「……ぶすっ」
「まだ機嫌を損ねてるの? 小さい男ね」

 僕の中で、半ば悪夢となっている先週の出来事。
 最後に美鈴に気絶させられて、貧血とのダブルパンチで次の日曜日はほとんど寝てすごした。

 そして、今日。幻想郷に来た時、待ち受けていたのは、二度目になる紅魔館のパーティーだった。

「せっかく、この前のお詫びにもう一度宴席を設けたというのに」
「本当にお詫びか? 図ったようにこの前と同じメニューを揃えて」

 無論、一キロステーキも健在である。
 とっとと機嫌を直して血を吸わせろ、というレミリアの力強い意思が透けて見えた。

「メニューが一緒なのは、先週牛一頭屠殺して肉が余っているからですわ」

 咲夜さんが言うが、この人の料理のレパートリーがそんなに少ないとは思えない。

「それに、これは前回のやり直しなのよ? でも、今日は貴方の血液に興味ないから」
「……本当に?」
「どうせ、まだ深みはないんでしょう」

 余計なお世話だよっ!

 まあ、いい。
 あまり怒りを持続させるのは得意ではない。表面上はこういう風に言っているが、別段、僕は先週のことを恨んでなどいなかった。

 うーん、ここら辺が舐められる原因かもなぁ。

「さて、良也のポーズも終わったところでそろそろ始めない?」

 パチュリーが呆れたように言う。
 ……バレてるし。

「そうですね。私、もうお腹ペコペコですよぅ。あ、良也さん、この前はすみませんでした」

 とか美鈴は謝ってくるが、既にその視線は料理の方にロックオン済み。誠意が感じられないこと甚だしい。

「い、一体先週何があったんです?」
「小悪魔さん。お願いですから、思い出させないでください」

 一人、この前のパーティーに出席していなかった小悪魔さんは、首をかしげている。
 そして……

「ああ、今日も来ていないのか」

 ぽつり、と、今日もまた一つだけ空いている席が、妙に記憶に残った。













「うーい、咲夜さん、お代わりぷりーず」
「はいはい」

 だいぶ、酔った。
 頭のどこか、冷静な部分がこれ以上はヤバイ、と警告を鳴らしている。

 しかしなぁ、料理は旨いし、酒も旨い。
 メンバーがメンバーなので、どんちゃん騒ぎ、という感じでもないが、明るく、楽しい宴席だ。

 自然と、まあ良いや、とたがが外れてしまう。

「だいぶ呑んでますね」
「めーりんは呑まないのかー?」
「私、このあとも門番の仕事に戻らなければならないので、最初の一杯だけで」

 苦笑する美鈴。
 うーむ……呑ませたい。

「まーまー、そー言わずに、もう一杯くらいイケ」
「りょ、良也さん? もしかしなくても、相当酔ってますね?」
「ワインを丸一本空けたからねぇ」

 ん? そんなにいったかー。
 まあ、もう一本くらいなら余裕余裕。

 ハハハ、気分ノってきたっ。

「……む、その前にトイレ」
「案内しましょうか?」
「いや、へーきへーき。確かあっちのほうだったよね」

 ここに通い始めて、もうそこそこ時間が経っている。トイレの場所くらい……

「そっちは天井ですが……」
「まあだいじょぶだいじょび」
「……漏らしたり吐いたりしないでくださいね」

 はっ、咲夜さんは心配性だなぁ。
 僕ともあろうものがそんな失態を犯すわけが無いじゃないかー

「じゃ、ちょいとご不浄に行ってくる」

 ビシッ、と手を上げて出発。

 廊下に出ると、相変わらず長くて広くてデカイ廊下が出迎えた。

「……人間に優しくない館だ」

 空を飛べない連中のことを考えていないとしか思えない。
 なんでも、咲夜さんが空間を弄ってるという話だが……まあ、僕にはわからんからいいや。

「うおー、真っ直ぐ飛べない……」

 普通に歩くのも無理めな今の身体では、流石に空を飛ぶという三次元機動は無茶らしい。
 壁にぶつかるわ、低空過ぎて床にぶつかるわ散々だ。

「ふっ、しかし、この程度の障害。この僕に掛かればなんのその。酔っ払いと思って舐めるなよっ!」

 独り言が多い、と自覚しながらも、勝手に口が動く。
 ああ、いやしかし、声でも出してないと、その、なんだ……ちょっと怖い。

 普段は妖精メイドがいるが、連中は夜が早く、とっとと寝てしまう。
 そんなわけで、現在の紅魔館は静まり返っており、ほとんど照明も無いためすごく暗い。

 要するに、お化けとかがでるには格好のシチュエーションである。
 酔って気が大きくなってなければ、隅っこで震えたくなるに違いない。

「……うう、モノノケには慣れたと思ったんだけど」

 人間、暗闇の恐怖は、どう頑張っても克服できないものらしい。
 酔って茹だった頭が急速に冷えるのを感じて、僕はトイレに急いだ。

 ……幸い、途中多少迷いながらも、トイレには無事ついた。
 そして、事を済ませ、少し歩いて酔いを覚ますか、と思っていたら、

「……んん?」

 地下への階段を発見。
 止せばいいのに、なにがあるのか、と覗き込み、

「はぁ!?」

 ……足を踏み外した。

「いでっ、てててて!」

 ……地下への階段は長かった。
 途中、空を飛んで難を逃れるも、勢い良く飛んでしまったせいで天井に頭をぶつけ、

 酔っていることもあって方向感覚を完全に消失。
 混乱の極みに至り、適当な方角に飛んだ結果……

「……ここ、どこ?」

 どうやら、あの地下への階段を下りてしまったらしい。
 身体がまだふわふわと危なっかしい。こんなところで寝てしまいそうだ。

「はあ。とっとと、帰……」

 カタン、と、音がした気がした。

「誰か、いるのか?」

 地下の暗闇に向けて問いかける。

 そういえば、吸血鬼の館の地下室である。
 寝る用の棺とかがあってもおかしくはない。いや、それどころか化け物でも飼っていても……

「……う、マズイ、かも」

 なにか、暗闇からじりじりと近付く気配がある。
 間違いなく、この地下には何かがいる。しかし、恐怖に身体が縛られ、動くことも出来ず、

「あれ? 貴方、人間?」
「……へ?」

 そして現れたのは……
 その、たいそう可愛らしい、お子様であった。





















「ああ、そうそう、良也ね、土樹良也。最近良く来ているから知っているわ」
「……僕は、君を見かけたことないんだけど」
「それはそうよ。つい最近までずっとこの地下で休んでいたからね。今もたまに来る巫女や魔法使いと遊ぶ以外は屋敷の中よ」

 彼女の名前はフランドールというらしい。
 レミリアの妹、ということだが……ああ、確かに似ているかも。

 金髪なのと、レミリアの羽根が蝙蝠っぽいのに対し、この娘のは……なんだろう、表現しづらい。枯れ木にカラフルな水晶を吊るした感じ?
 まあそこが違うだけで、顔の造詣とか良く似ている。

「つーことは、君も吸血鬼なのか? 幼女だけど」
「そうよ」

 よくレミリアに血を飲まれるので、吸血鬼には苦手意識があるが……なんだろう、レミリアと違って威圧感みたいなのがないせいか、そんなに怖くは無い。

 まあ、僕くらい簡単に倒せる力を持っているんだろうけどさ。
 そういう見た目と能力のギャップにはいい加減慣れた。

 うーむ、しかし初対面で幼女扱いは無いだろう、僕。

「ふーーん」
「なんだ?」

 フランドールは、僕を見てなにやら興味深そうに眼を細めた。

「ねえ、遊ばない?」
「なにして?」
「弾幕ごっこ」
「だが断るっ!」

 弾幕ごっこには、痛い思いをした経験しかない。
 レミリアの妹相手にしたら、僕は多分死ぬ。

「そんなこと言わずに、ちょっとでいいから、さっ」
「ぃいっ!?」

 軽い挨拶とばかりに、フランドールが弾幕を放ち、

 僕はまともにそれを受けて、倒れた。

「ええ?」
「ぐ、ぐぐぐ……痛いじゃないか。具体的には机の角に小指を思い切りぶつけたくらいに」

 一応、手加減はしてくれたらしく、怪我とかは無い。が、痛い。机の角に小指をぶつけた以上に痛いかも知れぬ。
 アルコールが身体に回っている身なので、痛覚は鈍っているが。

「本当に弱いんだー」

 ……わかっているんだったら、こんな真似をするなっつーの。

「知っているんだったら、どうして弾幕ごっこをして遊ぼう、なんて言ってきたんだ」
「お姉様から聞いたの。運命が見えない人間がいるって」

 僕のことだよなぁ。前話していたし。

「だからもしかして、と思ったんだ。私でも壊せない人間がいるんじゃないかって。そしたら、実際に『目』が見えなかった。だから、貴方とならちゃんとした弾幕ごっこで遊べると思ったの」
「ちゃんとした? ……意味がよく掴めないんだが」
「私の能力はね『ありとあらゆるものを破壊する程度』の能力。魔理沙とかと弾幕ごっこで遊んだりするけど、その気になれば私は簡単にあいつらを『壊せる』の」

 うわーい。ラスボスっぽい能力の姉がいたと思ったら、その妹はなんか裏ボスっぽい能力だよ。
 姉妹揃って、なんつー危険な能力。逆に、なんで僕に通用しないかが不思議なくらいだ。

「でも駄目ね。貴方、もう少し強くなったら遊びましょう?」
「はあ。そんなのが何十年後かは知らないけど、まあその時になったら。……って、いやいや。強くなっても、弾幕ごっこはしたくないって」
「そ。じゃ、今日はさよなら。パーティーなんだよね? 早く戻ったら?」

 そりゃそうだ。
 あまり帰りが遅くて、咲夜さん辺りにトイレで吐いていると思われるのも心外だし。

 帰らないと……と、思ったがちょっと待った。

「フランドールは行かないのか? みんな集まってるけど」
「ん? 私は行かないよ。一回も参加したこと無いしね」
「なんでだよ。席、空けてあったぞ」

 今ならわかる。きっとあの空いた席はフランドールのためのものだ。
 病気とか、留守とか、そういう可能性を考えていたが、フランドールは別にそんな様子は無い。

 ……きっとこれはあれだ。子供の反抗期みたいなもんだ。
 僕も昔、意味もなく家族での集まりに参加したくなかった頃がある。

 ったく。吸血鬼の癖に。

「わがまま言うなって。あれだけの料理、集まった奴だけじゃあ食べきれないんだ」

 そういう場合、それらしい理由さえ用意してやれば、子供は勝手に自分を納得させるのだ。
 適当な事を言いながら、ほれ、と腕を引いてやると、フランドールは頑なに抵抗した。

「嫌よ」
「……はぁ、別にいいけど。なんで?」

 別に理由など無いだろう、と思ったんだが、フランドールの答えは意外なものだった。

「私が行くと、お姉さまはまだしも、みんな怖がるからね。当たり前よね。自分を簡単に壊せる者がいて、安心できるはず無いでしょう?」
「……そうかなぁ?」

 咲夜さんとかパチュリーとか、そういうの気にしなさそうだけど。
 ああ、美鈴は怖がるかも。でもあれは、怖がらせていいキャラだし。

「私の能力が効かない貴方にはわからないわ。私がちょっと癇癪を起こしただけで、すぐに壊れる恐怖は」
「……いや待て。能力が効かなくても、レミリア辺りが本気でキレたら、僕すぐ殺されるわけなんだが」

 レミリアどころか、あそこに集まっているメンバーの誰でもそうだ。
 しかし、僕は別に怖いとは思わない。……ああ、レミリアにはちょっと怖いと思うが、あれは血を吸われる恐怖だし。

「む……そういえばそうよね。なんで平気なの、貴方?」
「慣れだな」

 最初から敵対してきたルーミアなんかと違って、なんだかんだで話を聞いてくれるし。
 それに、刃物でも持てば普通の人間同士だって容易に相手を殺せる状況になる。だからって、台所で包丁を持つ母親を怖いと思う子供はいない。

「それに、席まで用意されているんだ。別に怖がられていないと思うけど」
「そうかな?」
「多分」

 実際のところは知らん。

「でも、やっぱり……」
「ああ、もう。面倒くさい」

 僕は、フランドールを抱え上げて飛んだ。
 ……僕はなあ。とっとと酒を呑みたいんだよ。ぐちぐち言う子供に付き合ってる暇などない。

 ああ、ヤバイ。そういえば僕、酔っ払いだった。今更だが、言動が割と支離滅裂だ。

「へ?」
「さあ、まあ付いて来い。文句は後で聞く」

 フランドールがあっけにとられているのをいいことに、僕はとっとと宴会の席に戻るべくスピードを上げる。
 ……ああ、いかんいかん。壁にぶつかるところだった。

「ちょ、離して!」
「じゃあ自分で飛んで来るか?」
「それも嫌ッ! 私は戻るから!」
「……むう、なんとなく却下だ」
「なんでよっ!?」

 なんでかなぁ。
 どうしてだろう? なんとなく、参加したそうに見えたからかな。

 今だって、本気で抵抗すれば僕から逃れるのなんて簡単なくせに、抱えられるままになってるし。

「ほ、本気でぶつわよ!?」
「……きっと痛いじゃ済まないからやめてくれ。とか言っているうちに着いたぞ」

 うん、ここだここ。
 見覚えのある扉。ちゃんと着けてよかったよかった。

「今帰ったぞーっい!」

 勢い良く扉を開ける。
 そうすると、中の全員がこちらに注目し、

「……フラン?」
「お、お姉さま?」

 さあ、感動の姉妹の再会だ。

「よし、フランドール。お前はあの席だ。とっとと……」

 全部は言えなかった。
 顔を紅く染めたフランドールが、僕の腕から脱出し、

「うわぁっん! 馬鹿!」
「すごく痛いっ!?」

 恥ずかしさからか、またも弾幕で攻撃されたから。

 そして僕はまたしても宴会から途中リタイア。
 ……紅魔館は、僕にとって、相性の悪い場所なのかもしれない。


 ――ま、フランドールは宴会に参加したみたいだったから、まあいいか。



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