東風谷の爆風によって吹き飛ばされた僕は、受身をとることも宙に浮くこともできないまま、地面に叩きつけられた。
 数メートルは落下したはずなのに、衝撃が意外に小さいのは、着地する寸前、東風谷が風のクッションを作ってくれたからだろう。怒っていても割りと優しいなあ……

「先生?」

 なんて感想は、地面に仰向けに倒れた僕を見下す東風谷の表情を見た途端、雲散霧消した。

「貴方は一体女の子になにを言っているんですか!?」
「ご、ごめっ!?」

 全力で防御にかかる。いや、別に攻撃されてるわけじゃないけど、その、東風谷の剣幕が怖い。

「ったく。相変わらず助平なんだから」
「れ、霊夢!? お前も来たのか!」
「まぁね」

 青と白の衣装の後ろには、紅白の巫女が呆れたようにため息をつきながらこちらを見下していた。

 ……ってか、お前ら、見下しすぎ! いかん、いかんぞー。もうちょっとスカート短いの穿いてこい。中が見えねえ。

「ぶぎゅっ!?」

 霊夢に顔を踏まれた。

「まだ酔っているみたいね。なに下半身を観察してたの?」
「さ、覚めた覚めた! ごめんなさいっ!」

 仕方ないじゃん! だって男の子だもんっ! あと、霊夢。お前はおまけだ。本命は東風谷……なんてこと言ったらどちらからもまた攻撃受けそうだな、うん。

 しかし、こう足で踏まれているとイケナイ方向に……ならないよっ! 僕はどっちかっつーとSだよ多分!

「ええい、いい加減踏むのやめんかぁ!」
「あら、元気いっぱいね」
「はぁ、はぁ……危ないところだった」
「なにが?」

 知るか。大体危なくもなかったっつーの。

「……んで? さっきの……えーと、永江衣玖さんとやらはどうしたんだ?」
「ええ。かなり手強かったんですが、途中で霊夢と合流しまして」
「いや、いい。あの人も哀れな……」

 ボコられたんだろう。いくら強かろうが、この巫女巫女コンビを相手にして勝てるような妖怪がこの幻想郷にいるわけがない。
 真犯人は、あそこで僕が吹き飛ばされる様を見て目をぱちくりさせている天子だというのに。思い切り濡れ衣を着せられているな。

 南無南無……

「な、なによあんたたち」

 あ、やっと再起動した。

「それはこっちの台詞よ。貴女こそ何者なのかしら?」
「え? あの、私は天人で、この異変を起こした者っていうか」
「異変? あんたが犯人なわけ?」
「そ、そうだけど……ちょ、ちょっと待って。やり直させて。……もう、段取りとかめちゃくちゃじゃない……」

 最後、天子はぶつぶつ言いながら舞台裏(雲の中)に去る。

 しばらくして、またしてもあの威厳のありそうな声が響いた。

 ――天にして大地を制し
 ――地にして要を除き
 ――人の緋色の心を映し出せ!

 ずんっ! と体重が重いわけでもなかろうに、なにか重い音を立てて天子が登場。

「異変解決の専門家ね。待っていたわ」

 霊夢を見て、そう厳かに呟く天子。どう反応したものか迷ったのか、霊夢が困ったように僕のほうを見る。

「ねえ、良也さん。あれ、なに?」
「だから、犯人」
「犯人ねえ……」

 やり辛そうだ。東風谷も呆気にとられている。

 ……まあ、そうだろうな。そうだろうよ。僕も反応に困ったもん。

「大体待っていたってなによ。まるで解決されるのを待っていたみたいじゃない」
「あ、待っていたみたいだぞ。なんか異変起こしてコテンパンにされるのが目的らしい。なんか歌と踊りと酒ばっかりで天界はつまらんとかナメたこと言っていた」
「羨ましいわねえ」
「ちょ、ちょっと貴方! 私の台詞を取らないでよ!」

 なんだ、説明する手間を省いてやったというのに。

「ったく……。こほん。そう、あの地震を起こしたのは私。でも、あれは試し打ちよ。本番はこれから。緋色の霧をはもう集まりつつある。次はこの幻想郷全体を揺らすでしょう」

 でもその前に解決されること前提だよなあ。イマイチ緊張感がないぞ。

「で、その試し打ちとやらを起こして守矢の分社を潰したんですか?」
「分社? さあ、知らないわね。地震を起こしたのは確かに私だけど。あそこに分社なんてあったの? はは、それはそれは、ごめんなさい」
「……へえ」

 東風谷、その『へえ』は怖い。対象は僕じゃないからどうでもいいけど。

「ふん、もう御託はいいわ。天人だろうがなんだろうが、異変を起こした輩は退治する。それが私の仕事なんだから」
「うふふ、そうそう! それでいいの。私の退屈な日々もこれで終わり。数多の妖怪を退治してきた貴方の天気! 見せてもらうわよ」
「私も、守矢を馬鹿にした貴方を許すわけにはいきません。退治させてもらいますっ」
「え!? 二人!?」

 十分予想できる事態だろうに、迂闊だなあ天子。

 んで、弾幕ごっこが始まった。
 ……やれやれ、好きにしろよ、もう。




















 天子、フルボッコ。

 そうとしか表現できない一方的な展開だった。
 なんか天気が晴れたり雨降ったり突風が吹いたりと色々忙しかった気もするが、まあたいしたことはない。

 大体、あの二人を敵にまわして勝てると思うほうがおかしい。そんな事態になったら、とりあえず僕は逃げるぞ。多分、同意してくれるやつはそこそこいると思うが。

「うぁ!?」

 べたんっ! という擬音が聞こえた気がする。

 霊夢と東風谷のダブル攻撃を受け、天子は無様に地面に倒れた。
 同時に吹き飛ばされた緋想の剣が、ひゅんひゅんと回転しながら地面に突き刺さる。

「終わったかぁ……。ご苦労さん」
「本来なら二対一はあんまりよくないんだけどねえ」
「でも仕方ありません。あの人は許せないことをしましたし」

 でも、分社くらいでそこまで怒ることないんじゃないかなぁ、と先生は思うぞ、東風谷。

 やれやれ……色々とひどいことをしたやつだけど、なんか憎めないし、手当てくらいしてやるか。

 なんて思って天子に近づいていくと、なにやら地面に突き刺さった緋想の剣が緋色の霧を噴出する。

「……はい?」

 すごい霊力。なんか地面もかすかに揺れていたりして……

「な、なんかマズイぞ!?」
「あ〜、そうね」
「最後の悪あがきというところですか」

 うわぁ! この危機感を共有できる相手がいない! いやっ! 誰か助け……

「ぎゃあああああああああ!?」

 地面からこう、岩柱!? みたいなのが盛り上がって、僕を天空へ舞い上げる! いやはや……誰か、助けろ。

 どんどんどんどん上へ登っていく。やがて、天界の更に上にあった雲を越え、更に上空。

 ……なんか宇宙に出ましたよ?

「く、空気!?」
「まだここは宇宙じゃないわよ。息はできる。まあ、"ここ"も天界だし」

 天子の冷静な声。見ると霊夢も東風谷も平気そう。……なんか悔しい。

「さあ、これが最後よ。全世界の気質をちょっとずつ集めたこの緋想の剣の最終奥義! 受けなさいっ!」

 元○玉かよ!?

「くっ、あの霊力はまずいわね」
「ええ。かなり強力です」

 ……え? この巫女二人がビビるレベルなの、アレ?
 いや、ある程度以上強力だと、僕ってば『なんか強い』くらいにしか感じ取れないし。

「良也さん、逃げて」
「はい?」
「逃げなさい。あれはちょっとヤバいわ」

 ……えーと。霊夢が逃げろとか、マジやばいんじゃ?
 なんて思っていたら、緋想の剣がくるくると回転し、規格外の霊力が集まる。

 さ、さすが○気玉……

「喰らいなさいっ!」

 くるくると回転させた緋想の剣から、なんか大砲みたいなのが……!?

「ふっ」
「はぁっ!」

 霊夢と東風谷が前に出て、防御する。
 ギギギギ、と鈍い音が二人を張った結界を削る。

 ……ああ、強いんだ。天子。さて、僕は逃げたほうが……いいんだけど。

「ま、たまには役に立とう。霊夢、東風谷、頑張って天子にとどめさせ」
「え? 先生?」

 東風谷はよく分かっていない様子だが、霊夢のほうは心得たもので、全力で防御結界を展開しながらもニヤリと笑った。

「オッケー。任せたわよ」
「ちょ、霊夢? 一体……」
「いいから、良也さんがこれを防いだら、大技決めるわよ」
「ええ!?」

 大丈夫だって。東風谷は心配性だ。

 とりあえず、二人の前に出る。

「……食らえ! まんが必殺技シリーズ……光符『太陽拳っ』」

 とある長期連載インフレ系バトル漫画からの引用である必殺技で天子の目を眩ます。

 自然と、少しだけ天子の緋色大砲(勝手に命名)の軌道がずれ、更に空間歪曲で完全に効果範囲を僕たちから避けさせるっ!

「いくわよ……」
「え? え?」

 ああ〜、こうしてみると、僕も割りと強いのかも……

「こんのぉ!」

 ……あ、天子本気出した。
 ああ、こりゃ駄目だ。ズラしても、直撃するくらいでかい。

「逃げ!」

 僕は、ズラしきれないと悟るや否や、逃げの一手。
 霊夢や東風谷が攻撃を受けるけど……まあ、この二人のこと。死にはすまい。

「良也さんバリアー!」
「ええ!?」

 でも、逃げられなかった。
 霊夢に肩をつかまれ、緋色の砲撃の矢面に立たされて、

「ま、待て霊夢なにをする……ぎゃああああああああ!?」
「悪いわねっ! 神霊『夢想封印』!」
「ごめんなさい先生っ! 奇跡『神の風』!」

 僕の体が砲撃を防いでいる間に、霊夢と東風谷のスペルカードが炸裂する。

「きゃぁあああああああああああああああ!」
「ぎゃぁあああああああああああああああ!」

 んで、僕と天子の悲鳴が合唱した。

 ……くっそ。覚えてろよ、お前ら。この借り、パンチラの一回や二回で許すと……思う、な。



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