……さて。
 萃香に拉致された僕は、なぜか神社の屋根に跨っていた。

「これ、攫うって言うのか?」
「ん〜? まあいいじゃん」

 朝もはよから酒を呑む萃香は、まったく適当だ。
 まあ、足を鎖で縛られているため、逃げることは出来ないんだけど。

「しかし、便利だよな。その萃める力」
「へへ〜。そうでしょ」

 なにせこいつが指を立てると、どこからともなく朝食が萃まってきたのだ。
 どこからかはしらない。いつの間にか朝ごはんがなくなって、怒っていた巫女なんて僕は知らない。

「霊夢……本当に僕のこと、気にしてないな」
「そうだねー」

 朝食を食べ終わったらしく(ちなみに、既にお昼近い)、境内に出てきた霊夢は伸びをしていた。

 自分が留守番を頼んでおいて、帰ってみたらいなくって。
 んで、霊夢の言葉は『まったく、良也さんは責任感が足りないわね』って。少しくらい心配してくれてもバチはあたらないと思うぞー。

「さて、と。今日はどいつのところにいきましょうかね。やっぱり怪しいのはこの妖霧か……」

 ああ、まだ宴会の異変は解決していないんだ。

「んー? なんか来たよ」

 萃香の言葉に、東の空を見てみると……ん? あれ、妖夢か?

「霊夢っ」
「あら。あんた? お嬢様のところについていなくていいの?」
「私は、今この宴会の異変を調査中だ。それより」

 妖夢が剣を抜く。
 楼観剣、白楼剣。名前だけは聞いたけど、どちらも相当の名剣らしい。

「良也さんはどこだ? 昨日神社に行ったきり帰ってきていないんだが」
「知らないわよ。ちょっと神社の留守を頼んで、帰ってきたら居なかったんだから」
「なんだと……?」

 妖夢の空気が変わる。

「もしかして、お前が良也さんを?」
「なんでそうなるのよ。私が良也さんをどうするって?」
「もういい。斬る」

 ……おーい。妖夢。いきなりそれはないんじゃないかー?

「物騒ね。なんで斬ることになるのよ」
「斬れば全部わかる。私の師匠の教えだ」

 そのお師匠の教え、間違っているって。まるっきり辻斬りじゃないか。

「まあいいわ。私もあんたに聞きたいことがあったし」
「なに?」
「私、今回の異変は『妖霧』が怪しいと思っていたのよね」

 こじつけじゃん。

 そして始まる弾幕ごっこ。
 どうでもいいけど、本当、ここの人間は喧嘩っぱやいなぁ。もう少し落ち着こうぜ。

「おー、おー。どっちもけっこうやるなぁ」
「……こっちはこっちで、呑気に酒呑んでるし」
「ん? 呑みたい?」
「流石に昼間っから呑む気は起きないって。ていうか、昨日から呑みっぱなしじゃないか」

 本当、このちっこい身体のどこにアレだけの酒が入るんだ。というか、あの瓢箪は一体どうなっているんだ。

「わっ、あぶなっ」

 見てて、思わず声を上げてしまった。

 妖夢の居合い斬りを、霊夢は危ういところで空中に逃れ躱す。
 そして、無防備な背中をお払い棒で打った。

 あれ、躱さなかったら霊夢、上半身と下半身が泣き別れしていたんじゃないのか?

「くっ」
「霊符『夢想妙珠』」 

 霊夢は続けて、いつぞやに使っていたスペルカードで妖夢に畳み掛けた。
 決まるか、と思ったが、妖夢もスペルカードを取り出し、大きく踏み込んだ。

「人符『現世斬』!」
「うわっ!?」

 一瞬、僕の目から妖夢の姿が掻き消え、次の瞬間に刀を振り切った体勢で霊夢の後ろに立っていた。
 霊夢のお払い棒とスペルカードが、二つに分かれ地に落ちた。

「たたた……やったわね」

 ……あれ〜? 霊夢も斬ったみたいなんだけど、傷ができていないよ〜?
 ああもう、こいつらの常識についていくのは大変だ。

「ふん。大人しく話す気になったか」
「冗談。これからよ」

 どうやら、仕切り直しらしい。
 新しいお払い棒を取り出し、霊夢は突撃していった。














「あらあら。元気がいいわねぇ」
「のわぁ!?」

 しばし、霊夢と妖夢の弾幕ごっこを見物していると、いきなり隣に紫さんが現れた。

 しかも、上半身だけ。下半身は――何だろう? 空中に出来た隙間みたいなものの中だ。

「紫?」
「貴方も久しぶりね」
「まぁね。しかし、久方ぶりに帰ってきてみたら、誰も彼も鬼のことを忘れていて困っちゃったよ」

 笑いあう萃香と紫さん。知り合い?

「で、彼を攫ってきたの?」
「おー。でも、誰も探しに来てくれないんだよね」
「待った待った。ほら、あそこで妖夢が頑張ってくれている」

 うむ。そう考えると、妖夢ガンバレー、と応援したくなってきた。
 フレー! フ・レー! Y・O・U・M・Uッ!

「でも、彼女は未熟よ。なんでも斬れば解決すると思っている」
「いやまぁ、確かに僕もどうだかなぁ、とは思ったけど」

 しかし、他の連中とて大して変わらないのではないか? 少なくとも、今まで僕が会った連中はそうだ。

「で、紫。何か用?」
「別に。いい加減、貴方も宴会に参加したら? と思ってね」
「えー? でもなぁ」
「ま、いいわ。今は、貴方をその気にさせるため、色々動いているところだしね」

 それって、本人にバラしてもいいのか?

「それはそうと、良也。貴方の能力(チカラ)見せてもらったわよ」
「……いつ、どこで」
「昨日、魔理沙と咲夜が戦っているとき、ここで。おかげでどういう能力かわかったわ」

 見てたのか、この人。
 ストーカー?

「あまり妙なこと考えていると、隙間ツアーにご招待するわよ」

 と、紫さんは自分の下半身を収めている空間を広げ、僕に見せた。
 中に見えるのは、目とか手とか道路標識(???)とか。

「御免被ります」
「そ。賢明ね」

 賢明って言うか、ここで『どうぞ連れて行ってくださいっ!』なんて言えるようなやつは、人間じゃない。

「で、紫。良也の能力って?」

 興味あるのか、萃香が先を促した。
 というか、僕も興味しんしんだ。

「そうね……彼の力は、自分の周りに、自分だけの空間を作る力。世界を創る、と言い換えてもいいでしょう」

 なんか壮大なのキターーーーーー!?

「世界を一枚の絵としたら、彼は自分と言う紙片をその絵の上に貼り付けている。
 ……咲夜や萃香の力が効かないのも当然ね。貴方たちの力は、世界そのものに干渉するもの。違う世界に身を置いている彼には届かない」

 へーほー、ふーん。
 よくわからんが、なんかスゴそうだということはわかった。

「そう、これはわかりやすく言うと……『自分だけの世界に引き篭もる程度』の能力っ!」

 僕はこけた。
 萃香が周りの空気を弄っていなかったら、きっと霊夢たちも気付いただろう。スゴイ音がしたもん。

「なんか、ガクッとグレードが下がった気がするんですが!?」
「だって、貴方の力を見ていると、そうとしか言えないんですもの。
 みんなが会社や学校に行く時間に『俺に時間は関係ないぜ』と言う引き篭もりと何が違うって言うの? 貴方が咲夜の時間の中で動けたのは、つまりそういうことよ?」

 やたら例えが現代的なのはこの際どうでもいいとして、何が違うって色々違うと思うんだがどうでしょう。

「それに、そういうルールを変更するような力に強い反面、直接的な暴力にはとても弱い。引き篭もりそのまんまね」
「引き篭もりってなんなのさ」

 一人、例えがわかっていない萃香は首をかしげている。

「ま、要するに。貴方は、自分の周囲二メートル程度を自分の部屋にしているのよ。萃香の存在に気付けたのも、自分の部屋の違和感には誰でも気付くものでしょう?」
「……移動型引き篭もりですか」
「そうよ。理解が早くてなにより」

 なんかなー。釈然としないと言うか。
 ほらほら。前、弾を曲げたり、壁を作ったりしたじゃん。

「それも、その力の一環。親が部屋に入れないよう、鍵をかけるのと同じこと。儚い抵抗だというところも同じ」
「その例え、いい加減やめません?」
「わかりやすいでしょう?」

 わかりやすいけど、わかりやすいけどーっ!

「ま、希少ではあるけれど、私には無意味ね。何せ」

 あ、紫さんが近付いた途端、なんかすっごい違和感が。
 そう、先ほどの例えを借りると、自分の部屋が、どんどん崩れていくような……

「私がこうやって『現実世界と貴方の世界の境界』を弄れば、貴方の能力は完全に無効化できる」
「わ、わかりましたからやめてくださいっ」

 言うと、クスリと笑って紫さんは離れた。

「さて、霊夢のお酒をもらいに来たんだけど、またにしましょうか」
「は? お酒?」
「そのうちわかるわよ。じゃあ萃香。またね」

 そう言って、紫さんは去っていった。
 なんだろう。あの人は。もしや、僕の能力の種明かしをしに来ただけか?

「お、決着ついたね」

 萃香の言葉に、境内のほうを見てみると、服をちょっとボロボロにしている妖夢と、ほとんど無傷で笑っている霊夢の姿があった。



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