魔理沙に連れられて向かった先。湖を越えたところ。大きな山を背景に、紅い館があった。

「あれって、紅魔館か?」
「お、よく知ってるな」
「吸血鬼の住む紅い洋館っつったら、結構有名だぞ。そっか、そういえば、図書館があるって、聞いたことあるような気もする」

 なにせ、幻想郷の危険スポット一覧の中でもトップクラスだからな。
 つーか、確かあそこはレミリアと咲夜さんの館じゃあるまいか。

「というか、門番がいるとも聞いたけど?」
「へっ、知ってるなら話は早い。私の後ろに乗りな。どうやら、今日は仕事をしているらしい」

 魔理沙がとっととしろ、と急かすので、彼女の箒の後ろに跨った。

「仕事? って、あの娘か?」

 まだ館までは遠いのでよくは見えないが、なにやら門の上空に浮かぶ娘。
 あれが、門番……

「かあぁぁぁぁ!? ま、魔理沙っ!? なに飛ばしてんだ!?」
「はっ! 喋ってると舌噛むぜ!?」

 魔理沙は、僕には到底出せないスピードで加速し始めた。
 紅い館がぐんぐん近付いてくる。

「来たわね、白黒! 今日こそはここは通さない!」
「彗星! 『ブレイジング』ぅ!」

 なにやら門番の少女がなにかを言っているが、風を切る音でほとんど聞こえない。
 しかし、僕が必死に腰に捕まっている魔理沙の声はは、近いためよく聞こえた。

 ……あれ? こやつ、なんかスペルカード取り出してね?

「あっ! こらっ! 止まりなさ……」
「『スタァァァアーーーーー』!!」
「ぃぃぃいいいいい!!!?」

 魔理沙の魔力が箒ごと僕らを包み込み、まさに一条の彗星となって突撃する。

 不幸なのは、その進路に立っている者だ。
 ……要するに、門番さん。

「きゃああああああああ!!?」
「へっ、私の行く手を遮ろうなんざ、十年遅いぜ!」

 そんな捨て台詞を残して、魔理沙はそのままの勢いで屋敷に突入する。

「……なぁ、なんか、彼女落ちた気がしたんだけど」
「あァ? 中国なら大丈夫だよ。丈夫だし」

 丈夫だったら落としてもいいという理屈はどう考えてもおかしい。
 ……なーんか、嫌な予感が加速度的に進行中。

 なぁ、魔理沙。君は、ここの図書館の人は、本を快く貸してくれる、と言っていたよな?
 僕には、入ることすら拒絶されているように見えたんだけど、気のせいだったのかな?

「ここだここ。パチュリー、入るぞー」

 と、魔理沙は館の中の一つの扉の前で静止する。
 というか、ここの館、外で見たより随分……というか有り得ないくらい広くないか?

「うぉ!?」

 なんて感想は、魔理沙の開けた扉の中を見ただけで吹っ飛んだ。

 どこもかしこも、本、本、本。
 東京ドーム何個分、で数えるかような広さと、地上何十メートルもの高さを誇る本棚が見えるだけで百以上。
 そして、その本棚には、びっちりと本が詰まっている。

 い、一体何万冊あるんだ? 万できくのか?

「んー、いないなぁ。いつもここで引き篭もっているんだが」

 魔理沙が周りを見渡して、そう呟く。

「誰が引き篭もりよ」
「うぉわあl!?」

 後ろから響いた声に飛び跳ねる。

 け、気配をまったく感じなかったぞ?
 いつの間に、僕の後ろに回ったんだ、この娘。

「お、いたいた。よぉ、パチュリー」
「魔理沙……いつも堂々と忍び込んで、うちの本を掻っ攫っていく貴方が、今日はどういうつもりかしら? 逃げないのね」
「ああ、用事があってな。それと、掻っ攫うってのは間違いだ。ちょっと借りてるだけだぜ。私が死ぬまで」

 ……おーい。
 『快く』貸してくれる?

 それと『堂々と』と『忍び込む』は、どう考えてもくっつけて使う言葉じゃないよね。

「用事? 貴方が私に?」
「ああ。というか、用があるのはこっちの良也なんだけどな」

 そこで、パチュリーと呼ばれた少女は、僕にはじめて気付いたと言わんばかりに視線を送った。

「……誰?」
「だから良也だ。で、この良也が魔法を覚えたいんだってさ。教えてやってくれよ。そういうの、得意だろう?」
「勝手に得意にしないで欲しいんだけれど。ふーん」

 パチュリーが、僕の頭の上から足の先までを眺める。

 な、なんだ?

「面倒ね。貴方が教えてあげるわけにはいかないの?」
「私ゃ、そういうのは苦手だ」
「苦手を放置したままにするのはよくないわよ。貴方の魔法は、今は貴方にしか使いこなせない類の代物だからね。面倒でも魔導書に残して、他人に伝えられるようにしなさい」

 パチュリーは言いながら、空を飛んで本棚の一つに張り付く。
 そして、一冊の薄い本を抜き取って、こちらに投げてきた。

 どういう魔法か、投げられた本はスムーズな軌道を描いて、僕の胸に飛び込んでくる。

「じゃあ、とりあえずそれを読みなさい。初心者には丁度いい本のはずよ」
「え、え?」

 慌てて、手の中の本を捲る。
 幸いにも、中身は普通の日本語。

 タイトルは……ええっと『初等魔術概論』?

「それはあくまで魔術とはなにか? についてのガイドブック。それだけで魔法を使おうとしないようにね」
「あ、ああ。わかったけど……え? 教えてくれるの?」
「今、ここの図書館の本を大体読んでしまって暇をしているのよ。それに……」

 パチュリーは、少し笑って僕を見た。
 ……な、なんだ?

「貴方、レミィの言っていた外の世界の人間でしょう? この図書館には、外の世界の本もなくはないんだけど、数が少なくてね。蔵書を増やしたいんだけれども」
「……あぁ。いいよ、別に」

 そういうことね。

「なんだ、割とあっさり決まったな。駄目だったら、次はアリスんとこに放り込もうと思ってたんだが」
「あの人形遣い? やめておきなさい。彼女の魔法は、人形を操ることに特化しているから。弟子入りした時点で方向性が固まってしまう」
「なんだ、最初にここに連れてきた私の判断は、やっぱり間違いなかったんだな」

 うむうむ、と魔理沙は一人自画自賛しているが、僕としてはもっと穏やかなエントリーが良かった。
 ……最初に轢いた門番の人、大丈夫かな。

「じゃ、私はこれで帰るぜ。良也のことはよろしくな」
「ええ。まあ、丁度いい暇つぶしにはなるわ」
「あの……魔理沙帰っちゃうの?」

 なんて僕の声に答えることもせず、魔理沙は消えた。
 そしてここに残されたのは僕と、なにやら引き篭もりっぽい魔法使いの女の子が一人。

「え、えーと」
「読み終わったら呼んで」

 パチュリーも、それきり僕に興味をなくしたように、懐から一冊の本を取り出して読み耽り始めた。

 ……正直、夕飯の支度とか、気になることはあるんだけど。
 今はそれ以上に魔法という力に好奇心が沸いてしまっている。

 ちょっと読んだら帰ろう、と思いつつ、僕は渡された『初等魔術概論』の一ページ目を捲った。





















「ふーーーん」

 読み終わった。

 どんだけ小難しいことが書いてあるのか、と身構えていたのだが、意外や意外、すらすらと読み解けてしまった。
 まあ、中身が理論めいたものではなく、本当に『魔法とは』から始まっていたので、小説の設定を読み解くノリで読めてしまったというのもあるが。

 要するに、魔法というのは『霊力を加工』する技術のことなんだ。
 詳しくは、もっと細分化されているみたいだけど、僕の理解できる範囲ではそういうこと。

 人間の霊力は、それだけでは水みたいなもの。それを凍らせたり、氷となったものを刃に加工したり。あるいは水に毒性を持たせたり、逆に美味しい水にしたり。文字通り『呼び水』にして大量の水を引き寄せたり。
 離れ業だと、水を同質量の金属にしたり、と……

 比喩的表現だと、こういうことをするための技術が魔法なのだ。

 ちなみに、この例えで行くと、妖怪の霊力は、それそのものが既に電気を帯びてたり色が黒かったりと、人間の物とはまたちょっと違うらしい。

「面白かった、かな」

 ぱたり、と本を閉じる。

 うん、面白かった。
 思えば、小学校低学年くらいまでは勉強そのものが楽しかった覚えがある。新しい知識を身につける喜びって言えばいいのか? そんなものを、超久しぶりに感じた。

「読めたの?」
「ああ。ありがとうな、パチュリー」

 礼を言って本を返す。

「まだなにも教えてはいないのだけど」
「いや、この本、面白かったからさ」
「……ふーん。それなら、才能はあるのかもね。開花するかどうかは貴方次第だけど」
「さ、才能?」
「学ぶことを楽しめるのも才能の一つよ。……さて、じゃあ素質のほうを調べましょうか」

 と、パチュリーは一歩僕に近付き、僕のパーソナルゾーンに入……近いっ! 近いってっ!

「動かないで」
「は、はひっ!?」

 声が裏返った。

 僕はパチュリーに正面から見つめられた。
 僕のほうが頭一つ分くらい背が高いので、自然とパチュリーを見下ろす格好になる。

 うっ……や、やっぱこの娘もかわいいんだよなぁ。
 妖怪というか、人外はみんなこうなんだろうか。

「どの調べ方がいいかしら……」
「……はぁ?」
「手っ取り早く血を抜きましょうか」
「ちょ、ちょっ!?」

 手首をとられたっ!?
 抜け……あれ? 簡単に抜けた?

「ちょっと、逃げないでよ。必要なことなんだから」
「あ、うん。ごめん」

 なんつーか、拍子抜けって言うか。
 僕がああいう風に拘束された場合、今まで逃げられたためしがないんだけど。

 やけにあっさり離したなぁ。

「じゃ、少し血液をもらうわよ」
「の……飲むの?」
「レミィじゃあるまいし。貴方の属性を調べるだけよ」

 属性、っていうと、あれか。火とか水とか。
 ゲームでもよくあるな。というか、さっきの本にも載ってたな。

「魔法を扱うとなると、生まれ持つ属性は重要なファクターだからね。調べ方は色々だけど、体液を調べるのが、一番確実」
「はぁ……どんなのがあるの?」
「色々。西洋じゃ四大元素、東洋じゃ五行に八卦。変わった所だと色で表現したりね。どの方式で見るかによって、変わってくるわ」

 パチュリーは懇切丁寧に教えてくれる。魔理沙じゃ、きっとこうはいかなかったろう。
 ……報酬、きちんと払わないとなぁ。
 どんな本がいいんだろう?

「既存の区分に当てはまらない咲夜の『時』とかもあるから、この分け方も絶対じゃないわ。私の『火水木金土日月』みたいに一人で複数の属性を持つ者もいるし」
「丁度一週間だな……」
「魔理沙は『無』かしらね。無色の力で、どんな相手にも効くのが特徴……ん」

 パチュリーは講義を続けながらも、僕の手首を手に取り、切る。
 多分、魔法で切られた。……だって、手を添えただけで切れちゃったし。

「じゃあ、ちょっと待ってて。十分くらい」

 僕の傷を塞いだパチュリーは、そう言って図書館の奥に引っ込む。
 ……えーと。

 さっきの本、もう一度読んどくか。



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