「ちょっと、良也さん?」
「ん?」

 外の世界に帰ろうと境内でリュックをまとめていると、ちょっと不機嫌な顔の霊夢が話しかけてきた。

「なんだ? なんか忘れていたっけ」
「これよ、これ。先週からずっと置きっぱなしじゃない」

 と、霊夢が掲げて見せたのは……
 ああ、この前、永遠亭に行ったときもらった土産じゃないか。中に薬が入っているという『蓬莱』と書かれた壺。

「ああ、忘れてたなぁ……」
「邪魔なのよ。持って帰るか、捨てるかしてもらえない?」

 つってもなぁ。捨てるのは流石に気が咎めるし、かといって持ち帰るのもかさばって仕方がない。
 ……仕方ない。今、処分するか。

「中身は薬らしいぞ? 霊夢飲めば?」
「薬? なんの?」
「知らない」

 いらないわ、と霊夢は即決して僕に壺を渡してくる。

 まあ、気持ちはわかる。

「うーん……匂いは、ないけど」

 壺の口を塞いでいる布を取り払い、少し匂いを嗅いで見る。
 危険そうな匂いはないが……だからといって、安心するのはまだ早い。

「この前、あそこの人間が薬屋を開業したんだけど、けっこう評判よ。その薬も効くんじゃない?」
「なにに効く薬かがわからないから不安なんだよ」

 中に入っている大き目の飴玉くらいの丸薬を取り出す。
 色といい形といい、普通の薬っぽいんだがなぁ。何せ、作ったのはあの永琳さんだ。油断はならない。

「まあ、死にゃしないだろうけど」
「もう、ぐいっといきなさい。男らしく」
「危険を避けれるなら男らしくなくていい。……でもまあ」

 別に、僕を偽の薬で謀ったところで、あの人たちに益があるとも思えない。わざわざ嫌がらせのために、ここまで手の込んだことをするはずもないだろう。

 ま、最悪二、三日寝込む程度で済むさ、と僕はその丸薬を口に入れ、

「失礼。良也くんはまだこちらにいるかな?」
「慧音がしつこいから、前の時の礼に来……」

 直後、神社の前の石段から、慧音さんと妹紅がやって来た。

「あら、里の半獣に竹林の人間じゃない。良也さんなら、今帰るところ……」

 霊夢が二人に挨拶するが、その片方――妹紅のほうは、僕の方に視線が釘付けだ。
 なんだ? いつの間にか、そんな注目を集めるほどの美男子になっていたのか、僕は。

 んなわきゃねぇよ、と一人自分にツッコミを入れつつ、口の中の丸薬を飲み下し、

「それを飲むなぁあああーーー!!」

 弾丸のごとくすっ飛んできた、妹紅の蹴りの一撃が、僕の胃を強打した。

「ぐぼぉほぉ!?」

 胃の内容物を吐き出しそうになるも、なんとか耐える。
 ええい、霊夢だけならまだしも、慧音さんまでもがいる状況で、そんな無様な真似はさらさんっ!

「なにをするかっ!」

 流石にちょいとムカっと来たので、予告なしに霊弾の嵐をお見舞いする。

 ……片手で全部振り払われ、今度は拳で腹を叩かれた。

「ぐ、ぐぐ」

 んが、妹紅は体術をそれほど極めているわけでもないらしい。なんとか防御が間に合い、無様に吐瀉することは避けられた。

「い、いきなりなにをする」
「くっ、吐き出せっ! 今すぐ!」
「なにを……って、は?」

 胃のところから熱が立ち上ってくる。
 一瞬で全身に広がり、身体が火のように熱くなってきた。

「なん……だ、これ」
「ええい、まだ間に合う! 今飲んだ薬を吐き出せっ」

 薬? さっき飲んだアレか……って、永琳さん、なに混ぜたんだよコレ!?
 精力剤か!? むしろ下剤か!? 変化球で鈴仙特製座薬を経口で飲んじまったのか!?

 身体が火照って……

「おい、良也!? 良也!」
「も、駄目……」

 んで、バタンと僕はぶっ倒れた。






















「む、おはよう」

 目が覚めると、目の前にはぶすっとした妹紅の顔。
 寝覚めに女の子の不機嫌な顔があるというのは、いいことなのか悪いことなのか。

 窓から入ってくる光を見るに、もう夕方も終わりが近いっぽい。

「おはよう、この馬鹿野郎」
「ごあいさつだなあ。ったく」

 上半身を起こしてみると、なにやら身体の調子がやたらいい。
 まるで生まれ変わったかのような軽快さ。

 ……なんだ。最初、身体が変になったときはどうしたものかと思ったけど、やっぱり一応薬は薬だったんだな。

「んで、二人ともいらっしゃい。霊夢ー。もう僕こっちで飯食っていくからさ。飯は一人……いや三人分多く炊いて。二人とも、飯食っていくよ……な?」

 ちょっと離れたところで見守っていた霊夢にそんなことを言っていると、妹紅に襟を締め上げられた。

「なにをするー」
「お前、自分がなにを飲んだかわかっているのか?」
「ぜんぜん」

 なんだ、滋養強壮の薬とかじゃないのか。ちょっと、初期の効果が異常だったが。

 妹紅だけでなく、傍に立つ慧音さんも深刻な顔をしている。霊夢は……呆れるほどいつもどおりだが。

「お前が飲んだのはな……」
「うん」
「不老不死の薬だ」

 ……は?

「ふろうふし?」

 不労父子か、それとも浮浪武士か。
 いやいや、風呂風刺ということもありえる。自分で言っててわけがわからないが。

「待て待て。不老不死?」

 確かにそう言ったな? 不老不死といえばよく漫画などのモチーフになるという、あれだ。

「なにを馬鹿なことを。妹紅、んなのが現実にあるわけが……」

 ない、と続けようとして、僕は今の状況そのものが『現実にあるわけがない』ものだということに気付いてしまった。

 うーん、本物の妖怪や魔法使いが普通にいるここで、現実的じゃないっていうのもおかしいな。つーか、僕自身空飛んだりしているし。

「信じられないならそれでもいい。しかし、私は実際、千歳を超えている。その前は、ごく普通の人間だったがな」
「いや、ちょっと。……マジっすか」

 そういえば、竹取物語って、ラストで不死の薬を残して月に帰ったんだっけ?
 うわっ、なんかだんだんマジに思えてきた。

「だから、吐き出せと言ったんだ。不老不死なんていいもんじゃない。人間として生きることは不可能だし、家族や友人もどんどん先に逝ってしまう。化け物みたいに扱われて、私は何回も住処を追い出された」
「……はぁ」

 んなこと言われても。
 まあ確かに、『死なない』というより『死ねない』という苦痛は、不老不死にありがちのテーマだ。

 ……ベタ、だとか言ったら、多分妹紅キレるな。

「ま、なんとかなるでしょ」
「は、はあ?」
「飲んじまったもんは仕方ないし。まあ、先輩として色々教えてくれたら嬉しい」

 さて、飯でも作るかー。

「いや、ちょっと待てっ。それでいいのか?」
「いいもなにも、もう過ぎちゃったことだろ」
「それはそうだが……。こんなものを飲ませた輝夜に恨みとか」
「いや、別に。輝夜は好意でやってくれたんだろうし、実際死ぬよりは生きてるほうが良いし」

 五年、十年なら、若作りってことで誤魔化せる。まあ何十年も経ったら、向こうにはいられなくなるかもしれないが……それはそのとき考えよう。

 いざとなったら、幻想郷に本格的に移住しても良いし。

 と、そこで今まで沈黙を保っていた慧音さんが口を開いた。

「君は、考えなしだな」
「慧音さんに比べたら、たいていの人が考えなしだと思いますが」

 いつもなにかに悩んでいそうな雰囲気の人に言われてもな。

「そんなことはない。……しかし、不死人は君くらいお気楽なくらいで丁度いいのかもしれないな。妹紅は少し悩みすぎる」
「僕は、幻想郷の妖怪の大半よりはお気楽じゃないつもりですが」
「そうだな。だからこそ、妖怪もその長い寿命を生きられるんだろう」

 ……なんだろう、慧音さんがなにを言いたいのか、イマイチわからない。
 褒められているような、貶されているような。

「お話は終わり? じゃあ、良也さんにはとっととおかずを作って欲しいんだけど」
「いいよ。米は炊いとけよ霊夢」
「はいはい。……そっちの二人、食べていくなら、ちゃんと料金は払いなさいよ?」
「アホか」

 何気なくセコいことを言う霊夢に突っ込みを入れる。

「おい、良也」
「ん? なーに? 夕飯のリクエストなら随時受け付けているぞ」
「違う」

 む? 焼き鳥とか食いたいんじゃないのか。

「いいだろう。蓬莱人の先輩として、お前にはみっちり、いろんな心構えを教えてやる」
「あー、はいはいそれね。それはどーも」
「……というより、私が悩みまくった問題を『なんとかなるでしょ』の一言で流しやがって。お前も、せいぜい苦悩するがいいっ」

 八つ当たり!?

「な、なんかカッコ悪いぞっ」
「重々承知だっ」

 うわーい、こういうキャラだったのか、妹紅ってば。

 まあまあ、不老不死になったっつーなら、きっと長い付き合いになるんだろう。
 実は未だに、どこまで本当なのか半信半疑ではあるんだが……

「ま、なんとかなるだろ」

 あまり考えるのも面倒臭いので、僕は欠伸を一つして台所に向かった。

 ……さて。
 夕飯の材料は、なにか残っていたかな?



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