「ほう。お前は外の人間なのか」

 案内してくれるという屋敷までしばらくあるというので、僕は竹林で出会った少女――妹紅と色々と話をしていた。
 妹紅はなかなかの聞き上手で、僕は気が付くと身の上を話してしまっていた。

 ……いや、隠すほどのことはないから、いいんだけどね。

「うん。外の世界のお菓子とか飲み物とかを買ってきて、こっちで売ってる。なかなか評判いいんだよ?」
「そうか。私は里の人間ではないからな……。買いに行けないのが残念だ」
「? 別に、里の人間じゃなくても、来て問題ないと思うけど」

 霊夢とか魔理沙とか、奴らは里の人間ではないが気軽に訪れている。
 時には妖怪までもだ。

 たかがよそ者の一人や二人でビビるような柔な人間は、幻想郷の里にはいないはずだが。

「慧音もそう言ってくれるがな」

 妹紅は苦笑した。

「まあ、私にも色々と事情というものがあるんだ」
「なんだよ。健康マニアの焼き鳥屋の事情って。焼き鳥の師匠と喧嘩別れでもしたか?」

 焼き鳥の師匠というと、イメージはフェニックスだ。

『さぁ、卒業試験だ。私を見事焼き鳥にしてみせよっ!』
『で、出来ませんっ! 師匠を焼き鳥にだなんて』
『なにぉう!? 私はお前をそんな軟弱者に育てた覚えは……!』
『あ、熱っつい! 師匠、ぶたないで下さい。熱いですっ!』

 ……シュールだ。

 というか、僕の妄想、引っ込め。なぜ焼き鳥の師匠が、当の鳥なんだ。
 なんというか、妹紅を見ていると、自然に思い浮かんだというか……

「なんだい?」
「もしかして妹紅、夜雀の親戚とかじゃないよな?」

 妹紅は顔を引きつらせた。

「な、なにを言うかと思えば。あんなのと一緒にしないでくれ。私は真っ当――じゃないかもしれないが、人間だよ」
「真っ当じゃない時点で妖しい。大体、こんな竹林で女の子が一人暮らししているのが怪しいんだ」

 妖しいと怪しいで、妖怪の完成だ。

「さっきも言っただろう。事情があるんだよ。事情が」
「だから、その事情とやらを……」
「知るか」

 むう、これはどうあっても口を割りそうにない。

 まあ、あまり他人の事情に口を挟むのもなんだけど。かといって一成人男子として、明らかな未成年少女が路頭に迷っているのを放っておくのもどうだろう?

 あ、いや。別に、家出少女を家に連れ込んでうにゃうにゃなんて考えてないですよ?
 いや、ほんと。

「あ、そうだ」
「今度はなんだ?」

 あまりに聞きたがったせいか、妹紅は警戒心を持ってこちらを見てくる。
 ……しかし、その態度がいつまで続くか。

 僕はごそごそとポケットをあさり、二つ、飴を取り出す。

 ……途中、口寂しくなったときのために持ってきたんだが、思わぬところで役に立った。

「丁度、飴玉を持っているんだが、一つどうだ?」

 こんな竹林に住んでいては、甘味など食べられないだろう。
 ククク……これで、こやつも落ちるに違いない。

「これ、いつも慧音が持ってきてくれる飴じゃないか」
「なんだとうっ!?」

 先を越されたっ!?

「くっ、いつも買って行ってると思ったら、子供だけじゃなくて妹紅にまで配っていたのか」
「こいつは美味いから好きだ」

 ひょい、と妹紅は僕の手の中から飴を取り、口に運んだ。

「うん、美味い」
「……まあ、いいけどさ」

 渋々、僕も飴を口に運ぶ。
 喜んでくれるのはいいんだが、期待していたような劇的なリアクションはなかった。

 こうなったら、勢いに任せて――!

「飴代として、身の上を喋れ」
「また唐突だな。断る」

 駄目か。

 ……ま、いいさ。
 本当に危なそうだったら慧音さんが放っておくわけがない。

 きっと、やんごとなき事情があるんだろう。好奇心だけで聞いてはいけなさそうだ。

「ほら、着いたぞ」
「……え?」

 なんて考えていると、いつの間にか目の前に、こんな竹林の中にも関わらず、それはそれは立派な屋敷が鎮座していた。















「んじゃあ、私はこれで」
「なんだ? ここの住人に紹介してくれよ。知らない人なんだから」

 着くとほぼ同時に立ち去ろうとする妹紅を呼び止める。
 しかし、妹紅は力なく首を振った。

「駄目だな。私の名前も出さない方がいい。なにせここの連中と私は、殺し合いをする仲だから」
「お、おい?」

 弾幕ごっこではなく、殺し合い。
 ここまで血生臭い台詞、初めて聞いたぞ。

 あー、でも僕も『お前を喰う』とか言われてきたっけ。

「なに。ここに人食いはいない。そこは安心していい」
「え、あ」
「じゃあな」

 と、妹紅は手を上げて去ってしまった。

 ……んー、何者なんだ、あの女の子。
 また慧音さんに聞くか。

「さて。どうするかね……」

 やたら立派な玄関に気後れするが、ここに入らないと、僕は野宿決定。
 意を決して、敷地内に足を踏み入れようとした、まさにその時、

「待ちなさい、魔理沙ッ!」
「なんで追っかけて来るんだよ!?」
「喧嘩を売ってきたのはそっちでしょう!?」

 なんて、口げんかしながら、白黒と紅白が玄関をぶち破りながら屋敷に突貫し、

「あら、良也。貴方も来ていたの? 私は先に行っているから」

 と、それに引き続き、紫さんも屋敷に入っていった。

 ……え、えーと?
 ほ、他の連中、は?

「……見なかったことにしようー」

 恐る恐る、奴らがやってきた方角を見てみると、なんとまあ死屍累々。

 竹やぶの影になってよく見えないが、見知った銀髪とメイド服が……ああいやいや、見なかったことにするんだ。見なかったことに。

「……できたら、苦労はないな」

 背を向けて歩き出そうとしても、どうしても足が踏み出せなかった。

 ため息を一つだけついて、妖夢と咲夜さんの介抱に向かう。

「おーい、大丈夫かー?」
「な、なんのこれしき……」

 相変わらず頑丈な妖夢は、楼観剣を支えにしながら立ち上がった。
 しかし、すぐ尻餅をついた。

「くっ、情けない」
「いやいや。それだけボロボロなくせにそれだけ言えれば上等だと思う」

 見る限り、大きな傷などはないものの、掠り傷や赤くなっているところ(打撲?)は無数にある。
 僕なら悶絶して……いや、とっくの当に意識を手放している怪我だ。

 まあ妖夢は半人半霊。人間とは身体のつくりが違うんだろう。

 さて、そこで問題となるのは、一応、納得はいかないものの、百歩くらい譲れば、人間の端くれに該当するはずの咲夜さんだ。

「……平気そうですね」
「本当にそう見えるなら、貴方の目は相当の節穴ね」

 いやだって。
 妖夢とどっこいどっこいの状況の癖に、そんな瀟洒な笑みを浮かべられては、僕としては平気と見るほかない。

「えーと、一応絆創膏はあるけど」

 幻想郷に来るときはいつでも懐に忍ばせている絆創膏を取り出す。
 ここはいつ怪我をするかわからないので、常備してあるのだ。

 ……気休めと笑わば笑え。

「ああ、じゃあ一つ」
「……ま、好意を無碍にするのもね」

 妖夢と咲夜さんは、一つずつ絆創膏をとった。

 まあ、やらないよりはマシ、レベルではあるが。

「んじゃあ、貧弱な人間の僕は、あの屋敷に軒先を借りてくる。妖夢たちは?」
「私は少しここで休憩しています」
「同じく。……でも、あそこ大丈夫かしら? 見るからに怪しげなんだけれども」

 まあそれはそうだけど。

「いやぁ、でも霊夢も突撃しちゃったし。もし迷惑かけてたら――っていうか、絶対かけてるけど、一緒に謝らないと……」
「貴方……骨の髄まで下僕根性が染み付いていない?」
「失敬な。兄的感情と言って欲しいな」

 いや、切実に。
 だ〜か〜ら〜。霊夢に対するこれはアニキ的感情であって、決して下僕とか主夫とか家来とかいう形容をしてはいけない。

 いけないんだって。
 いけないっつってるだろ。
 いっけないんだーいけないんだーっ!! 先生に言うぞ、コノヤロウ。

 なにか、頬を伝う熱い汗をぬぐいながら、僕はかの屋敷にすごすごと歩いていくのだった。

 ……さて、謝罪として、また菓子折りでも持ってこないとな。



前へ 戻る? 次へ