カカカッ、と木刀同士を幾合も叩き付け合う。
 手の平が痺れるのを自覚しながら、僕は手に持った木刀を、思い切って横に薙いだ。

「でぇい!」

 ……相手は、その超でかい身体に似合わない機敏な動きでそれを避け、僕の脳天を唐竹割りにしようと上段から振り下ろしてくる。
 って、リーチが違いすぎ!

「うごっふっ!?」

 届きやがった!? ギリで防御が間に合ったけど、受け止めた木刀からじ〜〜ん、という痺れが全身に回る。
 あ、ヤバイ。

「もらったっ」
「ま、待った待った! 降参降参!」

 トドメとばかりに動き出した耕介を必死に声だけで止める。
 今の一撃を受けて僕は硬直中なのだ。今攻められたら、間違いなく怪我する。

「……ありがとうございました」
「ありがとうございました」

 耕介が剣を納め一礼し、僕もなんとか礼を返す。

 いつつ……直撃はなかったはずなのに、腕を中心になんか全身が痛い。

「……強いなあ耕介」
「良也こそ。剣道やめて何年も経っているそうだけど、全然使えるじゃないか」
「ま、ね」

 そりゃ、とある辻斬り魔に、たまにだけど稽古と言う名の苛めを受けているからな。

 でも、それにしたって、耕介の腕は凄い。

 素振りしている耕介に、ちょっとした好奇心と言うか、気分が向いたから手合わせを願ったのだけど……本当に二十歳過ぎてから習いだしたのかと聞きたくなるような剣腕に、僕は早々にリタイアした。
 普通、武道に限らず、物事は幼い頃が一番伸びがいい。いくら中学でやめたっつっても、小さい頃はみっちり武術漬けだった僕と、成人してから剣を覚え始めた耕介とでは、まあいい勝負なんじゃないか、と思っていたが……結果は惨敗だ。

「タッパがある分、リーチもパワーも並外れてるし……僕じゃ相手にならないなあ」
「ハハハ……まあ、こんな仕事をしていると、運動不足になるし。その解消みたいなもんだよ」
「運動不足解消で退魔師か」
「そりゃ、まあ成り行きで」

 ああ、それはすごい分かる。僕も成り行きで魔法使いになったし。

「じゃ、もう一回やる?」
「ああ、いやちょっと待って」

 耕介の申し出に、僕はちょっと考え込む。
 この腕の差だと、どう考えても僕が一方的にボコられておしまいだ。流石にそれはちょっと悔しい。

 ……よし。

「いいよ。次は本気でいく」
「ん? 今のは手加減していたのか」
「手加減と言うか……まあ、やれば分かる」

 よくわかんないけど、と剣を構えた耕介に、僕は突っ込んでいく。
 先ほどまでに倍するスピードに、流石の耕介も面食らって慌てて迎撃してくるが、僕は足も動かさずにその側面に回った。

「ぃい!?」

 耕介が無理矢理に剣の軌道修正をしてきたせいで、僕の攻撃は防がれてしまったけど、まだまだ僕のターン。
 左に動く……と見せかけて、僕の身体は右へ。体の動きと、実際の動きにギャップがある。余程の達人でも見切れないだろう、なんて自画自賛しつつ……

「あ、あれ?」

 フツーに付いて来た耕介に、油断していた僕は危うく一撃もらいそうになった。

「うおお!?」

 全速力で後ろに飛ぶ。いや、比喩じゃなく本当に飛ぶ。
 剣も届かないよう、五メートルくらい上空に。

「い、いきなり対応してきたな」
「種はすぐわかったからな」

 油断なくこっちを見てくる耕介の顔には『卑怯だぞ』と書いてある。

 ……まあ、要するにドラ○もんみたいなもんだ。地面から、ほんの数ミリ飛んで、移動する。
 足で走るよりずっと早い上、摺り足なんて目じゃないほど隙のない移動法かつ、フェイントにも超有効なので、まさかいきなり見切られるとは思わなかった。

 ……そっか。そういや、耕介の剣術は、人外専門のやつだったな、そういえば。

「で? どうするんだ。霊力技ありでいくのか?」
「か、勘弁勘弁。だから、ただの木刀をなんか光らせたりしない」

 凶悪な霊力が木刀に篭るのを見て、僕は手を上げて降参する。
 ……チッ。

「ああ、やめやめ。中に入って、冷たいもんでも飲もう。喉渇いた」
「おれはもうちょっと練習したいんだけど」
「……真面目クンめ」

 でも、僕は割りと汗かいているのに対し、耕介は殆どかいていない。体力の差か……

「お兄ちゃんが不真面目なだけでしょ」

 と、玲於奈がリビングの窓からこちらを見て言ってきた。
 ……はて。いつから見てたんだ、あいつ。

「久しぶりに訓練してると思ったら、なに、あのキモい動き。なんで足動いてないのに移動してんの?」
「キモっ!? おいおい、あれが有効なのは分かるだろ」
「そうだけど、なんか卑怯っぽい」

 じ、自分の持てる力を発揮して戦いに臨んで、なにが悪い!? いや、確かに予告もなしにあれは卑怯だったかもしれないけどさあ。
 ……コレでも自重したのに。歪曲防御(空間曲げて剣を逸らす)とか三倍速剣(時間加速で三倍の速さ)とか使わなかったし。

「あ、そうそう。耕介さん、今千堂先輩が遊びに来ましたよ」
「え? 瞳が?」
「はい。薫さんのところに来たそうですけど、耕介さんが剣の修行をしているって言ったら表に出て……」

 と、玲於奈が話していると、見慣れない女性が庭に出てきて、手を振った。

「耕ちゃーん」

 ……あれが、千堂さんとやらだろうか。

「知り合い? 随分親しそうだけど……恋人か?」

 聞くと、耕介は困ったように頬をかく。
 くっ……道理でこんな女性ばかりの職場で、男が管理人なんてやっていけていると思ったら……あんな美人の彼女がいたのか!

 い、いや。こんなことくらいで嫉妬なんてしたりしないよ? 耕介とて、健康な成人男性。そりゃ、恋人の一人や二人。

「いや、瞳は恋人じゃなくて、幼馴染だ」

 よし殺そう。

 幼馴染だぁ? しかも、あんな美人でなんか懐いてる女の子。お前はどこのエロゲの主人公だ。どっかのなんたらハートとかにでも出演してろっ!

「耕介」
「な、なんだ? 良也、なんか殺気が……」

 無論、本気の本気だからな。

 ゆらり、と木刀を振りかぶり……瞬間、自分の周りの時間を加速させる。

「喰らえ、加速三倍剣!」

 耕介の脇腹めがけて一撃。……勿論、力は篭っていないよ? 流石に、そこまでは。ちょっとした突っ込み程度で。
 いや、全力でやりたい気持ちは満々だけど。

「くっ」

 当然、防ごうとする耕介だが、時間ごと三倍の速度で加速している今の僕の剣は、普通の人間に反応できるスピードじゃない。僕からすれば三分の一の速度で防ごうとする耕介の剣は、とってもスローリィだ。

 時間ごと早くなっているので、速い割にはそんなに威力のない一撃が、脇腹に突き刺さる。

「ぐふっ」
「ふっ、思い知ったか僕の怒り」
「な、なにをするんだ。っていうか、なんだ今の速っ」

 ……あ、無闇にでかい体なせいで、ダメージが少ない。
 ええい、もう一発……

「お兄ちゃん!」

 玲於奈が、なんか丸めた新聞紙を投げてきた。
 キャッチ。

 飛来物の対処には、無闇に習熟しているぞ僕は。主に弾幕で。

「もう、不意打ちは卑怯」
「はいはい」

 ゴミを投げるな、ゴミを。

「お兄……土樹さんの、お兄さんなんですか?」
「え? あ、はい。土樹良也です。ええと、千堂さん、でよろしいんでしょうか? 玲於奈と友達かなんかですか?」
「はい。私、護身道部の主将ですので」

 はあ、礼儀正しい人だ。しかも美人。……うーん、玲於奈も見習って欲しい。

「それは、玲於奈がお世話になっています。ああ、僕は良也でいいですよ。玲於奈とややこしいでしょ」
「はい、良也さんですね」

 と、たおやかに笑う千堂さん。
 ……なるほど、こりゃレベルの高い美人だ。耕介にもう一発くらい入れときゃよかった。

 って、あれ? 護身道部の主将? ……っつーと、

「あの、貴女があの秒殺女王ッスか。玲於奈がいつも、『主将は絶対ドS!』って、言い切ってる」

 うん、学校のことは僕にはほとんど話さない玲於奈が、それだけは強調していたから覚えている。
 駄目駄目、と玲於奈が後ろでジェスチャーしてるが。……いや、このくらいでこの人は怒らないだろう?

「土樹さん? 来週が楽しみですね」
「ご、ごめんなさい!」

 いや……だから、別に、怖くなんてないさ。
 シゴきがキツくなる程度で、理不尽に殺されたりはしないだろうし。うん、重傷を負わされたりもしないだろ?

 だから、後ろから睨んでくるなよ……



















 んで、折角護身道部の人が来たんだから、少しは部活の時の玲於奈の様子を聞いておこうと、千堂さんと一緒に玄関に向かう途中、少しだけ時間をもらった。
 耕介が淹れたお茶を飲みながら、神咲さんも交えて談笑する。

「ええ、上達は早いですよ。高校に入ってから始めたのに、もう二年生と互角に渡り合っていますから」

 と、護身道部での玲於奈に対する千堂さんの評価に、まあそうだろうな、と僕は頷く。

「中学の時は空手一本でしたけど、小学校の時は色々手を出していたみたいですからねえ」

 その中に、確か護身道もあった気がする。
 当時、三十センチくらいの身長差があった僕を、見事投げ飛ばしてくれたから覚えているぞ。

「あら、そうなんですか?」
「うちは、一家揃って武術系なんで」

 ……よく考えると、別に道場を経営しているわけでもなく、家族みんなが別々の武術をやっているんだから、なんか変ではあるが。土樹流なんてのがあるわけでもなし。
 まあ、流石に道場なんてやってたら、僕が無理矢理継がされていたかもしれないので、これはこれで良しとしよう。

「じゃあ、良也さんも?」
「僕は中学で辞めました」
「でも、さっきの耕ちゃんと試合をやっていたんですよね」

 試合、っていうか……ちょっと手合わせしてみただけなんだけどな。

「まあ、昔とった杵柄で……。んな大したこともないし」

 剣を始めて一年ほどの耕介にだって、反則技を使ってやっと一撃入れられたくらいだ。本当に大したことない。

「ま、まあそれより。玲於奈は部活ではどうです? 実力的には心配してませんけど、部活の仲間とうまくやれてるかなって」

 下手に実力がある一年。しかも、玲於奈は生意気だからな……もしかしたら、意地悪な上級生に目を付けられている、なんてことがあるやもしれん。
 直接来るなら自分で投げ飛ばすなり殴り飛ばすなりするだろうが……トゥシューズに画鋲を入れられたりするかもしれない。

「平気ですよ。部活ではいつも真剣だし、稽古以外ではちょっと抜けているところもありますけど、それも愛嬌があって」
「……愛嬌?」
「目上には礼儀正しいし、同級生とも仲良くやっています」
「……礼儀正しい?」

 ぼ、僕の中の玲於奈像と著しく乖離があるぞ、それ。

「良也。玲於奈ちゃんは、お前といる時以外はいつもそんな感じだぞ?」
「……そうは言うが耕介。あの玲於奈だぞ?」
「あの、っていうのがどれかはわからないけど。でも、おれが会ったときから、そんな感じだったと思うけどなあ」

 そ、そうかあ。
 そういえば、僕が大学に行ってから、玲於奈と会うのは盆と正月くらいだった。当たり前だが、その間に成長くらいはしているんだよな、うん。

 身長と胸は全然だが、立派に大人になりつつあるんだ。

 ……納得いかねえ。

「可愛がっているんですね」
「いやいや、そんなことはないです」

 上品に笑って言う千堂さんに、僕は手を振った。

「十分、可愛がっていると思いますが」
「神咲さんまで」

 あ、なんか玲於奈が不満そうに口を尖らせている。……僕だって、居心地悪いんだよ。僕はシスコンじゃねえ。

「まあ、こんなに頻繁に様子見に来るくらいだしな」
「耕介」
「別に隠すことないじゃんか」

 いや、単に暇だからで……断固として、暇だからで……

「どうせ、耕介さんの料理とか、ここの女の子目当てですよ、お兄ちゃんは」
「待て、玲於奈。前者はともかく、後者は僕の信用が落ちるから撤回しろ」
「しない」

 ぐっ……こやつめ。心なしか、小生意気になりおって……。昔は、それは『お兄ちゃん、お兄ちゃんー』とかなんとか懐いてきたくせに。
 んで『稽古の相手をしてー』って、殴られたり投げられたり……。

「……………」
「な、なに?」

 今のほうが、無闇に手が出ない――出ても加減ができるだけマシだな……

「まあ、心配は要りませんよ。土樹さんは、よくやっています。私もうかうかしていたら、追い抜かれそうね」
「そ、そんな。千堂先輩にはまだまだ敵いませんよ」
「そうかしら?」

 あ〜、なんか、女の子同士なんだから、もうちょっとおしとやかな話題で盛り上がってもらいたいけど……まあ、それは僕の勝手な願望か。

 でもなあ。
 よくよく、千堂さんとうちの妹を比べる。

「……とりあえず、腕以前に、落ち着きとかを見習った方が」

 ついでに、身長と胸も、とは言わないでおく。

「なんですってぇ?」
「おいおい、良也。だから、玲於奈ちゃんは普段はもっと大人しいって。お前が余計なこと言うから……」

 む、さっきから耕介はそう言っているけど……本当に本当なの? 僕を担いでいるんじゃなくて?

「大体、それを言うなら、小さい頃の瞳なんかなあ」
「あ、ちょっと耕ちゃん!?」

 ん? 千堂さんの小さい頃の話?

「ほう、耕介さん。子供の頃の千堂ですか?」
「わたしも興味あります」
「ちょっ、薫? 土樹さんも!」
「勿論、僕にも聞かせてくれるよな。……あ、お茶のお代わり淹れてくるな」

 急須が空になっていたので、いそいそと台所へ向かう。

「良也さんも!?」
「おーぅ。お茶葉の場所は分かるか?」
「大丈夫」
「ちょっと耕ちゃーん!?」

 恥ずかしそうに千堂さんが耕介に詰め寄っている。
 ……マジ、幼馴染か。羨ましい。


 さて、そんじゃまあ、そんな羨ましい耕介の、羨ましい話でも聞かせてもらおうか。



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