「あ〜、ひどい目に遭った」

 ったく。ちょっと耳を触ったくらいであんなに怒ることはないだろうに。まだ背中全体がひりひりするぞ。
 穴に入らなかったのは不幸中の幸いか……

「いかんいかん。下品禁止」

 んで、体調も戻ったので、僕は宴会場に戻ってきた。
 さすがにもう呑む気はないが、さりとて怒り心頭の鈴仙がいる保健室に居座ることもできない。

 永琳さんは、鈴仙を寝かしつけてから来るそうだし……

「さて、輝夜と妹紅は仲良くやってる、か……な?」

 襖を開けると、僕の言葉は尻すぼみに。
 いや、でも無理ないだろ。っていうか、お前らな。

「……潰れてる」

 そう。
 輝夜と妹紅は、各々一升瓶を抱えて、青い顔で倒れていた。
 何が起こったのか、それだけでわかりすぎる。周りに一升瓶がもっとたくさん転がっているし。

「てゐ。一応なにがあったのか、聞いてもいいか」

 丁度一番近くにいた兎に聞いてみる。
 主人が倒れているというのに、てゐはむしゃむしゃとにんじんを頬張っていた。

「ん〜? あんたがいなくなって、あの二人が『呑み比べで勝負だ』って展開になって」
「……十分だ」

 まあ、弾幕を撃ち合うよりは平和と言えなくもないが、二升も三升も呑んで、急性アルコール中毒とか大丈夫なのか?

「霊夢。お前も見てたんなら止めろよ」
「な〜に〜? 文句あんの?」

 ヤバイ、霊夢のやつも出来上がっている。
 スキマのほうは余裕っぽいが、こちらはこちらでアテにはならない。

「……スキマ」
「なにかしら」
「霊夢がぶっ倒れないよう、よろしく」
「承ったわ」

 僕は、倒れてる二人のほうを介抱しよう。
 ったく、面倒くさいなあ。うわ、こいつら酒臭っ。

「まったく。一応人間なのだから、そろそろ自重しなさい、霊夢」
「なによぉ。あんたまで止めるの? 呑めるときくらい、呑ませなさい」

 まるで母親が子供にするかのように、霊夢をあやしつけるスキマ。
 まあ、あっちはあれで大丈夫だろう。スキマは唯一霊夢だけは気にかけているフシがあるし。

 ……まるっきり、信用はできないが、今は倒れている二人が優先だ。

「とりあえず、永琳さんトコに連れて行けばいいか……って、軽いな、こいつら」

 しこたま飲み食いしてたくせに、体重は僕の半分もなさそうだ。……いや、さすがに半分はあるだろうけど、そのくらい軽いんだよ。

 しかし、アルコールを分解できる量は大体体重に比例するはず。この分だと、マジに肝臓がヤバいことになっているんじゃあるまいか。

「よっ、と」

 多少支えづらいが、軽いので二人同時でもイケそうだ。
 もちろん、歩きでは無理。でも低空で飛んでいけばどうとでもなる。なぜだか、空を飛んでいるときは重いものを持ってもぜんぜん平気だし。

 まあ、飛行術ってのは自分の体重一つ、やすやすと持ち上げて高速で移動できるのだ。
 それが二倍の負荷になっても、スピードを落とせば楽勝ってことなんだろう。

「手伝おうか?」
「……どういう風の吹き回しだ」

 てゐが無邪気な笑顔で提案してくるが、こいつに関しては信用ならないと僕センサーがビンビンだ。

「あんた、本当に失礼だね。そこのそいつは、うちのお姫様だよ? 手伝うのは当然じゃん」
「『そこのそいつ』とか言う時点でもうなんかアレだけど……いいよ。任せた」

 ほい、と輝夜を渡す。
 見た目小学生のてゐが支えられるのか、と体重を預けてから気がついたが、さすがに妖怪の端くれ。人間一人の体重くらいは余裕らしい。

「さて、お師匠様のところに連れて行けばいいかな」
「……今ふと気づいたんだけど、妹紅のことを輝夜はあれだけ敵視してたのに、永琳さんのところに連れて行って大丈夫なのか?」

 輝夜のあの様子だと、一応は輝夜サイドの人間である永琳さんも、妹紅によからぬ感情を持っているかもしれない。
 そう思うと、肩を貸している少女が、極めて危険な状況にある気がしてきた。敵地で酔い潰れるって、妹紅ってば豪胆なのか間抜けなのか。

「ああ、平気だよ。お師匠様のほうは、別にこいつのことはなんとも思っていないから」
「なんとも?」
「うん。なーんとも。私だって、どうでもいいと思ってるし」

 それはそれで、ずいぶん冷たいっつーか。
 まあ、僕が口を出せることでもないけどさ。

「だから、そいつの身の心配はする必要ないよ。大体、殺そうと思っても殺せないし」
「……さっきから、すごい適当に死ぬとか殺すとか言ってるけど、やめろよ。あんまりよくないぞ、そういうの」

 死んでからじゃあ、なにもかも手遅れだ。
 顔見知りが死んだら、いくら仲が悪かろうと、後味が悪いに決まっている。

「……あぁ。そうだね。確かに、私たちはそこら辺の感覚が麻痺していた。うん、良いこと言うじゃないか」
「そりゃどうも」

 不思議なことに、割と本音っぽい響きが込められていた。

「でもねえ。長いこと生きていると、いろいろとあるもんさ」
「長生き……か?」
「少なくとも、あんたの何十倍かはね」

 見えねぇ。
 いや、ここの住人の外見と中身のギャップにはだいぶ慣れたと思っていたが、やっぱりこの小学生くらいの子が僕より年上ってのは認めがたい。

 大体、何十倍って、余裕で百の桁だぞ。

「ま、坊やにはまだまだわからないかもね」
「誰が坊やだ」

 ……坊やだからさ、とでも言いたいのか、こいつは。






















「あらあら。輝夜も潰れちゃったの? 薬も……飲めないわね、これじゃあ」

 二人を連れて行くと、永琳さんは困ったようにため息をついた。

「てゐ。ベッドに輝夜を寝かせてあげて。鈴仙は、悪いけど起きてくれるかしら」
「はい」
「了解」

 ベッドに横になっていた鈴仙は、唯々諾々と輝夜にベッドを譲る。

 えーと。
 で、僕は、肩にいる妹紅をどうすりゃいいんでしょうか? なんか鈴仙が睨んできてるし。

「そいつは、そこらに寝かせておきなさい」
「あの、ベッドは……」
「満席よ」

 いやぁ、そりゃそうだろうねえ。一つしかないし。
 でも、割と大きいベッドだし、二人とも放り込めば……

「やめておきなさい」
「へ?」
「どっちか、先に起きたほうが、ベッドごとこの部屋を吹き飛ばすわよ」
「うへぇ」

 ありそうで困る。
 でもなぁ、いくらなんでも、寝ている女の子を床に寝かせるのは……

「ん?」

 そんな風に悩んでいると、どたどたと廊下を駆ける音がした。
 兎? いや、もうちょっと重い足音だ。

 誰だろう、と思ったところで、突然保健室の扉が開け放たれた。

「夜分遅く失礼する。返事がなかったので勝手に入らせてもら……って、妹紅っ!」
「えーと」

 ……誰?

「ああっ! また死んでしまったのかっ!?」
「いや、酔い潰れてるだけだけど」

 は? と、その突然現れた人物はほうけた顔になる。

 人物、っつーより、妖怪だな。角生えてるし。
 でもなぁ、どう考えても会ったことない人のはずなのに、どっかで見たことあるような、ないような。

「まあ、死んでいないならなによりだ」
「えっと、妹紅の知り合いですか?」
「? なにを言っているんだ、良也くん」

 なんで僕の名前知っているんだ?
 確かに、お菓子を売り歩いているせいか、そこそこに名前は知られているから、おかしくはないかもしれないが。

「えっと、はじめまして?」
「だから、なにを言っているのかと聞いている」

 なんで?
 あー、しかし、見れば見るほど、どっかで会ったことあるような顔。

 どこだったっけなー。こう、そんな幻想郷的なトラブルとは関係なく……人里?

「……あ、慧音さん?」
「もしかして君、今私のことわかっていなかったろう」
「は、ハハハハ!? な、なにを言っていらっしゃる。僕が慧音さんのことを見間違えるわけないじゃないですか!」

 ヤッベ、素でわからんかった。
 だって、半獣だっつっても、普段の慧音さんは普通の人間だしっ! 角生えていたからわからなかったんだよっ! とか言い訳してみるテスト。

「……まあいい。妹紅は私が引き取る。この屋敷に置いておくとまたぞろ、そこのお姫様と喧嘩をし始めるから」
「ああ、喧嘩ならもうしていたわよ」

 永琳さんが、慧音さんの言葉に返す。

「なに?」
「でも、そこの土樹さんが止めてくれたわ」

 む、そこで僕を持ってこられても困る。僕はただ単に矛先を僕に向けただけ……

「本当か?」
「ま、まあ」
「……ありがとう」

 んな、礼を言われても困るって。

「ほら、妹紅帰るぞ」

 妹紅を、慧音さんに渡す。
 『む〜、慧音、離せー』なんて、寝言でも言っているあたり、この二人はずいぶんと仲が良いらしい。

「騒がせたな。詫びはいずれまた」
「必要ないわ。そこのお嬢さんには、またうちの姫の暇潰しに付き合ってあげて、と言っておいて」
「……私はやめさせたいんだがな」

 同意。

 で、来たときと同じように、慧音さんは素早く立ち去った。

「さて、宴会場に戻るか?」

 輝夜はベッド、妹紅は慧音さんが連れ帰った以上、保健室に用はない。実際、鈴仙の敵対視線ビームが、そろそろ痛くなってきたことだし。

「まあまあ。今戻っても、巫女に絡まれるだけさ。酒は持ってきたから、ここで呑まないかい?」
「……てゐ、お前はまた、どこに一升瓶を隠し持ってたんだ」

 くしし、と笑う兎は、どこからともなく宴席にあった酒を一本取り出す。

「一応、ここは医療を行う場所なのだけれどね……」
「そこの薬師。んなこと言いながら、なんで普通にお猪口が出てくる」
「ウドンゲもそんなに不貞腐れていないで、呑み直しましょう」

 聞けよ。

「……師匠が言うなら」
「あのさー、もう許してくれてもいいじゃん」

 まだ僕に対するわだかまりがあるらしい鈴仙が、僕と一番遠い位置に座り込む。
 ええい、本当に、ちょっと耳を弄っただけだというのにっ!

「ウドンゲに限らず、兎の変化の耳は敏感なんだから、今後は気をつけなさい」
「敏感?」

 そりゃ、兎の耳が急所だってくらい、僕も知っている。
 しかし、敏感? もしかして、その敏感というのは……

「ああ、うん。それは悪かった。これからは気をつける」
「なんで顔を赤くしているんですか……」

 いや、まあ、そのね? 今更ながら、反省。

「さて、仲直りしたことだし、二人ともどーぞ」
「っとと」

 てゐのお酌で、酒を頂く。

 てゐはさらに、鈴仙、永琳と、酒を注いでいった。

「んじゃ、姫様は寝てるけど、二次会といきましょうか」
「……今思ったけど、酔い潰れて寝てるやつの隣で酒飲むのもどうなんだろう」
「そんじゃ、かんぱーいっ!」

 聞けよ。だから、頼むから。



 んで、呑んだ。
 呑んだ後で、そういえばてゐの酌って鬼門っぽくね? と気付いた。



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