耕介と仲良くなった僕は、たまに一緒に遊ぶようになった。
 なんでも、耕介はこっちに来てから一向に男友達が出来ないから、男同士で遊ぶのは楽しいらしい。

 ……んー、まあ僕の趣味が趣味なので、そっちに興味のない耕介とは一緒に呑んだりダベったりするくらいだけど、結構いい友達付き合いをしている。

 さざなみ寮に様子を見に来るたび、『もう良いから来ないでよっ!』と兄を追い返そうとする玲於奈も、管理人の友人として来る僕を追い出すことは出来ないらしい。クァーーッハッハッハ、兄を追い出そうとするなど、愚か者め。

 なので、たまにだけどアイツの様子を見たり、耕介から聞くこともできるようになった。玲於奈は嫌がるけどね。
 ……まあ、家族に一人暮らしをしている自分を見られたくない気持ちはわからなくはない。僕だって、自分の部屋にお父さんとかが押しかけてきたら全身全霊を持って追い返そうとするだろう。なにせ、ウチの部屋には……いやいや。

 ま、玲於奈の場合はまだ高校生。それも、女の子だ。多少心配されるのは仕方ないってことで。

「とは言っても、中々に難しいな」

 日暮れ。
 夕飯をご馳走になったさざなみ寮を振り返ってため息をつく。

 耕介の料理はおいしいので、二度もおかわりをしてしまった。それは良いんだけど、食卓で話が玲於奈の学校での話になって。最近、隣の席になった綺堂さんとやらと仲良くなりつつあるー、みたいな話を愛さんが暴露して。
 ご飯を食べ終わった後、耕介の片付けを待って酒盛りをしようと思っていたのだけど、その話をしてるあたりで玲於奈の機嫌が悪くなったので退散してきた。別に酒を呑むって約束していたわけじゃなかったし。

 ……年頃は、難しいねえ。

「ん?」

 ため息をついて、帰るために宙に浮いたところで、さざなみ寮から人が出て来た。
 日本人ではありえない銀髪。低い身長。……ああ、えっと、リスティだ。

「あれ? 良也、もう帰るんだ」
「ああ、見てなかったか。玲於奈が怖いので、退散するよ、今日は」
「締まらない兄貴だなあ」

 ほっといてくれ。

「リスティこそ、こんな時間にどうしたんだ? コンビニ……とかじゃないよな」
「この近所にはないね。残念」

 近所どころか、ここら辺は人家もあんまりないしなあ。っていうか、そうでもないと、僕が飛べるはずがないんだけど。

「……何度見ても不思議だ。それ、どういう原理で飛んでいるの?」
「え? ああ」

 宙から三十センチくらい浮いていたな、そういえば。
 折角だ、もう少し話していこう、と思って、僕は着地した。

「どういう原理と聞かれてもな。いつの間にか飛べるようになって、まったく意識したことがなかったなあ。ほら、身体を動かすときなんか、どうやって動かしているか意識なんてしないだろ?」
「耕介や薫も大概だけど、良也はそれに輪をかけて非科学的だね」

 なにおぅ?

「リアル超能力少女が、言うじゃないか」
「ボクの能力は、ちゃんと科学的に説明の出来る力だよ。良也と一緒にしないで欲しいな」
「説明出来るんだ……」

 現代科学はそこまで進歩していたのか。と、するともしかしたら僕の能力とかも、もしかしたら……いや、どうだろうな。

「あの心を読むやつもそうなのか?」
「そうだよ。人の思考なんて、所詮電気信号のやり取りだからね。それを知覚して『翻訳』できれば、十分可能さ」
「……そういう原理か」

 心を読むなんて能力、今までの経験からして僕には効かないと思っていたが、そういうことなら分かる。『心』っていう曖昧なものを読んでいるじゃなくて、脳みそを読んでいたわけだ。
 ……あの、チリチリするやつが読むための力なのかな?

「納得?」
「まあ、一応。……で、最初の話に戻るけど、なんでこんな時間に外に?」
「ちょっとした訓練。もうする必要なんてないんだけど、力は放出しておかないと気持ち悪いしね」

 訓練ねえ……超能力者の訓練ってどんなだ?

「ちょっと興味があるな。見せてもらっても良い?」
「別に構わないけど……面白いものじゃないよ?」
「いや、別に良いよ」

 じゃあ、付いてきて、と言うリスティの後ろを、僕はトコトコ付いていった。























 連れてこられたのは池。
 ……水泳? いやいや、こんな小さな子が水着姿になっても、ちょっとなあ。

「おっと」
「チッ」

 一瞬、チリっとした感触が走ったので、慌てて防ぐ。
 どうも、リスティの超能力は純粋に物理的な作用で心を読むみたいだから、こっちも物理的な障壁を用意しないと防げない模様。僕の能力の『壁』はベニヤ板以上鉄板未満な柔さだけど、なんとか防げるみたい。

「……それ、どうやってるのさ。大抵の物質は透過して読めるんだけどな」
「僕に聞くな。自分でもよくわからない」

 なにそれ、と不思議そうにするリスティだが、一番不思議なのは僕なんだから、放っておいて欲しい。

「チッ、なにか面白いことを考えていそうだったのに」
「それだけで人の心を読もうとするんじゃない」

 ったく。年頃の女の子に読まれると、ちと恥ずかしいを通り越して埋まりたくなるから、本当にやめて欲しい。

「で、訓練ってのは、何の訓練?」
「今日は念動の訓練。こうやって石を……」

 と、リスティの背に、光る昆虫っぽい羽根が出ると、キィィ、と甲高い音が響いた。
 同時に、地面に落ちていた小石が五つほど、纏めて浮き上がる。

「……おおー」
「意外と驚くね。魔法使いだなんて言うから、そんなに驚かないと思っていた」
「いやあ、こっちでこういうの見るのってないからなあ」

 幻想郷でなら、こういうのできるやつはそれなりにいるだろうけど、こっちでこういうのが見れるとは思っていなかった。
 耕介や神咲さんが見せてくれた霊力技と違い、こっちは僕にはどんな力が働いているのかよくわかんない。なんか変な力が働いていることは分かる、一応。

 念動と言えば、確か咲夜さんが投げナイフの制御をするためにそれっぽいのを使ってたけど……

「ここからが本番だよ」

 浮いた小石が、高速回転を始める。
 どんな勢いの回転なのか、と見守っていると、突如パキンッ! と大きな音を立てて小石が消えた。

「……弾けた?」
「違う。上空に投げたんだ」

 は?

「離れて。危ないから」
「あ、ああ」

 一歩下がると同時、上空からなにか鋭い音がして、

「ぬわぁ!?」

 地面が爆発した。衝撃に煽られて、思わず仰け反る。

「……まだまだ、制御が甘いなあ。四つに戻そうかな」

 恐る恐る、爆発した地面を見やると……赤熱した石がどろりと溶けかけていた。
 ……こ、これが投げた石、か。五つ全部、一箇所に寸分違わず命中している。……あ、いや一個ちょっとズレてる。

「すっご。これ、拳銃とかより威力あるんじゃないか?」
「威力だけならね。でも、あくまで訓練用の技だから。実戦で使えるものじゃないよ」
「……使ったことがあるような言い分だな」
「まあ、ね」

 言葉を濁すリスティに、なんとなくそれ以上突っ込むことが憚れる。まあ、別に僕が知るようなことでもないだろう。あんまり仲が良いってわけでもないんだし。
 なんとなく、無言になって、リスティが焼けた石を池に放り込んで冷やすのを、そのまま見届ける。

「どうする? ボクはまだ続けるけど、さっきの繰り返しだよ」
「……あー、そっか。じゃあ、帰ろうかな」

 うん、いいもの見せてもらいました。

「あ、ちょっと待って」
「ん?」
「考えてみたら、ボクだけ見せるのは不公平じゃないか。良也の『魔法』とやらも見せてよ」

 うん? いや、別に構わないけどね。

「それじゃあ、いっちょ見せてやろう」
「……なんかえらそうだ」

 見たいと言ったのはリスティだろうに。

 護身用……というか、いつ妖怪に喰われそうになっても大丈夫なように、外の世界でも持ち歩くのが癖になってしまった(悲しいことに)スペルカードを一枚取り出す。

「なに、それ? タロット? 占いでも見せてくれるの」
「違う。これはスペルカードと言って、魔法を簡単に使えるようにしたものだ」

 ちと語弊があるけど、簡単に言うとそういうものだ。スペルカードがないと、同じ威力の魔法を使おうと思ったらそれなりの詠唱とかが必要になってくる。

「なんか、一気に胡散臭くなったなあ。知佳がやってたゲームで、似たようなのを見たことがあるよ」
「言うな。便利なものなんだから……土符『ノームロック』」

 さっき、石の訓練を見せてもらったので、こっちも石だ!
 でも、こっちは小石なんてレベルじゃないぞ。この近くに埋まってたりする岩を引っこ抜く。なけりゃ、いくつか小石を集めて岩にする。

 大体、一個がバレーの球くらい。何度か試してみて、これくらいが一番効率が良かった。

「お、多いね」
「あ、流石にビビったか」

 一個数キロから十数キロはありそうな岩が、総勢三十個ばかし。ここら、石が多いみたいで割と集めるのが楽だった。
 ……精霊魔法って、どうしても周りの環境に効果が左右されちゃうから、実は意外と使いにくかったりする。パチュリーレベルになると、図書館みたいな場所でもどっかから岩を引っ張ってくるけど。

「ま、危ないから、池に向けて撃つぞ」
「うん」

 思念誘導で一斉掃射。
 さっきのリスティの『訓練』では、小石は目にも留まらぬ速度ですっ飛んでいったが、こちとらそんなに速くはない。

 一般人でも、よく見ていれば避けれる程度の速度。しかし、数が多いので密集させれば普通は躱せない。
 ……まあ、向こうじゃ、このくらいの速度だと牽制くらいにしかならない連中が多いんだけど。

 岩弾が水面にぶつかっていくと同時に、景気よく水柱がいくつも立ち上る。
 物理的な威力なら、僕の手持ちでも多分一番強い。

「っぷぅ! どうだ!」

 我ながら、得意満面の顔になって、リスティに向き直る。流石に、この超能力少女も少しは驚いてくれたようで、少しぽかんとしている。
 が、すぐに表情が元に戻った。

「ふーん、大したもんだね」
「……もっと、ほら。キャースゴーイ的な反応があると、僕は調子に乗るぞ」
「乗らせて楽しいとは思えない。それに、後を考えていない」

 ちぇっ。
 ……って、ん? 後を考え……なんだって?

「なあ、リステ……」
「そこ、危ないよ」

 さっきと同じ台詞。なにやら嫌な予感。

「あっ!?」

 ふと思いついて上を見ると、僕が巻き上げた水が豪雨――いや、滝のように降り注いできた。
 リスティの方は、なにやら羽根を展開して、傘みたいなシールドを作ってる。

 ぼ、僕も――!

「って、間に合わな――ぶっ!?」
















「ただいまー」
「あ、リスティおかえりー……って、ど、どうしたんですか土樹さん。ずぶ濡れで」
「知佳ちゃん……聞かないで」

 寒い季節でもないし、自前の暖房はある。でも、流石に濡れたままだと風邪を引いてしまうかもしれない。
 恥を忍んで、風呂を借りに来たのだ……ついでに、服も乾かさないと。

「お兄ちゃん!? な、なんで、帰ったんじゃないの!?」
「いや、それがさ玲於奈。これが傑作で」
「リスティ!」

 それは、今度翠屋のシュークリームを買ってくるってことでケリが付いたはずだぞっ!

 ごめんごめん、とウインクをするリスティは、妙にチャーミングでなんか悔しかった。

「ど、どうしたんだい、良也」
「耕介……悪いんだけど、風呂貸してくれない?」
「い、いや、それはいいんだけど。一体どうして……雨なんか降ってないよな?」
「聞くな」

 調子に乗って池に全力の魔法を撃ち込みましたー、なんて、言えるわけがねえ。

「まあ、いいや。おれも今から入るところだから、一緒に入るか」
「ん? 二人も?」

 いや、僕はともかくとして、耕介の体格だと、二人に一つの風呂桶は大分無理なんじゃあ。

「うちは寮だからね。お風呂もかなり広い」
「へえ、それはいいなあ」
「うん。ついでに、脱衣場には乾燥機もあるから、服も乾かしちゃおう」

 などと、話しながら風呂場に向かう僕と耕介。

 後ろで黄色い声を上げたのは一体誰なのか。僕は一切気にしないことにした。



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