要するに、だ。

 ドラ○エでいうと、僕は初歩のじゅもん(メラ、ヒャド、ホイミ等)は全部覚えられるが、それより上級のじゅもんは覚えられない……いや、とても覚えにくいんだ。

 ……なんて、確信に至ったのは、秋も深まりはじめた頃のお話である。

 既にパチュリー先生の魔法教室に通うのも二桁を数える。大体、週二回通っているので一ヶ月半くらいか。
 最近では、博麗神社にいる時間より紅魔館にいる時間の方が多い。

 週末、幻想郷に来て、神社の掃除をして人里にお菓子を売りに行って紅魔館に行って勉強して博麗神社で夕飯を作り、泊まる(土曜日)。
 朝起きて、神社の掃除して、ご飯作ってやって、紅魔館に行って勉強して博麗神社で夕飯を作って食ったら帰る(日曜日)。

 というか、博麗神社にはほぼメシを作ったり掃除をしに行っているだけ。
 さて、あのインチキ巫女は、いつになったら家事を自分でやるようになってくれるんだろう? 一度楽を覚えたら一生楽をするつもりなんだろうか。

 ええい、閑話休題閑話休題。

 とにかく、初歩の魔法しか使えない……というのが判明したからといって、僕はそんなに暗くなってはいなかった。
 初歩の魔法? 大いに結構。『今のは余のメラだ』とか将来絶対に言ってやる。

 それに、初歩とはいえ使えるようになったのもまた事実。
 一ヶ月で使えるようになったのは驚いたけど、初級の魔法は決して難しいものじゃないらしい。
 あくまで初歩の段階での話だが、燃料たる霊力を鍛える方が大変なので、地力がある程度ある僕なら、このくらいで覚えられるそうだ。

 紅魔館に向かう足取り(飛んでいるが)も軽く、さあ、今日はどんなことを教えてくれるんだろう? と期待に胸が高鳴る。

「……しっかし、なんだ今日は?」

 やたら冷える。
 もうそろそろ、冷房も必要ない季節なので、僕の特殊能力である気温操作は発動していないんだけど……なんか、湖からの冷気がハンパじゃない。
 ぶるっと、一回震え、気温を上げた。

 ついこの間まで、夏の残滓か、ちょっと汗ばむくらいの気温だったはずなのに……

「人間発見っ!」
「へ?」

 首をひねっていると、なんかちっこいのがいきなり目の前に現れた。

 髪の毛は水色。服は青に、背中にはなんか氷っぽい羽根。
 そして――もうある意味お約束――女の子だった。

「あー、君はどこのなに子ちゃんだ。とっとと家に帰れ」
「あたいを知らないの? あたいは氷の妖精のチルノよっ!」

 元気一杯に名乗り上げる少女の姿に、年寄りの僕はなんというか、もう疲れた。

「あー、そのチルノちゃんが、僕になんの用だ?」
「最近、人間の氷漬けに興味があって……」
「待てコラ」

 なんっつー、物騒なことを。

「あ、勘違いしないでよね? 凍らせた後、ちゃんと解凍はするつもりだよ。それでちゃんと動けば成功!」
「……失敗したら?」
「前、蛙で失敗したら、なんか動かなかった」
「却下だっ! もうちょっと安全な遊びをしなさいっ!」

 見た目は精々小学生の女の子。
 そういえば、子供って無邪気に残酷ダヨネー、なんてテンプレな感想を抱きつつ、僕はチルノと微妙に距離をとる。

 妖精、というからには、僕でも撃退できなくはないはずなのだが……目の前のチルノからは、今まで会ったどの妖精より巨大な霊力を感じる。
 勝てるかどうかは五分五分……いや待てよ。

「氷の妖精?」
「そうよ。すごいだろっ!」
「……火に弱い?」
「熱いのは嫌い」

 そーかそーか。

「火符『サラマンデルフレア』」

 この間作成したばかりのスペルカードを発動。
 周囲に二十個ばかしの火の玉を作り出し、チルノに向けて放つ。

 ……あ、まともに当たりやがった。

「熱っつーーー!? な、なによー! 熱いのは嫌いって言ったじゃない!」
「調子よく弱点を教えてくれて助かった。ちなみに火符はもう一枚あるんだが……」
「いーーーっ、だっ! アンタろくな死に方しないよっ! 妖精をいじめる方が妖精なんだぞーーっ!」

 わけがわからん。
 捨て台詞……なのか?

 言ってから、チルノはあっかんべー、と舌を出しながら逃げていった。

 ちなみに、僕の火符なんぞ、普通に熾す火より温度は低い。普通の人間に放っても、多分低度の火傷を負わせるのが精一杯。
 苦手なのはわかるけど、無視して攻められれば僕は為す術なかった。
 しかも二枚目の火符はなく、ハッタリだったしなぁ……。

 まともに戦ってたら多分負けてたなぁ。戦略の勝利? ……いや、向こうの馬鹿さの敗北か。













 魔法っていうのは、組み上げた回路に霊力を通して発動するもので、文字や記号として回路を記入できるスペルカードとは相性がいいらしい。
 初心者でも、時間を掛ければそこそこの魔法が使える、ということで僕は先日、パチュリー大先生の指導の下、四枚の符を作った。

 どんなのを作るのかは迷いに迷った。
 どれ作っても同じような威力になるのなら、まるっと好みだけで作ってもよかったんだけど。

 折角の多様性を使わない手はない、ということで、四大属性それぞれの符を作ってみた。

 火符『サラマンデルフレア』
 水符『アクアウンディネ』
 風符『シルフィウインド』
 土符『ノームロック』

 名称は、微妙に師匠のスペカをパクった。

 で、本日一枚使ったから、

「パチュリー、霊符一枚くれ。火符使っちゃった」
「もう? 昨日作ったばかりなのに」
「いや、チルノとかいう妖精に絡まれてさ」

 その名前を告げると、パチュリーは『ああ、あの馬鹿ね』と、身も蓋もない感想を漏らす。
 いや、確かに馬鹿だったけどさ。愛される馬鹿キャラっつーの? 人間を氷漬けにしようとしたりしなければ。

「はい。じゃあ、今日は一人で作ってみなさい。見ててあげるから」
「……そりゃどうも」

 スペルカード用に作られた一枚の紙と筆を渡された。
 えーと、と僕は頭の中をこねくり回して、昨日の講義を思い出す。

 ……四大において、火の象徴(シンボル)は棒。五行における火の色である『紅』でそれを描き、効果『属性の弾を作り出す』という命令を紙の縁に呪文で書く。

 火の魔力の生成、それの制御……と、最もシンプルな術式だ。

「で、うまく発動はしたの? テストで使ったのはうまくいったけど」
「した。制御もまあうまくいった」
「まあ、破綻はなかったし、呪文の意味さえ理解していれば当然だけど」

 ……結局のところ、魔法を使うには『理解』が必要らしい。
 呪文をただ複写するだけじゃあ意味がなく、その呪文の意味を理解していないと正常に発動はしない。

 それでも、スペルカードに書く形式はマシなほうで、言霊による詠唱は、音韻がちょっと違っただけですぐ意味が変わるし、動作による術の構築は指の形一つ一つにまで気を配らないといけない。

 ……まっこと、魔法使いの道は遠く険しいものである。

「ん、できた」
「……一箇所、制御の記述が間違ってる」
「ええ!?」
「これだと、自分の方に向けて発射されるわね。まあ、自分を火葬したいなら、止めはしないけど?」

 ゴメンである。
 新たな紙をもらい、指摘された箇所に気をつけながらもう一枚書き上げた。

「うん。まあ、うまく行くでしょ」
「そりゃよかった」
「あとは、しばらくその四枚を作り続けて、錬度を上げるべきね。下手に新しい魔法に手を出すより、そっちのほうが確実よ」
「了解ッス。師匠」
「頑張りなさい、弟子」

 うーむ、なんというか、『師匠ーーー!』『弟子よーーー!』って、体育会系のノリ? 僕も、パチュリーも、どうしようもない引き篭もりだけど。

「じゃ、今日はこれを熟読」

 ぽいっ、と本を投げられた。
 胸に飛び込んでくるそれを、キャッチする。

 ……なんというのか。
 パチュリーは、僕の疑問点に対しては丁寧に教えてくれるけど、講義らしきものはあまりしない。

 彼女の教え方は、こうやって僕のレベルに合わせた本を読ませる、というのが常だった。
 なんでも、自分が読書する時間を削りたくない、だそうで……。

「ま、いいけどさ」

 小さく呟く。
 僕も、自分のペースで進められるこの形式は嫌いじゃあない。
 紙を捲る音しかしない静かな空間もそれなりに好みだし。

 ……ちなみに、僕の成長速度は、パチュリー曰く『亀よりは早く、兎よりは遅い』という、わけのわからない評価。
 つまりどのくらいなんだよ、と聞いたら『つまり、人間よ』と答えられた。

 説明になってねぇよ、と。



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