さて、夏休みである。
 玲於奈は部活があるため、お盆前後しか帰省しない。僕だって実家よりは家にいたほうが色々(内容は察しろ)出来るから、あまり長居はするつもりはない。そんなわけで、玲於奈と帰省の時期を合わせることにした。

 ……んで、さざなみ寮に来て、玲於奈の準備を待っているわけだが、

「うん、美味い」
「お、そりゃ良かった。初挑戦のお菓子だったけど、うまくいったみたいだな」

 待っている間、耕介手製のお菓子をご馳走になっていた。ドイツのお菓子でシュトレンというらしい。
 うーむ、料理だけじゃなくてお菓子作りも上手いとは。玲於奈の奴、こっそり体重増やしてないだろうな。

 まあ、太ったら太ったで、平気で自分に二倍三倍の修行を課してダイエットするような奴なので心配はないだろうが。

「うんうん、耕介もなかなかやるね」
「リスティ、お前が食べたいって言ったんだろ」

 同じく舌鼓を打っていたリスティが満足気にそう漏らす。

「まあまあ、いいじゃないか。耕介が帰省している間、ボク達は自分で料理を作るんだ。その前に美味いものを食べさせてくれたって」
「別にいいけどさ。……あ〜、愛さんは厨房に立たせないようにな」
「もちろん」

 僕は食べたことがないので聞いただけだが……愛さんはさざなみ寮屈指のメシマズらしい。真雪さん曰く『あいつの料理はギャグ漫画だ』らしいので、一度怖いもの見たさで挑戦してみたくはある。

「にしても、玲於奈相変わらず準備遅いな……」

 今日帰るのわかっているんだから、先に準備しとけというのに。要領の悪い奴め。
 まあ、今回は新幹線ではなく、青春18切符で鈍行乗り継ぎの旅なので、大した問題はないのだが。

 折角だし、途中で適当な駅に降りて、その土地の名物でも食べようかね。

「そういや、良也達の実家って静岡だっけ?」
「そうだけど」
「どの辺?」

 リスティの質問に、僕は実家のある町の名前を答える。と、リスティは「へえ」と驚きの声を漏らした。

「フィリスとシェリーの施設の近くじゃないか」
「誰それ」
「ボクの……まあ、姉妹みたいなものさ」

 はぐらかすように答えるリスティ。

「ん? なにか事情でも?」
「あ〜〜、まあ玲於奈は知っているんだけどさ」

 なんかリスティは答えにくそうだ。

「いや、別に言いたくないなら別にいいよ。んな興味もないし」
「む、そういう言い方されるとムカつくね」

 どないせいというのだ。耕介に視線で助けを求めてみると、苦笑されて終わった。……友達がいのない奴め。

「……まあ、別に良也に隠すようなことでもないけどさ。ほら、ボクってHGSだろ」
「あー、なんか肉体依存の超能力者ね」

 ゴールデンウィークの異変では羽生やして雷出して、無双してたなあ。

「そう。……だから馬鹿な事を考える連中もいるもんでさ。ボクのクローンを量産して商売道具にしようとしてたんだ」
「そりゃまた」

 ……なんとも、聞くだけで胸糞の悪くなる話で。まるきりフィクションの世界の悪の組織じゃないか。

「色々あって、その組織は潰れたんだけど……。フィリスとセルフィっていう二人のクローンは残ってさ。情緒不安定なもんで静岡の施設で療養中なんだよ」
「へえ。とりあえず……めでたし、でいいのか?」
「そうだね。色々あったけど、今はよかったって思えるよ」

 そりゃよかった。変なことを聞いたのかと不安になったが、とりあえず今がいいならそれでいい。

「しかし、クローンねえ」
「……やっぱり怖いかい?」
「は? なんで? 単に、人類の技術も進歩したなあ、と思っただけだけど」

 まあ、人のクローンは倫理的にどうかなあ、と思うけどさ。

「そんだけ?」
「いや、だって……ぶっちゃけ生まれた病院が違うくらいのもんだろ、それ……」

 フツー、友達同士でも『俺、〇〇病院で生まれたんだぜ』なんて話題でない。他にも例えば『僕は帝王切開で出てきたんだぜ―』なんて話振られても困るし、同じように『私、クローンなのよ―』なんてのもないだろ。

 クローンは遺伝情報が足りないから他の人間を喰ってその情報を補う必要があるのだ―、とかそーゆー無茶な設定でもない限り気にする程のことでもないだろ?

「いや、良也。それは俺、違うと思うぞ……」
「そうかなあ」

 いや、でも生まれは変わってても人間だろ? 同じ人間が生命を作るって意味なら、ホムンクルスなんかに比べりゃ全然マシだと思うんだけど。フラスコの中でしか生きられないし、あれ。
 と、作ったことはないが、かなりコストをかければもしかしたら作れるかもな僕としては思うわけですよ?

「どうやら、良也には難しい話だったみたいだね……」
「な、なんか馬鹿にしてないか?」
「別に」

 リスティが妙に辛辣な言葉を叩きつけてくる。だけど、なんとなく表情は柔らかいのは気のせいだろうかね?































 なんで、一週間ほどの帰省の中、僕と玲於奈は二人揃ってその施設とやらに行くことにした。玲於奈の方は面識があるらしい。

 近くに何も無い。最寄りのバス停から三十分は歩いたそこに、リスティの姉妹が入っているという施設はあった。途中、検問っぽいゲートがあるにはあったが、入所者の身内だと伝えたらあっさり入ることができた。
 山に囲まれた閑静な立地。こりゃピクニックに丁度いいなあ、とか思いながら、周囲を見てみる。

 あるのは、真っ白い清潔そうな建物が一棟。それだけだった。

「お兄ちゃん、まず外来の受付行かなきゃ」
「あー、そうそう。了解」

 ぼけーっと見ているのも、なんだ。玲於奈に引っ張られ、僕達二人はその施設の中に入った。
 中に入ると、職員らしき女性が、『あら』と声を上げる。

 こんな立地だ。訪れる人はそう多く無いんだろう。

「警備員さんに聞いていますよ。ええと、土樹良也さんと、玲於奈さんですね。フィリスとセルフィを訪ねてきた、と連絡がありましたけど、間違いありませんか」
「あ、はい。間違いないです」
「それじゃあ、こっちへ。二人とも、玲於奈さんのことを話したら喜んでいましたよ」

 と、その職員さんに案内され、廊下を歩く。
 療養施設、なんて言うから、病院みたいなところを想像していたが、どっちかというと学校? に近いのかな。
 張り紙とか、生徒の書いた絵とか飾ってある。あ、さっきフィリスって子の絵があったな。セルフィって子のは……あ、ある。

「ええと、すみません。僕、HGSって詳しくないんですけど、ここってどういう施設なんですか?」
「はい。ここは、能力は安定していても、精神的に不安定な子が入るところですね。体が悪かったり、能力が暴走するようだったらもっと別の施設に入ってもらう必要がありますけど」
「へえ」
「HGS患者はその特殊な力のせいで、情緒が不安定なことが多いんです。今、ここにはフィリスとセルフィの他に五人の患者さんが入っていますよ」
「こんな家の近くにそんな施設があったなんて、初耳ですよ」

 最寄りのバス停まで、うちの近所から三十分そこそこで来れる。この山のことも、一応知っていた。
 職員さんが苦笑する。

「HGSのPケースは、まだまだ公開するには早い症状ですから」
「そうですねー。僕も、一昔前なら、そんな超能力者なんて信じられませんでしたし」

 今? 今は疑うとか信じるとかいうレベルじゃないなあ。

「そうでしょうね。……あ、付きましたよ。ここが二人の部屋です」

 案内された部屋の前に立つ。
 ええと、この表札っぽいのは二人が自分で書いたのかね? なにやら、平仮名で『せるふぃ』『ふぃりす』って妙に可愛い感じに書いてあるけど。
 なんて感想を抱いていると、その部屋の扉が勢い良く開けられる。

「玲於奈!」
「あ、シェリー!」

 出てきた銀髪の女の子は、ぎゅっ、と玲於奈に抱きつく。
 ……うーん、見た目はリスティと同じくらいの中学生に見えるんだけど、言動はやっぱ子供っぽいなあ。

 成長促進されたクローンって、大体こんな感じらしい。しばらくすると、知識と体に心が追いついて、歳相応になるそうなのだが。ええと、シェリーって言ったからセルフィか、この子が。
 ひとしきり玲於奈に抱きついて満足したらしい彼女は、僕を発見する。

「……誰?」

 おおう、警戒しとる警戒しとる。なんか小動物っぽい。

「シェリー? 玲於奈さん、来たの?」

 と、とてとてとシェリーに遅れてきたのは……ええと、こっちがフィリスか。
 同じ遺伝子を元にしたクローンなのに、こっちはだいぶおとなしい感じ。まあ、元が同じでも、まったく同じ性格になるわけもないか。もちろん、遺伝子提供者のリスティともだいぶ違う。

「あ、フィリス。なんか大人っぽくなったね」
「そ、そうかな」

 事前にリスティなんかに聞いたところによると、この施設に来る前の二人は、あまり個性らしきものはなかったらしい。
 しかし、今見ると、確かに顔は似ているけど、一度話せばこの二人を見間違えることはないだろう。

 成長している、のかな?

「っと」

 ちりっ、と眼の奥に違和感。直ぐ様僕は『壁』を貼り、セルフィからのテレパシーを防ぐ。

「え!?」
「おいおい、いきなり心を読もうとしないでくれよ」

 僕の心など、無垢な子供に見せるには穢れきってるから。これでこの子が道を踏み外したら、僕は何を言われるかわかったものじゃない。

「こらっ、セルフィ! 勝手に能力を使っちゃ駄目だって教えたでしょう」
「ご、ごめんなさい」

 職員さんが叱り、セルフィがしゅんとなって謝る。あー、なんか母娘っぽい。職員さん、まだそんな年じゃないだろうに。

「すみません、土樹さん」
「あー、いや別にいいですよ。防ぎましたし」
「? 土樹さんもHGS……じゃ、ないですよね。そういう装置でもお持ちなんですか?」
「……っと、気にしないでください」

 やべー、リアル超能力者がいたためか、ちょっとガード下がってた。あまり言い触らすもんでもないか。

「それじゃあ、私はこれで。一応、外来の方は五時までとなっていますので、よろしくお願い致します」
「はい。了解しました」

 職員さんとお辞儀をし合い、分かれる。

 ……さて。

「ええと……そんな、警戒しなくてもいいじゃないか」

 とりあえず、玲於奈の後ろに隠れてこっちを威嚇しているセルフィを、どうしたものか。































「ええと、ここが食堂です。お茶、取ってきますね」
「ああ、お構い無く」

 と、フィリスはとてて、とお茶の供給機に向かい、お茶を二つ持ってきてくれる。

「どうぞ。……すみません、良也さん。シェリーが……」
「いや、別に気にしてないし。というか、部屋に入れてもらったら入れてもらったで多分肩身が狭かっただろうし」

 あの後。
 ちょっと話でもしようとしたのだが、自分の部屋に僕を入れることをセルフィが拒否った。まあ、見た目お年ごろの女の子の部屋に無理矢理押し入るほど僕も不躾ではないので、特に不満はない。
 なら、僕は適当にぶらついているから、玲於奈は二人とゆっくり話せば、とほぼ興味本位でここまで来た僕は提案したのだが、流石にそれは、とフィリスが食堂に案内してくれたのだ。

 フィリスも部屋の中でガールズトークを繰り広げたかっただろうに、ちょいと申し訳ないことをした。

「案内ありがとう。僕のことは気にしなくてもいいから、もう部屋に戻ったら? 玲於奈と話したいだろ」

 玲於奈は、さざなみ寮の人たちから土産を預かっている。僕もその中にぬいぐるみなんかを混ぜていたりするのだが。

「いえ、その……」

 あ、行きたそうだ。
 でも、一応お客の僕を放っておくのもどうか、と葛藤しているのが、心を読めない僕にも手に取るようにわかった。

「……いや、本当に気にしないでくれ。僕が勝手についてきただけだから」
「すみません……でも、喉が乾いたので、お茶だけ」
「ああ、そういうことなら」

 食事時には賑やかだろう、食堂の隅で、僕とフィリスは向い合って座った。
 そんなに人数は多く無いらしく、席はそんなに多くはない。そういや、ここに入所しているのは七人だっけ? 職員を合わせても、二十人超えるか超えないか。なら、まあこんなものか。

 お茶を飲みながら、他愛ない話をする。

 ここでなにをしているのか、と聞いてみると、一般常識や義務教育レベルの勉強、能力の制御などらしい。あとはカウンセリングとか。
 ただ、日本語は難しいので、手紙もうまく書けないなんて愚痴られたりもした。

「……もしかして、話も英語のほうが得意だったり? 僕、英語普通に話せるから、そっちに切り替えようか」
「いえ、会話の方は大丈夫です」
「そう? まあ、書くのは漢字とか大変そうだもんな」

 ひらがな、カタカナ、漢字。小中学校時代に通ってた英会話教室の先生も、日本語を話す方はともかく書くのは苦戦していた覚えがある。

 そんなこんなでお茶もだいぶなくなってきた。
 さて、フィリスを部屋に返したら、僕はその辺を散歩でもするか、と考えていると、

「あの」
「ん?」

 フィリスが言い淀む。はて、僕を一人にすることなら本当に気にして欲しくないのだが。
 と、思ったが、別件らしかった

「さっき、シェリーのテレパスを防いでいましたけど、あれは一体?」
「ああ、それ?」

 なにを聞くかと思えば。
 僕は一応、周囲にだれもいないことを確認してから、教えることにした。どうせ話さなくても、姉のリスティに聞けば一発だし。

「ええと……あれは」

 魔法、じゃないんだよなあ。魔法とは関係ない僕の能力だ。後天的に目覚めたとはいえ、一応超能力と言えばいいのか?
 うーん、しかし念動とかそーゆーのは使えないし、

「……まあ、世の中にはHGS以外にも変な力はあるもんなんだよ。さっきのとは違うけど、僕魔法も使えるし」
「そうなんですか……」

 流石リアル超能力少女。あっさりと信じる。

「耕介さんや薫さんと同じなんですか?」
「似てる。惜しいけど、ちょっと違う」

 ああ、そっか。あの二人を知っていたからか。
 でも、あっちの二人の霊力技は、なんていうのか……伝統芸能? 学べば覚えられるという点で、広義の魔法の一種ではあるかもしれないが、一括りにしていいものかどうか。

「僕の専門は、どっちかというと自然現象を操る系。魔法の中じゃ、精霊魔術とか言われてるけど……ほら」

 少し火の玉を出してみる。

「……どうしたの?」

 フィリスは、うつむいている。
 少し悩んでから、彼女はぽつりとこぼした。

「……ちょっと。世の中には他に沢山、不思議な力はあるのに、どうしてわたしを作った人は、わたしを作ろうとしたのかなって」
「ええっと」

 ぐあ、すげーヘビーなことを!? そんなこと、僕みたいな初対面の人に言うんじゃありません、リアクションに困るからっ。

 まあ、理由を考えれば、いくつかは思い浮かぶ。
 霊力とかは、血筋も大事だけれど、それだけが要素ではない。魂とかいう、実に科学では立証しにくい要因が絡んでくる。ある人間のクローンを作ったからって、その霊的資質までそのまま受け継ぐわけじゃない。……と、思いますよ? 未熟ながらも、魔法使いの意見としては。

 でも、HGSは、純粋に遺伝子に依存する能力らしい。能力発生のメカニズムも、ある程度は解明されているそうだし、そりゃ純粋に戦力としてはそっちの方が使いやすいだろう。能力自体も、下手な魔法なぞ及びもつかないほど強力だし。

 なーんて、現実的な意見を、この子に言ってもなあ……

 悩んで悩んで、僕は結局、お茶のおかわりを取りに行った。

「まあ、飲みなさい」
「え?」
「そんな奴らのことで悩むよりは、お茶でも飲んでたほうがよっぽどいい。どーせ碌でも無い理由なんだろうし。んで、明日に向けてダッシュだ」

 誤魔化しです。すみません。と心の中で土下座しながら、僕は茶をすすめる。
 キョトンと『うわ、なにこの空気読めない人』的な目(多分僕の被害妄想)でフィリスはこっちを見て、

「それも、そうですね」

 と、茶碗を受け取ってくれた。

 ……うん、少しだけ笑ってくれたから、これはこれでいいのだろう。





 ちなみに、この数年後。
 医者となった彼女に、運動不足な僕は気軽に整体を頼んだのだが――なんかこう、女性って怖いねっ、ってのを再認識する羽目になった。



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