「はぁ」

 空を飛びながら、僕はこれみよがしにため息を付いてやった。
 どうやら、先に行った霊夢たちは、ここらの妖精を根こそぎ退治していったらしい。

 先ほどまでとはまったく違う、優雅な夜の空の散歩だ。

「ぐえっ」

 嘘です。ちょっと、そんな風に現実逃避してみたかっただけです。
 さっきまでより、ずっと多い妖精たちが、僕に弾幕をぶつけてきています。

 というか、今一発当たりました。

「だ、誰か助けてくれぇぇぇぇっ!?」

 もう、恥も外聞もない。

 先ほどまで、無理に冷静さを取り戻そうと頑張っていたが、無理。これは無理っ!

「ごふっ!? ぶほっ!?」

 空間をゆがめて、一つの弾を逸らすも、連続で襲い掛かってくる弾をまともに喰らってしまった。
 なんとかこちらも霊弾を返して、弾を放ってきた妖精を撃退するが、奴らはゴキブリのごとくわらわら出てくる。

 一匹、二匹落とした位じゃあ焼け石に水だ。

「ぐ〜〜〜〜」

 それでも救いなのは、連中はなにも僕を狙ってきているわけではない、ということだ。
 適当に、動くものを攻撃しているらしく、ある程度弾を撃ったら、どこかへと行ってしまう。

 だが、次々と無間地獄のごとく沸いてくるので、逆にどれだけ攻撃しても数が減らない疲弊感がもうなんとも言えず絶望ちっく。

「くっ、こうなったら――!」

 ポケットにいつもお守りで入れてある、妖夢と共に作ったラストのスペルカード。
 我ながら物持ちがよすぎるが……超符『スペシウム光線』を……

「喰らえっ! 超符」

 ばばば、と手を適当に振り回し、クロスさせる。
 これぞ、多分日本で一番有名な宇宙人の必殺技ッ。

「『スペシウム光線ーーーーーー』」

 クロスした腕の交差点から、光線が発射される。
 ……わ、我ながら、見た目だけは完璧なスペシウム光線だ。

 しかし、威力は悲しい。
 光線をまともに喰らった妖精が、煙が晴れると、まあピンピンしていらっしゃいます?

「な、なんでだぁっ!?」

 驚いたせいで、迫り来る弾を躱すことを忘れてしまった。
 『ヤッベ、良也クン、大ピンチ(はぁと)』などと思う暇もなく、妖精の弾幕は迫り、

「なにをやっているんですか」

 突如、風のように飛び込んできた銀髪が、その全てを真っ二つに斬り裂いた。

「……あ、妖夢?」
「私もいるわよ」

 ふよふよと、なんかのんびり風味に飛んできたのは幽々子。
 冥界組が外に出てくるなんて珍しい。

「さ。良也ちょっと下がってなさいな。妖夢が片付けてくれるから」
「ええ? でも、女の子一人にやらせるのは」
「貴方が妖夢の心配をするのは百年ほど早いわね」

 なんっつー、リアルな数字。

 だが。んなこと言ったって、妖夢も女の子だ。『現世斬っ!』
 僕、男の子。時代錯誤と笑わば笑え。やはり、実力的に劣っていても、女性の後ろに隠れているわけには……

「良也さん。もう片付きましたので」
「……ええー?」

 ちょっと幽々子の方に目を向けている間に、辺りの妖精は殲滅してしまったらしく、妖夢は楼観剣を鞘に収めていた。

「は、早すぎね?」
「少々煩いので、スペルカードで一掃を」

 あ、さっきの『現世斬っ!』ってやつか、もしかして。

「……相変わらず、妖夢はすごいなぁ」
「いえ、そんな。私など、まだまだ未熟者です」
「そうよ。妖夢は半人前」

 幽々子が余計な茶々を入れるが、こやつの方が主人として未熟な気がするのは僕だけか。

「いやいや、すごいすごい。僕なんて、スペルカード使って妖精一匹落とせなかったし……」
「あ、いやそれは……」
「当たり前でしょう。貴方のそれ、一番最初に作ったやつじゃない」

 最初、というか、スペルカードを作ったのは、これが最初で最後なんだが。

「霊力はあの当時の水準。しかも、スペルカードは生ものよ? 劣化しちゃってたわ」
「……え? そうなの? んな賞味期限みたいなのあるの?」

 幽々子はよく適当なことを言って僕をからかうのであてにならない。
 あてになる剣士に目を向けた。

「はあ。霊力も放置していたら気化しますから。それに先ほどのスペルカードは、良也さんが生き返って幻想郷に戻ってくる間、白玉楼で保管していましたので」
「術者から離れれば、それだけ劣化するのも早い。覚えておきなさい」

 そもそも、スペルカードなんて作ってすぐ使うもんよ、と幽々子は言った。

 ……そーか、そういうもんなのか。
 暇なら、また今度作ってみようかな。

 必要なのは、今だけどなっ!

「とりあえず、良也さんを人里に送りましょう。幽々子様もいいですか?」
「いいわよー」

 うう……微妙に、自分が情けない。

 やはり、強くならなくては。無論、霊夢の訓練はこりごりだが。
 ああ、どっかに楽して強くなれる修行スポットかアイテムだかないかなぁ。

 なんて、楽して得したがる現代の病を一人で発症しつつ飛んでいると、どこからともなく奇妙な歌声が聞こえた。

「巫女〜、巫女〜♪ そんなに急いでどこへ行く♪ 私をやっつけて、どこへ行く♪」

 上手いのだけど、どこか憔悴したような歌声。
 声のするほうを見てみると、なにやら服をぼろぼろにした羽根付きの女の子が歌っていた。

 あのナリで、口にするのが『巫女』……霊夢にやられたな(断言)。

「あれは夜雀!? 良也さん、やつの歌に耳を傾けてはいけませんっ」
「? なんで」

 歌詞の内容はともかく、けっこう綺麗な歌声なのに。

「奴の歌には、人を狂わせる効果があるのです。最も不吉な音の一つです」
「なによ〜。幽霊の出てくる音よりマシじゃない」

 妖夢の言葉が聞こえたのか、夜雀の妖怪が文句を言ってきた。
 ああ、まあ確かに、幽霊の『ヒュードロドロドロ』という音よりは全然マシだな。

「でも、良也は平気よね。あれの歌を聴いても」
「普通の歌にしか聞こえないが」
「そーゆーところは強いのにねえ」

 からからと幽々子が笑う。
 うん、ああいう特殊能力っぽいのは効かないんだけどねぇ。通常弾に弱いけど。

 む? もしや、僕がタフネスを身につけたら、無敵の不沈艦じゃね?

「そういえば、お腹が空いたわね」
「出たな、腹ペコキャラ。妖夢、幽々子は晩飯を食べてきたのか?」
「ええ。どんぶりで三杯もおかわりして」

 食いすぎ。

「でも、雀は小骨が多いのよねぇ」
「待て。食べるつもりか、あれを」

 雀、と名が付いてはいるが、どうみてもあれは羽根が生えただけの女の子だ。
 うーん、あと、三年くらい見た目の年が上なら、別の意味でなら食べたいというか……

「いやいや」

 ピンクな妄想を振り払う。
 第一、あれは妖怪だ。その前に、僕が(文字通りの意味で)食べられてしまうのがオチだ。

「あ、なにかいやらしいことを考えているでしょう」
「幽々子。お前は、一体何の確信があってそんなことを言う?」
「そんな顔をしているわ」

 そ、そんなに顔に出るほう、だったかな?

「なにごちゃごちゃ言っているんだい」
「そうですよ。良也さん。幽々子様。さっさと先に向かいましょう」

 雀の言葉に、妖夢が続けて言う。

 その台詞の内容のどこが気に食わなかったのか、雀が口を尖らせた。

「はん。こちとら気が立ってるんだ。ここは通さないよ!」

 こちらに指を突き立てる鳥。さてはて……

「あらあら、どうしましょう良也。飛んで火に入る夏の鳥だわ」
「焼き鳥か。そう言えば前、焼き鳥屋で雀の丸焼き食ったことがあるなぁ」
「どうだった?」
「食べにくかった。骨が多くて……でも、味はけっこうイケた」

 あ、じゅるりと幽々子が唾を飲み込んだ。
 え、演技、だよな?

「さあ、妖夢。捌いてあげなさい」
「えええーーー!? 本気ですかっ!?」

「妖怪を食べようとする幽霊に人間か……どちらが食べられる側なのか、教えてあげるよっ」

 いや、僕は食べようとしていないぞ、僕は。















「覚えていなさいよー!」

 早い。
 実に、時間にして五分足らず。妖夢にコテンパンにやられた夜雀は、ありがちな捨て台詞を吐きつつ僕たちに道を譲る。

 その間、僕は何していたかというと、幽々子としりとりに興じていたんだが。

「良也は弱いわね」
「あ、あんだけ執拗な『る』攻撃をされたら仕方ないだろ」

 五分足らずでしりとりに敗北する僕も相当なものかもしれない。

 ……あ、半泣きになりながらどこぞへと去っていく夜雀のスカートの尻のところが盛大に破れてドロワーズが見えてる。

「これが本当の尻鳥……」

 く、くだらねぇ。言って後悔してしまった。

「ふぅん、尻・鳥ねぇ?」
「ゆ、幽々子? 聞こえてたのか?」
「もちろんよ。しかし、へぇ。良也はギャグのセンスもあるのね」

 センスがあると本当に思っていたら、そんなニヤニヤ笑いはしないだろ……

 ああ、また、僕の弱みが握られてしまった。
 欝だ。



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