それは、大学の夏休みが終わってしばらくしたころ。

 東風谷早苗が転校した。

「……はあ」

 塾はずっと以前に辞めていたから、今更の話だ。でも、夏休みは気が向いたら守矢神社に顔を見せていたので、別れくらいは言えた。
 東風谷は、どこか寂しそうにしながらも、新天地への希望か、明るい笑顔をしていた。

 ちなみに、クラスのほうのお別れ会では涙を見せていたらしい。まあ、僕との別れなんて、その程度だろう。まあ、泣かれるとそれはそれで対応に困るし。

「ま、見るだけ、な」

 で、もう既に守矢神社は誰もいない、無人の神社となっているはずなのだが、僕の足は自然とそちらに向かっていた。
 もうすでに東風谷はいないとわかっているけど、なんだかんだで一年以上、週一回行くか行かないかの頻度で通っていたのだ。習慣というのは変わらない。

 通い慣れた石段を登り、守矢神社の境内へ。
 ここは、無人になるが神社としてちゃんと管理されるそうだから、潰れたりは……

「あれ?」

 違和感。

 気のせいだろう、と思っていたが、神社に近付くほどにそれはひどくなる。

「……なんだここ?」

 境内に立って、確信した。
 外見は何も変わっていない。無人になってまだ一週間と経っていないんだから当たり前だが、いつもより少し葉っぱが散らかっているだけで綺麗なものだ。

 でも、違う。明らかに、この前とは異なっている。
 なんていうのか、ここは守矢神社であって守矢神社でない。

 なにがおかしいのか、と慎重に周囲を探って、一つの事実に気付いた。

 ……霊力が、消え失せている。東風谷がいた頃は、むせ返るほど濃密だった霊気が根こそぎなくなっていた。
 これでは、そこらの土地と全然変わらない。

「……引っ越しって、こういうことか」

 確かに、ここは守矢神社ではない。外側だけ形を留めている、守矢神社だったものだ。その本体とも言えるものは、きっと引っ越し先に持って行ったんだろう。どうやってかは知らないけど。

「本当に、霊験あらたかな神社だったんだな。引っ越しただけで、霊気なくなるなんて……」

 もう、ここに来ても意味はないだろう。なにせ、ここは僕が東風谷と過ごした、あの守矢神社ではない。
 物寂しいものを感じつつ、僕は元守矢神社を後にした。














「あれ?」

 幻想郷に来てみると、霊夢の姿がない。
 いないことは少なくはないが、現在は夕刻。夕飯の支度をしないといけない時間だ。この時間にあいつがいないなんてこと、あんまりないんだけどな。

「さてはて……夕飯、準備しといてやった方がいいのかな?」

 微妙なところだ。どこぞの宴会に誘われたのかもしれないし、あんまりないことだが人里の露店かなにかで済ませているのかもしれない。
 僕だって、二人分ならともかく、一人分を作る気はしないし……

 とか考えていると、後ろから声をかけられた。

「お、良也じゃないか」

 いつもどおりの言葉に振り向いてみると、案の定、普通の魔法使いが箒に跨って神社の境内に着陸していた。

「魔理沙? 今、霊夢いないみたいだぞ」
「あ〜? っちゃあ、先越されたか」
「……あいつがどこに行ったのか知っているのか?」

 はて、そういえば魔理沙も妙に重武装だな。
 見た目はいつもと変わらないように見えて、護符(アミュレット)を付けているし、スペルカードケースもぱんぱんだ。

 ……こいつがこれだけスペカ持っているって、紅魔館と戦争でもする気か?
 人里を十回は更地に出来る量だぞ、あれ。無論、慧音さんがいなければ。

「あ〜、多分、山の上の神社だな。なんか、ここんちの神社の営業を停止しろ、とかそこの人間に言われたらしい」
「山? って、妖怪の山か? あそこに神社なんかあったっけ」

 そもそも、この幻想郷にここ以外の神社があることすら初耳だ。

「なかったよ。最近出来たらしい。……ちぇっ、私も行こうと思っていたのに、先を越されたか」
「なんで魔理沙まで?」
「面白そうじゃないか」

 そうだった……ここの連中はそういうのに目がないんだった。

「っていうか、なんで営業停止なんだ? 仲良く共存すりゃいいじゃないか」
「さあ? そこら辺の詳しい事情は知らないぜ」
「そもそも、ここの神社って営業していたっけ?」

 賽銭をせびるだけで、神事をした記憶もないし、御神籤もお守りも売ってない。
 霊夢のする仕事と言えば……なんだろう、お茶を飲むことと掃除すること? うわ、どう考えてもまともな神社じゃない。掃除も最近、僕がほとんどしている感があるし。

 ああ、そういえば妖怪退治もしていたな。でもアレが神社の仕事かと言われると微妙だし。

「まっ、そんなわけで、私も山の神社に行こうかと思っているところだ」
「……まあ、待て」

 魔理沙を手で制して考える。

 霊夢は、その山の上にできたという神社に向かったわけだ。その影響か知らんが、確かにいつもより妖精が活発に動き回っている気がする。
 つーことはきっと、奴のことだからいつも通り、向かってくる連中全部蹴散らしながら強行突破しているわけで。

 ……うわー、そこら中に迷惑かけまくってんじゃないだろうな。
 妖精くらいならいいけど、妖怪の山にはこの前知り合った天狗とか河童もいるわけで。ついでに、その麓あたりには神様とかもたくさんいた気がする。

「……僕が追いかけるわ。お前はここでお茶でも飲みながらおとなしくしていろ」
「えー? お前、それはあれだぜ。私の楽しみを邪魔するなよ」
「その神社の人とやらとは、話し合いをするべきだ。お前が来ると、まとまるものもまとまらん」

 物事をとりあえず弾幕で解決しようとする人間だし。霊夢もそうだけど、あっちは弾幕ごっこも面倒くさがるタチだから説得の余地はなくはない。
 ……とっとと追いつかないとな。

「でもなぁ」
「僕が持ってきた菓子、全部食ってていいから」
「マジか!?」

 食いついた。
 ……よかった、今日持ってきたのが少なめで。

「よし、じゃあそれ食っている間だけ、おとなしくしておいてやろう」
「は?」
「腹いっぱいになったら追いかけるからな」

 ……こ、こいつは。

 僕はヤケクソ気味にリュックごと魔理沙に菓子を押し付けて、博麗神社にストックしてあるスペルカードを全部持ってきてポケットに突っ込む。
 ああー、こんなことがあるんだったら、もっと作っておけばよかった。

 などと後悔するのも後の祭り。まあ、霊夢が先行しているんだったら、大体の敵はあいつが片付けているだろう。

 そう楽観し、僕は博麗神社から飛び立った。


 ……さて、急がないとな。



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