三寒四温。そろそろ春が近づいているが、まだまだ週に三日は寒い日がある。

 今日はその寒い日。……というか、もう三月だというのに、久方ぶりに冬をぶり返したかのような寒い日だった。

「……さて。逃げようか」

 んで、いつものように人里から帰ろうとしていた僕は、以前にも会ったことのある冬の妖怪にばったり出くわしちゃった。
 ……やれやれ、今日これだけ寒いのも、こいつのせいか?

「あら、逃げることないじゃない」
「逃げるだろ。妖怪に喰われたくないし」
「別に今はお腹空いていないからいいわよ。眠いし」

 な、なんだ。よかった……それなら怖がる必要も、っておい。
 お腹が空いていない? つまり、なにかを食べたってことで……。妖怪の食料は、人間なわけで。

「誰を喰った? レティ・ホワイトロック」

 心が冷えるのが分かる。人里の人たちとは、ほとんどの人と知り合いだ。あの誰が食べられても、僕は容赦する気はない。数ヶ月に一度、知り合いが喰われたという噂を聞くたび、積もってきた腹の重みが、ヤバイ。
 まだ今の僕じゃ敵わないだろうけど……でも、僕のすぐ蘇る安っぽい命でよければ、いくらでもくれてやる。

「一人で盛り上がっているところ悪いけど、人間は食べていないわよ」
「……本当に?」
「そうよ。里の守護者ってのは厄介でねえ。しかも、冬は人間は家に閉じこもっているし。正直な話、ここ三、四年、人間を食べれていないのよ私は」

 三、四年、ということは僕がこっちに来る前だ。と、すると、僕の知り合いが喰われたことはないはず。

 ……まあ、ならいいか。冷たいようだけど、自分の知り合いでもない人が妖怪に喰われたからって、同情はすれど、それだけで怒れるほど僕は人間ができてない。
 ニュースで殺人事件があった、と聞かされているような感じだ。

「で、腹が減っていないって?」
「私たちも、一応人間と同じものは食べられるからね。春眠前に、腹ごしらえは済ませたの」
「春眠て」

 春眠暁を覚えずという。僕の大好きな格言の一つだけど……まだちょっと早くないか?

「まだ春には早いと思うけど」
「ふん、冬のプロの私から言わせれば、こんなものとっくに春よ、春。次の冬まで私は寝るの」
「……四分の三年も?」

 いや、冬の妖怪なんだから冬以外は寝ていてもおかしくないのだけれど。それはなんていうのだろう……日暮さんに次ぐくらいの寝ぼすけさんではなかろうか。

 そういえば、こいつ、冬以外は見かけないな。

「それに、春告精も時々見かけるし……ああ、嫌だ嫌だ。春なんて私のいないところでやってくれればいいのに」
「無茶な」
「ま、あんまり冬が長すぎてもねぇ。一昨年みたいにずっと冬だと、それはそれで疲れるし。やっぱり四季は巡らないとね」

 さっきと言っていることが真逆だし。
 ったく、妖怪とはやっぱり相性悪いな。妖精とか、妖獣とかはそうでもない気がするんだけど……

「てか、一昨年って?」
「白玉楼の連中のせいで、幻想郷から春を奪われちゃってねえ。ずっと冬のままだったの」
「……聞いたことあるような、ないような」

 確か、妖夢たちと霊夢たちが出会ったきっかけの事件だったっけ。噂程度には聞いたことがある。
 いやまあ、あんまり興味なかったんでスルーしたけど。

「……っと、こんなところまで来たか。春告精め」
「は? 春告精? さっきも言ってたけど、なにそれ」
「冬を終わらせる忌々しい妖精よ。私はこれで失礼するわ。ごきげんよう、人間さん」
「あ、ちょっと」

 声をかけるも、レティはとっとと行ってしまった。
 ……うーん? 春告精? 字面からして春っぽい妖精? わけわからん。

「うわ、っぷ!?」

 いきなり、暖かい風が吹き付けてきた。
 先ほどまでの、刺すような冷たい風とは違う、確実に春を感じさせる風。レティが去った事で寒気がなくなったのかと思ったけど……違った。

「はーーーーるうーーーーーーーーーー!」
「は?」

 なにやら、遠くから小さいのが近づいてくる。気配からして妖精なんだけど……な、なにかものすごい弾幕を放っていらっしゃる!?

「でーーーすぅよーーーーーーー!」
「ぎゃあああああああ!?」

 な、なんだこいつ!?
 まったくでたらめに弾幕を撃っているんだけど、密度が半端じゃねぇぇぇぇー!?

「ふぬっ!?」

 こ、ここは咲夜さんの指導もあって、何とか自分のものにできた『時間操作』で!

 能力を発動すると、先ほどまですごい勢いだった弾が遅く見える。自分の半径二メートルに入れば本来のスピードに戻るので慎重に避け、

「よっしゃあ!」

 所詮、僕を狙ったわけではない弾幕。間隙はいくつでもあり、僕はその妖精に思い切り弾幕を食らわせた。

「春ですよー」
「効いてねぇ!?」

 溢れんばかりの霊力が、僕の霊弾を弾いてしまったらしい。よ、妖精ってここまで強かったっけ?

 続く弾幕は、いくら時間を早くしてもかわしきれず、ていうかこの力はスゲー体力消耗するからもう使えない。
 一発、二発と掠る弾幕。僕は徐々に追い詰められていき、

「ちょ、ちょっとタンマ! ストップ!」

 苦し紛れに、そんなことを言ってみた。当然、聞き入れられるはずもない、と言った後で気付いたが、

「うゆ?」

 予想に反して、その妖精は初めてこちらに気付いたかのようにキョトンとして、こちらをじーっと見つめてきた。




















「……ほう、君はリリーホワイトという名前で、春を司る妖精。さっきの弾幕は興奮してて、自分でもよくわかっていなかった、と」
「うんー、春、春ー」

 こくり、とうなずくリリー。
 ……ええい、この小娘は。たったこれだけのことを聞くだけで十分は使ったぞ。

「まあ、この状況を見るに、嘘じゃないんだろうけどさ」

 ついさっきまで冬らしい装いだった桜の樹が、リリーが現れた瞬間満開になっている。
 視界いっぱいに桜色が広がっていて、ここに酒を持ってきていないことを後悔するくらいだ。

「ではでは、私は次の土地に春を告げにいくのでー。じゃあねー」
「いや、待て」
「あう!」

 飛び立つ前に、リリーの髪の毛を引っ張る。
 背の低い彼女はそれだけでバランスを崩し、後ろ向きに倒れてきた。

「よっと」

 流石に土をつけるのはよくないので、適当に抱きとめた。

「なんですかー? 意地悪はやめてください」
「いや、あのな。ちょっとは落ち着いて行け。さっきは僕だから良かったけど、普通の人間だと怪我じゃ済まない」
「人間さんはー、普通空は飛びません」

 んがっ! この天然っぽい娘に思いっきり正論を言われた!
 そうだよねー、空飛んでないと、あの弾幕も当たらないよねー。

「いやいや、それはそうだけどっ。でも、逆に、空飛んでいるやつに会ったら、一瞬で返り討ちに……」

 ビクッ、とリリーの背中が跳ねた。この反応……

「も、もう痛いのは嫌です」
「……紅白」
「ひぃ!」
「白黒」
「ひぃいいい!」

 ……うわぁい。霊夢、魔理沙。お前ら、こんな小さな子苛めてたのか。

「と、言うわけで、落ち着いて行こう」
「……はいー」

 しょんぼりとしたリリーに、なんか僕のほうが苛めているような気分になってきた。
 うーむ……

「まあ、春は連中も待ち遠しいだろうし、弾幕にだけ気をつけりゃいいと思うよ?」
「はい」
「大丈夫。確か今日は霊夢のやつは神社でずっとゴロゴロしているはずだし、魔理沙も来ていたから二人で茶でも飲んでる。出くわすことは多分ないだろうから」

 頭を撫でる。……あ〜、妖精っつーとチルノ(馬鹿)や三妖精(生意気)みたいなのがほとんどで、大ちゃんみたいなのは少数派だと思っていたけど、そうでもないのかもな。

「では、いってきます!」
「ああ、いってらっしゃい」

 やれやれ……空気もだいぶ暖かくなって、こりゃもう気温操作はいらないかもな。

「春ですよー!!」

 そして、元気よく飛び出していくリリー。そして、前方といわず背後といわず、撒き散らされる弾幕……

「わかってねぇええええええええ!?」

 僕は、必死で逃げた。




 ……もう知らん。頑張って春を呼んでくれ。途中でどっかの誰かと事故って落とされても、慰めたりしないぞ。



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