ありがとう」

 さてはて、霊夢に散々扱かれて鍛えた茶の腕前、しかと味わわせてやる。


























「美味しいねー」

 と、何の感慨もなく一杯目を飲み干されてしまった。……あんまりお茶の味を気にする方ではないらしい。

「……ほれ、羊羹。端っこは僕のだ」
「うん。ありがと」

 そして、どちらかというとお菓子の方にご執心の様子。やれやれ、見た目どおりのお子様か。

 お茶を飲むだけじゃ芸がないので、なにか話でも、と思ったのだけれど、どんなことを話したら良いかわからない。なので、ちょっと気になったことを聞いてみることにした。

「こいし。そういえば、お前も霊夢とドンパチやらかしたって話だけど」
「あの巫女と? うん、そうだけど」

 そう。それが気になっていた。

 なんでも、霊夢が守矢神社の人たちをシメに行ったとき、こいしも守矢神社に出向いていて、成り行きからやりあうことになったそうな。
 霊夢の話では、姉のさとりよりずっと手強かったらしいけど……相変わらず、幻想郷のロリの強さは反則だと思う。

「本当はおくうに力を与えたって言う神様を見に行ったんだけどね。でも、そのおくうすら倒しちゃった巫女の力を見れて満足だわ」
「……なんだ、もっと強え奴と戦いてぇとかそんなノリか?」
「違うわよ。ちょっと興味が出ただけ」

 僕なら、そんな奴の噂を聞いたら興味が出るという以前に恐怖を覚えるが。いや、その噂の主の家で寛いでいて言う台詞じゃないけどさ。

「興味ねえ。こいしの目から見て、霊夢はどうだった?」
「うーん、二つの目でしか見ていないからなんとも言えないわ。でも、面白そうな人間ね。ああいう人間がいるなら」

 こいしはちょっと言葉を区切って、胸元の第三の瞳を撫でる。
 そういえば、これが心を読む『第三の瞳』なのか? そういえばさとりさんのは開いていたっけ。

「……この目を開いてみるのも、いいかもしれないわね」
「ふーん」

 羊羹をもぐもぐ。あ〜、はじっこうめえ。

「ちょっとぉ。なに、その無感動な反応」
「いや、僕にとっちゃど〜でもいいし」
「そういえば、貴方はお姉ちゃんでも心が読めなかったんだっけ。……なにを考えているのか、ちょっと興味があるわね」
「興味を持つな。男はみんな狼なんだZE」

 さとりさんは、きっとそこら辺悟りきっているんだろうなあ、と思うけどあんまり聞きたくない。

「ぶー」

 ぶーたれながら、こいしはさり気なく僕の分の羊羹を強奪――

「させるかっ」
「あっ、私の!」
「僕のだっつーの」

 する直前、ひょいと摘んで口に放り込んだ。文句を言ってくるこいしだけど、そのお前のものは俺のもの理論はやめれ。

「むう、今まで摘み食いしようとして気付かれたことはなかったのに」
「初体験か。はっは、まあ相手が悪かったな」

 ぺロリ、と唇に付いた餡子を舐め取る。
 だから、能力範囲内なら知覚できるんだって。これでも、霧状になった萃香のことにも気付いたくらいなんだからな。

「むう、けっこう凄いね」
「かもしれぬ」
「そういえば、おくうも良也が来なかったら負けなかったって言ってた」

 お空? ああ、そういえば、神奈子さんたちに言われてあいつと霊夢の弾幕戦に割り込んだっけ。おかげで細胞の一片まで焼き尽くされて、その後はちょっととんでもないことに……
 ええい、やめやめ。忘れよう。

 まあ、それはそうと、別に僕が加勢なんてしなくても霊夢は負けなかったと思うけど。これは確信だ。

「……ふーん」

 なのに、こいしは僕のことを興味深そうに……や、やだなあ。なんか子供の目から、こう獲物を狙う妖怪の目になっていますよ?

「そ、それは負け惜しみだ。はっきり言うが、僕は弱いぞ」
「ね、ちょっと良也の力を見せてくれない?」
「断るっ」

 速攻で却下した。
 大体、痛いし面倒臭いし疲れるし、相手を傷つけるのも後味が悪いし。なぜにわざわざ好き好んでみんな弾幕ごっこなぞするのか。僕には不思議でたまらない。

「まあまあ、いいからいいから。もし死んじゃっても、うちの猫が死体を運ぶからねー。ずっと一緒だよ」
「アフターフォローも万全だな!?」
「うん、そうでしょ?」

 皮肉ってわかれ! あと死なないからっ、痛いだけで!

「それに、心を読めない珍しい人間を連れて帰れば、お姉ちゃんもきっと喜ぶし」
「こ、こんなむさくるしい男を連れて帰っても、喜ばないと思うぞー」

 抵抗は無意味だった。
 ぐいぐいと腕を引っ張られ、上空に連れてこられる。……下手に抵抗したら腕が千切れそうだった。

 そして、無理矢理僕を上空へと連れてきたこいしは、ある程度距離をとり、弾幕を放ってきた。

「じゃあ、始めましょう。おくうを倒したって言うその力、見せてもらうんだから」
「だから倒してねえ!」

 あ、ツッコミ入れてて、一発目避け損ねた。

「だあああああああああ!?」
「あれ?」

 あれ? とか言いながら弾幕撃ちまくっているし!
 ええい、かわ、かわっ……躱せないっ!

「痛いっ!? ちょ、やめてーーっ!」
「もう、真面目にやってよ」
「めちゃめちゃマジですけどなにか文句でも!?」

 って、聞いてないっ。

 ああ、もう駄目。……さようならこの世、こんにちはあの世。でも、すぐあの世からはおさらばするぜあっはっはあばよぅとっつぁん。

 なんて、覚悟完了していたのだが、いつまで経ってもとどめの一撃が来ない。僕はあと一発で落ちる自信があるというのに。

 なんだろ〜、と思って目を開いてみると……目にも鮮やかな紅白が、僕の目の前に立っていたりして。

「あ、あれ? 霊夢?」
「まったく、あんたは……」

 見るからに殺気を立ち上らせている霊夢は、自らの背後……つまり僕? を指差す。

 も、もしかして庇ってくれたのか? 流石霊夢。こんどからグータラ巫女とか心の中で考えないようにしよ――

「うちの神社、改築してまだ一年も経っていないのよ! 壊したらどう落とし前をつけるつもり!?」
「ご、ごめーん」

 ……前、負けたという経験からか、逃げ腰になるこいし。ガーッ! と怒りの気炎を上げる霊夢。

 うん、その、ね。わかっていたよ。

 はあ、と僕は深いため息をつく。
 このときの経験から、僕の中でこいしに対する警戒度はぐーーんとアップしたのだった。



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