「こ、東風谷……だよな? 東風谷早苗!」
「え、あ、はい。そうですけど……先生?」
「そう、僕は土樹良也先生」

 お互い、馬鹿みたいに口を開けて、お互いの確認をする。

 ここは幻想郷。妖怪の山。不穏な神社。んで、そこに元塾生兼守矢神社の巫女、東風谷早苗。
 いやいや、ありえへんて。なぜに関西弁。

「なっんっでっ! 東風谷がこんなところにいるんだよっ!?」
「それはこっちの台詞ですっ!」
「いーやっ、僕の台詞だ! さあ、きりきり説明しろ!」

 ぐう、と東風谷はちょっと唸って、仕方なく一言で纏めた。

「引越ししてきたからです!」
「短っ! そんな説明じゃわけがわからない。もうちょっと詳しく説明しろ!」

 大体、引越し先の選択肢に何故幻想郷が入っているんだ。ここ、郵便も届かないぞ!?

「外の世界では信仰が集まらなくなったので、神への信仰がまだ息づいていると言うこの幻想郷にやってきたんですっ。さあ、答えましたよ。次は先生です!」
「僕は……!」

 ……はて、よく考えてみると、僕はどうしてこんなところにいるんだろう?

 最初は事故で、次からは友達に会いに来たり、妙に居心地がいいからダラダラしに来たり。あと宴会しに来たり。
 んで、この妖怪の山に登ってきたのは……まあ、霊夢が妙なことをしないため?

 と、とりあえず一言で纏めるとだっ!

「僕は、えっと、その……成り行きだ!」
「なんですかそれ!? なーんですかそれ!?」
「うっさいっ。成り行きなのは成り行きなんだから仕方ないだろう! 特別な理由なんかないんです、すみませんっ」

 ふうー、ふうー、とお互い息を吐く。
 僕もそうだが、東風谷だって納得のいかないことは多々あるだろう。でも、とりあえず息を整えて冷静にならなければ、わかるものもわからない。

 叫びすぎて、喉が痛い。それもこれも、東風谷がこんなところにいるのがいけないんだ!

「で、確認だけど、ここは守矢神社……でいいんだよな?」

 どこか見覚えのある神社の風景について、東風谷に尋ねてみる。
 あっちも少しは落ち着いたのか、一度深呼吸してから、しっかりと頷いてくれた。

「はい。神奈子様はこれが本来の守矢神社の姿だと仰られていました」

 ……その神奈子様とやらがどこのどちら様かは知らないけど、外の世界での守矢神社とは規模が違いすぎる。
 でも、落ち着いてみると、感じられる気配は、外の守矢神社であったもののそれ。

 神社が引っ越してきた、というのも自然に納得できるんだけど……どうやってこんなのを建てたんだろう。

「あー、うん。ちょっとは納得した。えっと、信仰? を集めるため、より集めやすいこっちに来たと。どうやって引っ越したのかについては、とりあえず突っ込まないでおくとして……」

 なんか疲れた。もう嫌だ。なにも見なかったことにして、帰って不貞寝してえ。

「あの霊夢と、まともに勝負していた東風谷は、一体何者なんでしょうか?」
「風祝です」
「……わんもあぷりーず」

 微妙に間違った英語で問い返す。

「だから、風祝。風を鎮める役割の神職……いえ、わかりやすく巫女と思ってもらっても構いません」
「あ、巫女ね、巫女」

 オーケー。それなら、外の世界の東風谷と実像はブレな……

「しかし、私は現人神でもあります。人にして、人々の信仰を集め奇跡を起こす存在。あの博麗神社の巫女とやりあえたのは、その力のおかげです」
「いや、待て」

 神様て。
 いっきに話がぶっ飛んだぞ。

「天皇?」

 確か、二次大戦終結時、人間宣言をするまで天皇は現人神だったはず。

「流石に天照大神を始祖にもつ天皇陛下と比べられても困りますが。まあ、格の違いはあれど、似たようなものと思っていただければ」
「……うぉーい」

 つい一週間前までセーラー服着て学校通ってた女学生が現人神とか言われても、僕は対処に困る。

「先生こそ何者です。ここにいることもそうですが、先ほど空を飛んでいましたね?」
「何者……って、ただのしがないお菓子売りだ。兼魔法使い見習い?」
「ま、魔法使いですか。……流石は幻想郷」

 いきなりファンタジーな用語が出てきたせいで驚いているっぽい東風谷。
 ……いや、現人神に言われたくない。

「しかし、先生もこちらに流されてきたんですね……。魔法はこちらに来てから覚えたのですか? それとも、元々魔法使いだったから幻想郷に?」
「魔法はこっちに来てから」
「……まだ一週間と経っていないでしょうに、空を飛べるまで習熟するなんてすごいですね」

 いや、空を飛べるのは魔法とは関係ないんだけど……まあいいか、説明するのも面倒だし。

「あ、でも一週間じゃあないよ」
「はい?」
「去年の今頃だったかな、魔法始めたのは……」

 うん、確かそのくらいだ。パチュリーに会って、魔法を習い始めて。それまでは空飛べて弾がちょっと撃てるだけの小粋な大学生だったけど、今は魔法も使える小粋な大学生だ。
 で、去年の春までは、正真正銘なんの変哲もない普通に小粋な大学生だったんだよな。

「……思えば、遠くに来たなぁ」

 なんで魔法とか普通に使えるようになっているんだヨ。

「ちょ、ちょちょちょ、ちょーっと待ってください」
「なんだ?」
「そ、それって、つ、つまりー」

 ぐるぐるとまあ、東風谷とは思えぬ慌てっぷり。
 まあ、さっきまでもそうだったけど。

「先生、もしかして……外とここ、行き来できるんですか?」
「できるよ」

 簡潔に答える。

 ん〜、そっか。東風谷はこっち入ったら、そう簡単には出れないんだよな。博麗大結界、自分でもなんで抜けられるか不思議なくらいだもん。
 まあ、幻想郷に来たての外来人なら外に抜けることは出来るらしいけど……居着いちゃったら出れないらしいし。

 手紙も普通は送れないし、クラスのみんなにどこに引っ越すか告げられなくても仕方ない。

 ふむ、手紙を届けるくらいはやってあげようか。

「お、ど、どうした東風谷!?」
「いえ、ちょっと眩暈が……」

 ふらつく東風谷を支える。あ〜あ、さっき霊夢が無茶しやがるから……

「なんかこう、色々と悩んでいたのが馬鹿らしくなってきました」
「いやまあ、僕はけっこう特別? だそうだから」

 自分を自分で特別とか言うのは、中学生くらいに卒業したと思ったんだけど、それ以外に表現しようがないから困る。

「とりあえず、母屋の方に行くか。もうちょっと落ち着いて話したいし」
「……そうですね。あ、でもあの巫女を追いかけないと」
「あ〜、霊夢は無茶する奴ではあるけど、大体あいつが動けばいい方向にいくから、心配は要らない。だからできれば慰謝料とかは無しの方向で」

 一番気になるところを東風谷に言うと、曖昧ながらも頷いた。

「はぁ……博麗神社を押さえれば、幻想郷の信仰は全部私たちのものになったのに」
「は?」

 信仰?
 博麗神社を押さえたって、元々人間の信仰などこれっぽっちも集めていない神社だ。それでいて、妖怪たちには妙に人気があって、潰してもそこらへんの怒りを買うだけで得なんてないぞ。いやほんと。

 ってなことを説明すると、東風谷はまた落ち込んだ。……なんだろう、もしかして東風谷、うっかりさん?

















「粗茶ですが」
「お構いなく」

 守矢神社の母屋に案内されて、東風谷からお茶を貰う。
 あ〜、いいなぁ、お茶を淹れてもらうって。神社でお茶と言えば、今やほとんど僕が淹れていて、霊夢は飲むだけ。

 だから、こうやってお茶を淹れてもらうと、違和感とともに妙な嬉しさがあったりする。

「母屋は……向こう風なんだな」
「ええ。電気が通っていないと聞いていたので、電化製品の類は持ち込んでいませんが」

 でも、窓なんかはガラス張りだし、ちゃぶ台もこれコタツだ。
 部屋の隅に転がっている蛙のぬいぐるみも、材質表示のタグが付いているし、茶菓子のせんべい、これも確か東風谷んちの近くにあった煎餅屋さんのもの。

 この分だと、お茶も多分あっちのなんだけど……。

「東風谷、一ついいか」
「なんでしょう?」
「……料理とか、作れている?」

 東風谷は微妙に視線を逸らした。……この分だと、台所も向こうのままか。

 電気はもちろん、ガス水道までもないと、割と現代人ってのは無力だ。東風谷みたいな能力があっても、それを生活に活用することに慣れていなければ、宝の持ち腐れ。

 このお茶だって、出てくるのに随分かかったし、もしかして外で焚き火でもして沸かしたのかもしれない。

 ああ、それに、慣れてないと食材探すのも大変だよな。人里、ちゃんと行っているんだろうか。

「んー、あー、んー」

 なんだろう、放っておいたら、すごく生活が荒みそうな気がする。
 仕方ない、かなぁ。

「あの、東風谷……」
「早苗ー? なに虎の子の煎餅を出して……あれ?」

 ひょい、と顔を見せたのは、確か、いつぞや一緒に水切りして遊んだ子供。……えーっと、名前は、確かー

「諏訪子?」
「あれ、あれー!? なんで良也がここにいんの早苗!? はっ、さてはあんたもしかして……」
「も、もしかしてなんですか、諏訪子様!?」

 様?
 様付け……なんで?

「先生は、昔からここに通っているんだそうですっ!」
「通って? 幻想郷に?」

 ふーん、と興味深そうに見てくる諏訪子。

「ただの人間じゃないとは思っていたけど、こりゃ予想以上の変人だったみたいだね」
「誰が変人だ」
「あんたよ、あんた。ふう、でもビックリした。てっきり早苗が連れて来たのかと」
「なんで私が連れてくるんです?」

 東風谷が聞くと、諏訪子は意地悪な笑みを浮かべて、

「え? それはほら、早苗が『私に付いて来て下さい!』とか言えば、そりゃもうそこらの男はホイホイと」
「し、しませんっ! しませんからっ!」

 慌てて手を振る東風谷。……んな否定するから面白がられるんだと思うんだけど。

「あー、東風谷? こっちのお子様は一体……」
「洩矢諏訪子様。この神社のもう一柱の神様です」

 もう一柱? ってことは、また別に神様が……よーわからん。

「ってか、神様? 水切り十段も越えなかった諏訪子が?」
「そ、それは関係ないでしょう!」
「水切り?」

 はて、と首を傾げる東風谷に、以前遊んだことを説明する。

「水切り平均、に、二十段って。先生、凄いんですね」
「ふっ、無駄にな……って、おっと」

 ちょっと格好をつけていると、遠くからの衝撃でびりびりと母屋が震えた。
 霊夢、暴れてんな。

「うわ、あの巫女本気で強いよ。神奈子と互角にやり合ってる」
「神奈子様と!?」
「あ〜、察するに、それがもう一つの神様か」
「はい」

 まあ、神様だろうがなんだろうが、あいつに勝てるとは思えないけど……あ、お茶冷めちゃった。

「まあ、霊夢と喧嘩したって一文の得にもならないってことは話しただろ? 多分、霊夢が勝つけど、その後で生活について聞いてみればいい。幻想郷での身の振り方は、あいつに聞くのが一番だ」

 まともに聞いてくれたら、という但し書きが付くけれど。

「あの巫女にですか? でも……」
「ほら、僕も口添えしてやるから」
「っていうか、良也はあの巫女とどういう関係?」

 諏訪子の質問に、僕は一瞬止まる。どういう? はて、友達……ではあるんだけど、どうにもしっくり来ない。
 まあ、事実だけ言っておこう。

「えっと、僕、こっちに来ている間、博麗神社に寝泊りしてるから」
「え?」

 なんだ? 東風谷が一歩引いたぞ。

「どうした?」
「ま、まさか同せ」
「違うっ! 泊まるところないから屋根借りてるだけだ」

 そ、そういう方向に持っていくか。
 いやでも、普段の僕と霊夢を知っている人なら全員同意してくれるだろうけど、あの巫女と僕の間にそんな色気のある話は一切ないんだよ、いやほんとにね。

「とりあえず、その辺りも含め、先生の話を詳しく聞かせてもらえますか? 正直、まだ混乱していて……」
「ああ、構わないけど。僕も、東風谷の話聞いておきたいし」
「あ、私も私もー」

 諏訪子も会話に参加してくる。……まあいいけど。

「さて、それじゃあ、どこから話そうかな……」

 僕は記憶を遡りながら、ここに来た経緯を話し始めるのだった。



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